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若菜集(わかなしゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-11 9:21:08  点击:  切换到繁體中文


   牝馬めうま

青波あをなみ深きみづうみの
岸のほとりに生れてし
天の牝馬はあづまなる
かの陸奥みちのくの野に住めり
霞にうるほひ風に
おともわびしき枯くさの
すゝき尾花にまねかれて
荒野あれのに嘆く牝馬かな
誰かつばめの声を聞き
たのしきうたを耳にして
日も暖かに花深き
西も空をば慕はざる
誰か秋鳴くかりがねの
かなしき歌に耳たてて
ふるさとさむき遠天とほぞら
雲の行衛ゆくへを慕はざる
白き羚羊ひつじに見まほしく
きては深く柔軟やはらか
まなこの色のうるほひは
古里ふるさとを忍べばか
ひづめも薄く肩せて
四つのあしさへ細りゆき
そのたてがみつやなきは
荒野あれのの空に嘆けばか
春は名取なとりの若草や
病める力に石を引き
夏は国分こくぶみねを越え
牝馬にあまる塩を負ふ
秋は広瀬の川添かはぞひ
紅葉もみぢの蔭にむちうたれ
冬は野末に日も暮れて
みぞれの道の泥に
鶴よみそらの雲に飽き
朝の霞の香に酔ひて
春の光の空を飛ぶ
羽翼つばさの色のねたきかな
獅子ししよさみしき野に隠れ
道なき森に驚きて
あけぼの露にふみ迷ふ
鋭き爪のこひしやな
鹿よ秋山あきやま妻恋つまごひ
黄葉もみぢのかげを踏みわけて
谷間の水にあへぎよる
眼睛ひとみの色のやさしやな
人をつめたくあぢきなく
思ひとりしは幾歳いくとせ
命を薄くあさましく
思ひめしは身を責むる
強きくびきに嘆き
花に涙をそゝぐより
悲しいかなや春の野に
ける泉を飲み干すも
天の牝馬のかぎりなき
渇ける口をなにかせむ
悲しいかなや行く水の
岸の柳の樹の蔭の
かの新草にひぐさの多くとも
饑ゑたるのどをいかにせむ
身は塵埃ちりひぢ八重葎やへむぐら
しげれる宿にうまるれど
かなしやつちの青草は
その慰藉なぐさめにあらじかし
あゝ天雲あまぐもや天雲や
ちり是世このよにこれやこの
くつわも折れよ世も捨てよ
狂ひもいでよくびきさへ
噛み砕けとぞ祈るなる
牝馬のこゝろあはれなり
尽きせぬ草のありといふ
天つみそらの慕はしや
渇かぬ水の湧くといふ
天の泉のなつかしや
せまきうまやを捨てはてて
空を行くべき馬の身の
心ばかりははやれども
病みてはつるなみだのみ
草に生れて草に泣く
姿やさしき天の馬
うき世のものにことならで
消ゆる命のもろきかな
散りてはかなき柳葉やなぎは
そのすがたにも似たりけり
波に消え行く淡雪あはゆき
そのすがたにも似たりけり
げに世の常の馬ならば
かくばかりなる悲嘆かなしみ
身の苦悶わづらひうらみ侘び
声ふりあげていななかん
乱れて長き鬣の
この世かの世の別れにも
心ばかりは静和しづかなる
深く悲しき声きけば
あゝ幽遠かすかなる気息ためいき
天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ

  にはとり

花によりそふ鶏の
つま妻鳥めどり燕子花かきつばた
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき風情ふぜいあり

