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敵討札所の霊験(かたきうちふだしょのれいげん)
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五十五
引続きまする巡礼敵討のお話で、十八歳に成りまするお繼に、十九歳に相成りまする白島山之助が、互に姉の敵親の敵を討ちたいと、三年の間諸方を尋ねて艱難苦労を致しましたる甲斐有って、思わずも只今お百姓が来ての物語に、両人は飛立つ程嬉しく思いますから婆アの留るのも聞入れずに見相を変え、振払って深川富川町へ駈出します。すると暫く経って帰ったのは伯父の文吉でございます。婆は両人が駈出してから立ちつ居つ心配して泣いて騒いでも、七十を越した婆様でございますから、只騒いで心配するばかり、何うする事も出来ません。 文「婆さま、今帰りました」 婆「おゝ文吉帰ったか、己アまア心配ばかりして居ったが、何うもまア飛んだ訳に成ったゞよ」 文「何うしたゞえ、何時でも婆さまは仰山な事を云って己ア本当に魂消るよ、まア静かに」 婆「静かにたって、お前先刻茂左衞門が家へ来ての話に、敵の水司又市が深川の富川町で按摩取に成ってると云う事を話したゞ、するとお前、お繼も山之助も飛上って、さア是から直に敵を討ちに行くと云うから、待てえ、向うは泥坊を取って押えるような豪い侍だから、か弱い汝ら二人で駈ん出しても仕様がない、返り討にでも成ってアならねえから待っちろと云うのに、聞かないで駈ん出すから、己ア出て押えようと思ったら、突転して駈ん出すだ、追掛けることも出来なえから、早く汝が帰らば宜いと心配ぶって居たゞ、早く何うかして追掛けて呉んなよ」 文「こりゃア困ったなア、それだから己が不断から然う云って置くだ、二人で行っても屹度先方に斬られもんだ、よしんば斬られんでも怪我アするは受合いだアから、何んな事が有っても己を待ってる様に云うだ、婆様何故遣ったゞえ」 婆「何故遣るたっても遣らない様に仕ようと思うと、突除けて行って、留ても留らぬから仕様がないだ」 文[#「文」は底本では「山」]「そりゃア困ったなア……これ嘉十手前も一緒に行け、二人に怪我をさしては成んねえから、己も直ぐに行くだから、手前長く奉公して世話に成ったから一緒に行け」 嘉「敵討に行くだから一緒に行けって、私い参りましょう、なに死んだって構いませんよ、参りましょう」 と田舎の人は正直で親切でございますから、本当に死ぬ了簡と見えて、藻刈鎌を担いで出掛けまする。文吉も小長いのを一本差しまして、さっさと跡から飛出して余程急ぎましたが、間に合いません。山之助お繼は富川町へ駈けて参りますると、其の頃は彼処に土屋様の下屋敷があり、此方にはまばらに人家が有りは有りまするが、只今とは違って至って人家の少ない時分でございます。成程来て見ると茂左衞門の云った通り入口が門形に成りまして、竹の打付の開戸が片方明いて居て、其処に按腹揉療治という標札が打ってございます。是から中へ這入ると左右が少し許り畠になって、その横が生垣に成って居りますから、凡そ七八軒奥の方に家が建って居まして、表の方は小さい玄関様で、踏込が一間ばかり土間に成って居ります、又式台という程では有りませんが上り口は板間で、障子が二枚立って居り、此方の方は竹の打付窓でございます。あの辺は四月二十七日頃でももう蚊が出ると見えて、夕景に蚊遣を焚いて居る様子、庭の方を見ると、下らぬ花壇が出来て居りまして、其処に芥子や紫陽花などが植えて有って、隣家も遠い所のさびしい住居でございます。