日本児童文学大系 第一〇巻 |
ほるぷ出版 |
1978(昭和53)年11月30日 |
1978(昭和53)年11月30日初刷 |
1978(昭和53)年11月30日初刷 |
鈴木三重吉童話全集 第三巻 |
文泉堂書店 |
1975(昭和50)年9月 |
一
或小さなお坊ちやんが、お誕生日のお祝ひに、箱入りのおもちやをもらひました。坊ちやんは、さつそくあけて見て、
「やあ、兵たいだ/\。」と、手をたゝいてよろこびました。そしてすぐに一つ/″\とり出して、テイブルの上にならべました。それは青と赤の服を着た、小さな鉄砲をかついだ、小さな
錫の兵たいでした。すつかりで、ちようど二十五人ゐました。
これだけの兵たいは、もと、おもちや屋が或一本の錫の
さじをつぶしてこしらへたので、言はゞ同じ血を分けた兄弟でした。それがみんなちやんと気をつけをして、まつ正面をにらんで立つてゐます。
ちよつと見ると、二十五人が、寸分ちがはない同じ兵隊のやうに見えますが、しかし、よく見ると、中にたつた一人、足が一本しかない兵たいがゐます。これはこしらへるときに、一番しまひで錫が足りなかつたのでした。
でもその兵たいは、一本足のまゝ、ほかの兵たいと同じやうに、まつすぐに立つてゐました。
テイブルの上には、そのほかに、まだいろんなおもちやがどつさりならんでゐました。その中で人の目をひく、一ばんきれいなおもちやは、ボール紙で出来た立派な西洋館でした。その部屋/″\の窓は、ちやんと切りぬいてあつて、のぞくと部屋の中がすつかり見えました。それから正面の入口のまん前には、ひくい青い立ち木にかこまれた円い池があります。その他は鏡で出来てゐるのでした。その中には、いくつかの
蝋細工の小さな白鳥が、水に影をうつしておよいでゐます。それはまつたくきれいでした。
しかしその他よりもまだもつときれいなのは、入口の石段の上に立つてゐる女の人でした。それはボール紙を切りぬいてこしらへたのですけれど、それでも着物は上等のいゝ
布で出来てゐて、くびから肩へかけて、細い青いリボンの
襟かざりがつけてあります。その襟かざりは、きら/\した金紙でこしらへた、その女の人の頭ほどもあるやうな、大きなばらの花で胸のまん中に止めてあります。
その女の人が、両腕をひろげ、片足を思ひきりたかく
蹴上げて、お得意の
踊ををどつてゐるのです。その上げた片足は、顔よりももつと上まではね上つてゐるので、ちよつと見ると、片足がどこにあるのか分らないくらゐでした。一本足の兵たいは、この女の足を見ると、
「おや、あの人も一本しか足がないや。なるほど、世の中にはおれ見たいな人もゐるんだね。よしよし、おれはこれから、あの人と
仲好しにならう。しかし、向うはあんな立派な西洋館に住んでゐる女だ。おれのやうなこんな
家ぢや、いらつしやいと言つても中々来ないだらうね。おれは二十五人も一しよに、こんな、いやな箱の中にゐるんだもの。」
一本足の兵たいは、じぶんのお
家になつてゐる、もと
巻煙草のはいつてゐた箱の
後に立つて、背のびをして、その女の踊を見てゐました。女の人は一本足のくせに、ころびもしないで、上手につりあひを取つて立つてゐました。そのうちに夜になりました。ほかの二十四人の兵たいは、みんな箱の中へはいりました。
家中の人もみんな寝床にはいつて寝てしまひました。
すると、テイブルの上のおもちやたちは、そろ/\動き出しました。中にはのこ/\人のところへ話しにいつたり、おほぜいで踊ををどつたり、さうかと思ふと、けんかをし合つたりして、おほさわぎをしはじめました。
錫の兵たいたちは、箱から出ようと思つて、どたばたあばれました。しかし箱のふたが中々持ちあがりません。
こちらでは小さな
紙切ナイフが、ばねじかけの
蛙にふざけてゐます。石盤の上では、石筆がころ/\走りまはつてゐます。その物音で、
籠のなかのかなりやも目をさまして、ちい/\と
謡をうたひ出しました。
そんなさわぎの中で、れいの踊の女の人と、一本足の兵たいだけは、だまつて身動きもしないでゐました。女の人は両腕をひろげ、片足をはね上げたまゝ、石段の上にぢいつと立つてゐます。一本足の兵たいは、その
踊手の顔をぢつと見つめたなり、まつすぐに一本足でつゝたつてゐました。そのうちにお部屋の時計が十二時をうちました。
それと一しよに、煙草の箱のふたが、ひとりでぴよんととびあいたと思ひますと、中から、まつ黒な鬼のおもちやがぬつと顔を出しました。
「おい/\一本足の兵たい、おまへは何をじろ/\見てるんだい。柄でもない。よせ/\。だれがお前なぞと仲よしになるものか。」
