三
浪島文治が本所(ほんじょう)業平橋に居りましたゆえに人綽名(あだな)して業平文治と申しましたとも云い、又男が好(よ)いから業平文治と申したとも仰しゃる方があります。尤(もっと)も業平朝臣(あそん)と云うお方は美男と見えまして、男の好いのは業平のようだといい女で器量の好いのを小町(こまち)のようだと申しますが、業平朝臣は東国(あずま)へお下りあって、暫(しばら)く本所業平村に居りまして、業平橋の名もそれゆえに起りましたそうでございますが、都へお帰りの時船が覆(くつがえ)って溺死(できし)されましたにより、里人(さとびと)愍(あわ)れと思って業平村に塚(つか)を建てゝ祭りました、それゆえに前には船の形を致しました石塚でありましたそうで、其の頃は毎月(まいげつ)廿五日は御縁日で大分(だいぶ)賑(にぎわ)いました由にございます。其の天神前で文治は計らずも助けました娘は、親父(おやじ)が眼病ゆえ毎夜親の寝付くを待って家(うち)を抜け出して来て、天神様へ心願を掛けましたと云う事を聞いて、文治が不憫(ふびん)と思って四十両の金を遣(や)りましたけれども、娘は堅いからとんと受けませんで、親父に手渡しにしてくれと云うから、文治も感心し、介抱して松倉町の角まで送って来ると、前(ぜん)申しました剣術遣いの内弟子でございましょう、荒々しい士(さむらい)が無法にも商人(あきんど)を斬ろうとする所ですから、文治が中へ入って和(やわ)らかに詫をすると、付けあがり、容赦はしない、打(ぶ)ち斬って仕舞うと云いながら長柄(ながつか)へ手を掛けたから、文治もプツリッと親指で鯉口を切り、一方(かた/\)の手には蛇の目の傘を持ち、高足駄(たかあしだ)を穿(は)いた儘両人の中へ割込むと、
士「此奴(こやつ)中々出来そうな奴だ」
と云いながら刀を抜うとする処を、文治が蛇の目の傘を以て一人の膝(ひざ)を打ちますと、前へドーンと倒れるのを見て、一人の士は真向(まっこう)上段に一刀を振りかざして、今打ちおろそうとする奴を突然(いきなり)傘の轆轤(ろくろ)で眼と鼻の間へ突きをいれまして、倒れる処を其の者の抜きました長物(ながもの)で刀背打(むねうち)に二ツ三ツ打(ぶ)ちましたが、七人力ある人に打(ぶた)れたのですから堪(たま)りません、
士「まえった、御免を蒙(こうむ)る、酩酊(たべよっ)て怪(け)しからん訳でござる、お詫を致す、お免(ゆる)し下さい」
文「お前さん方は長い物をさして、人を劫(おびや)かすのは宜しくありません、お師匠様の御名儀にも係(かゝわ)ります、以後たしなまっしゃい」
士「恐れ入ります」
と云いながら刀を拾って逃出(にげだ)しましたから、
文「そんな鈍刀(なまくら)では人は斬れません」
と笑いながら文治は跡を見送って、
文「只今のお方は何処(どちら)においでなさるな」
商「へーこれに居ります、貴方(あんた)の御尊名は何(なん)と仰しゃいますか、手前は上州(じょうしゅう)前橋竪町(たつまち)松屋新兵衞(まつやしんべえ)と申しますが、貴方の今の働きは鎮守様かと思いやした」
文「いや/\名なんどを名告(なの)るような者ではありません、無禄(むろく)無官の浪人で業平橋に居(お)る波島文治郎と申すものでございます」
商「明日(みょうにち)早速お礼に参りますから」
文「いゝえ宅(たく)へ来てはいけません、私が喧嘩の中へ入ったなどと云う事を母が聞きますと心配致しますから、お出(いで)は御無用です、貴方(あなた)の御旅宿(ごりょしゅく)は何処(どちら)でございますえ」
商「はい、山の宿(しゅく)の山形屋(やまがたや)に泊って居ります」
文「左様なら明日序(ついで)があれば私の方からお尋ね申します」
と云い棄てゝ文治は森松を連れて帰りましたが、母には喧嘩のけの字も申しません。翌日は雪の明日(あした)で暖かな日ですから、昨夜の女に四十金恵もうと、本所松倉町の裏家住居(うらやずまい)小野庄左衞門の宅へ尋ねて参りました。此の庄左衞門は元(も)と中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病を煩(わずら)い、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷(すあわせ)一枚で、寒さも厭(いと)わず拭(ふ)き掃除をして居りますと、杖(つえ)を曳(つ)いて小野庄左衞門が門口から、
庄「今帰って来たよ」
町「おやお父様(とっさま)、お帰り遊ばせ」
庄「雪の翌日(あした)で大きに凌(しの)ぎ宜(よ)いのう」
町「はい、今日(こんにち)はお外でもお暖かでございましょう」
庄「あゝ医者が外へ出るのは能(よ)くないと云うから家(うち)にいてお茶でも入れようかな」
町「あの、生憎(あいにく)お茶が切れました」
庄「茶を買ったら宜かろう」
町「はい、生憎お鳥目(ちょうもく)が切れました」
庄「いやそれは困りました、屑屋(くずや)でも来たら何か払っておいたら宜かろう」
町「さア払う物もございません、それにお天気都合が悪いので二三日参りませんから、先(せん)のお鳥目が切れましたから、お茶を買いますお鳥目がございません」
庄「紙屑買などが来ないと貧乏人は困るなア、己(おれ)も細字(さいじ)は書けないが大字(だいじ)なら書けるから少しでも見えるようになればよいのう」
町「お父さまは少しお見え遊ばすと直(じ)きお外出(そとで)をなすっていけませんから、寧(いっ)そお見え遊ばさない方が宜しゅうございます」
庄「何故(なぜ)え」
町「先達(せんだっ)ても少しお見え遊ばすと云って、つい其処(そこ)までおいでなさると仰しゃいますから、私(わたくし)が窃(そっ)とお跡を尾(つ)けて参りますと、知れない横町からお頭巾をお被り遊ばし、袂(たもと)から笛をお出し遊ばして、導引揉療治(どういんもみりょうじ)と仰しゃってお歩き遊ばしましたから、私(わたくし)は恟(びっく)りして宅(うち)へ帰り、お父さまが人の足腰を揉んでも私(わたくし)に苦労をさせないように遊ばして下さる其の御膳(ごぜん)を戴いて食べるのは実に勿体ない事だと思って、あの時は御膳が刺(とげ)のように咽(のど)へたって戴けませんでした、私(わたくし)が男ならお父様にあんな真似はさせませんが、悔しい事には女でございますから、お父様のお手助けも出来ず、誠に不孝でございますと思って泣いてばっかり居りました」
庄「あゝもう/\そんなことを云うな、中々私(わし)の方がお前に気の毒だ、用がないからそんな真似をするのだから悪く思って呉れるな、私(わし)も屋敷に居れば手前にも不自由はさせず、好きな簪(かんざし)を買ってやられるが、私(わし)が重役と中の悪い処から此の様に浪人致し、お前は何も知らない身分で、住み馴れぬ裏家住居、私(わし)に内証(ないしょう)で肌着(はだぎ)までも売ったようだが、腹の空(へ)った顔も見せず、孝行を尽して呉れるに、なんたる因果のことか、此の貧乏の中へ眼病とは実に神仏(かみほとけ)にも見放されたことかと、唯(たゞ)私(わし)の困る事よりお前に気の毒でならない」
町「あゝお父様勿体ないことを仰しゃって下さいますな」
庄「まア/\そんなことを云うな、清貧と云って清らかな貧乏は宜しいが、汚(けが)れた金を以(もっ)て金持と云われても詰らん、あゝ清貧と云えば昨夜天神の前でお前が癪の起った時、御介抱なすって下すった御仁は御親切な方だなア」
町「お父様、其のお方は実に御親切な方でございます、業平橋に在(い)らっしゃる文治郎様と仰しゃいます方だそうですが、私(わたくし)がお父様の御眼病の事をお話し申しました処が、そういう訳ならこれを持って行(ゆ)けと仰しゃってお金をお出し遊ばしまして」
庄「そうだってのう、見ず知らずの者に四十金を恵むと云うのは感心な方だのう」
町「其の方は屹度(きっと)今日家(うち)へ入(いら)っしゃいますよ」
庄「来られちゃア困るなア、そんな方が入らしっては実に赤面だ」
町「それでも屹度来ますよ」
庄「困るなアお茶でも入れて上げな」
町「お茶はございませんよ」
庄「それではお菓子でも」
町「お菓子は昨夜(ゆうべ)戴いたのを貴方(あなた)が三つあがって、あとは仏様に上げてありますから、あれを上げましょうか」
庄「それでも戴いたものを又上げるのは変だのう」
町「あれ入っしゃいましたよ」
庄「文治郎様が入っしゃいましたと」
町「なアにそうじゃアございませんでした、秋田穗庵さまが入しったのでした」
庄「まア此方(こっち)へお上りなさい」
秋「はい今日(こんち)は番町(ばんちょう)辺(へん)に病人があって参り、帰りがけですが貴方のお眼は何(ど)うでございますな」
