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嵐(あらし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-8 10:44:14  点击:  切换到繁體中文


「御覧、お前たちがみんなでかじるもんだから、とうさんのすねはこんなに細くなっちゃった。」
 私は二人の子供の前へ自分の足を投げ出して見せた。病気以来肉も落ちせ、ずっと以前には信州の山の上から上州じょうしゅう下仁田しもにたまで日に二十里の道を歩いたこともあるすねとは自分ながら思われなかった。
すねかじりと来たよ。」
 次郎は弟のほうを見て笑った。
「太郎さんを入れると、四人もいてかじるんだから、たまらないや。」
 と、三郎も半分他人の事のように言って笑った。そこへ茶の間の唐紙からかみのあいたところから、ちょいと笑顔えがおを見せたのは末子だ。脛かじりは、ここにも一人ひとりいると言うかのように。
 その時まで、三郎は何かもじもじして、言いたいことも言わずにいるというふうであったが、
「とうさん――ホワイトを一本と、テラ・ロオザを一本買ってくれない? 絵の具が足りなくなった。」
 こう切り出した。
「こないだ買ったばかりじゃないか。」
「だって、足りないものは足りないんだもの。絵の具がなけりゃ、何もけやしない。」
 と、三郎は不平顔である。すると、次郎はさっそく弟の言葉をつかまえて、
「あ――またかじるよ。」
 この次郎の串談じょうだんが、みんなを吹き出させた。
 私は子供らに出して見せた足をしまって、何げなく自分の手のひらをながめた。いつでも自分の手のひらを見ていると、自分の顔を見るような気のするのが私の癖だ。いまいましいことばかりが胸に浮かんで来た。私はこの四畳半の天井からたくさんなうじの落ちたことを思い出した。それが私の机のそばへも落ち、畳の上へも落ち、掃いても掃いても落ちて来る音のしたことを思い出した。何が腐りただれたかと薄気味悪くなって、二階の部屋へやから床板ゆかいたを引きへがして見ると、ねずみ死骸しがいが二つまでそこから出て来て、その一つは小さな動物の骸骨でも見るように白くれていたことを思い出した。私は恐ろしくなった。何かこう自分のことを形にあらわして見せつけるようなものが、しかもそれまで知らずにいた自分のすぐ頭の上にあったことを思い出した。
 その時になって見ると、過ぐる七年を私はあらしの中にすわりつづけて来たような気もする。私のからだにあるもので、何一つその痕跡こんせきをとどめないものはない。髪はめっきり白くなり、すわり胼胝だこは豆のように堅く、腰は腐ってしまいそうに重かった。朝寝のまくらもとに煙草盆たばこぼんを引きよせて、寝そべりながら一服やるような癖もついた。私の姉がそれをやった時分に、私はまだ若くて、年取った人たちの世界というものをのぞいて見たように思ったことを覚えているが、ちょうど今の私がそれと同じ姿勢で。
 私はもう一度、自分の手を裏返しにして、鏡でも見るようにつくづくと見た。
「自分の手のひらはまだあかい。」
 と、ひとり思い直した。
 午後のいい時を見て、私たちは茶の間の外にある縁側に集まった。そこには私の意匠した縁台が、縁側と同じ高さに、三尺ばかりも庭のほうへ造り足してあって、らん山査子さんざしなどの植木ばちを片すみのほうに置けるだけのゆとりはある。石垣いしがきに近い縁側の突き当たりは、壁によせて末子の小さい風琴オルガンも置いてあるところで、その上には時々の用事なぞを書きつける黒板も掛けてある。そこは私たちが古い籐椅子とういすを置き、簡単な腰掛け椅子を置いて、互いに話を持ち寄ったり、庭をながめたりして来た場所だ。毎年夏の夕方には、私たちが茶の間のチャブ台を持ち出して、よく簡単な食事に集まったのもそこだ。
 庭にあるおそ咲きの乙女椿おとめつばきつぼみもようやくふくらんで来た。それが目につくようになって来た。三郎は縁台のはなに立って、庭の植木をながめながら、
「次郎ちゃん、ここの植木はどうなるんだい。」
 この弟の言葉を聞くと、それまで妹と一緒に黒板の前に立って何かいたずら書きをしていた次郎が、白墨をそこに置いて三郎のいるほうへ行った。