二人は窃っと藁苞の中から脇差を出して腰に差し、慄える足元を踏〆めて此の家の表に立ちましたのは、丁度日の暮掛りまする時。 山「御免なさいまし、お頼み申します」 太「はい誰方え」 山「あの揉療治をなさる一徳さんは此方でございますか」 太「はい一徳の宅は手前だが何方だえ、此方へお這入んなさいまし」 繼「少々承まわりとう存じますが、一徳さんのお年は幾つでございますえ」 太「何だ障子越しに己の年を聞くと云うのは何だ……御冗談や調弄では困ります、此方へお這入りなさい」 山「はい、あなたは何でございますか、額に疵がございますか」 太「何だ……左様でござる、手前は額に疵も有りますが、何方でげすえ」 山「えゝ、元は榊原様の御家来で、お年は四十一でいらっしゃいますか」 太「なんだ……はい私の年まで知っていて、面部に疵が有ると仰しゃるのは何方のお方でございますえ」 山「お名前は水司又市でございますか」 太「はい何方だえ」 と水司又市と云う名を聞くや否や山之助は一刀を抜くより早く、がらり障子を明けながら、 山「姉の敵い…」 と一声一生懸命の声を出して無茶苦茶に切込んで来る。続いてお繼が、 繼「おのれ親の敵覚悟をしろ」 と鉄切声を出した時には不意を打たれて驚きましたが、 太「これ何を致す、人違いをするな」 と云いながら傍に有りました今戸焼の蚊遣火鉢を取って打付けると、火鉢は山之助とお繼の肩の間をそれて向うの柱に当って砕け、灰は八方に散乱する。また山之助の突掛ける所を引外して釣瓶形の煙草盆を投付け、続いて湯呑茶碗を打付け小さい土瓶を取って投げる所を、横合からお繼が、親の敵覚悟をしろと突掛けるのを身を転して利腕を打つと、ぱらり持っていた刃物を落し、是はと取ろうとする所を襟上を取って膝の下へ引摺寄せる、山之助は此所ぞと切込みましたが、此方は何分手ぶらで居った所、幸いお繼が取落した小刀が有ったからそれを取って、 太「これ怪我を致すな、人違いを致すな、宜く心を静めて面体を見ろ、人違い/\」 と二三度打流したが、相手の方から無二無三に打って掛るから、 太「これ人違いを致すな」 と払い除けました、其の切尖が山之助の肩先に当ると、腕が利いて居る、余程深く斬込みました。 山「あア」 どんと山之助が臀餅をついたなり起上る事が出来ません、山之助が斬られたのを見るとお繼が 「わーっ」 と其の場に泣倒れました。 太「これ何処へ参って居るかな、これ照や、狼藉者[#「狼藉者」は底本では「狼籍者」]が這入ったが、何処へ参って居るか、これ早く燈光を持って参れ、燈光を……」 此の時女房は裏の井戸端で米を磨いで居りました。じゃ/\/\/\と米を磨いで居り、余程家から離れて居りまするから、右の騒ぎは聞えませんだったが、大声で呼びましたから、何事かと思って慌てゝ家へ這入って見ると右の始末、 照「おや何う…」 太「何うたって今狼藉者[#「狼藉者」は底本では「狼籍者」]が這入ったのだ、何分暗くって分らぬから早く燈光を点けて来い」 と云われて、女房は慌てながら火打箱でかち/\/\/\。
五十六
お照は火を打つ所が、慌てるから中々点かないのを漸うの事で蝋燭を点して、 照「何うしたの」 と見ると若い男が一人血に染って倒れて居り、また一人の娘を膝の下へ引敷いて居りますから。 