庄「些(ち)っとも癒(なお)りません、少しも顕(げん)が見えません、どうもいけませんから、これじゃア薬も止(や)めようかと思って居ります」
秋「それがナ貴君(あなた)のお眼は外障眼(がいしょうがん)と違い内障眼(ないしょうがん)と云って治(じ)し難(がた)い症ですから真珠(しんじゅ)、麝香(じゃこう)、竜脳(りゅうのう)、真砂(しんしゃ)右四味(しみ)を細末にして、これを蜂蜜(はちみつ)で練って付ける、これが宜しいが、真珠は高金(こうきん)だから僕のような貧乏医者は買って上げる訳にいかん、それに就いて兼(かね)て申上げました此方(こちら)のお娘子(むすめご)がお美しいと云うことを、北割下水(きたわりげすい)の大伴(おおとも)と云う剣客(けんかく)へ話した処が、是非世話をしたいから話しをして呉れと云うから、先日貴方へ申上げた事がありますが、お堅いからお聞済(きゝずみ)がないが、時世で仕方がないから、諦めて貴方が諾(うん)と云えば僕が先方へ参って話をすれば、お目薬料ぐらいは直(じき)に出ますからそうなさいな」
庄「いゝえ、そんな話は止(や)めて呉れ、お前が来るとそんな事ばかり云うが、私(わし)には一人の娘を妾(めかけ)手掛(てかけ)に遣るくらいなら裏家住居はしません、そんな話をされると耳が汚(けが)れるから止して呉れ」
秋「貴君(あなた)はお堅いがね小野氏(うじ)、僕もいろ/\丹誠して癒らんければ名にも係(かゝわ)るから、お厭(いや)でもお娘子をお遣(つか)わしになれば、目薬料が出て御全快になって、而(しこう)して後(のち)のことでございます」
庄「いや眼は盲(つぶ)れても宜しい、お前さんの薬はもう呑まないよ」
秋「それじゃア無理には申さんから宜しいが、お嬢さま、お父様(とっさま)はあの通りお聞入れはないが、私(わたくし)の帰った後(あと)で能くお父様と御相談なさいよ、お父様がいやと仰しゃっても貴女(あなた)がおいでなさると云えば、お父様のお眼も癒るから、いやでも承知しなければなりません、何(いず)れ又出ますよ、左様なら」
庄「いやな奴だ、来ると彼奴(あいつ)あんなことばかり云っている、医者が下手だから桂庵(けいあん)をしているのだろう」
と云っている処へ参りましたのは、藍(あい)の衣服(きもの)に茶献上の帯をしめ、年齢は廿五歳で、実に美しい男で、門(かど)へ立ちまして、
文「御免なさい」
町「お父様(とっさま)入っしゃいましたよ」
庄「誰方(どなた)かえ」
町「文治郎様が」
庄「さア何卒(どうぞ)これへお上り遊ばしませ」
文「昨夜はどうも、これはお礼で恐れ入ります、貴女(あなた)が御無事でお帰りかと後(あと)で大きにお案じ申しました、あれから直ぐにお帰りでしたか、へー此方(こなた)がお父様(とっさま)でございますか、初めてお目に懸りました、手前は業平橋に居ります浪島文治郎と申す武骨ものでございます、お見知りおかれて以後御別懇に願います」
庄「へー、手前は小野庄左衞門と申す武骨の浪人御別懇に懸(ねが)います、扨(さて)昨夜は娘町(まち)が計らず御介抱を戴き、殊(こと)にお菓子まで頂戴致し、帰って参ってこれ/\と申しますから、有難く存じ、只今も貴方(あなた)のお噂をして居りました……これ町やお茶を、あイヤお茶は無かったッけ、お湯をあげな、まアこれへお進み下さい」
文「始めてお目に懸って誠に御無礼なことを申して、お気に障るか知れませんが、昨夜お嬢様に段々御様子を伺った処が、御運悪くお屋敷をお出になって御浪人遊ばした処が、御眼病をお煩いのよし、それを嬢様が御心配遊ばして、お感心に寒(かん)三十日の間跣足(はだし)参りをなさる、手前も五十八歳になる母が一人ございますが、少し風を引いて頭痛がすると云われても、若(も)しものことがありはしないかと思って心配するのは、子の親を思う情合(じょうあい)ですから、嬢様のお心もお察し申して段々お尋ね申した処、秋田穗庵とか云う医者が真珠の入った薬なれば癒るが、それをあげるには四十金前金(まえきん)によこせと申したそうで、就(つい)ては誠に失礼でございますが、持合(もちあわ)せている四十金を差上げますから、これでその真珠とやらを購(か)い整え、御全快になれば手前に於(おい)ても悦ばしく存じ、又お嬢様に於ても御孝行が届きますから、誠に失礼でございますが、此の金は明いて居(お)る金でございます、お遣い遊ばして下さいまし」
庄「へい/\忝(かたじけ)のうございます」
と片手を突いて見えない眼で文治を見まわして、
庄「あゝ貴方様は判然(はっきり)は見えませんから分りませんが、お若いお立派な方で、殊に御発明で御孝心の深いことはお辞(ことば)の上に見えすくようで、私(わし)も五十八になる母があるが、少し加減が悪いと恟(びっく)りすると仰しゃるのは御孝心な事で感心でござる、それに見ず知らずのものに四十金恵んで下さるのは誠に有難うございます、お志ばかり頂戴いたしますが、金はお返し申しますから、どうかお持ち帰りを願います」
文「それでは困ります、折角持って参った金ですからどうかお受け下さいまし」
庄「いや/\受けません、見ず知らずのお方に四十金戴く訳がございません」
文「見ず知らずでございますが、昨夜お嬢様にお目に懸ったのが御縁でございます、躓(つまず)く石も縁の端(はし)とやら、貴方の御難儀を承っては其の儘にはおけません、どうかお受け下さいまし」
庄「どう致して、とても受けられません」
文「左様なら此の金を上げると云っては失礼でございますが、兎(と)に角(かく)明いて居(お)る金でございますからお遣い下さい」
庄「いや/\借(かり)ても今の身の上では返えせる目途(もくと)がありませんからお借り申すことは出来ません」
文「それではお嬢様に」
庄「いや/\娘も戴く縁がありません」
文「さア貴方はお堅いが、能くお考えなすって御覧なさい、貴方がいつまでもお眼が悪いと唯(たっ)た一人のお嬢様が夜中(やちゅう)に出て神詣(かみまい)りをなさるのは宜しいが、深夜に間違いでもあれば、これ程お堅い結構な方に瑾(きず)を付けたら何(ど)うなさる、私(わたくし)が金を上げると申したら御立腹でござろうが、子の心を休めるのも親の役でございます、文治郎が失礼の段は板の間へ手を突いてお詫をします、他人と思召(おぼしめ)さずにお受(うけ)を願います」
庄「あゝこれ/\お手をお上げ下さい、貴方は何(なん)たるお方かなア、大金を人に恵むに板の間へ手を突いて、失礼の段は詫ると云う、誠に千万忝(かたじ)けのうござる、只今の身の上では一両の金でも貸人(かして)のない尾羽(おは)打枯(うちから)した庄左衞門に、四十金恵んで下さるは、屋敷に居りました時千石加増したより忝けのうござるがナ、手前強情我慢で、これまでは涙一滴溢(こぼ)さんが、今日(こんにち)只今嬉し涙と云うことを始めて覚えました、なれども此の金は受けられませんから、どうかお持帰りを願います、それを貴方がいつまでも手を突いて仰(おっし)ゃれば致し方がないから切腹致します」
文「あゝそれは困ります、成程お堅いから仕方がないが、然(しか)らば金で持って参ったから受けて下さるまいが、薬なら受けて下さるだろうな」
庄「薬も廿四銅か三十銅の品なら受けますが高金(こうきん)の品では受取れません」
文「左様なら致し方がないが、どうかお気に障(さ)えられて下さるな」
庄「どう致しまして、これお茶を、お茶も上げられません、貴方に戴いたお菓子が二ツ残って居ります、彼(あ)れをお上げ申せ」
文「どう致しまして、左様ならお暇(いとま)申します」
町「親父は頑固(いっこく)ものですから、お気に障りましたろうが、どうか悪く思召さないで下さいまし、御機嫌(ごきげん)宜しゅう」
と板の間まで出て見送ります。文治もどうかして金を遣りたいが、所詮金では受けないから薬にして持って往って遣ろうかと、いろ/\に工夫をしながらうか/\と路地を出に掛りますと、入って来たのはまかな[#「まかな」に傍点]の國藏と云う奴で、九月の四日に文治に拳骨で擲(は)り倒されまして、目が覚めたようになって頻(しき)りに稼(かせ)いで、此の長家(ながや)へ越して来たと見えて、夜具縞(やぐじま)の褞袍(どてら)を着て、刷毛(はけ)を下げまして帰って来まして、文治と顔を見合せて恟(びっく)りしました。
國「おや旦那」
文「おう國藏か、どうした」
國「こりゃア不思議だ、貴方(あんた)は何(ど)うして此処(こゝ)へ」
文「少し知己(しるべ)があって来たが、此の節は辛抱するか」
國「えい漸(ようや)く辛抱するようになって、私(わっち)が仕事をするようになって、先(せん)の家(うち)では狭いから此処へ越して来たが、家(うち)のお浪はお前さんを有難がって、お目に懸りたいと云っても、貴方の処へは最(も)う上れねえが、幸い今日は店振舞(たなぶるまい)で障子が破れていて仕様がねえから刷毛を借りて来て張る処だ、鳥渡(ちょっと)宅(うち)へ往って蕎麦(そば)のお初(はつ)うを食ってやっておくんなせえ、お浪/\業平橋の旦那にお目に懸ったからお連れ申したよ」