「そりゃ、引っこ抜いて持って行ったって、かまうもんか――もとからここの庭にあった植木でさえなければ。」
「八つ手も大きくなりやがったなあ。」
「あれだって、とうさんが植えたんだよ。」
「知ってるよ。山茶花さざんかだって、薔薇ばらだって、そうだろう。あの乙女椿おとめつばきだって、そうだろう。」
 気の早い子供らは、八つ手や山茶花を車に積んで今にも引っ越して行くような調子に話し合った。
「そんなにお前たちは無造作に考えているのか。」と、私はそこにある籐椅子とういすを引きよせて、話の仲間にはいった。「とうさんぐらいの年齢としになってごらん、家というものはそうむやみに動かせるものでもないに。」
「どこかにいい家はないかなあ。」
 と言い出すのは三郎だ。すると次郎は私と三郎の間に腰掛けて、
「そう、そう、あの青山の墓地の裏手のところが、まだすこし残ってる。この次ぎにはあそこを歩いて見るんだナ。」
「なにしろ、日あたりがよくて、部屋へやの都合がよくて、庭もあって、それで安い家と来るんだから、むずかしいや。」と、三郎は混ぜ返すように笑い出した。
「もっと大きい家ならある。」と次郎も私に言ってみせた。「五間か六間というちょうどいいところがない。これはと思うような家があっても、そういうところはみんな人が住んでいてネ。」
「とうさん、五間で四十円なんて、こんな安い家をさがそうたって無理だよ。」
「そりゃ、ここの家は例外サ。」と、私は言った。「まあ、ゆっくりさがすんだナ。」
「なにも追い立てをくってるわけじゃないんだから――ここにいたって、いられないことはないんだから。」
 こう次郎もにいさんらしいところを見せた。
 やがて自分らの移って行く日が来るとしたら、どんな知らない人たちがこの家に移り住むことか。そんなことがしきりに思われた。庭にある山茶花さざんかでも、つつじでも、なんど私が植え替えて手入れをしたものかしれない。暇さえあればほうきを手にして、自分の友だちのようにそれらの木を見に行ったり、落ち葉を掃いたりした。過ぐる七年の間のことは、そこの土にもここの石にもいろいろな痕跡こんせきを残していた。
 いつのまにか末子は黒板の前を離れて、霜どけのしている庭へ降りて行った。
「次郎ちゃん、芍薬しゃくやくの芽が延びてよ。」
 末子は庭にいながら呼んだ。
つたの芽も出て来たわ。」
 と、また石垣いしがきの近くで末子の呼ぶ声も起こった。

 遠い山地のほうにできかけている新しい家が、別にこの私たちに見えて来た。こんな落ちつかない気持ちで今の住居すまいに暮らしているうちにも、そのうわさが私たちの間に出ない日はなかった。私は郷里のほうに売り物に出た一軒の農家を太郎のために買い取ったからである。それを峠の上から村の中央にある私たちの旧家の跡に移し、前の年あたりから大工を入れ、新しい工事を始めさせていた。太郎もすでに四年の耕作の見習いを終わり、雇い入れた一人ひとりばあやを相手にまだ工事中の新しい家のほうに移ったと知らせて来た。彼もどうやら若い農夫として立って行けそうに見えて来た。
 いったい、私が太郎を田舎いなかに送ったのは、もっとあの子を強くしたいと考えたからで。土に親しむようになってからの太郎は、だんだん自分の思うような人になって行った。それでも私は遠く離れている子の上を案じ暮らして、自分が病気している間にも一日もあの山地のほうに働いている太郎のことを忘れなかった。郷里のほうから来るたよりはどれほどこの私を励ましたろう。私はまた次郎や三郎や末子と共に、どれほどそれを読むのを楽しみにしたろう。そういう私はいまだに都会の借家ずまいで、四畳半の書斎でも事は足りると思いながら、自分の子のために永住の家を建てようとすることは、われながら矛盾した行為だと考えたこともある。けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場所、物食う炉ばた、土を耕す農具の類からして求めてあてがわねばならなかった。
