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藤村詩抄(とうそんししょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-11 9:02:10  点击:  切换到繁體中文


 かりがね


さもあらばあれうぐひすの
たくみの奧はつくさねど
または深山みやまのこまどりの
しらべのほどはうたはねど
まづかざりなき一こゑ
涙をさそふ秋のかり

長きなげきはらすとも
なほあまりあるかなしみを
うつすよしなきなれが身か
などかく秋を呼ぶ聲の
あらひゞきをもたらして
人の心を亂すらむ

あゝ秋の日のさみしさは
小鹿をじかのしれるかぎりかは
すゞしき風に驚きて
羽袖もいとゞひややかに
百千もゝちの鳥のむれを出て
浮べる雲にるゝかな

菊より落つる花びらは
がついばむにまかせたり
時雨しぐれに染むるもみぢ
なれがかざすにまかせたり
聲を放ちて叫ぶとも
たれかいましをとゞむべき

星はあしたに冷やかに
露はゆふべにいと白し
風に隨ふ桐の葉の
枝に別れて散るごとく
みそらの海にうらぶれて
たちかへり鳴け秋のかりがね
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 野路の梅


風かぐはしく吹く日より
夏の緑のまさるまで
梢のかたに葉がくれて
人にしられぬ梅ひとつ

梢は高し手をのべて
えこそ觸れめやたゞひとり
わがものがほに朝夕あさゆふ
ながめくらしてすごしてき

やがて鳴く鳥おもしろく
黄金こがねの色にそめなせば
行きかふ人の目に觸れて
落ちてまるゝ野路のぢの梅
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 門田にいでて

遠征する人を思ひて娘の
うたへる



門田かどたにいでて
   草とりの
身のいとまなき
   ひるなかば
忘るゝとには
   あらねども
まぎるゝすべぞ
   多かりき

夕ぐれをさ
   手にとりて
こゝろ靜かに
   るときは
人の得しらぬ
   思ひこそ
胸よりきて
   流れけれ

あすはいくさの
   門出かどでなり
遠きいくさの
   門出なり
せめて別れの
   涙をば
名殘にせむと
   願ふかな

君を思へば
   わづらひも
照る日にとくる
   朝の露
君を思へば
   かなしみも
みどりにそゝぐ
   夏の雨

君を思へば
   やみの夜も
光をまとふ
   星の空
君を思へば
   淺茅生あさぢふ
れにし野邊も
   花のやど

胸の思ひは
   つもれども
吹雪ふぶきはげしき
   こひなれば
君が光に
   らされて
消えばやとこそ
   うらむなれ
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 寶はあはれ碎けけり

老いたる鍛冶のうたへる



たからはあはれ
   くだけけり
さなり愛兒まなご
   うせにけり
なにをかたみと
   ながめつゝ
こひしき時を
   忍ぶべき

ありし昔の
   香ににほふ
うすはなぞめの
   帶よけむ
うるはしかりし
   黒髮の
かざしのあか
   たまよけむ

帶はあれども
   おいが身に
ひきまとふべき
   すべもなし
たまはあれども
   白髮しらかみ
うちかざすべき
   すべもなし

ひとりやさしき
   面影おもかげ
まなこの底に
   とゞまりて
あしたにもまた
   ゆふべにも
われにともなふ
   おもひあり

あゝたへがたき
   くるしみに
おとろへはてつ
   爐前ほどまへ
たふれかなしむ
   をりをりは
面影さへぞ
   力なき

われ中槌なかつち
   うちふるひ
ほのほの前に
   はげめばや
胸にうつりし
   亡き人の
かたらふごとく
   見ゆるかな

あな面影の
   わが胸に
きて微笑ほゝゑ
   たのしさは
やがてつとめを
   いそしみて
かなしみに勝つ
   生命いのちなり

あせはこひしき
   涙なり
勞働つとめは活ける
   思ひなり
いでやかひなの
   折るゝまで
けふのつとめを
   いそしまむ
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 新潮

