三
左官の長兵衞は、吉原土手から大門(おおもん)を這入りまして、京町一丁目の角海老楼(かどえびろう)の前まで来たが、馴染の家(うち)でも少し極りが悪く、敷居が高いから怯(おび)えながら這入って参り、窮屈そうに固まって隅の方へ坐ってお辞義をして、
長「お内儀(かみ)さん、誠に大御無沙汰をして極りがわるくって、何(な)んだか何(ど)うもね……先刻(さっき)藤助どんにも然(そ)う申しやしたんですが、余(あんま)り御無沙汰になったんで、お見違(みそ)れ申すくれえでごぜえやすが、何時(いつ)も御繁昌のことは蔭ながら聞いておりやす、誠に何んとも何うもお忙がしい中をわざ/\お知らせ下すって誠に有難うござえやす……お久ア此処(こゝ)に打(ぶ)ッ坐(つわ)ってゝ、宅(うち)の者(もん)に心配(しんぺえ)を掛けて本当に困るじゃアねえか、阿母(おっか)アはお前(めえ)を探しに一の鳥居まで往ったぜ、親の心配は一通りじゃアねえ、年頃の娘がぴょこ/\出歩いちゃアいけねえぜ、何んで此方様(こちらさま)へ来てえるんだ、こういう御商売柄(ごしょうべえがら)の中へ」
内儀「それ処(どこ)じゃアないよ、こうしてお前の事を心配して来たのだ、這入りにくがって門口をうろ/\していたが、切羽詰りになって這入って来たんだが、私も忘れちまったあね、お前が仕事に来る時分、蝶々髷(ちょう/\まげ)に結ってお弁当を持って来たっきり、久しく会わないから、私も忘れてしまったが、此処(こゝ)へ来て、此の娘がおい/\泣いて口が利けないんだよ、それからまアどうしたんだ、何か心配事でも出来たのかというと、此の娘(こ)が親の恥を申しまして済みませんけれども、親父(おやじ)がまだ道楽が止みませんで、宅(うち)へも帰らず、賭博(いたずら)ばかり烈しく致して居りますが、あすが日、親父の腰へ縄でも附きますような事がありますと、私も見てはいられませんが、漸々(だん/\)借財が出来まして、何(ど)うしても此の暮が行立(ゆきた)たず、夫婦別れを為(し)ようか、世帯をしまおうかというのを、傍(そば)で聞いて居りますと、私も子供じゃアありませんから、聞き捨(ずて)にもなりませんので、誠に申し兼ねましたが、お役には立ちますまいけれど、私の身体を此方(こちら)さまへ、何年でも御奉公致しますから、親父をお呼びなすって私の身の代(しろ)を遣(や)って、借財の方(かた)が付いて、両親交情好(なかよ)く暮しの附きますように為てやりとうございます、私がこういう処へつとめをしていますれば、よもや親父も私への義理で、道楽も止もうかと存じます、左様(そう)なれば親父への意見にもなりますから、どうぞ私の身体をお買いなすって下さいと、手を突いて私へ頼むから、私も恟(びっく)りしたんだよ、本当に感心な事だって、当家(うち)にも斯(こ)うやって沢山抱(かゝえ)の娘(こ)もあるが、年頃になって売られて来るものは大概淫奔(いたずら)か何か悪い事を仕て来るものが多いんだのに、親の為に自分から駈込んで来て身を売るというような者が又とある訳のものじゃアないよ、本当にこんな親孝行者に苦労をさせて好(い)い気になってちゃア済まないよ、お前幾歳(いくつ)におなりだ、四十の坂を越して、何うしたんだねまア、此の娘(こ)に不孝だよ」
長「えゝ……誠にどうも面目次第(しでえ)もごぜえやせん、そんな事と知らねえもんですからね、年頃にもなってやすから、ひょッと又悪い者が附いて意地でも附けて遠くへ往っちまったかと思って、嬶(かゝ)アも驚きやして、方々探して歩いた訳なんで、へえ、お久堪忍してくれ、誠に面目次第もねえ、汝(てめえ)にまでおれは苦労をさせて」
と云いさして涙を浮(うか)め、声を曇らし、
長「実は己(おら)アお内儀さんの前(めえ)だが、汝(てめえ)に手を突いて謝るくれえ親の方が悪(わり)いんだが、汝の知ってる通り、此の暮は何うしても行立たねえ訳になっちまったんだけれども、たった一人の娘を女郎(じょうろ)に売りたくもねえし、世間へ対(てえ)しても済まねえ訳だ、又本意でもねえから、然(そ)んな事を為(し)たくもねえが、何うでも斯(こ)うでも此の暮が行立たねえから、お久、親が手を突いて頼むが、何うかまア他家(ほか)さまなら願(ねげ)え難(にく)いが、此方(こちら)さまだから悪くもして下さるめえから、此方さまへ奉公して、二年か三年辛抱してくれゝば、汝の身の代だけは一旦借金の方(かた)せえ付けてしまえば、己がまたどんなにでも働(はたれ)えて、汝の処は何(な)んとかするが、然(そ)うしてくれゝば己への良(い)い意見だから、向後(きょうこう)ふっつりもう賭博(ばくち)のば[#「ば」に傍点]の字も断って、元々通り仕事を稼いで、直(じき)に汝の身受を為(し)に来るから、それまで汝奉公してえてくれ」
四