 私の四畳半に置く机の抽斗ひきだしの中には、太郎から来た手紙やはがきがしまってある。その中には、もう麦をいたとしたのもある。工事中の家に移って障子を張り唐紙からかみを入れしてみたら、まるで別の家のように見えて来たとしたのもある。これが自分の家かと思うと、なんだか恐ろしいようなうれしいような気がして来たとしたのもある。だれに気兼ねもなく、新しい木の香のする炉ばたにあぐらをかいて、飯をやっているところだとしたのもある。
 ふとしたことから、私は手にしたある雑誌の中に、この遠く離れている子の心を見つけた。それには父を思う心が寄せてあって、いろいろなことがこまごまと書きつけてあった。四人の兄妹きょうだいの中での長男として、自分はいちばん長く父のそばにいて見たから、それだけ親しみを感ずる心も深いとしたところがあり、それからまた、父の勧農によって自分もその気になり、今ではくわを手にして田園の自然を楽しむ身であるが、四年の月日もむなしく過ぎて行った、これからの自分は新しい家にいて新しい生活を始めねばならない、時には自分は土を相手に戦いながら父のことを思って涙ぐむことがあるとしたところもあり、その中にはまた、父もこの家を見ることを楽しみにして郷里の土を踏むような日もやがて来るだろう、寺の鐘は父の健康を祈るかのように、山に沈む夕日は何かの深い暗示を自分に投げ与えるように消えて行くとしてあったのを覚えている。
 最近に、また私は太郎からのはがきを受け取っていた。それによって私はあの山地のほうにできかけている農家の工事が風呂場ふろばを造るほどはかどったことを知った。なんとなくのみつちの音の聞こえて来るような気もした。こんなに私にも気分のいい日が続いて行くようであったら、おりを見て、あの新しい家を見に行きたいと思う心が動いた。

 長いこと私は友だちもたずねない。日がな一日寂寞せきばくに閉ざされる思いをして部屋へやの黄色い壁も慰みの一つにながめ暮らすようなことは、私に取ってきょうに始まったことでもない。母親のない幼い子供らをひかえるようになってから、三年もたつうちに、私はすでに同じ思いに行き詰まってしまった。しかし、そのころの私はまだ四十二の男の厄年やくどしを迎えたばかりだった。重い病も、老年の孤独というものも知らなかった。このまますわってしまうのかと思うような、そんな恐ろしさはもとより知らなかった。「みんな、そうですよ。子供が大きくなる時分には、わがからだがきかなくなりますよ。」と、私に言ってみせたあるばあさんもある。あんな言葉を思い出して見るのもえがたかった。
「とうさん、どこへ行くの。」
 ちょっと私が屋外そとへ出るにも、そう言って声を掛けるのが次郎の癖だ。植木坂の下あたりには、きまりでそのへんの門のわきに立ち話する次郎のふるい遊び友だちを見いだす。ある若者は青山師範へ。ある若者は海軍兵学校へ。七年の月日は私の子供を変えたばかりでなく、子供の友だちをも変えた。
 居住者として町をながめるのもその春かぎりだろうか、そんな心持ちで私は鼠坂ねずみざかのほうへと歩いた。毎年のように椿つばきの花をつける静かな坂道がそこにある。そこにはもう春がやって来ているようにも見える。
 私の足はあまり遠くへ向かわなかった。病気以来、ことにそうなった。何か特別の用事でもないかぎり、私は樹木の多いこの町の界隈かいわいを歩き回るだけに満足した。そして、散歩の途中でも家のことが気にかかって来るのが私の癖のようになってしまった。「とうさん、僕たちが留守居するよ。」と、次郎なぞが言ってくれる日を迎えても、ただただ私の足は家の周囲を回りに回った。あらゆるあらしから自分の子供をまもろうとした七年前と同じように。
旦那だんなさん。もうお帰りですか。」
 と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白い割烹着かっぽうぎも、見慣れるうちにそうおかしくなくなった。
「次郎ちゃんは?」
「お二階で御勉強でしょう。」
 それを聞いてから、私は両手に持てるだけ持っていた袋包みをどっかとお徳の前に置いた。
「きょうはみんなの三時にと思って、林檎りんごを買って来た。ついでに菓子も買って来た。」
「旦那さんのように、いろいろなものを買ってげていらっしゃるかたもない。」
「そう言えば、鼠坂ねずみざか椿つばきが咲いていたよ。今にもうおれの家の庭へも春がやって来るよ。」
 そんな話をして置いて、私は自分の部屋へやへ行った。