浪「おやまア不思議じゃアないか、此方(こっち)の心が届いて旦那にお目に懸られるのだねえ、さア/\此方(こちら)へ/\」
國「さア此方(こちら)へ上って下せえ」
文「好(い)い家(うち)だの」
國「えゝ先(せん)の家(うち)より広いのは長家を二軒借りたから広くなりやした、なアに家なんざア何(ど)うでもいゝが、私(わっち)も畳の上で死なれるようになったのは旦那のお蔭です、忘れもしねえ九月の四日、私(わっち)が嚊を連れて旦那の処へ強請(ゆす)りに往った処が私(わっち)の襟首(えりっくび)を掴(つか)めえての御意見が身に染(し)みて、お奉行様の御理解でも聾(つんぼ)程も聞かねえ國藏が改心して、これから真人間になって稼ごうと思ったけれども、借金があって真面目になることが出来ねえと思っていると、お前(めえ)さんが金を下すったから、それで借金の目鼻を付け、四ツ目の親分の所へ往って、これから仕事をすると云った処が、親分も大層悦んで仕事をよこしてくれやしたが、先の家じゃア狭くって仕事が出来ねえから、今日此処へ移転(ひっこ)して来て、蕎麦を配るからどうか旦那にお初うを上げたいと思っていたが、丁度いゝ処でのうお浪」
浪「本当ですよ、旦那様にお目に懸ってお礼を申し上げたいと思っても、着て行(ゆ)くものがありませんから損料でも借りて着て行(い)こうと思って」
國「黙ってろ、おい/\お浪、何方(どこ)の蕎麦屋へでも早く往って大蒸籠(おおぜいろ)か何かそう云って来な、駈け出して往って来い、コヽ跣足(はだし)で往け、へい申し旦那、お浪の云う通り損料を借りて紗綾羽二重(さやはぶたえ)を着て往ってもお悦びなさる旦那じゃねえ、損料を着て往けば立派だが、その時限りのことで、家(うち)へ帰(けえ)って来れば直ぐなくなって仕舞うから、それよりゃアその金を借金方へ填(う)めて精出し、働らいて儲(もう)けた銭で買った着物を着て往かなけりゃアならねえと思って居りやす、旦那え不思議なことにゃアお浪が此の頃神信心(かみしんじん)を始めやした、彼奴(あいつ)は男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、皆(みんな)口で欺(だま)して殺すというのは、欺された男が身を投げたり首を縊(くゝ)ったりしやしたのさ、そう云う奴が観音様を拝むようになったから、観音様を拝んでも御利益(ごりやく)があるものか、それよりも首を継いでもらった旦那を拝めってなアお浪、あ、今彼奴は蕎麦屋へ行ったっけ」
文「そりゃア悦ばしいのう、己(おれ)の云うことを聞いて手前が改心すれば、彼(あ)の時打擲したことは文治郎が詫るぞ」
國「勿体(もってえ)ねえことをお云いなさる、此間(こないだ)親父の墓場へ往って石塔へ向って、業平橋の旦那のお蔭でお前(めえ)の下へ入(へい)れるようになったよと云ったが、親父も草葉の蔭で安心しましたろうと思いますのさ」
文「これは誠に少しばかりだが、家見舞だから取って置いてくれ」
國「旦那こんなことをなすッちゃアいけねえやね」
文「手前の身祝いだから取って置いてくれ」
國「あれサ、これを戴くと身を苦しめねえで貰った銭だから、折角戴いても軍鶏鍋(しゃもなべ)でも食って寝て仕舞ったり何かして為にならねえから止(よ)しておくんなせえ」
文「それはそうだろうが、これは己(おれ)の志だから受けてくれ、また炭薪(まき)や何か入用(いりよう)ならいつでも取りに来るがいゝよ」
國「有難うございます」
と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走(ちそう)になって、四方山(よもやま)の話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て、
秋「さアこれへ/\」
町「お父様(とっさま)又穗庵様が入っしゃいましたよ」
庄「よく来るな、蒼蠅(うるさ)いなア」
秋「先刻は誠に失敬を申して相済みません、あれから帰りがけに割下水の先生の所へ寄りますと、大呵(おおしか)られ、貴様の云いようが悪いから出来る縁談も破談になる、只(た)った一人の御息女を妾手掛に欲(ほし)いと云うから御立腹なすったのだ、此方(こちら)では御新造(ごしんぞ)に貰い受けたいのだ、御縁組を願いたいのだ、手前では分らんから此の方を御同道いたすようにと云って、これにお代稽古(だいげいこ)をなさる和田原八十兵衞(わだはらやそべえ)先生をお連れ申しました、さア先生これへ/\」
八十「手前は和田原八十兵衞と申すもので、先程穗庵が参って御様子を伺うと、先生が殊の外(ほか)御立腹で、早速手前に参って申し開きをして参れと云い付けられて参ったが、先程穗庵が妾に貰い受けたいと申したのは全くの間違で、実は御新造にお貰い申したいと云うので、媒妁(なこうど)もお気に入らんければどのようにも致しますが、先生は最(も)う御息女をお貰い申したように心得て居って、貴方を御舅公(ごしゅうとご)のように心得て、御眼病がお癒(なお)りにならんければ困るからと云って、これへお目薬料として五十金持って参ったが、これではお少ないと思し召すかも知れませんが、暮のことでござれば春の百両とも思し召されて」
庄「お黙んなさい、なんだ五十両では少いが春の百両とも思ってとはなんの事だ、穗庵私(わし)の娘をいつ此の先生の所へ遣りたいと申しました、遣るとも遣らんとも定(きま)らん内に金を持って来るとはなんだ、お前は媒妁口を利(き)いて宜(い)い加減のことを云ったのか、小野庄左衞門が貧乏して居(お)るから金にふるえ付くかと思って金を持って来たか」
秋「これサ御立腹では恐入ります、実は」
庄「黙んなさい、嫁に貰いようを知らんものがあるかえ、仮令(たとえ)浪人者でも、一人の娘を妾にはせん、婚礼の式は正しゅうしなければならん、お前の先生は嫁の貰いようを御存じないか、見合いも致さず、結納(ゆいのう)も取交(とりかわ)さず、媒妁も入れなければ婚姻にはならん、汚らわしい金なんぞは持って帰らっしゃれ」
と膝の所へ金を打付(うちつ)けました。
八十「これはしたり、何も金を持って来る訳ではござらんが、師匠が申したから持って参ったので」
庄「師匠が金を持って往(ゆ)けと云ったら何故止めん、金を持って往けば先方で立腹するだろうとか何(なん)とか云って、止めなければならんのが弟子の道であるに、師匠が申付(もうしつ)けだと云って、それをいゝ事と心得、何故持って参った、師匠が馬鹿なら弟子まで馬鹿だ、馬鹿士(ざむらい)とは汝(なんじ)のことだわい」
八十「此奴(こいつ)なんだ、怪(け)しからん、無礼至極」
と云いながら長柄(ながつか)へ手をかけて抜こうとすると、小野は丸で見えんのではないから持って居った煙管(きせる)で臂(ひじ)を突きますと、八十兵衞は立上ろうとする途端にひょろ/\として尻餅を突くと、家(うち)が狭いから上流(うわなが)しへ落ちに掛りますと、上流しが腐って居りますから、ドーンと下流しへ落ちました、丸で馬陸(やすで)を見たようです。八十兵衞は愈々(いよ/\)立腹致し、刀を振上げて斬ろうとするから、穗庵もぴかりっと抜きましたがこれはぴかりっとは参りません、錆(さ)びて居りますから赤い粉がバラ/\と出て、ガチ/\/\と鉈(なた)のようなものを抜いて今斬ろうとする。庄左衞門は破(や)れた戸棚(とだな)からたしなみの刀を出してさア来いと云う。娘は慄(ふる)えながら両手をついて、
町「何卒(どうぞ)お願いでございます、親父は眼病でございますから御勘弁なすって下さいまし」
と云って泣いている騒ぎを、長屋の者が聞付け、一同心配していると、國藏も引越した計(ばか)り故驚きましたが、此の騒ぎを見て帰って来て、
國「お浪、旦那をお帰(けえ)し申して、怪我をなすっちゃアいけねえからお帰(けえ)し申しな」
文「何(な)んだ」
國「今隣りの婆(ばあ)さんに聞くと、隣の娘を剣術遣いが妾にしてえ、銭も遣るから云う事を聞いてくれと云うと、その浪人者が飛んでもねえことを云うな、金に目をくれて娘を遣る奴があるものか、見損なやアがったか間抜野郎と云うと、剣術遣いが、おや此(こ)ん畜生(ちくしょう)なんだ此の唐偏木(とうへんぼく)め、貧乏をしているから助けて遣ろうというのだ、生意気な事をぬかしゃアがるなと云うので打合(たゝきあ)いが始まる、剣術遣いがその親父を斬ろうとする、娘が泣き出す、親父は眼こそ見えねえが中々聞かねえで、斬るなら斬れと云う喧嘩の最中だから旦那出ちゃアいけませんぜ」