姿やさしき牝鶏めんどり
かたちを恥づるこゝろして
花に隠るゝありさまに
品かはりたる夫鳥つまどり

雄々しくたけき雄鶏をんどり
とさかの色もえんにして
黄なる口觜くちばし脚蹴爪あしけづめ
尾はしだり尾のなが/\し

問ふても見ましがために
よそほひありく夫鳥つまどり
つまるためのかざりにと
いひたげなるぞいぢらしき

画にこそかけれ花鳥はなどり
それにも通ふ一つがひ
霜に侘寝わびねの朝ぼらけ
雨に入日の夕まぐれ

空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へんと鶏の
よる使つかひにぞ鳴く

露けき朝の明けて行く
空のながめをたれか知る
燃ゆるがごときくれなゐ
雲のゆくへをたれか知る

闇もこれより隣なる
声ふりあげて鳴くときは
ひとの長眠ねむりのみなめざめ
夜は日に通ふ夢まくら

明けはなれたり夜はすでに
いざ妻鳥つまどりと巣をでて
をあさらんと野に行けば
あなあやにくのものを見き

見しらぬとりも高に
あしたの空に鳴き渡り
草かき分けて来るはなぞ
妻恋ふらしや妻鳥つまどり

ねたしや露にはねぬれて
朝日にうつる影見れば
雄鶏をどりしき白妙しろたへ
雲をあざむくばかりなり

力あるらし声たけき
かたきのさまをおそれてか
声色いろあるさまにぢてかや
妻鳥めどりは花に隠れけり

かくと見るより堪へかねて
背をや高めし夫鳥つまどり
がきも荒く飛び走り
蹴爪に土をかき狂ふ

筆毛ふでげのさきも逆立さかだちて
血潮ちしほにまじる眼のひかり
二つのとりのすがたこそ
これおそろしき風情ふぜいなれ

妻鳥めどりは花をけ出でて
争闘あらそひ分くるひまもなみ
たがひに蹴合ふ蹴爪けづめには
火焔ほのほもちるとうたがはる

蹴るや左眼さがんまとそれて
はねに血しほの夫鳥つまどり
敵の右眼うがんをめざしつゝ
爪も折れよと蹴返しぬ

蹴られて落つるくれなゐの
血潮の花も地に染みて
二つのとりの目もくるひ
たがひにひるむ風情なし

そこに声あり涙あり
争ひ狂ふ四つのはね
血潮のりに滑りし夫鳥つまどり
あなたふれけん声高し

一声長く悲鳴して
あとに仆るゝ夫鳥の
はねに血潮のあけ
あたりにさける花あか

あゝあゝ熱き涙かな
あるに甲斐なき妻鳥は
せめて一声鳴けかしと
かばねに嘆くさまあはれ

なにとは知らぬかなしみの
いつか恐怖おそれと変りきて
思ひ乱れてをのみぞ
鳴くや妻鳥めどりの心なく

我を恋ふらしにたてて
姿も色もなつかしき
花のかたちと思ひきや
かなしき敵とならんとは

花にもつるゝちょうあるを
鳥にえにしのなからめや
おそろしきかな其の心
なつかしきかな其のなさけ

あけみたる草見れば
鳥の命のもろきかな
火よりも燃ゆる恋見れば
てきのこゝろのうれしやな

見よ動きゆく大空の
照る日も雲に薄らぎて
花に色なく風吹けば
野はさびしくも変りけり

かなしこひしの夫鳥つまどり
冷えまさりゆくその姿
たよりと思ふ一ふしの
いづれ妻鳥めどりの身の末ぞ

恐怖おそれを抱く母と子が
よりそふごとくかの敵に
なにとはなしに身をよする
妻鳥のこゝろあはれなれ

あないたましのながめかな
さきの楽しき花ちりて
空色暗く一彩毛ひとはけ
雲にかなしき野のけしき

生きてかへらぬ鳥はいざ
つま妻鳥めどり燕子花かきつばた
いづれあやめを踏み分けて
野末を帰る二羽のとり

  松島瑞巌寺ずいがんじに遊び葡萄ぶどう
  栗鼠きねずみの木彫を観て

舟路ふなぢも遠し瑞巌寺
冬逍遙ふゆじょうようのこゝろなく
古き扉に身をよせて
飛騨ひだ名匠たくみ浮彫うきぼり
葡萄のかげにきて見れば
菩提ぼだいの寺の冬の日に
かたなかなしみのみうれ
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなしのみ
うしほにひゞく磯寺いそでら
かねにこの日の暮るゝとも
夕闇ゆふやみかけてたゝずめば
こひしきやなぞ甚五郎





底本:「藤村詩集」新潮文庫、新潮社
   1968(昭和43)年2月10日発行
   1997(平成9)年10月15日55刷
※ルビの一部を新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:佐野女子高等学校2-1(H11)
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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