 私の心はなんとなく静かでなかった。実は私は次郎の将来を考えたあげく、太郎に勧めたとは別の意味で郷里に帰ることを次郎にも勧めたいと思いついたからで。長いこと養って来た小鳥の巣から順に一羽ずつ放してやってもいいような、そういう日がすでに来ているようにも思えた。しかし私も、それを言い出してみるまでは落ちつかなかった。
 ちょうど、三郎は研究所へ、末子は学校へ、二人ふたりとも出かけて行ってまだ帰らなかった時だった。次郎はもはや毎日の研究所通いでもあるまいというふうで、しばらく家にこもっていてき上げた一枚の油絵を手にしながら、それを私に見せに二階から降りて来た。いつでも次郎が私のところへ習作を持って来て見せるのは弟のいない時で、三郎がまた見せに来るのは兄のいない時だった。
「どうも光っていけない。」
 と言いながら、その時次郎は私の四畳半の壁のそばにたてかけた本棚ほんだなの前に置き替えて見せた。兄のいた妹の半身像だ。
「へえ、末ちゃんだね。」
 と、私も言って、しばらく次郎と二人してその習作に見入っていた。
「あの三ちゃんが見たら、なんと言うだろう。」
 その考えが苦しく私の胸へ来た。二人の兄弟きょうだいの子供が決して互いのを見せ合わないことを私はもうちゃんとよく知っていた。二人はこんな出発点のそもそもから全く別のものを持って生まれて来た画家の卵のようにも見えた。
 次郎は画作に苦しみ疲れたような顔つきで、癖のようにつめをかみながら、
「どうも、くそ正直にばかりやってもいけないと思って来た。」
「お前のはあんまり物を見つめ過ぎるんだろう。」
「どうだろう、この手はすこし堅過ぎるかね。」
「そんなことをとうさんに相談したって困るよ。とうさんは、お前、素人しろうとじゃないか。」
 その日は私はわざと素気すげない返事をした。これが平素なら、私は子供と一緒になって、なんとか言ってみるところだ。それほど実は私も画が好きだ。しかし私は自分のはたけにもない素人評しろうとひょうが実際子供の励ましになるのかどうか、それにすら迷った。ともあれ、次郎の言うことには、たよろうとするあわれさがあった。
 次郎の作ったを前に置いて、私は自分の内に深く突き入った。そこにわが子を見た。なんとなく次郎の求めているような素朴そぼくさは、私自身の求めているものでもある。最後からでも歩いて行こうとしているような、ゆっくりとおそい次郎の歩みは、私自身の踏もうとしている道でもある。三郎はまた三郎で、画面の上に物の奥行きなぞを無視し、明快に明快にと進んで行っているほうで、きのう自分のいたものをきょうはふるいとするほどの変わり方だが、あの子のように新しいものを求めて熱狂するような心もまた私自身の内に潜んでいないでもない。父の矛盾は覿面てきめんに子に来た。兄弟であって、同時に競争者――それは二人ふたりの子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。
「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだが、お前はそれを聞いてくれるか。」
 そんなことから切り出して、私はそれまで言い出さずにいた田舎いなか行きの話を次郎の前に持ち出してみた。
「半農半画家の生活もおもしろいじゃないか。」と、私は言った。「午前は自分のをかいて、午後から太郎さんの仕事を助けたってもいいじゃないか。田舎で教員しながらをかくなんて人もあるが、ほんとうに百姓しながらやるという画家は少ない。そこまで腰をえてかかってごらん、一家を成せるかもしれない。まあ、二三年は旅だと思って出かけて行ってみてはどうだね。」
 日ごろ田舎いなかの好きな次郎ででもなかったら、私もこんなことを勧めはしなかった。
「できるだけとうさんも、お前を助けるよ。」と、また私は言った。「そのかわり、太郎さんと二人で働くんだぜ。」
「僕もよく考えてみよう。こうして東京にぐずぐずしていたってもしかたがない。」
 と、次郎は沈思するように答えて、ややしばらく物も言わずに、私のそばを離れずにいた。

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