照「こりゃアまア何でございます」 太「何だって今此の狼藉者[#「狼藉者」は底本では「狼籍者」]が這入ったのだ…さこれ能く面体を見ろ、人違いを致すな、己は人を害めた覚えも無し、敵と呼ばれて打たれる覚えも無い、これ面を見ろ、心を静めて面を見ろ」 と云われたから、山之助が漸うに起上って燈火で顔を見ると、成程年齢は四十一二にして色白く、鼻筋通り、口元が締って眉毛の濃い、散髪の撫付で、額から小鬢に掛けて疵が有りますなれども、能く見ると顔形が違って居りまする故、 山「あゝ是は人違いをした」 と思うと、 太「何うじゃ、違って居ろうな」 山「はい誠に申訳がございません、全く人違いでございます」 照「人違いで敵だと云って斬込むとは人違いにも程がある、何ぼ年が行かぬと云って、斬ってしまった後で人違いで済みますか、良人はお怪我は有りませんか」 太「そんな事を云わんでも宜い、早く其処らに散乱して居る火を消せ」 と云われて御新造が柄杓に水を汲んで蚊遣の火が落ちた処に掛けると、ちゅうぶうと云う大騒ぎ。此の時まで只泣いて居て口の利けぬのはお繼で、今燈火の影で山之助が血に染って居る姿を見て、 繼「山之助さん確かりして下さいよ……全く人違いでございますから、何の様にもお詫をいたしますが、何卒お医者様を呼んでお手当を願います」 太「そりゃア人違いと分れば手当もして遣ろうが、油断は出来ませぬ、ひょッとして又、何うもなア……全く人違いであろう」 山「はい」 太「左様か」 山「お年と云い、額の疵と云い、榊原の家来で水司又市様と仰しゃいましたから、同じお名前故に取違えましたのでございます」 太「やア是ははや是ははや、私は水司又市じゃアない、私は水島太一郎という者だが、按摩に成ってからは太一と申すが、其方は水司又市を敵と狙うのか」 山「はい」 太「やアそれは気の毒千万な事を致した、うん、うん、姉の敵で、彼の者には親の敵だと、未だ年も行かんで親の敵姉の敵を討とうと云う其の志ある壮者を、怪我させまいと背打にする心得だったが、困った事を致したな、是ゃア不便な事を致した、手が機んだから、余程深傷のようだ、まア/\/\待て」 と彼の按摩取太一が山之助の傷を見ると、果して余程深く切込みました。 太「こりゃア機みも機んだので、迚も助かりそうは無い……まアこれ表の鎖鑰を掛けろ、誰も這入っては来まいが、若し来ては成らぬから締りをして参れ、これ誠に気の毒な事だけれども、私も刃物で切込まれるから、已むを得ず気の毒ながらも深傷を負わしたが、一体何う云う仔細でまア水司又市を敵と探す者か、此方は手負で居るからせつない、これ娘お前泣かずに訳を云え」 繼「はい/\、私は越中の高岡大工町の藤屋七兵衞の娘繼と申しまする者でございますが、七年前に私の継母と、つい前の宗慈寺と申す真言寺の永禪と申しまする和尚と不義をして、然うして親共を薪割で殺して二人で逃げました、私は丁度十二の時で、何うぞ敵を討ちたいと心に掛けまして、三年前に高岡を出まして、巡礼を致して敵の行方を捜しました所が、更に心当りもなく、つい先達て江戸へ出て参りました、参って伯父の処に厄介になって居りまする中に、この深川富川町に水司又市という人が有って、元は榊原様の家来で家敷を出て、一度頭髪を剃り、又還俗して按摩をして居る水司又市と聞きました故、親の敵という一心で此方へ斬込みましたのでございます」 太「成程お前の為には親の敵だ、またこれは姉の敵だと云ったな」 山「はい/\」 と手負に成りました山之助が、漸うに血に染った手を突いて首を擡げましたが、 山「はア旦那様誠に申訳もございません、私は其の永禪と申しまする者が還俗して、また元の水司又市と申します者が、此のお繼の一旦親に成りましたお梅と申す者を尼の姿に扮して、私の宅に泊り合せ、私の姉に恋慕を云い掛けました所が、姉が云う事を聞かぬと云うので到頭姉を殺して逃げましたのが水司又市でございます、それから私は姉の敵を討ちたいと心に掛けまして、此のお繼と二人三年越し巡礼に成って西国三十三番の札所を巡りまして、漸々の事で今日只今敵に逢いましたと存じまして、是へ参って承わりましても、貴方のお年は四十一歳、額に疵が有って元は榊原の家来水司又市と仰しゃいます故に善々お顔も見ずに踏込んで斬掛けました不調法の段は幾重にもお詫を致します」 