您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 鈴木 行三 >> 正文

敵討札所の霊験(かたきうちふだしょのれいげん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-12 9:22:13  点击:  切换到繁體中文


        十七

 藤屋の女房お梅は、十三年振ではからずも永禪和尚に邂逅めぐりあいまして、始めの程は憎らしい坊主と思いましたなれども、亭主が借財も有りますからいッのがれと思いましたも、もとよりよごれた身体ゆえ、何うかしてだまおおせて遁れようと言いくるめて居りますうちに、度々たび/\参ると、彼方むこうでも親切に致しますも惚れて居りますから、何事もお梅の云う通りに行届ゆきとゞき、亭主は窮して居りますから、固より不実意の女と見えて、永禪和尚の情にひかされて宗慈寺へ日泊ひどまりを致す様に成りましたが、お梅は年三十になりますから少ししがれて見えますが、色ある花は匂い失せずのたとえ、ことに以前勤めを致した身でございますから取廻しはよし、永禪和尚の法衣ころもを縫い直すと申して、九月から十月の中頃まで泊り切りで、うちはお繼という十二歳になる娘ばかりで、一日も帰って来ませんで、まことに不都合だから、藤屋七兵衞は腹立紛れに寺へ来て見ると、台所にたれも居りません。
七「庄吉しょうきっさん……お留守でげすか……御免なせえ」
 と納所部屋へ上って、
七「開けてもうがすか……おや眞達さんも誰も居ない、何処どこへお出でなさった……旦那様お留守でげすか、お梅は居りませんか」
 と納所部屋から段々庫裏くりから本堂の方へ来ると、本堂のうしろ一寸ちょっとした小座敷がございます、此処こゝにお梅と二人で差向い、畜生めという四つ足の置火燵おきごたつで、ちん/\鴨だかあひるだか小鍋立こなべだての楽しみ酒、そうっと立聴たちぎゝをするとお梅だから、七兵衞はむっと致しますのも道理、身代を傾け、こんな遠国へ来て苦労するも此の女ゆえ、実にう云うあまッちょとは知らなんだ、不実な奴と癇癖かんぺきが込上げ、直ぐに飛込んでたぶさってと云う訳にもいきません、坊主ですから鉄鍋の様に両方の耳でも把るか、鼻でも※(「鼻+りっとう」、第3水準1-14-65)ごうかと既に飛込みに掛りましたが、いや/\お梅もまさか永禪和尚に惚れた訳でも無かろう、この和尚に借金もあり、身代の為にした事かと己惚うぬぼれて、遠くから差配人が雪隠せっちんへ這入った様にえへん/\咳払いして、
七「御免なさい」
永「おゝたれかと思うたら七兵衞さん、此方こっちゃへお這入りなさい」
七「へい御無沙汰を致しました、お梅が毎度御厄介に成りまして」
永「いゝやお前も不自由だろうが綿入物わたいれものが沢山有るので、着物を直すにもなア、あまり暮の節季になると困るから、今のうちにと云うてなうやって精出してくれる、わしも今日は塩梅あんばいに寺に居て、今気がつきるから一杯と云うて居たが、好い処へ来たのう、相手欲しやの処へ幸いじゃアのう、さア一杯、さア此方こっちへ這入りなさい」
七「へい…有難うございます、お梅時々うちへ帰って呉んな、のう子供ばかり残して店をあけぱなしにして、頑是がんぜねえお繼ばかりでは困るだろうじゃアねえか、此方こちらさまへ来ていてもいが、家をからあきでは困るから云うのだ」
梅「あゝ、だからさ、もう沢山たんとお仕事もないから私は一寸ちょっと帰ろうと思ったが、けれどもねえ、綿入物もして置こうと思って、二三日に仕舞になると思って、一時いちどきに慾張って縫って居るのさ、さぞ不自由だろうね」
