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当世二人娘(とうせいふたりむすめ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-11 9:34:26  点击:  切换到繁體中文


   その三

 お嬢様桜井様のお嬢様がいらつしやいましたよ、奥様へ申し上げましたら、あなたへ申し上げろとおつしやいますが、どちらへお通し申しませうと、下女の詞を半ば聞かず。ヲヤ桜井さんがいらしつたとへ、まアどうしやう嬉しいネー、私がお出迎へ申して来るから、お前は少しここを片付けて、そしてお母ア様へさう申し上げて、何かおいしいものをとつて来ておくれと君子は忙しげに出で行きたるが、年頃仲よき友達とて、坐に就く隙ももどかしげに玄関より語らひながら入来りぬ。
 マアよくねー、近頃はちよつともいらつしやらないから、どうなすつたかとお案じ申しててよ。さうたいへん御無沙汰を致しましたネー。つい家の事を手伝つたり何かしてるもんですから、出にくくツて、それはそうと今日はあなたに折入つて御相談申したい事があつて上つたのですよ。じやア御相談がなかつたらいらつしやらないの現金だ事ネー。相変はらず君子さんのお口悪には困つてよ、学校に居た時分から、いつでも意地の悪い事ばかりおつしやるんですもの……、ほんに学校といへば鈴子さんネー、あの方は去年の暮お医師さんの所へ御縁付なすつたのですが、たいへん御様子が変はりましたよ。どんなに。どんなにツてたいへんですよ、先方さきにはお父さんやおツ母さんがいらつしやる処なもんですから、あの快活な方が全くしけておしまひなすつてよ。そしてどこへも出られませんとサ、真実にネーかうしてお互に往来するのも、今の内の事ですネー、よそへ行つちやア自然御疎遠になりますからネと花子は少し物思はしげなり。君子は何心なくさうさうと聞き流して、あなた今日は夕方まで宜しいでしやう、ゆつくりしていらつしやいよ、久し振だから、ハアそれは宜しうございますが、――宜しいでしやうかお母さんに。宜しいともあなたのお噂は始終母にもしてますから、母もお友達中での仲好しとは承知してゐるのですもの、今に母も御挨拶に出ませうから。さう、でもお母アさんにいらしつて戴いては恐れいりますから、私から御挨拶に出ませう――実はおツ母アさんのいらつしやらない方がいいのよ。何ですネーたいへん遠慮していらつしやるかと思へば、そんな無遠慮な事をいつたりして、じやア母にさう申して来ないやうに致しませう、さアいらつしやいまし、と先に立つ君子に花子は追すがりて、おつしやつては困りますよ。なアに真実に申しますものかねと二人は笑ひながら出で行きぬ。
 やがて母への挨拶も済みたりと覚しく再び君子の部屋へ戻りて、花子は何かしばらく君子に囁きゐたりしが、その末詞に力を入れて、ネー君子さん、ただ今申し上げた通りの次第ですから、私も兄の申す通り、その方へ参りませうにと存じますのと、拠なげにいふ花子の顔を眺めて、君子は少し眉顰ませ、だがちよいとお待ちなさいよ。なるほど承つて見れば御名望もおありなさるし、お身柄も宜しいとの事ですから、お父さんやおツ母さんがいらつしやる上、お姉いさんや妹さんのいらつしやる事も、それはまア宜しいとして、どうもその一旦奥様がお在りなすつた方だといふのが私は気にかかりますよ。それはお死別れですか、生別れですか、生別れならばどういふ都合で御離縁になつたといふ事、その辺は御如才なく御聞きなすつたのとさすが年上だけに念を押すを、花子は事もなげに受けて、ハアそれは承りましたよ、もつとも人の噂ですがト、何でもその何ですとネー、その前の奥様といふのが、非常な嫉妬深い方で、ちよつとよそで寝泊りなすつても、大変やかましくおつしやつたり、小間使の美しいのをお置きなすつても、気にかけたりして、始終そんな事の喧嘩ばかししていらつしつたさうで、それがあまりおもしろくないので、こちらはだんだんお遊びなさる、奥様はますますやかましくおつしやる。そんなこんなでお家へお帰りなさるのが厭なものだから、外へ一軒家をお持ちなすつて、留守居を入れてお置きなすつたのを、それを妾宅だとまた奥様が気を廻して、とかくいざこざが絶へなかつたので、奉公人の手前も不躰裁だからツて、全躰に気に入らないお嫁さんなもんですから、親御が御離縁をお勧めなさつたのださうです。何のあなた男の事ですもの、ちつとやそつと遊んだつても、自分さへ捨てられなきアいいでしやう、それをあンまりやかましくいふなんざアという顔眺めて君子は考へ、さアそこが考へどころなんですよ、旦那の方の味方からいはせれば、さう申すでしやうが、奥様の味方にいはせれば旦那が浮気でとうとう見捨ててしまつたんだと申しませうよ。その中間をとるとして見ても、あんまり安心な御縁とは思ひませんよ。さういふ先例があつたとして見ると、よツぽどお考へものですネーと君子はとかく案じ顔なり。花子は深く心に許す処ありてや、なかなかに首を傾けず、それは私も全く案じぬでもございませんが、ただ今は奇麗な身躰、真実の独身に相違ないと申す事を、兄も信じておりますし、それにこんな事を、自分の口から申すのはなんぼ友人のあなたにも申しにくい事ですけれど、実は先方より私をとのたつての懇望、でも兄は少しその辺を気遣ひましたから、二の足を踏んでゐたのですが、先方では一生見捨てぬといふ証文でも書かうと申す事で、もし見捨てた節には五千円の違約金を出さう、その証書には親族にも、連署さしてもよいとまで申してゐるのですから、減多な事はございませぬといへど君子はなほ案じ顔、そこがさア男の心と秋の空でうつかり御安心は出来ませぬよ。気の向いた時は田も遣らう、畦も遣らうと申しませう、が御結婚なすつた后は、どうしても女は弱身になると申す事ですよ。それはもう男だつても、初めから変はると思ふていふ事ではございますまいが、一度我がものと定まつた上は、煮てもたいても自由だといふ考へになるもんですよ、恋女房といふ筈で貰はれた方でも、いつの間にやら主客が転倒して、女の方ばかしで気をもまなければならないやうになるといふ事です。それも男にいはせれば、女は僻みが強いからだと申しませうけれど、僻むが女の常なれば、僻ますもまた男の僻です。そこを合点した方でも、とかくは波風騒ぐ世の例はどこにもございます。それに始めから疑はしい跡のある方に御身をお任せなすつては幾度もお心をお冷やしなさる事がございませう。その時たとえお約束の証書があつても、先方の心の変はつた后は、何のお役にも立ちますまい、それとも法律の力でもお借りなされたらば知らぬ事、ですがそれではあなたの御名折れとなりますから、五千円位のお金には代へられますまい。とはあまり申し過ぎましたけれど、これは苦労性の私の量見、それも私の姉が出戻りの不幸に逢ひ、さんざん泣かせられましたを、見聞きしての事でございますから、ちと案じ過ごしか存じませんが、その上はあなたのお心次第、お兄様ともよくよく御相談なすつて、今一度お考へになつた上、お極めなすつたが宜しうございませうと、さすがは神経質だけに、処女には似合しからぬ考へなり。花子は君子の深切より、いひにくき事をもいひくるる志嬉しからぬにあらねども、いひ難き子細のあればにや、とかくに心落着かず、君子の詞に耳傾くる内も心はどこの空をか彷徨へるらし。

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