太「うん二人は兄弟か」 山「えゝ是は只今は私の女房でございます」 太「うん左様か、うん是は何うも誠に気の毒千万、えん、うん水司又市あーア何うも彼奴は兇悪な奴だ、今に悪事を重ねる事で有るか、何う致してもなア、医者を呼んで手当をして遣ろうが、中々の深傷で有るて、なれども確かり致せよ、命数尽きざる中は何の様な深傷でも、数十ヶ所縫う様な傷でも決して死ぬものじゃアない、又万一療養相叶わずして相果る事があれば、後に残るは貴様の女房……二人が剣術も知らずに無暗に敵を討とうと思っても、水司又市は中々の遣い手だから容易に討てやせぬ、手前も仔細有って其の水司又市に逢わんければ成らぬ事が有るから、貴様が万一の事が有れば娘は自分の娘にして剣術も教え、貴様は己が過まって殺したのじゃに依って、後々愈々又市を討つ時には己が力に成って助太刀をして討たせるが、何か貴様申置く事があらば遠慮なく云えよ」 山「はい有難う、有難う、私は不調法から貴方に斬られて死ぬのは決してお怨みとは存じませんが、只水司又市に一刀も怨まぬのが残念でございます、私の親と申しまする者は、元は榊原藩で貴方も御同藩なら御存じでいらっしゃいましょうが、十七年前に家出を致しまして、もう国を出ましてから十九年で、私が未だ生れぬ前に、江戸屋敷詰に成りまして、それから江戸屋敷から行方知れずに成りましたので、段々姉と両人で神仏に祈念して行方を捜しましたが、いまだに行方も知れず、生死の程も分りません、これお繼私のお父様の事もお前に話して有るが、若し御存生でお目に掛る事が有ったらば、私は斯々の訳で不覚を取ったが、何卒一目お目に懸りたいと云って居たと云って下さい」 繼「はい、確かりしてお呉んなさいよ」 太「貴様が側で泣くと手負が気力が落ちていかん……これお前の親は榊原藩で何という名前の人だえ」 山「はい私の祖父様がお抱えに成りましたのだそうでございますが、足軽から段々お取立に成りまして、お目見得近くまで成りました、名は白島山平と申しまする者でございます」 太[#「太」は底本では「山」]「えゝ何だ貴様の親は白島山平……何か貴様は白島山平の忰か」 山「はい白島山之助と申しまする者で」 太「おゝ是は何うも、宥してくれ、これ忰、貴様の親の山平は此の水島太一であるぞ」
五十七
山「えゝお父様あの貴方が」 と云って二人ともに膝の上に縋り付く手を取って、 太「あゝ面目次第もない、己が貴様の親だと云って名告って逢われべき者ではない、実に非義非道の親である、其の方が懐妊中に江戸詰を仰附けられて江戸屋敷に居る間に、若気の心得違いで屋敷を駈落する程の心得違いの親、実に情ない事だ、親らしい事も致さぬ親を憎いと恨まんで、宜く臨終に至るまで手前に逢いたい懐かしいと遺言まで致してくれた、あゝ面目ないが、母も歿したか、うん、なに姉おやまも又市に討たれたか」 山「はい/\有難う存じます、お懐しゅうございます、お懐しゅうございます、貴方にお目に懸りたいと云って姉さんも何様に待っておいでなすったか知れません、貴方が家出をなさいましても屋敷に居られぬ事はございませんが、お母さんは心配して三年目に亡なりまして、私は少さし姉さんも年が往きませんし、外に致方がございませんで、伯父さんが此方へ引取ろうと云って、信州白島の伯父さんの厄介に成って居りまする中に、姉さんが又市の為に斬殺されました、姉様が死にます時にも、お父様に逢わずに死ぬのは残念だ、一目逢いたい/\と申しました」 