文「なに、一軒隔(お)いて隣は小野氏(うじ)の家に相違ないが、小野に怪我があっては相成らんゆえ、私(わし)が往って取鎮(とりしず)めて遣ろう」
國「旦那が怪我をしちゃアなりませんからお止しなせえ」
文「捨置く訳にはいかん、そこを放せ」
と云いながら日和(ひより)下駄を穿(は)いたなりで駈出(かけだ)し、突然(いきなり)喧嘩の中へ飛込みますると云うお話に相成りますのでございますが、一寸(ちょっと)一服致します。
四
偖(さて)本所松倉町なる小野庄左衞門の浪宅へ、大伴蟠龍軒(おおともばんりゅうけん)と申しまする一刀流の剣術遣いの門弟和田原八十兵衞と、秋田穗庵という医者が参り、娘お町をくれろとの掛合(かけあい)になりましたが、庄左衞門は堅いから向うで金を出したのを立腹して、一言二言(ひとことふたこと)の争(あらそい)より遂にぴかつくものを引抜き、狭い路地の中で白昼に白刃(はくじん)を閃(ひらめ)かし、斬合うという騒ぎに相成りましたから、裏長屋の者は恟(びっく)り致し、跣足(はだし)で逃げ出す者もあり、洗濯婆(ばあ)さんは腰を抜かし、文字焼(もんじやき)の爺(じい)さんは溝(どぶ)へ転げ落るなどという騒ぎでございます。文治郎は短かいのを一本差し日和下駄を穿き、樺茶色(かばちゃいろ)の無地の頭巾を眉深(まぶか)に被(かぶ)って面部を隠し、和田原八十兵衞の利腕(きゝうで)を後(うしろ)からむずと押え、片手に秋田穗庵が鉈のような恰好(かっこう)で真赤に錆びたる刀を振り上げた右の手を押えながら、
文「暫く/\何卒(どうぞ)暫くお待ちください、何事かは存じませんが、まア/\お話は後(あと)で分りまする事ですから、手前へお免じください、暫くお待ちください、まア/\」
と後(うしろ)から押しまする。和田原八十兵衞は長いのを振上げたなり、
八十「邪魔致すな其処(そこ)放せ」
と云いながらこちらを振り向うとすると、ギュッと手を逆に捻(ねじ)る、七人力も有ります人に苛(ひど)く利き処を押えられ、痛くて向く事が出来ませんから、又左方(こちら)へ向うとすると、右へ捻りまするから八十兵衞は右と左へぐる/\して居ります。文治郎は、
文「暫く/\」
といいながら狭い路地を押し出して、表へ連れて参りました。後(あと)には娘お町が有難いお人だと悦んで居りました。國藏は又頻(しき)りに心配して、ぐる/\駈廻(かけまわ)って居りまする処へ文治郎が立帰(たちかえ)って参り、
文「先(ま)ずお怪我がなくてお目出とうございました」
町「おや、あなたは先程の文治郎さま、未(ま)だお帰りにはなりませんでしたか」
文「御同長家(ごどうながや)の内に懇意な者が居りますので、おゝこれ此処(こゝ)に居ります此の國藏の宅に今まで居りました処、此の騒ぎ、怪(け)しからん奴でございましたなア」
町「お父様(とっさま)、先程の文治郎様が今の人達を連れ出してくださいましたとの事、お礼を仰しゃいまし」
庄「誠に種々(いろ/\)御厄介に相成りました、余り不法を申しますから残念に心得、一言二言云うと貴方(あなた)、白刃(はくじん)を振廻(ふりま)わし、此の狭い路地を荒す無法の奴でございます」
國「もし旦那、彼奴等(あいつら)を何処(どこ)へ連れてお往(い)でなさいやしたえ」
文「ウン、表の割下水(わりげすい)の溝(どぶ)の中へ投(ほう)り込んで来た」
國「えゝ溝の中へ投り込んで来たとえ、苛(ひど)い事をお行(や)りなすったねえ、今に上ってきやアしませんか」
文「上っても腕は利かん、逆に捻って胴を下駄で強(ひど)く蹴(け)て、手足を挫(くじ)いて置いたから這い上って帰るだろう」
國「へえ苛い事をなさるねえ、私(わっち)は又何処(どっ)かの待合茶屋(まちあいぢゃや)へでも連れてって、扨(さて)如何(いかゞ)の次第でございますか、兎に角任せて下さいと云って、お前(めえ)さんが仲人(ちゅうにん)に入って、茶か何か呑ませているんだろうと思って居りました」
文「茶などを呑ませてたまるものか、彼奴等(あいつら)は溝(どぶ)の水で沢山だ」
國「だがねえ旦那え、それは好(い)いが、お前(めえ)さん藪(やぶ)を突(つッつ)いて蛇を出してはいけませんぜ、是りゃアとんでもない喧嘩になりますぜ」
文「なぜ」
國「何故ったってお前(めえ)さん、溝(どぶ)の中へ投(ほう)り込まれて黙っている奴はねえ、殊に相手は剣術遣い、兄弟弟子も沢山有りましょう、構ア事はねえ押込んで往(い)けと二十人も遣(や)って来られた日にゃ大騒ぎですぜ」
文「それは来る気遣(きづかい)はない、心あるものなら師匠が止める、私(わし)は顔を隠して置いたから相手は知れない、そこで溝へ投り込んだのは私(わし)だか何(なん)だか訳が分らないから、心ある師匠なら一時(いちじ)止まれと言って止めるなア」
國「師匠に心が有るか無いか知りませんけれども、お前(めえ)さん喧嘩に往くのに断って出るものが有りますか、私達(わっちたち)が湯屋で間違(まちげえ)をして拳骨の一ツも喰(くら)って来て、友達が之(これ)を聞いて外聞が悪いから押して往けと言う時に、親方へ一寸(ちょっと)喧嘩に往って来ますと断って出る者は有りますめえ、密々(こそ/\)と抜け出して出し抜(ぬけ)にわッと云って、大勢が長いのを振舞わして此処(こゝ)へ遣って来られた日にゃ大変じゃありませんか」
文「もしや来たらお浪を遣(よこ)して私(わし)に知らせろ、そうして私(わし)の来る間手前(てめえ)は路地口の処へ出て掛合っていろ、手前(てまえ)は此の長屋の行事でございますが、何(ど)ういう訳で左様に長い物を振(ふる)って町家(ちょうか)をお荒しなさいまする、その次第を一応手前にお告げ下さいと云って出ろ」
國「そりゃ否(いや)だね、行事だ詰らねえ事を云う、面倒臭いと斬られてしまいましょう、否(い)やだアねえ」
文「若(も)し来たら知らせれば宜(よ)い、左様なら」
と足を早めて往(ゆ)きますから、
國「もし旦那、もし、あれだもの仕様がない、あれ旦那」
と云うを耳にも止めず文治郎は平気(すまし)て帰って往(ゆ)きます。國藏は頻(しき)りに心配して大家さんへ届けたり、自身番を頼んだりぐる/\騒いで居りますると、文治郎の鑑識(めがね)に違(たが)わず、それっ切り仕返しにも来ませんでしたが、後(のち)に小野庄左衞門は蟠龍軒から怨(うらみ)を受け、遂に復讎(ふくしゅう)の根と相成りまするが、お話変ってこれは十二月二十三日の事で、両国(りょうごく)吉川町(よしかわちょう)にお村と云う芸者がございましたが、その頃柳橋(やなぎばし)に芸者が七人ありまする中で、重立(おもだ)った者が四人、葮町(よしちょう)の方では二人、後(あと)の八人は皆(み)な能(よ)い芸者では無かったと申します。丁度深川の盛んな折でございます、その頃佐野川市松(さのがわいちまつ)という役者が一と小間置(こまおき)に染め分けた衣裳へ工夫致しましてその縞(しま)を市松と名(なづ)けて女方(おんながた)の狂言を致しました時に、帯を紫と白の市松縞にして、着物を藍(あい)の市松にしたのが派手で、とんだ配合(うつり)が好(よ)いと柳橋の芸者が七人とも之を着ましたが中にも一際(ひときわ)目立って此のお村には似合いました処から、人之を綽名(あだな)して市松のお村と申しました。年は十九歳で親孝行で、器量はたぎって好(よ)いと云うのではありませんが、何処(どこ)か男惚(おとこぼ)れのする顔で、愛敬靨(あいきょうえくぼ)が深く二ツいりますが、尺(ものさし)を突込(つッこ)んで見たら二分五厘あるといいますが、誰(たれ)か尺を入れたと見えます。其の上しとやかで物数(ものかず)を云わず、偶々(たま/\)口をきくと愛敬があってお客の心を損ねず、芸は固(もと)より宜(よ)し、何一つ点を打つ処はありませんが、朝は早く起きて御膳焚(ごぜんたき)同様にお飯(まんま)を炊き、拭掃除(ふきそうじ)を致しますから、手足は皹(ひゞ)が絶えません、朝働いて仕まってからお座敷へ出るような事ですから、世間の評が高うございます、此の母親(おふくろ)はお崎(さき)婆(ばゞあ)と申しまして慾張(よくばり)の骨頂でございます、慾の国から慾を弘めに参り、慾の新発明をしたと云う、慾で塊(かたま)って肥(ふと)って居りまする。慾肥(よくぶと)りと云うのはこれから始まりました。娘お村に稼がせて自分は朝から酒ばかりぐび/\飲んで居りますると、矢張り此の頃の老妓(あねえ)で、年は二十七歳に相成りまする、お月と申します脊(せい)はすっきりとして芸が好(よ)く、お座敷でお客と話などをして居ります間に取持(とりもち)が上手と評判の芸者でありました。此の頃の老妓は中々見識のあったもので、只今湯に出かけまする姿ゆえ、平常着(ふだんぎ)の上へ黒縮緬(くろちりめん)の羽織を引ッかけ、糠袋に手拭を持ってお村の宅(うち)の門口へ立ちまして、