七「不自由だって此方こちらさまでも仕事は夜でもいやアな、昼のうち店を明ッ放しにして、年もかねえ子供を置いて来て居ては困るからな、それに此方では夜の御用が多いのだろうから夜業仕事よなべしごとにしねえな、昼は家で店番をして夜だけ此方さまへねえな、おれも困るからよ」
永「あゝそれはうじゃア、内は夜でい、まア詰らん物じゃアが一杯遣りなさい」
七「有難う……此のお座敷は今まで存じませんだったが、こんな小座敷はないと思って居りました、へえ此の頃お手入で、なるほどう云う処がなければ不自由でしょうね、大層お庭の様子が違いましたな」
永「あゝ彼処あそこに墓場が有るから参詣人が有るで、墓参りのお方に見えぬように垣根してかこったので」
七「なるほど左様で、墓場からのぞかれては困りましょうね、旦那は薬喰いと云うが、此の頃は大層腥物なまぐさものあがりますが、腥物を食ったって坊様が縛られる訳でもないからねえ、当然あたりまえで、旨い物は喰った方がうがすね」
永「はい実はな時々養いにるじゃ、魚喰うたとて何もとがめはないが、仏の云うた事じゃアから喰わぬ事に斯う絶ってるが、喰うたからって何も其の道にたごうてえ訳ではないのよ」
七「うでしょうね、これは然うでしょう、ちっとは精分を付けなければなりませんね、旦那今日は御馳走に成ります積りで」
永「左様ともね」
七「実は旦那お願いが有りますが、お前さんにも拝借致しましたし、その上こんな事を云っては済みませんが、つゝみ脊負しょってわず旅籠町はたごまちを歩いたぐらいでは何程の事も有りませんで、此の頃は萬助の世話で瞽女町ごぜまちきますが、旅籠屋も有りますから些とは商いも、瞽女町だけにまア小間物は売れますが、荒物屋じゃア仕様がございません、それに今度金沢から大聖寺たいしょうじ山中やまなかの温泉の方へ商いに行きたいと思いますのさ、ついては小間物を仕込みたく存じますが、資本もとでが有りませんから、拝借のあるに願っては済みませんが沢山たんとは入りません、まア五十両有れば山中の温泉場へ行って、商いに少し利があれば金沢で物を買って来る、大きい方の商いは今までに覚えが有りますので、元わたくしはお梅も知って居ますが、奉公人の十四五人も使った身の上で、此奴こいつは今は婆アですが若いうちに了簡違いをして、此奴が来たからと云う訳でも有りませんが此様こんな零落れいらくして、斯う云う処へ引込ひっこみ、運の悪いので、する事なす事損ばかり、誠に旦那済まねえが御贔屓ついでに五十両貸してんなさいな」

        十八

永「貸してろうとも、お前が資本もとでにするなれば貸しましょう、いわ、宜いがう云う事はゆっくり相談しなければならん、ようにも相談しよう……おゝ酒が無くなったが折角七兵衞さんが来てのじゃ、酒がなければ話も出来ぬ、お梅さん御苦労ながら、門前ではさかなが悪いから重箱を持って瞽女町へって、うまい肴を買って七兵衞さんに御馳走して……お前遠くも瞽女町へ往って来て呉れんか、とてもうまいものは近辺にはないからのう」
梅「じゃア往って来ましょう」
七「往ってねえ、御馳走に成るのだから……旦那え、お梅も追々おい/\婆アに成りましたが、あの通りの奴でね、また私も萬助より他に馴染がないので心細うございます、お梅も此方こちらあがるのを楽しみにして居ります、旦那可愛がって遣って、あんな奴でも一寸ちょっと泥水へ這入った奴で、おつう小利口なことをいうが、人間は余り怜悧りこうではないがね、もし旦那、お相手によければ差上げますぜ、だが上げる訳にもいきませんかね、わたくしも苦労を腹一杯した人間ですから、旦那がわたしを贔屓にして下されば、話合いで貴方あなたは隠居でもなすってねえ、隠居料を取って楽に出来るお身の上に成ったら、その時にゃア御不自由ならお梅は仕事に上げッきりにしても構わねえという心さ」