黒い鬼はかう言つて鼻で笑ひました。一本足の兵たいは、鬼のいふことなんかちつとも聞えないやうに、平気で踊を見てゐました。
「ふゝん、勝手にしろ。だが
明日の朝になつておどろくな。」
黒鬼はそれを見て、ぷん/\怒つてかう言ひました。
二
そのあくる朝が来ました。
坊ちやんはのこ/\出て来て、れいの一本足の兵たいをお部屋の窓のところへ立たせました。すると、それは黒鬼のしたことか、それとも風のせいか、その窓のがらす戸がふいにがたんとはねあきました。そのはずみに一本足の兵たいは、いきなりぽんとはねとばされて、その三階の窓から、下の往来の石だたみの上へ、まつさかさまに落ちました。くる/\/\、すとん。
「おゝ、いたゝ。」
兵たいのかついでゐた鉄砲の先は、しき石の間へぐいとつきさゝりました。坊ちやんは、
「あッ。」と言つて、ねえやと二人で、往来へ下りていきました。
二人は一本足の兵たいを一生けんめいにさがしました。兵たいは二人のぢき足もとに落ちてゐるのでした。二人はもうすこしでそれをふみつけるところでした。それでもとう/\その兵たいが見つけ出せませんでした。一本足の兵たいは、
「もし/\、こゝにゐます。こゝに」と泣き声を出しかけました。しかし軍服を着た兵たいが往来で泣いたりしては見つともないので、むりにがまんして、口をくひしばつてゐました。そのうちにふと雨がばら/\落ち出しました。間もなく雨はざあ/\と、どしやぶりになつて来ました。
その雨がやつと上ると、小さな男の子が二人とほりかゝりました。
「あゝ、あすこにあんな兵たいが落ちてら。あれをボウトに乗せて走らしてやらうね。」と、二人はかう言つて、さつそく新聞紙ををりたゝんで、小さなボウトをこしらへました。
往来のわきのどぶには、
泥の雨水がどん/\流れてゐました。二人の子どもは、紙のボウトへ一本足の兵たいを乗せて、それを
どぶへ流しました。そして二人で手をたゝきながら、わい/\言つて、ついて走りました。水はすばらしい
勢で流れました。とき/″\大きな
浪がづしんとゆれました。そのたびにボウトはくる/\まはつて、今にもひつくりかへりさうになりました。一本足の兵たいはびつくりして、ぶる/\ふるへてゐました。しかし兵たいですから、がまんして、こはいなぞといふことは顔色にも出さないで、ちやんと鉄砲をかついで、一つところをにらみつけてゐました。
そのうちに、ボウトは、急に地面の下のトンネルの中へかけこみました。そこはまるで箱の中にはいつたやうにまつ暗でした。ボウトはその暗がりの中を、浪にもまれてどん/\走つていきました。
「おや/\、一たいどこへもつていかれるんだらう」と、一本足の兵たいはびく/\しながら乗つてゐました。
「これもみんなあの黒鬼がさせたことだ。ほんとにあいつはひどい
奴だ。あの
踊の女の人と二人で乗つてゐるのなら、この暗がりがこの二倍暗くても平気なんだけれど。おつと、あぶない。おゝ、もう少しで引つくりかへるところだつた。」
一本足の兵たいは青くなつてちゞこまつてゐました。すると、ふいにその地の底の
どぶの中に住んでゐるどぶ
鼠が、
「おい、兵たいまて。」と、どなりました。
「こら/\通行券を見せろ。おいこら、通行券を見せろつてば。」
しかし一本足の兵たいは、だまつて鉄砲の台をにぎつてゐました。ボウトは、かまはずどん/\走つていきます。
鼠は怒つて追つかけて来ました。
「おゝい、あいつをつかまへてくれ。つかまへてくれ。通行税をはらはないでにげたんだ。通行券なしでとほつたんだ。」
鼠はかう言つて、ボウトのそばを流れてゐる、木の
片やわらくづにかせいをたのみました。
さうかうしてる間に、流れはいよ/\急になつて来ました。ボウトは目がまはるほど早く走りました。と、やがて向うに外の明るみが見え出しました。一本足の兵たいは、
「おや、うまいぞ。もうあかるいところへ出たぞ。」と思ふとたんに、ごう/\/\と、耳がつぶれるほどの大きなひゞきがつたはつて来ました。それは、どぶがもうぢきおしまひになつて、下の大きなほりわりの中へ、
泥水がどうと落ちこむ音でした。
そこへ来ると、水は大きな
滝になつて、まつさかさまに落ちこんでゐました。兵たいのボウトは、あつといふ間にその滝のま上へ来て、泥水のしぶきと一しよに、どぶんとほりわりへさかおとしに落ちこみました。兵たいは、びしやりと水をかぶつたと思ひますと、
うづにまかれて、くるくる/\と、まはり花火のやうにまはりました。