  一

われあげまきのむかしより
うしほおとを聞き慣れて
磯邊に遊ぶあさゆふべ
海人あまの舟路を慕ひしが
やがてむなしき其夢は
身の生業なりはひとなりにけり

七月夏のうみ
海藻あまもに匂ふ夕まぐれ
兄もろともにふねけて
力をふるふ水馴棹みなれざを
いづれ舟出ふなではいさましく
波間に響く櫂の歌

夕潮ゆふしほ青き海原うなばら
すなどりすべく漕ぎくれば
きては開く波の上の
鴎の夢も冷やかに
浮び流るゝ海草うみぐさ
目にもかすかに見ゆるかな

まなこをあげて落つる日の
きらめくかたを眺むるに
羽袖うちふる鶻隼はやぶさ
あやなす雲を舞ひ出でて
つばさちりを拂ひつゝ
物にかゝはる風情ふぜいなし

飄々として鳥を吹く
風の力もなにかせむ
いきほひたつの行くごとく
羽音はおとを聞けば葛城の
そつ彦むかし引きならす
眞弓まゆみつるの響あり

希望のぞみすぐれし鶻隼よ
せめて舟路のしるべせよ
げにその高き荒魂あらだま
てきおもむ白馬しろうま
白きたてがみうちふるひ
風をやぶるにまさるかな

海面うみづら見ればかげ動く
深紫の雲の色
はや暮れて行く天際あまぎは
行くへや遠き鶻隼の
もろあやにうつろひて
黄金こがねの波にたゞよひぬ

あしたゆふべきざみてし
天の柱の影暗く
雲のとばりもひとたびは
輝きかへる高御座たかみくら
西に傾く夏の日は
遠く光彩ひかりを沈めけり

見ようるはしのよるそら
見ようるはしの空の星
北斗のきよかげえて
望みをさそふ天の花
とはの宿りも舟人ふなびと
光を仰ぐためしかな

うしほを照らす篝火かゞりび
きらめくかたを窺へば
まつの火あかく燃ゆれども
魚行くかげは見えわかず
流れははやしふなべりに
觸れてかつ鳴るよるなみ

  二

またゝくひまに風吹きて
舞ひつ雲をたとふれば
いくさに臨むますらをの
あるはかねうち貝を吹き
あるは太刀たちつるぎ執り
弓矢ゆみやを持つに似たりけり

光は離れ星隱れ
みそらの花はちりうせぬ
あやうるはしき卷物まきもの
高くべたる大空おほそら
みるまに暗く覆はれて
目にすさまじく變りけり

聞けばはるかに萬軍ばんぐん
鯨波ときのひゞきにうちまぜて
陣螺ぢんら音色ねいろほがらかに
そら高く吹けるごと
くらうしほの音のうち
いとあたらしき聲すなり

われあまたたび海にきて
風吹き起るをりをりの
波の響に慣れしかど
かゝるすゞしきをたてて
しきの吹くかくかとぞ
うたがはるゝは聞かざりき

こゝろせよかしはらからよ
な恐れそと叫ぶうち
あるはけはしき青山あをやま
しのぐにまがふ波のうへ
あるは千尋ちひろの谷深く
落つるにまがふなみかげ

たゝかひ進むものゝふの
つるぎの霜を拂ふごと
溢るゝばかりふるひ立ち
うしほを撃ちて漕ぎくれば
やなはふたりのたてにして
かぢするどやいばなり

たとへば波の西風にしかぜ
梢をふるひふるごとく
舟は枯れゆく秋の葉の
枝に離れて散るごとし
帆檣ほばしらなかば折れ碎け
かゞりは海にたゞよひぬ

かなしやくる大波おほなみ
舟うごかすと見るうちに
をうしなひしはらからは
げに消えやすき白露しらつゆ
落ちてはかなくなれるごと
海の藻屑もくづとかはりけり

あゝ思のみはやれども
まなこの前のおどろきは
つるぎとなりて胸を
千々ちゞに力をくだくとも
怒りて高き逆波さかなみ
たけき心をいたましむ

命運さだめよなにのたはむれぞ
人の命は春の夜の
夢とやげにも夢ならば
いとど悲しき夢をしも
見るにやあらむ海にきて
まのあたりなるこの夢は

これを思へば胸滿ちて
流るゝ涙せきあへず
今はた櫂をうちふりて
波と戰ふ力なく
死してたふるゝ人のごと
身を舟板にげ伏しぬ

一葉ひとはにまがふ舟の中
波にまかせて流れつゝ
聲を放ちて泣き入れば
げに底ひなきわだつみの
上に行方も定めなき
かもめの身こそ悲しけれ

時には遠き常闇とこやみ
光なき世に流れ落ち
朽ちて行くかと疑はれ
時には頼む人もなき
つめたき冥府よみ水底みなそこ
沈むかとこそ思はるれ

あゝあやまちぬよしや身は
おろかなりともかくてわれ
もろく果つべき命かは
照る日や月や上にあり
大龍神おほたつがみも心あらば
いやしきわれをみそなはせ

かくと心に定めては
波ものかはとはげみたち
やみのかなたを窺ふに
そらはさびしき雨となり
うしほにうつるりんの火の
亂れて燃ゆる影青し

われよるべなき海の
ける力の胸の火を
わづかに頼む心より
消えてはもゆる闇の
その靜かなる光こそ
たゞよふ身にはうれしけれ

危ふきばかりともすれば
波にゆらるゝこの舟の
行くへを照らせ燐の火よ
海よりいでて海を焚く
青きほのほの影の外
道しるべなき今の身ぞ

碎かば碎けいざさらば
波うつ櫂はこゝにあり
たとへ舟路は暗くとも
世に勝つ道は前にあり
あゝ新潮にひじほにうち乘りて
命運さだめを追うてきて歸らむ
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