永「そりゃまさか他人ひとの女房を借りて置く訳にはかんが、仕事も出来る大黒の一人も置きたいが、他見たけんが悪いから不自由は詮事しょことがないよ」
七「もしそれはお前さんの事だから屹度きっと差上げますよ、それにお梅はお前さんに惚れて居りますぜ、ねえ宗慈寺の旦那様はうも御苦労なすったお方だから違う、あれでおつむりに毛が有ったら何うだろうなんぞと云いますぜ」
永「こりゃ、その様な詰らぬ事を云うて」
七「それは女郎じょうろの癖が有りますから……浮気も無理は無いのです、もう酒は有りませんか」
永「今来るが、わしはねえ酒を飲むと酒こなしをなければいかぬから、腹こなしをる、お前見ておいで」
 と藁草履わらぞうり穿いてじんじん端折ばしょりをして庭へ下りましたが、和尚様のじんじん端折は、丸帯まるぐけの間へすそを上からはさんで、後鉢巻うしろはちまきをして、本堂の裏の物置から薪割まきわりの長いのを持って来て、ぽかん/\と薪を割り始めましたが、丁度十月の十五日小春凪こはるなぎで暖かい日でございます。
七「旦那妙なことをなさるね」
永「いや庄吉は怠けていかぬからわし折々おり/\割るのさ、酒を飲んだ時はこなれていよ」
七「なるほど是れはうございましょう、跣足はだしで土を踏むと養生くすりだと云いますが、旦那が薪を割るのですか」
永「七兵衞さん薪炭を使わんか、檀家から持って来るが、炭は大分だいぶ良い炭じゃア、来て見なんせ……此方こっちゃに下駄が有るぞえ」
七「何処どこに下駄が」
永「それ其処そこに見なさい」
七「成程これは面白い妙ななりで、旦那の姿がいねえ、何うもあなた虚飾みえなしに、方丈様とか旦那様とか云われる人の、薪を割るてえなア面白いや」
永「七兵衞さん、先刻さっきお前、わしにおつう云掛いいかけたが、お前はお梅はんと私とおかしな事でも有ると思ってうたぐって居やアせぬか」
七「旦那もし、私が疑ぐるも何もねえ、貴方が隠居なさればお梅を上切あげきりにしてもいので、うに当人も其の心が有るのだから、その代りにねえ貴方」
永「おい/\わしはおはんのな女房を貰い切りにしたいと何時いつ頼みました」
七「頼まねえと、頼んでもいじゃアねえか、吸涸すいからしではお気に入りませんかえ」
永「これわし一箇寺いっかじの住職の身の上、納所坊主とは違うぞえ、それはおはんがお梅さんと私がおかしいと云うては、夫ある身で此の儘には捨置かれんが」
七「捨置かれんたっておまえさんも分りませんね、お梅はお前さんと何うなって居ると云うのは眼が有りますから知っては居ますが、何も苦労人の藤屋七兵衞知らねえでいる気遣いはねえのさ」
永「こりゃわしは覚えないぞ、えゝや何う有っても、そんな事をした覚えないわ」
 と大声を揚げて云うより早く、柄の長い大割おおわりという薪割で、七兵衞の頭上を力に任せ、ずうーんと打つと、
七「うーん」
 と云いつゝ虚空をつかんで身をふるわしたなりで、たっ一打ひとうちに致しましたが、これが悪い事を致すとおのれの罪を隠そうと思うので、また悪事を重ねるのでございますから、少しの悪事も致すもので有りません。少しの悪事でも隠そうと思って又重ねる、又其の罪を隠そうと思っては悪事を次第々々に重ねてなおまた悪事に陥ります。毛筋ほどでも人は悪い事は出来ませんものでございます。永禪和尚は毒喰わば皿までねぶれと、死骸をごろ/\転がして、本堂の床下へ薪割で突込つきこみますのは、今に奉公人が帰って来てはならぬと急いで床下へ深く突入つきいれました。