つき「お村はん在宅(うち)かえ」
さき「おやおつき姉さん、まアお入りよ、あれさお入りよ、湯かえ、いゝじゃないか、種々(いろ/\)お前さんにお礼の云いたい事もあるから一寸(ちょっと)お入りよ」
月「寒いじゃないか、お母(っか)さん、御無沙汰をしました」
さ「お寒くなりました、段々押詰(おしつま)って来るから何(なん)だか寒さがめっきり身に染(し)みますよ、今一杯始めた処サ」
月「朝からお酒で大層景気が好(い)い事ねえ」
さ「一つお上りなはいな」
月「昨宵(ゆうべ)ね少し飲過ぎてお客のお帰んなすったのも知らないくらいに酔い潰(つぶ)れたが、例(いつも)のきまりだから仕方がない」
さ「失礼だが一杯お上りよ、私がお酌をするよ、本当に姉さんはお村を彼此(かれこれ)云ってくださるから有難い事だって、平常(ふだん)そう云っているのだよ、何(なん)でも姉さんの云う事を肯(き)かなけりゃいけねえって、そう云っているのだから、何事も差図をしてお貰い申す積りさ、何(なん)てっても未(ま)だ年がいかねえから、時々跣足(はだし)でお座敷から駈け出して帰って来たりするから、何(なん)とかお思いかと心配してるのサ」
月「お母(っか)さんは何時(いつ)も壮健(たっしゃ)だねえ」
さ「えゝ私(あたし)ア是まで寸白(すばく)を知りませんよ、それに此間(こないだ)は又結構なお香物(こう/\)をくだすって有難うございました、あれさ、お重ねよう」
月「お母さん、あのお村はんは居(い)るかえ」
さ「あゝ今二階で化粧(みじめえ)して居(お)りますの、どうせ閑暇(ひま)だが又何時(いつ)口が掛るかも知れないから、湯に遣(や)って化粧(けしょう)をさせて置くのサ……二階に居りますが何か用が有るのかえ」
月「そうかえ、少しお村はんの事に就(つ)いて話があるんだが、あの三浦屋から十二三度呼びによこした本所割下水の剣術の先生の御舎弟(ごしゃてい)さんだというから、御舎さん/\という人は、取巻(とりまき)が能(よ)くって金が有るので、一寸様子が好(い)いから、浮気な芸者は岡惚れをするくらいだが、彼(あ)の人がお村はんに大変惚れてゝ、私にお月取持ってくれ/\と種々(いろ/\)云うから、私があの妓(こ)は堅くて無駄だからお止し、いけないと云っても中々肯(き)かないで逆上(のぼせ)切ってるのサ、芸者を引きたければ華(はなや)かにして箱屋には総羽織(そうばおり)を出し、赤飯を蒸(ふか)してやる、又芸者をしていたいのならば出の着物から着替から帯から頭物(あたまのもの)まで悉皆(そっくり)拵(こしら)えて、お金は沢山(たんと)は出来ねえが、三百両や四百両ぐらいは纒(まと)めて遣(や)ると斯(こ)ういう旨い口だ、私などは願っても出来やしない、余(あんま)り宜(よ)い口だから、否(いや)でもあろうが諾(うん)とさえ云えば大(たい)した事に成るのだから話をして見るんです」
さ「おや/\それは誠に有難い事ねえ、本当に私は夢のような心持がします、今時そんな方が出て来るものではないのだが、全く姉さんのお取做(とりなし)が宜いからで、乙なもので何(なん)でも太鼓の叩き次第だからねえ、早速お村に申しましょう、お村や/\一寸降りて来(き)なよ」
村「あい」
と優しい声で返辞をして、しとやかに二階から降りて参り、長手の火鉢の角の処へ坐り、首ばかり極彩色(ごくざいしき)が出来上り、これから十二一重(ひとえ)を着るばかりで、お月の顔を見てにこりと笑いながら、ジロリと見る顔色(かおいろ)は遠山(えんざん)の眉(まゆ)翠(みどり)を増し、桃李(とうり)の唇(くちびる)匂(にお)やかなる、実に嬋妍(せんけん)と艶(たお)やかにして沈魚落雁(ちんぎょらくがん)羞月閉花(しゅうげつへいか)という姿に、女ながらもお月は手を突いてお村の顔に見惚(みと)れる程でございます。
村「姉さんお出(いで)なはい」
月「お村はん、今お母(っか)はんに三浦屋の御舎さんの事を話したのだが、諾(うん)とさえ云えば大した事になるのだよ、嘸(さぞ)此間(こないだ)からお前に種々(いろ/\)な事を云うだろうね」
村「あゝ、来るたんびに変な事を云って困るよ」
月「私にも種々云ってしょうがないから、騙(だま)かして云い延べて置いたが、責(せめ)られてしょうがないよ」
さ「お村や、諾(うん)とお云いよ、有難い事だ、姉さんが何とか、日光(にっこう)御社参(ごしゃさん)とかいうお方が妾になれと仰しゃるのは有り難い事だから、諾とお云いよ」
村「姉はん、それは男も醜くはなし綺麗なような人だが、何だか私は虫が好かない、彼(あ)の人の傍(そば)に坐ると厭な心持になりますよ、そうして反身(そっくり)かえって煙管(きせる)を手の先で振廻し、落してお皿を欠いたり、鼻屎(はなくそ)をほじくっては丸薬にしたりして何(なん)だか厭だよ」
月「そうサ、変な処があるよ、気には入るまいが持物になって仕舞えば又好きな事も出来るわねえ」
さ「有難いことだから諾(うん)とお云いよ、おい諾と云わないかよ」
村「厭な事、私は死んでも厭だよ」
さ「馬鹿な事をお云いでない、お前が諾と云えば私までが楽になるのだから親孝行だよ、それにお前は春の出の姿(なり)に気を揉んで居て一から十まで新しい物にしたがり、彼(あ)の縮緬(ちりめん)のお前さんが知ってる紋付さ、あれを色揚げをして置けば結構だと言えば、紋が黒くなると言うから、そうしたら薄い昇平(しょうへい)を掛ければ知れやしないと云うのに、何(なん)でも新しい姿(なり)ばかりしたがる癖にさ、私などの若い時分と違って好(い)い姿(なり)計りしたがったり、芝居へも往(ゆ)き、したいこともしたければ、諾と云って其の人を取らないと肯(き)かないよ」
村「でも柳橋の芸者が旦那取りをしたと云っては第一姉さん達の恥になり、私も外聞が悪いから、能(よ)くは出来ないが私だけは芸一方で売る心持でいますから、どうかそんな色めえた事を云うお客はぴったり断って下さいまし」
月「お村はんが否(いや)だと云うならどうもしようがない」
さ「おい本当にいけない餓鬼だよ、サ諾と云いな、否か、どうあっても否か、下を向いて返辞をしないのは否なのか、否だなどと云えば唯(たゞ)は置かねえよ」
と云いながら手に持った長羅宇(ながらお)を振上げさま結(ゆい)たての嶋田髷(しまだまげ)を打擲(ちょうちゃく)致しましたから櫛(くし)は折れて飛びまする。
月「あゝ危いよ、あれさ怪我でもさしたらどうする積りだよ」
さ「お止めなさるな、止めると癖になります、太い阿魔でございます、これ何(なん)だと、芸一方で売りたいと、それはお月姉さんのような立派なお方の云う事だ、お前なんぞは今日此の頃芸者になり、一人前(いちにんめえ)になったのは誰のお蔭だ、お前が七歳(なゝつ)の時、親兄弟もない餓鬼を他人の私が七両の金を出して貰い切り世話をしたのだが、其の時は青膨(あおぶく)れだったが、私の丹誠で段々とお前さん胎毒降(くだ)しばかりも何(ど)の位飲ましたか知れやしません、芸を仕込めば物覚えが悪く、其の上感所(かんどころ)が悪いもんだから、撥(ばち)のせい尻(じり)で私は幾つ打(ぶ)ったか知れません、踊(おどり)を習わせれば棒を呑んだ化物(ばけもの)を見たように突立(つッたッ)てゝしょうが無かったのを、漸々(よう/\)此の位に仕上げたから、これから私が楽をしようと思ってるに、否(いや)も応(おう)もあるものか、親の言葉を背く餓鬼ならば女郎(じょうろ)にでも叩き売って仕舞います、利(き)いた風(ふう)な、芸一方で売るって私は知らねえ振りをしていれば、手前(てめえ)の好いた男なら上流(うわて)くんだりまで往って寝泊りをして来やアがるだろう、私は知るめえと思ってようが、芝口(しばぐち)の袋物屋の番頭に血道を揚げて騒いでいやアがる癖に」
月「まア静(しずか)におしよ、世間へ聞えると見(みっ)ともない、お村はんは私が篤(とっ)くり意見をして得心させるから私にお任せよ」
と泣いて居りまするお村の手を取って二階へ連れて上り、
月「お村はん勘忍しておくれよ、本当に邪慳(じゃけん)なお母(っか)さんだ、太い煙管でお前の顔を無茶苦茶に打(ぶ)って怪我でもしたら何(ど)うする積りなんだろう、怖いお母さんだねえ、今までお前はまア能くあのお母さんの機嫌を取ってお出(いで)たねえ」