太「うん左様か、実にそれ程までに私を慕って、今思い掛けなく面会致したが、現在親の手で子を殺すと云うのは如何なる事か、皆これまで非道な行いを致した天罰主罰が酬い来って斯の様な訳、あゝ親として手前を己が殺すと云うのは実に情ない、手前己を親と思わずに一刀でも怨んで呉れ」 山「いゝえ勿体ない事を」 照「あなた其様な事を仰しゃっても仕様がございません……あのお前さん、初めてお目に懸りました、お前さんは定めてお父さんを憎いとお恨みでございましょうが、お父さんの悪いのではございません、みんな私が悪いのでございます、と申すは拠ろない訳で私がお前さんのお父様を慕いまする故に、お父様がお屋敷を出る様な事に成りました、それも私の養子が得心で二人共にお屋敷を出ましたけれども、永い旅を致して宿へ着くとは、国へ残してお出でなさった御新造やお前さん方に済まないと云って、私も神仏に心の中でお詫ばっかり致して居りました、何卒堪忍してお呉んなさい、お父様を怨まずに私を悪い者と恨んでお呉んなさいまし」 太「これ山之助今更懺悔を致す訳でも無いが、余儀なく屋敷を出んければならない訳に成ったのは、武田から来た養子の重次郎と同衾を致さぬと云う情を……立てる其の間に告口を致す者も有って、表向になれば名跡が汚れるから重次郎の情で旅費を貰うて家出を致したが、丁度懐妊中の子を生落して夏という娘を得たから、漸く十五歳まで育って楽しみに致した所が、三年前に信州の鳥居峠へ掛る時、悪者に出逢い、勾引されんとする時に、一刀を抜いて切結んだが、向うは二人此方は一人、其の時受けた疵が斯のように只今でも残っている、娘は其の時谷間へ落ちて到頭其の儘に相果てたから、私も此のお照も実に一月許の間は愁傷して、泣いてばかり居って、終には眼病と相成ったから、致方なく按摩に成って揉療治を覚え、迚も生涯世に出る事は出来ぬと心得て居った所が、追々眼病も快く成って段々見える様に相成ったから同じ死ぬなら故郷懐かしく、此の江戸へ立帰って、富川町に昨年世帯を持ち、相変らず按摩を致して居る内に、よう/\の事で眼病も癒るような事なれども、揉療治を致すような身の上に成ったから、若し屋敷の者に見られては相成らぬと思うて、屋敷近くへ参る事も出来ず、如何致そうかと照も心配致して、又々旅立を致そうか、但しは謝まって信州の親族の処へ参ろうかと思って居った所で有るが、一人の娘を谷間へ落して殺したのも是も皆罰で、両人の者へ歎きを掛けるような事が身に報ったのだ、今また其の方を我手で殺すとはあーア飛んだ事、是も皆天の罰、こりゃア頭髪を剃毀って罪滅ぼしを致さんければ世に居られぬ」 照「誠に御尤もでございます」 山「お父様え、貴方も水司又市を捜す身の上と仰しゃいましたが、何故あなたは水司又市に似た様な名をお附け遊ばした」 太「手前は何も存ぜんが、お祖父様は元信州の者で、故有って越後高田に近き山家へ奉公住みを致して居ると、或日榊原公が山猟にお出遊ばして、鳥を追って段々山の奥に入り、道に迷って御難儀の処へお祖父様が通り掛って、御案内をして城中へお帰りに成ったから、うい奴と仰しゃって先君がお取立に成った、是が私の先祖で、其の時は白島太一という名前で有ったが、山を平らに歩かせたという所から山平という名を下すった、それ故先君から頂戴の名を大切に心得て名を汚すな/\という遺言が有ったなれども、私は実に家名を汚す不孝不義の山平ゆえ、先代が頂戴の名を附けて居ては成らぬと云うので、信州水内郡の水と白島村の島の字を取って苗字に致し、これに父の旧名太一を名告って水島太一と致したが、今と成って見ると此の水島太一という姓名を附けなければ斯の様な間違いも有るまい、是も皆若い時分からの罪で斯う成るのであろう、あゝあ恐るべき事である、これ忰手前なア何うかして助けたいが、実は迚も助からぬ事と存じて居ろうが、後々の事には心を残さず往生致せ、縁有って手前の家内に成って居るお繼という此の娘は私が引取って剣術を仕込み、手前の為には姉の敵に当る水司又市を捜して屹度敵を討たせるから、心を残さず往生致せよ」 