        十九

 お繼という七兵衞の娘は今年十三になりますが、孝心な者でございます。母親おふくろが居りませんに、また父親おやじが見えませんから、屹度きっと宗慈寺様へ行ってるので有ろうと、自分も何時いつも此の寺へ参りますと、和尚に物を貰って可愛がられるから度々たび/\参りますので、勝手を存じて居りますから、
繼「お父様とっさんは居りませんか、おっかさんは」
 と納所部屋を捜しても居りません。すると本堂の次が開いて居りますから、其処そこへ来ると草履ぞうりが有りますから庭へ下りまして、
繼「おや和尚様お母さんは居りませんか、お父様は」
 とこゞんで云いましたが、女の子はかしらう横にして下をのぞく様にして口を利くものでございますが、永禪は見ると飛んだ処へ来た、年はかぬが怜悧りこうな娘、こりゃ見たなと思ったから、物をも云わず永禪和尚柄の長い薪割を振上げて追掛おっかけたが、人を殺そうという剣幕、なんともどうも怖いから、
繼「あれえ」
 ばた/\/\/\/\/\/\と庭を逃げる、跡を追掛けてき、門の処まで追掛け、既に出ようとする時お梅が帰って来て、
梅「まア旦那何うなすったよ、みっともないよ」
永「おゝい処へ来た」
梅「もし何ですよ、お繼はキエ/\と云って駈けてきましたが、貴方もみっともないよ跣足はだしでさ」
永「一寸ちょっとお前此処こゝへ来な……お梅はん、お繼が逃げたからう是までじゃア、詮事しょことがない、さアわしも最早命はない、お前も同罪じゃでなア、七兵衞さんはお前とわしなかを知って五十両金の無心、二つ云合いいおうたが、知られては一大事、薪割でお前の亭主を打殺したぜ」
梅「あれまアお前さん、何だってねえ」
永「さア/\殺す気もなかったが、是も仏説で云う因縁じゃア、おはんに迷ったからじゃア、おまえは藤屋七兵衞さんを大事に思う余りわしの云う事を聴いたろうが、お繼が駈けて来て床下を覗いてお父様はと云うたから、見たと思うて追掛おいかけたが、お繼をだまして共に打殺し、私と一緒に逃げ延びて遠い処へ身を隠すか、いやじゃアと云えば弐心ふたごゝろじゃア、お前も打殺さなければならん」
梅「何だってまア、そんな事を云ったって、お繼はお前さんが可愛がるから仮令たとえ見たとって、よもや貴方が親父を殺したとは気が付くまいと思いますから、其処そこがまだ子供だから分る気遣きづかいは有りませんよ、私がとっくりの子の胸を聞きますからさ」
永「じゃアお前が連れて来ればい」
梅「まアお待ちなさい、当人を連れて来て全く見たなら詮方しかたもないが、見なければ殺さなくってもいじゃアないか」
永「知らぬければいが、ありゃお前のほんの子じゃ有るまいが」
梅「だって三歳みッつの時から育てゝ、ちがった子でも可愛いと思って目を掛けましたから、の子も本当の親の様にするから、私も何うか助けとうございますわ、あれまア何うでもするから待って下さいよ」
 と話をして居る処へ寺男が帰って来て、
庄吉「はゝ只今帰りました」
永「おゝ帰ったか」
男「へえー彼方様あっちゃさまめえりますといず此方こっちゃから出向かれまして、えずれ御相談致しますと、そりゃはや何事も此方から出向でむかれましてと斯様かようにしば/\と申されまして、宜しくと仰せ有りましたじゃと」