村「姉さん、誠にお前さんの云う事を肯(き)かないで済みませんが、私も七歳(なゝつ)から育てられ、お母さんの気性も知っていますが、彼様(あんな)邪慳な人は世に余(あん)まり有りません、此の頃のように寒い時分に夜遅く帰って来れば、寝衣(ねまき)を炬燵(こたつ)に掛けて置いて寒かろうからまア一ト口飲めと、義理にも云うのが当然(あたりまえ)だのに、私が更けて帰ると、お母さんは寝酒に旨い物を喰(た)べてグウ/\大鼾(おおいびき)で寝て仕舞い、火が一つ熾(おこ)ってないから、冷たい寝衣を着て寝てしまい、夜が更けるからつい朝寝をすると、起ろ/\と足で蹴起(けおこ)して、お飯(まんま)を炊けと云って御膳を炊くやらお菜拵(かずごしら)えをして仕舞うと、起きて来て朝から晩まで小言三昧(ざんまい)、ヤレ彼(あ)の旦那を取れ、此の旦那の妾になれと今まで云われた事は何度あるか知れやしないが、漸々(よう/\)云抜けては置いたが、辛くって/\今日は駈出そうか、明日は迯(に)げようかと思った事もあったけれど、外(ほか)に身寄親類もないから駈出しても往(ゆ)き処(どこ)がない私ゆえ堪(こら)えてはいましたが、今日という今日は真に辛いから私は駈出して、身を投げて死にますよ」
月「馬鹿な事をお云いでないよ、私が悪かった、お母さんの前で直(すぐ)に彼(あ)の事を云わなければ宜(よ)かった、私は蔭でチラリと聞いたのだが、お前は友之助(とものすけ)さんとは深い中で、それがため義理の悪い借金も出来ているから、結局(つまり)二人で駈落(かけおち)などいう軽卒(かるはずみ)な事でもしやしないか、困ったものだと云う事が私の耳に入っているが、私も兄弟は無し、心細いから平常(ふだん)親切にしておくれのお前と、末々まで姉妹分(きょうだいぶん)になりたいと思う心から案じているのだが、それは厭に違いはないが、友さんの為なら厭な旦那もお取りかと私は考えてるが、友之助さんの為だと諦めて舎弟の云う事を聞けば、纒(まと)まったお金を幾らか私が貰って上げるから、それで内証(ないしょ)の借金を払い、二百両か三百両の金を友さんにも遣り、借金の方(かた)を附け、可なり身形(みなり)を拵(こしら)え、時々は私が騙(だま)かして拠(よんどころ)ないお座敷で帰りが遅くなると云って上げるから、厭でもあろうが只(たっ)た一度、舎弟と枕(まくら)を並べて寝て遣れば、どんなに悦ぶか知れない、それは厭だろうが、其の時は私が密(そっ)と友さんを他(ほか)に呼んで置いてお前に逢わせ、口直しを拵えて置くからねえ、私も責められて困るからよ」
村「はい/\姉さん私も友之助さんに対して旦那を取っては済まず、又私が身を斬られるほど辛いけれども、姉さんの折角のお頼みと云い、お母さんの様子では女郎(じょうろ)にも売り兼ねやアしまいから、死んだ心になって旦那を取りましょうよ」
月「おや本当に、どうもまア好(よ)く諦らめておくれだ、本当に可愛そうだけれども、じゃア其の積りだよ」
と云いながら慌てゝ音のするように梯子(はしご)を降りて参り、おさきに向い、
月「私が段々話をした処が、済まなかった、随分宜(よ)い人だと思っていたが、まさかにお母さんの前で旦那が取りたい惚れているとも云いにくいから、しぶ/\していて、打(ぶ)たれるだけが損だったと云っているから、お前も機嫌を直して可愛相だから優しく云ってお遣(や)りよ」
さ「おや/\そうかえ、まア誠に有難いこと、姉さんの云う事は肯(き)き、私の云う事は肯かないのだもの、それも姉さんのお蔭さ、お前はいつも若いよ、お月さん幾つ」
月「十三七ツが聞いて呆れる」
さ「お湯に往(い)くなら私も一緒に往こう」
と嬉し紛れにおさきはお月と諸共(もろとも)に出て往(ゆ)く。後(あと)にお村は硯箱(すゞりばこ)を引寄せまして、筆を取り上げ、細々(こま/″\)と文を認(したゝ)め、旦那を取らなければ母が私を女郎(じょろう)にしてしまうと云うから、仕方なしに私は吾妻橋から身を投げて死にますから、其の前に一目逢いたいから、お店(たな)を首尾して廿五日の昼過に、知らない船宿から船に乗り、代地(だいち)の川長(かわちょう)さんの先の桐屋河岸(きりやがし)へ来て待っていてくれろという手紙を認(したゝ)めて出しましたから、友之助は大きに驚き、主人の家を首尾して抜け出し、廿五日の昼頃船を仕立てゝ桐屋河岸に待って居りました。
五
引続きまする業平文治のお話は些(ち)と流行遅れでございまして、只今とは何かと模様が違います。当今は鉄道汽車が出来、人力車があり、馬車があり、又近頃は大川筋へ川蒸気が出来て何もかも至極便利でありますが、前には左様なものがありませんから、急ぐ時は陸(おか)では駕籠(かご)に乗り川では船に乗ることでありましたが、お安くないから大抵の者は皆歩きました。只意気な人は多く船で往来致しましたから、舟が盛んに行われました。扨(さて)友之助は乗りつけの船宿から乗っては人に知られると思うから、知らない船宿から船に乗って来て桐屋河岸に着けて船首(みよし)の方を明けて、今に来るかと思って煙草を呑みながら時々亀の子のように首を出して待ちあぐんでいると、お村は固(もと)より死ぬ覚悟でございますから、鳥渡(ちょっと)お参りの姿(なり)で桐屋河岸へ来て、船があるかと覗(のぞ)いて見ると、一艘(いっそう)繋(つな)いであって、船首の方が明いていて、友之助が手招ぎをするから、お村はヤレ嬉しと桟橋(さんばし)から船首の方へズーッと這入(はい)ると、直(すぐ)に船頭さん上流(うわて)へ遣っておくれと云うので河岸を突いて船がズーッと右舷(おもかじ)を取って中流へ出ます。そうするとお村は何(なんに)も言わずに友之助の膝(ひざ)に取付き、声を揚げて泣きますから、友之助は一向何事とも分らぬから、兎も角も早く様子が聞きたいと云うので、向島(むこうじま)の牛屋(うしや)の雁木(がんぎ)から上り、船を帰して、是から二人で其の頃流行(はや)りました武藏屋(むさしや)と云う家(うち)がありました、其の家は麦斗(ばくと)と云って麦飯に蜆汁(しゞみじる)で一猪口(ちょく)出来ます。其の頃馴染(なじみ)でございますから人に知れないように一番奥の六畳の小間を借りまして、様子を聞こうと思うと、お村は云う事もあとやさきで只泣く計りでございますから、
友「どうも何(なん)だか唯泣いてばかりいては訳が分らないじゃアないか、冗談じゃない、又お母(っかあ)と喧嘩でもしたのだろう、お前のお母のあの通りの気性は幼(ちいさ)い時分から知ってるじゃアないか、能く考えて御覧、都合の好(い)い時分に何か買って行って、これをおたべ、これをお着と云って菓子の折(おり)か反物(たんもの)の一反も持って行(ゆ)けばニコ/\笑顔(わらいがお)をするけれども、少し鼻薬が廻らなければ、脹面(ふくれッつら)をして寄せ付けねえと云う不人情なお母だから、どうせお前は喰物(くいもの)になるので可愛そうな身の上だが、これも仕様がないが、まアどう云う喧嘩をしたのだか、手紙に死ぬと書いてあったが、死ぬなどゝ云うのは容易な事じゃアないが、一体どう云う訳だえ」
村「此の間話したが、アノーお客の御舎(ごしゃ)さんと云う人が手を廻して、お月姉さんから色々私の方へ云ってくれたが、お月姉さんが其の事を直(じき)にお母に云って仕舞ったから、お母は何(なん)でもお客に取れと云うけれども、私は厭だから厭だと云ったら怖ろしく腹を立って、私の結いたての頭髪(あたま)を無茶苦茶に打(ぶ)って、其の上こんな傷をつけて、お客を取らなければ女郎に売って仕舞うと云うのだが、随分売り兼(かね)ない気性だから、若(も)し勤めに入れば、もう逢える気遣(きづか)いはなし、義理のわるい借金もあり、私もお前さんと一緒にならなければ外(ほか)の芸者衆(しゅ)にも外聞がわるいから、寧(いっ)そ死んで仕舞おうと覚悟をしたが、一目逢って死にたいと思うばッかりに忙がしいお前さんにお気の毒をかけましたが、今日は能く来ておくんなさいました、私の死ぬのは私の心がらで仕方がないのだが、私の亡(な)い後(のち)にはお前さんは情婦(いろ)も出来ようし、良(い)いお内儀(かみ)さんも持ちましょうけれども、私はどんな事をしたって思いを残す訳じゃアないが、余所(よそ)は仕方がないが、どうか柳橋では浮気をしておくれでない、若し柳橋で浮気をなさると、友さん私は死んでも浮ばれませんよ」
友「詰らない事を云うぜ、お前ほんとうに死なゝけりゃア行立(ゆきた)たないかえ」
村「あゝ私ゃ本当に死のうと思い詰めたから云いますが、こんな事が嘘に云われますか」