山「はい/\/\有難う/\、逢いたい/\と思うお父様にお目に懸り、お父様のお手に懸って死にますれば何も心を残す事はございません、これお繼少しの間でも御厄介になった伯父さんやお婆さんに何卒宜しくお前云ってお呉れよ」 繼「はい山之助さん確かりして下さいよ、お前さんが死ねば私は此の世に生きて居られません」 と山之助に取縋って泣きまするから、堪え兼てお照も泣伏します。水島太一も膝の上に手を置くと、はら/\/\と膝へ涙が落ちる。すると台所の方から大きな声で 「御免なせえまし」
五十八
太「何だえ」 文「へえ/\真平御免を蒙ります」 太「何うも恟りする、誰だえ」 文「私は此処にいるお繼の実の伯父で百姓文吉と申します、私は今日他処へ行って先刻家へ帰ると、敵討に行ったと云いますから、家の男を連れて駈けて参りましたが様子が知んない、其処らで聞くと此家だと云うから、済まぬようだが窃っと這入って、裏へ廻って様子を聞いて居りますと、人違いだ/\と云う声がするから、はてと思って聞いて居りましたが、間違いとは云いながら、少さい時分に別れたお前様の子、それを貴方が知らないとは云いながらはア斬って殺すと云うは、若い時分の罪だと懺悔する其の心持を考えますと、我慢しようと思いましたがつい泣いたでがんす、何うも飛んだ間違いに成りました、これ嘉十、もう鎌なんざアぶっ放ってしまえ」 太「何うもお恥かしい事がお耳に入って面目次第もございません」 文「何うか助かり様が有りましょうか」 太「迚も助かりますまいとは存じますが、此の辺に生憎療治を致す者もござらぬ、手前少々は傷を縫う事も心得て居りましたが、つい歎きに紛れて……何しろ焼酎で傷口を洗いましょう」 山「伯父様宜く来て下すった」 と云う声も絶々でございますから、 太「確かりしろ、今傷口を洗うぞよ」 と云う中に山之助は最う目も疎く成りますから、片方に山平の手を握り片方はお繼の手を握って、其の儘山之助は呼吸は絶えましたから、お繼も文吉も声を揚げて泣倒れましたが、 太「幾ら歎いても致し方がない、私が親と知れてはぱっとして上屋敷へ知れては相成らぬから、何卒親でない事に致したい、それにはお前方が確かな証人だに依って、敵と間違えて斯様々々に成ったと云う事を細かに訴えて検屍を受けんければ成らぬから」 と是から百姓文吉に山之助の女房お繼が証人で、直に細かに認めて訴え出でましたから、早速検屍が出張に成って傷口を改めましたが、現在殺された山之助の女房と伯父両人が証人で、全く人違いで斯様な事に相成りましたと云うから、さしたる御咎もございませんで済みました。その跡の遺骸は文吉が引取りまして、別に寺もありませんから小岩井村の菩提所へ葬むり、また山平は伯父と相談して兎も角もお繼を引取り、剣術を仕込み、草を分けても水司又市を捜し出して親の敵を討たせんければ成らぬと、深川の富川町へお繼を連れて参り、これから山平の手許に置いて剣術を仕込みまする所が、親の敵を討とうと云う志の好い娘でございますから、両親に仕えて誠に孝行に致します。またお照も山平も実の子の如くにお繼を愛します。