久「私は、固(もと)より覚悟をして来た事だから、何時(いつ)までも奉公しますけれど、お前また私の身の代を持ってってしまって、いつものように賭博(ばくち)に引掛(ひっかゝ)ってお金を失してしまうと、お母(っかあ)がまたあゝいう気象だからお前に逆らって、何(な)んだ彼(か)んだというとお前が又癇癪を起して喧嘩を始めて、手暴(てあら)い事でもして、お母の血の道を起すか癪でも起ったりすると、私がいればお医者を呼びに往ったり、お薬を飲ましたりして看病する事も出来ますが、私がいないと、お母を介抱する人がないのだから、後生お願いだが、私は幾年でも辛抱するからお前お母と交情好(なかよ)く何卒(どうぞ)辛抱して稼いでおくんなさいよ、よ」
長「あいよ………あいよ……誠に何(ど)うもカラどうも面目次第(しでえ)もごぜえやせんで、何(な)んともはや、何うも、はア後悔(こうけえ)しやした」
内儀「御覧よ、こういう心だもの、実に私も此の娘(こ)には感心してしまったが、お前幾干(いくら)お金があったら此の暮が行立(ゆきた)つんだよ」
長「へえ私(わっち)共の身の上でごぜえやすから百両(いっぽん)もあればすっかり綺麗さっぱりになるんで」
内儀「百両(ひゃくりょう)で宜(い)いのかえ」
長「へえ…」
内儀「それではお前に百両のお金を上げるが、それというのも此の娘の親孝行に免じて上げるのだよ、お前持って往って又うっかり使ってしまっては往けないよ、今度のお金ばかりは一生懸命にお前が持って往くんだよ、よ、いゝかえ、此の娘の事だから私も店へは出し度(た)くもない、というは又悪い病でも受けて、床にでも着かれると可哀そうだから、斯(こ)う云う真実の娘ゆえ、私の塩梅(あんばい)の悪い時に手許(てもと)へ置いて、看病がさせ度いが、私の手許へ置くと思うと、お前に油断が出るといけないから、精出して稼いで、この娘を請出(うけだ)しに来るが宜いよ」
長「へえ私(わっち)も一生懸命になって稼ぎやすが、何うぞ一年か二年と思って下せえまし」
内儀「それでは二年経って身請に来ないと、お気の毒だが店へ出すよ、店へ出して悪い病でも出ると、お前この娘の罰(ばち)は当らないでも神様の罰が当るよ」
長「えゝそれは当ります、へえ有難うござえやす、貧乏世帯(じょてえ)を張ってるもんですから、母親(おふくろ)と一緒に苦労して借金取のとけえ自分で言訳に往って詫ごとをしてくれるんです……へえ、其の代りお役には立ちやすめえから、一々小言を仰しゃって下せえやし、お久、お内儀さんも斯(こ)う仰しゃって下さるから何(なん)だが、店へ出てお客の機嫌気褄(きづま)の取れる人間じゃアねえが、其の中(うち)にゃア様子も解るだろうから……己は早く家(うち)へ帰(けえ)ってお母(っかあ)にも悦ばせ、借金方を付けて、質を受けて、汝(てめえ)の着物も持って来るから」
内儀「そんな事は宜(い)いよ、江戸行(ゆき)の時に取りに遣(や)るから……お前財布があるまい、お金も丁度他家(わき)から来たのがあるから財布ぐるみ百両貸して上げるよ、さア持っておいで」
長「へえ、誠に何うも、有難うござえやす、じゃアお内儀さん直(すぐ)にお暇(いとま)しやす」
内儀「早く家(うち)へ往ってお内儀さんに安心させてお上げよ」
長「じゃアお久、宜いか」
久「お母(っか)さんによくいっておくれよ」
長「あい、あい」
と戸外(おもて)へ出たが、掌(て)の内の玉を取られたような心持で腕組を為(し)ながら、気抜の為たように仲の町(ちょう)をぶら/\参り、大門を出て土手へ掛り、山の宿(しゅく)から花川戸(はなかわど)へ参り、今吾妻橋(あづまばし)を渡りに掛ると、空は一面に曇って雪模様、風は少し北風(ならい)が強く、ドブン/\と橋間(はしま)へ打ち附ける浪の音、真暗(まっくら)でございます。今長兵衞が橋の中央(なかば)まで来ると、上手(うわて)に向って欄干へ手を掛け、片足踏み掛けているは年頃二十二三の若い男で、腰に大きな矢立を差した、お店者(たなもの)風体(ふうてい)な男が飛び込もうとしていますから、慌(あわ)てゝ後(うしろ)から抱き止め、
長「おい、おい」
男「へゝへえ」
長「気味の悪い、何(な)んだ」
男「へえ…真平(まっぴら)御免なさいまし」
長「何んだお前(めえ)は、足を欄干へ踏掛(ふんが)けて何(ど)うするんだ」
男「へえ」
長「身投げじゃアねえか、え、おう」
男「なに宜(よろ)しゅうございます」
長[#「長」は底本では「男」と誤記]「なに宜(い)い事があるもんか、何んだ若(わけ)え身空アして……お店風だが、軽はずみな事をして親に歎(なげ)きを掛けちゃアいけねえよ、ポカリときめちまってガブ/\騒いだってお前(めえ)助かりゃアしねえぜ、え、おい、何(なん)で身を投げるんだえ」
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