友「そうか、そんなら話すが実は己(おれ)も死のうと思っている、という訳は、旦那の金を二百六十両を遣(つか)い込んで、払い月だがまだ下(さが)りませぬ/\と云って、今まで主人を云い瞞(くろ)めたが、もう十二月の末で、大晦日(おおみそか)迄には是非とも二百六十両の金を並べなければ済まねえから、種々(いろ/\)考えたが、此の晦日前では好(い)い工夫もつかず、主人に対して面目ないし、自分の楽(たのし)みをして主人の金を遣い果たして、高恩を無にするような事をして実に済まねえ、どうも仕方がないから死のうと覚悟はしても、死にきれねえと云うのは、お前(めえ)を残して行(ゆ)くのはいやだ、と思って七所借(なゝとこが)りをしても、鉄の草鞋(わらじ)を穿(は)いて歩いても、押詰(おしつま)った晦日前、出来ないのは暮の金だ、おめえ本当に覚悟を極めたら己と一緒に死んでくれないか」
村「えー本当、どうも嬉しいじゃアないか、私も実は一緒に死にたいと思っても、お前さんに云うのが気の毒で遠慮していたが、お前さんと一緒なら私ゃ本当に死花(しにばな)が咲きます、友さん本当に死んで下さるか」
友「静かにしねえ、死ぬ/\と云って人に知れるといけないから、斯(こ)う云う事なら金でも借りて来て総花(そうばな)でもして華々しくして死ぬものを、たんとは無いが有りッたけ遣(や)って仕舞おうじゃないか、お前も遣ってお仕舞い」
村「死ぬには何(なん)にも入らないから笄(かんざし)も半纒(はんてん)も皆(みん)な遣って仕舞います」
友「それでは其の積りで」
村「本当かえ、嬉しいねえ」
と迷(まよい)の道は妙なもので、死ぬのが嬉しくなって、お村は友之助の膝に片手を突いて友之助の顔を見詰めて居りましては又ホロリ/\と泣きます。其の時に廊下でパタ/\と音がするから、人が来たなと思い、それと気を付ける時、襖(ふすま)を明けて女中が見えました。
女「お銚子がお熱くなりました、誠に大層お静かでございます…お酌を致しましょう」
友「はい願いましょう、毎度御厄介を掛け、世話をやかしてお気の毒さま、もう私もこれぎり来られまい、遠方へ行(ゆ)きますから、姉さんの顔も是が見納めでしょう」
女「まア厭でございますねえ、そんな事を仰しゃると心細うございますよ、此の間も久しいお馴染になったお客様がお役で御遠方へお出(いで)になるゆえ、お送り申して胸が一ぱいになりました、いけませんねえ、お村姉さんは度々(たび/\)お客様をお連れ下すって、柳橋にはお村さんより外(ほか)に好(よ)い芸者衆(しゅ)は無いと宅(うち)のお内儀(かみさん)も云って居りました、お村さんいけませんねえ」
村「私も一緒に行(ゆ)くような事になりました」
女「羨(うらや)ましい事ねえ、結句どんな所でも思う人と行っていれば辛いと思うものでございませんよ」
友「これはほんの心ばかりだが、どうぞ親方とお内儀に上げて下さい、これは女中衆(しゅ)八人へ、これは男衆(しゅ)へ、たしか出前持とも六人でしたねえ」
女「毎度どうも、御心配なすってはいけません、誠に恐入(おそれい)りますねえ、只今親方もお内儀もお礼に出ますからお村さん宜しく」
友「此の羽織はいらない羽織で、だいなしになって居りますが、毎度板前さんにねえ我儘(わがまゝ)を云いますから、何卒(どうか)上げて下さい」
女「誠にどうも有難うございます」
友「此の烟草入(たばこいれ)はくだらないが毎(いつ)も頼む使(つかい)の方に」
村「此の羽織はいけないのですがあのお金どんに、此の笄は詰らないのですがお前さんに上げるから私の形見と思って指(さ)して下さい」
女「形見だなんぞと仰しゃると心細うございますねえ、本当に嘘でしょう、本当、まアどうも恟(びっく)りしますねえ、珊瑚樹(さんごじゅ)の薄色(うすいろ)で結構でございますねえ、私などはとても指す事は出来ませんねえ、これを頭へ指そうと思うと頭を見て笄が駈出してしまいますよ、笄には足がありますから、おやこれも、恐れ入りますねえ、少し横におなりなさいまし」
と屏風(びょうぶ)を立廻(たてまわ)し、枕元に烟草盆を置いて、床を取って、
女「お休みなさいまし」
と云って襖を締めて行(ゆ)きましたが、二人は今夜死のうというのですから寝ても寝られません。種々(いろ/\)に思返(おもいかえ)して見たが、死神に取付かれたと見えまして、思い止ることが出来ません。其の内に夜(よ)も段々更けて世間が寂(しん)として来ましたから、時刻はよしと二人はそっと出まして、牛屋の雁木へ参りますと、暮の事でございますから吾妻橋の橋の上には提灯(ちょうちん)がチラリ/\見えます。
村「友さん」
友「えゝ」
村「まだ吾妻橋を提灯が通るよ」
友「余程(よっぽど)更けた積りだが、そうでもなかったか」
村「これから二人で行(ゆ)くのだが、私も今日昼過から家(うち)を出たから屹度(きっと)お母(っかあ)が捜しているに違いない、若(も)し人目に懸って引戻されるともう逢う事は出来ないから、迂濶(うっかり)とは行かれないから、此の牛屋の雁木からでいゝから飛込んでおくれな」
友「此処(こゝ)はねえ浪除杭(なみよけぐい)が打ってあって、杭の内は浅いから外へ飛込まなければならんが飛べるかえ」
村「飛べますよ、一生懸命に飛込みますから」
友「浪除杭の外は極(ごく)深い所だ」
村「じゃア、さア此処から飛込みましょう、お前さん一生懸命に私の腰をトーンと突いて下さいよ」
友「さア」
村「さア是で別れ/\にならないように帯の所へ縛り付けて下さい」
と緋(ひ)の絹縮(きぬちゞみ)の扱帯(しごき)を渡すから帯に巻付けまして、互に顔と顔を見合せると胸が一杯になり、
友「あゝ去年の二月参会の崩れから始めて逢ってお前と斯(こ)う云う訳になろうとは思わなかったなア」
村「私のようなものと死ぬのは外聞がわるかろうけれども、友さん定(さだま)る約束と諦めて、どうぞ死んで彼世(あのよ)とかへ行っても、どうぞ見捨てないで女房(にょうぼ)と思っておくんなさいよ」
友「あいよ/\主人の金を遣(つか)い果たして死ぬのは、十一の時から育てられた旦那様に済まねえけれど、どうか御勘弁なすって下さい、己もお前も親はなし、親族(みより)も少い体で斯うなるのは全く宿世(すぐせ)の約束だなア」
村「あい、さア、友さん早く私を突飛(つきとば)しておくんなさい」
と二人共に掌(て)を合せて南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)/\と唱えながら、友之助がトーンと力に任せてお村の腰を突飛すと、お村はもんどりを打って浪除杭の外へドボーンと飛込んだから、続いて友之助も飛びましたが、お村を突飛ばして力が抜けましたか、浪除杭の内へ飛込んだから死ねません、丁度深さは腰切(こしっきり)しかありませんから、横になって水をがば/\飲みましたが、苦しいから杭に縋(すが)って這上(はいあが)りますと、扱帯は解けて杭に纒(から)み、どう云う機(はず)みかお村の死骸が見えませんで、扱帯のみ残ったから、
友「おいお村/\、おいお村もう死骸が見えなくなったか、勘忍してくんな、己だけ死におくれたが、迚(とて)も此処じゃア死(しね)ねえから吾妻橋から飛込むから、今は退潮(ひきしお)か上汐(あげしお)か知らないが、潮に逆らっても吾妻橋まで来て待ってくんな、勘忍してくんな、死におくれたから」
と愚痴を云いながら漸(ようや)く堤(どて)を上(のぼ)りましたが、頭髪(あたま)は素(もと)より散(さん)ばらになって居り、月代(さかやき)を摺(す)りこわしたなりでひょろ/\しながら吾妻橋まで来たが、昼ならどのくらい人が驚くか知れません。其の時まだチラ/\提灯が見えて人通りがあるから、人目に懸ってはならんと云うので吾妻橋を渡り切ると、海老屋(えびや)という船宿があります。其処(そこ)へ来てトン/\/\/\、
友[#「友」は底本では「村」と誤記]「親方々々私だ明けておくんなさい/\、親方私だよ」
親方「何方(どなた)です」
友「私だよ」
親「何方です」
友「芝口(しばぐち)の紀伊國屋(きのくにや)の友之助ですよ」
親「友さんお上りなさい、誠にお珍しゅうございます、おやどうなすった」
友「もうねえ、余所(よそ)のねえ、知らない船宿から乗って上ろうとして船を退(ずら)かしたものだから川の中へ陥(おっ)こって、ビショ濡れで漸(ようや)く此の桟橋から上りました」
親「まア怪(け)しからねえ奴だねえ、無闇とお客を落すなどゝは苛(ひど)い奴です、嘸(さぞ)お腹が立ちましたろう、何しろ着物を貸して上げましょう、風を引くといけません、何(なん)です紅(あか)い扱帯が垂下(ぶらさが)っていますねえ」
友「船頭がこんな物を垂下げやがって、仕様のねえ奴です…親方、何(なん)でも宜しゅうございますが気の付くように飲まない口だが一杯出してお呉(く)んなさい」
親「宜しゅうございます、おい己の※袍(どてら)を持って来な」