永「おゝ手前あのなに何へ行って大仏前へ行ってな、常陸屋ひたちや主人あるじになったら一寸ちょっと和尚が出て相談が有るからと云うて、早く行って」
男「はい左様さよか、まいるますと」
永「お梅早く先へ帰りな」
梅「じゃア私は先へ帰ります」
永「ひそかに今宵忍んでお前の処へくぜ」
梅「そうして死骸は」
永「しい、死骸で庭がのりだらけに成ってるから、泥の処は知れぬように取片付とりかたづけて置いた、なそれ、縁の下への様に入れて置いたから知れやアせん、江戸と違って犬は居ず、うずめるはまアあとでもい、お前は先へ帰りな」
梅「はい/\」
 と云いますが、お梅は此処こゝに長居もしませんのはすねきず持ちゃ笹原さゝはら走るのたとえで、すぐに門前へ出まして、これからお繼を捜して歩きましたが、何処どこへ行ったかとんと知れなかったが、ようや片原町かたはらまち宗円寺そうえんじという禅宗寺から連れて来ました。この宗円寺の和尚さんは老人でございますからお繼を可愛がりますので、此の寺に隠れて居りましたのを連れて帰り、
梅「まアお前何処へ行って居たかと思って方々ほう/″\捜したよ」
繼「はい宗円寺様へ行って居たのでございますわ」
梅「何でお前逃出したのだよ」
繼「あのお母様っかさん怖いこと、宗慈寺の和尚様が薪割をげて殺して仕舞うってね、怖くって一生懸命に逃げたけれど、く処がないから宗円寺様へ逃込んだの」
梅「お前本当じゃアないよ、おどかしだよ、からかったのだね」
繼「いゝえ、おからかいでないの、一生懸命の顔で怖いこと/\」
梅「一生懸命だって、おまいを可愛がって御供物おもりものや何か下さる旦那さまだもの、ほんのお酒の上だよ」
繼「う、わたしゃねお父様とっさんを捜しに往ったの」

        二十

梅「お父様とっさんはあのお商いもひまだから、あの金沢から山中の温泉場の方へ商いに往って、事に依ったら大阪へ廻って買出しをたいからと云って、ちっとばかり宗慈寺様からね資本もとでを拝借したのだよ、そうして買出しかた/″\お商いに往ったから、半年や一年では帰らないかも知れないよ、その代りしっかり仕入れて、以前もとの半分にも成れば、お繼にも着物をこしらえてられると云って、お前が可愛いからだね」
繼「そう、お父様が半年も帰らないと私は一人で寝るの」
梅「いじゃないか、私が抱いて寝るから」
繼「嬉しい事ね、あの他処よその子とちがって私はちいさい時からお父様とばかり一緒に寝ましたわ、おっかさんと一緒に寝られるなら何時いつまでもお父様は帰らないでもいの」
梅「うかえ、私と寝られゝばお父様は帰らないでも嬉しいとお思いかえ、然うお云いだと誠にお前がなア憫然かわいそうで、なに可愛くなってね、どんなに私が嬉しいか知れないよ、本当に少さいうちから抱いて寝たいけれども、何だか隔てゝいる中で、おれが抱いて寝るとおとっさんに云われたが、お前の方からだかって寝たいと云うのはしんに私は可愛いよ」
繼「私も本当に嬉しいの」
梅「あのお前私がお膳立ぜんだてするから、お前仏様へお線香を上げなよ、お父様へ、いえなにお先祖様へ」
 とお梅は不便ふびんに思いますから膳立をして、常とちがってやさしくお繼に夕飯ゆうめしを食べさせ、あとで台所を片付けてしまい、
梅「お繼お前表口の締りをおしよ」
繼「はい」
 とお繼は表の戸締とじまりようと致しますると、表から永禪和尚が忍んで参りまして、
永「お梅/\」
梅「はい今開けます、旦那でございますかえ」
 と表をあける。永禪が這入るを見るとお繼は驚きまして、
繼「あゝれ」