兵たいは息もつけないで、一生けんめいにボウトにかぢりついてゐました。と、たちまちボウトの中へは水が一ぱいはいりました。兵たいはびつくりして、からだをのし上げてゐますと、ボウトはそれなりぶく/\としづみかけました。水はもう兵たいの頭の上まで来ました。兵たいの目にはもう二度と見られない、あの踊の女の人の顔が浮びました。と思ふと、どこからか、
「ぶく/\ぶく/\、
どん/\しづめよ。
死ぬんだ/\、
ぶく/\ぶく/\。」
と、だれかゞ、うれしさうにうたつてゐる声が聞えました。
そのはずみに、もうどろ/\になりかけた紙のボウトは、ふいに二つにとけ割れました。
兵たいは、それと一しよに、ぶく/\と泥水の下へしづみました。するとそこへ大きな魚がひよいと出て来て、兵たいをがぶりと一のみにのみこんでしまひました。一本足の兵たいは、
「おや、へんなところへ来たぞ。」と思ひました。
そこは、さつきのトンネルの中よりももつと/\暗いところでした。そして足や鉄砲がそこいらへつかへて、きゆうくつでした。しかし兵たいは、どうなりと勝手になれと、もう度胸をすゑて、鉄砲の台をかたくにぎつたなり、からだをつきのばして、ふんぞりかへつて寝ころんでゐました。
魚は兵たいを飲みこんだまゝ、そつちこつちと、いきほひよくはねまはりました。
三
兵たいはどれだけの間さうして寝ころんでゐたでせう。しまひに、上からばたんとなぐりつけるやうなひゞきがつたはりました。間もなく、いなびかりのやうに、目の前がぱつと明るくなりました。それと一しよに、だれか女の人の声で、
「あら、こんな兵たいがはいつてゐた。」と、さもめづらしさうにさわぎたてました。それは
或家の女の料理人でした。
魚はいつのまにか漁師のあみにかゝり、市場へ売られて、しまひにこの
家の台所へ来たのです。女の料理人は、笑ひながら、その一本足の兵たいを、おや指と人さし指でつまんで、ほかのお部屋へもつていきました。みんなは、わい/\言ひながら、そのめづらしいほり出しものを見に来ました。一本足の兵たいは、きまりの悪い顔をして、されるまゝになつてゐました。
そのうちに、だれかゞその兵隊をテイブルの上へおきました。兵隊はそつとあたりを見まはしました。
すると、ふしぎなこともあればあるものです。そのテイブルはこの一本足の兵たいが先にのつかつてゐた、あの同じテイブルではありませんか。
むろん、部屋も同じ部屋でした。それから同じ坊ちやんがそばにゐました。そしてテイブルの上には、
先と同じ仲間が、ちやんとそのまゝそろつてゐました。
踊の女の人はやつぱり同じやうに入口の石段の上に立つて、両手をたかくさしあげて、一本足で踊つてゐました。
一本足の兵たいは、うれしくて/\、思はず
錫の涙がこぼれさうになりました。でも兵たいですから、涙なんぞを見せるわけにはいきません。一本足の兵たいは、だまつて、ぢいつと
踊子の顔を見てゐました。踊の女は何にも言はないで、だまつてこちらを見てゐました。
そのうちに坊ちやんが、ふいにその兵たいをつかんで、いきなりストーヴの中へなげこんでしまひました。兵たいは、
「あつ。」とびつくりしました。これもやはりあの黒い鬼のさせたことにちがひありません。兵たいはだまつてぢつとしてゐました。
でも赤焼けになつた石炭の中へなげこまれたのですから、たちまちじり/\と、からだ中が焼けたゞれて来ました。兵たいの顔色はまつ
青になつてしまひました。
「あゝ、とう/\これなり焼け死ぬのか。」と思ひながら、向うのテイブルの上の踊の女の人を見つめてゐました。踊の女の人も、ぢつと兵たいを見てゐました。
と、坊ちやんはふいに踊の女の人を石段の上からひつぺがして、いきなり、また、ぽんとストーヴの中へなげこみました。女の人はづしんと一本足の兵たいのそばまで来たと思ひますと、たちまち頭から足の先まで、ぼう/\ともえ上つてしまひました。
あくる朝、女中がストーヴの灰をかきに来ました。するとその灰の中から、ハートのやうな形をした
錫のかたまりが出て来ました。それからまつ黒こげになつた、ばらの飾りのボール紙も出て来ました。その黒こげのボール紙は、あの踊の女が、きのふまでこの世にゐたといふ、たつた一つのしるしでした。
●表記について
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- 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
- 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。