と着物を着替(きか)え、友之助は二階の小間(こま)に入って、今に死のう、人が途断(とぎ)れたら出ようと思って考えているから酒も喉(のど)へ通らず、只お村は流れたかと考えて居りますと、広間の方で今上って来たか、前からいたのかそれは知りませんが、がや/\と人声がするから、能く聞いてみると、どうもお村の声のようだから、はてなと抜足(ぬきあし)をして廊下伝いに来て襖に耳を寄せると、中にはかん/\燈火(あかり)が点(つ)きまして大勢人が居ります。
文治「姉さん、お前能く考えて御覧なさい、お前さんは義理を立って又飛込(とびこも)うと云うのは誠に心得違いと云うものだ、と云うはお前さんの寿命が尽きないので、私共の船の船首(みよしはな)へ突当(つきあた)って引揚げたのは全く命数の尽きざる所、其の友さんとかは寿命が尽きたから流れて仕舞ったのだに、それをお前さんが義理を立って又飛込(とびこも)うと云うのは誠に心得違いだ、それよりは友さんも親族(みより)のない人なら其の人の為には香花(こうはな)でも手向(たむ)けた方が宜しい、またお母(っか)さんもお前さんを女郎に売るとか旦那を取れとか、お前さんの厭な事をしろと云う訳はないから、それは私がどうか話を付けて上げよう、左様ではございませんか」
田舎客「左様でがんすとも死のうと云うは甚(はなは)だ心得違い、若い身そらと云うは差迫りますと川などへ飛込んでおっ死(ち)んで仕舞うが、そんな駄目な事はがんせん、能く心を落付けてお頼み申すが宜(え)い」
森松「本当です、お前は芸者じゃアないか、お前は芸者だから先が惚れたんだ、いゝかえ、己(うぬ)が勝手に主人の金を遣(つか)やアがって言い訳がないから死ぬのだが、それに附合(つきあ)って死ぬやつがあるものか、死んだ奴は自業自得(じごうじとく)だ、お前は身の上を旦那に頼んで極(きま)りを付けて仕舞って、跡へ残って死んだ人の為に線香の一本も上げねえ、ウンと云って仕舞いねえ、旦那に任せねえ」
村「はい、有難う存じます、どうぞお母(ふくろ)の方さえ宜(よ)い様にして下されば、折角の御親切でございますから、私の身の上は貴所方(あなたがた)にお任せ申します」
と云うのが耳に入ると、友之助は怒(おこ)ったの怒らないのじゃアない、借着の※袍(どてら)の姿(なり)で突然(いきなり)唐紙(からかみ)を明けて座敷へ飛込みまして物をも云わせずお村の髷(たぶさ)を取って二つ三つ打擲致しましたから、一座の者は驚いて、
森「何(なん)だ/\/\何だ/\何処(どこ)の人だか此処(こゝ)へ入ってはいけません」
友「はい/\此のお村に誑(ばか)されまして、今晩牛屋の雁木で心中致しました自業自得の斃(くたば)り損(ぞこな)いでございます」
文「それじゃアお前さんがお村さんと約束をして飛込んだ友之助さんと云う人かえ」
友「へいそうです…これお村、能く聞け、手前のような不実な奴が世の中にあるか、手前の方で一人で死ぬと云って愚痴を云い、己(おれ)も死のうと云うと一緒なら死花(しにばな)が咲くと云ったじゃないか、己は死後(しにおく)れて死切(しにき)れないから漸(ようや)く堤(どて)へ上って、吾妻橋から飛込もうと思って来た処が、まだ人通りがあって飛こむ事もならねえから、此の海老屋へ来て僣(ひそ)んでいたから手前が助かって来た事を知ったのだ、若(も)し知らずに己が吾妻橋から飛こんで仕舞ったら手前は跡で此の方に身を任せて、線香一本で義理を立(たて)る了簡(りょうけん)だろう、そんな不人情と知らずに多くの金を遣(つか)い果たして実に面目ない」
文「まア/\待ちなさい、暫(しばら)く待っておくんなさい、どうか待って下さい、腹を立ってはいかない、お村さんはお前さんが死んで仕舞ったと思って義理がわるいから是非死のうと云うのを、私(わし)が種々(いろ/\)と云って止めたからで、決して心が変ったと云う訳ではないから落付いて話が出来ます」
友「宜しゅうございます、そう云う腹の腐った女でございますなら思いきりますから、女房(にょうぼ)にでも情婦(いろ)にでも貴方(あなた)の御勝手になさい、左程(さほど)執心(しゅうしん)のあるお村なら長熨斗(ながのし)をつけて上げましょう」
文「私(わし)はお村さんとやらに初めてお目に懸ったので、此の上州前橋の松屋新兵衞さんと云うお方と一緒に、今日上流(うわて)で一杯飲んで帰る時、船首(みよし)にぶつかった死骸を引揚げて見ると、直(すぐ)に気が付いたから、好(よ)い塩梅(あんばい)だと思って段々様子を聞くと、これ/\だと云って又飛込もうとするから、一旦助けたものを、そんなら死になさいとは云われないから、種々(いろ/\)異見をして死ぬ事を止めたのだが、お前さんが助かって来ればこんな目出たいことはない、元々二人とも夫婦になれば宜(い)いのでしょう、私(わし)が惚れてゞもいると思われちゃア困りますが、家(うち)の一軒も持たせる工夫をして上げましょう、そうしたらお前さんの疑(うたぐ)りも晴れましょう」
友「へー、それはどうも有がとうございます、此の方(かた)は本所の剣術の先生かえ」
村「いゝえ何処(どこ)の方か初めての方が、実に親切に介抱をして下すったから、お礼を云うのを彼様(あんな)悪たいをついて済まないじゃないか、謝まっておくんなさい」
友「誠に私(わたくし)があやまった、誠にどうも相済みません、私(わたくし)は取上(とりのぼ)せていて貴所方(あなたがた)はお村の身請(みうけ)をするお客と存じまして、とんでもない事を申しましたが、どうか御勘弁を願います、貴方は何方(どちら)の方でございます」
文「私も取紛(とりまぎ)れてお近付きになりませんが、私は浪島文治と云う浪人でございます、不思議な御縁で今晩お目に懸りました、どうか幾久しゅう」
友「お村と私(わたくし)を本当に媒人(なこうど)になって夫婦にして下さいますか、どうぞ願います、拝みますから」
文「無闇に拝んでも行けませんが、どうすれば夫婦になれるか、其の様子を伺いたい」
友「別にむずかしい事はございません、私(わたくし)は主人の金を二百六十両余遣い果たして居りますから、これはどうしても大晦日までに返さんければ主人の前が立ちません、其の外(ほか)にもありますが、先(ま)ず二百六十両なければどうしても生きてはいられない義理になって居りますから此の世で添えないくらいなら死ぬ方がましと覚悟を致しました、お村も義理のわるい借財があって、旦那を取らんければどうしても女郎(じょうろ)に売られるから死んで仕舞うと覚悟を致した処から、終(つい)に心中する事になりました、どうか大晦日までに二百六十両を貴方御才覚下すって、返して下さいまして、其の外に百両程ありますから其の借を返して下さいまして、お村のお母(ふくろ)は慾張った奴でございますから、貰い切(きり)にするには三百両とも申しましょう、それをお母に遣って下さいまして、店の一軒も持たせて下さるように願います」
文「莫大(ばくだい)に金が入(い)る、それは困ります、中々私(わし)は無禄(むろく)の浪人で金の生(な)る木を持たんから六七百両の金はない。殊(こと)に押詰(おしつま)った年の暮でしようがないが、金をよしにしてどうか助ける工夫はありませんか」
友「それがいけない故に死ぬ了簡にもなったのでございますから、若し金が出来なければどうでもこうでも死にまする覚悟でございます」
文「そんな事とは知りませんから、うっかりお助け申そう夫婦にして上げようと云ったのは過(あやま)りだ、飛んだ事をしましたねえ、併(しか)し一旦助けようと云って、そんなら金が出来ん手を引くから死になさいと云うのも男が立たず、新兵衞さん当惑致しましたねえ」
新「文治郎様それは御心配なさいますな、松屋新兵衞が附いて居ります、二人には何も縁はねいが、貴方(あんた)には何(なん)でアノ業平橋で侍に切られる処を助かった大恩があるから、お礼をしていと思っても受けないから、何(なん)ぞと思っていた処、好(い)い幸(さいわ)いだから金ずくで貴方の男が立つなら金を千両出しましょう、えー出しやす」
文「いゝや」
新「いや出します」
文「でも」
新「金は千両位(ぐらい)出します、足りなければ三千両出しやす」
文「お前さん方は仕合(しやわ)せだ、此の方がねえ金を出して下さると云うから命の親と思うが宜しい、こんな目出たい事はない」
友「有難うございます、松屋さまどうぞ決して御損はかけません、稼ぎますればどうかしてお返し申しますから、只今の処一時お助けを願います」
村「有がたい事、斯(こ)う遣(や)って二人で助かる訳なら笄なども遣って仕舞わなければよかった」
とこれから松屋新兵衞は山の宿(しゅく)の宿屋へ帰り、お村と友之助は海老屋へ預けまして、翌日紀伊國屋の主人からお村のお母(ふくろ)へ掛合に参りますのが一つの間違いになると云うお話になります。
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