 と鉄切声かなきりごえ跣足はだしでばた/\と逃出しますので。
永「あゝびっくりした、なんじゃい」
梅「今お前さんの顔を見てお繼が逃出したので」
永「おゝ左様そうか、お繼は最前の事はうじゃ、死骸を隠した事は怜悧りこうだから見たで有ろう」
梅「いゝえ見ませんよ」
永「いや見たじゃ」
梅「見やアしませんよ、お前さんは心配していらっしゃるが大丈夫ですよ」
永「然うかえ」
梅「お父様はと聞きますからお父様は山中の温泉場から上方へ往ったから、一二年帰らないと云ったら、私に抱かって寝られゝば帰らないでもいと云います、お父さんは何処どこへ往ったと聞くくらいだから知りませんよ」
永「知らぬか」
梅「大丈夫でございます、知る気遣きづかいないと私は見抜いたから御安心なさいよ」
 と云うので、是から亭主が無いから毎晩藤屋のうちへ永禪和尚忍んで来ては逢引を致します。心棒しんぼうが曲りますと附いて居る者がな曲ります、眞達という弟子坊主が曲り、庄吉という寺男が曲る。旅魚屋たびさかなや傳次でんじという者が此の寺へ来て、納所部屋でそろ/\天下御制禁ごせいきん賭博いたずらる、しからぬ事で、眞達は少しも知らぬのに勧められて[#「勧められて」は底本では「勤められて」]為ると負ける。
傳「眞達さん冗談じゃねえ、おいお前金を返さなくっちゃアいけねえ」
眞「今はえよ」
傳「今無くっちゃア困るじゃアねえか」
眞「え物を無理に取ろうて云うも無理じゃアねえか、だらくさい事を云いおるな」
傳「えたってお前おれが受ければ払いを附けなければ成らねえ」
眞「今えから袈裟文庫けさぶんこ抵当かたに預ける」
傳「こう袈裟文庫なんぞおらっちが抵当に預かっても仕様がねえ」
眞「是が無くては法事にくにも困るから、是をまア払うまで預かって」
傳「そんな事を云って困るよ、おい眞達さん一寸ちょっと聞きねえ、まア此処こゝねえ」
 と次の間へ連れてきまして
「こうおめえ和尚に借りねえ」
眞「師匠だって貸しはしなえ」
傳「貸すよ」
眞「いや此の間わしが一両貸しゃさませと云うたら何に入るてえ怖ろしいまなこしてねらんだよ、貸しはせんぞ」
傳「おめえいけねえ、和尚は弱い足元を見られて居るぜ、お前知らねえのか、藤屋の亭主は留守で和尚は毎晩しけ込んで居る、一箇寺いっかじの住職が女犯にょはんじゃア遠島になる、おらア二度見たぜ」
眞「じゃア藤屋の女房じゃあまと悪い事やって居るか」
傳「やって居るよ、己ア見たよ」
眞「それははやちっとも知らぬじゃ」
傳「ねえ、彼処あすこへ往ってお前が金を貸してと云えば、否応いやおうなしに貸そうじゃアねえか」
眞「成程、じゃアわしが師匠にうてお前様お梅はんと寝て居りみすから、私に何うか賭博ばくち資本もとでを貸してお呉んなさませと云うか」
傳「そんな事を云っちゃア貸すものか、そこがおつうおかしく云うのだ、人間は楽しみが無くってはいけません、わたくしも女を抱いては寝ませんが、瞽女町へ往って芸者を買ったとか、娼妓じょうろを買ったとか、旨いものが喰いたいから、二十両とか三十両とか貸せと云えば、きに三十両ぐらえは貸すよ、おめえさんはお梅さんの酌でおたのしみぐらいの事を云いねえ」
眞「むう、うまい事を教えて呉れた、有難い/\」
 と悦びまして、馬鹿な坊主で、じん/\端折ばしょりで出掛け、藤屋の裏口の戸の節穴からそっとのぞくと、前に膳を置いて差向いで酒を飲んで居りますから、小声で、
眞「もしお梅はん/\」


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告