是から竹刀を買って来て、間が有れば前の畑に莚を敷きまして剣術を教えまするが、親の敵姉の敵夫の敵を捜して、水司又市を討たんければ成らぬと云う一心でございますから、教えようも教え様、覚える方も尋常でないから段々/\と剣術が出来て腕も宜くなり、もし貴方を又市と心得まして斯う斬込んだら何うお受けなさると云うくらい、人の精神は恐ろしいもので、段々山平でも受け兼る程の腕に成りましたから山平も喜びまして、 山「先ず追々腕も出来て来たか、生兵法は敗れを取ると云う譬えも有るから、ひょっと途中で水司又市に出遇っても一人で敵と名告って斬掛ける事は決して成らぬ、相手の水司又市は今は何の様な身の上か知れんが、何でも腕の優れた奴だに依って、決して一人で名告掛ける事は成らぬぞ」 と予て言付けて有ります。毎日々々朝は早く巡礼の姿で家を出まして、浅草の観音へ参詣を致し、市中に立って御詠歌を唄っては報謝を受けて帰り、月夜の時には夜になっても裏の畑に莚を敷いて一生懸命に剣術の稽古を致します。すると近処では不思議に思いまして、 ○「あの按摩の家は余程変ってるぜ、巡礼の娘を貰ったとなア、妙な者を貰やアがったなア、でも腕は余程宜いに違いない無闇に剣術を教えるんだが、それも夜中にどん/\初めやアがる、彼奴は余程変り者だぜ」 と云う噂が高く成りまする。丁度九月の節句の事でございましてお繼は例の通り修行に出て家に居りません。山平も別に用事が無いから、寛いで居る所へ這入って来ましたのは、土屋様の足軽中村久治と申す人。 久「先生々々」 山「誰方ですえ」 久「えゝ中村久治でげす、さて先日は大きに」 山「えゝ貴方は先日急に御用で揉掛けになって、まだ腰の方だけが残って居りました」 久「いやもう私は酒は飲まず、外に楽みも無いので、まア甘い物でも食い、茶の一杯も飲むくらいが何よりの楽み、それに私はまア此の疝気が有るので、疝気を揉まれる心持は堪えられぬて、湯に這入ってから横になって疝気を揉まれるのが何より楽しみだが、先生は私の様な者だからと思って安く揉んで下さるんで先生は柔術剣術も余程えらいと云うことを聞いて居りますが、何うも普通の先生でない、たしか去年でげしたか、田月という菓子屋で盗賊を押えなすったって、私の屋敷でもえらい評判でねえ」 山「なに出来やア致しませんが、幸いに泥坊が弱かったから……これ照やお茶を上げろ……是やア詰らぬ菓子ですが、丁度貰いましたから召上るなら」 久「いやこれは有難い、先生の処はお茶は好し菓子までも下さる、有難いと云って毎度噂を致します、何卒又少し療治を願いましょうか」 山「えゝお屋敷も御大藩でげすから、御家来衆も嘸多い事でございましょうが、御指南番は何方でげすえ」 久[#「久」は底本では「山」]「なに杉村内膳と云って、一刀流ではまア随分えらい者だという事で」 山「へえ成程杉村内膳、柔術は……うん成程澁川流の小江田というのが御指南番で、成程あれは老人だが余程澁川流の名人という事を聞きました…成程して強い御家来衆も有る事でげしょうなア」 久「沢山ある上に其の上にも/\と抱えるのは、全体殿様が武張っていらっしゃるので、武芸の道が何よりもお好でなア、先年此の常陸の土浦の城内へお抱えに成りました者が有りまして、これは元修行者だとか申す事だが、余程力量の勝れた者で、何のくらい力量が有るか分らぬという事で」 山「はゝア大した力量の有る者をお抱えに成りましたな」
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作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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