十三
申続(もうしつゞ)きましたる浪島文治郎は、大伴蟠龍軒と掛合になり、只管(ひたすら)柔かに下から縋(すが)って掛合ますると、向うは元より文治郎が来たらば嬲(なぶ)って恥辱を与えて返そうと企(たく)んで居(お)る処でございますから、悪口(あっこう)のみならず盃を取って文治郎の額(ひたえ)に投付けましたから、眉間(みけん)へ三日月形(なり)の傷が出来、ポタリ/\と染め帷子へ血の落ちるのを見ますると、真赤になり、常は虎も引裂(ひっさ)く程の剛敵なる気性の文治郎ゆえ、捨置き難(がた)き奴、彼を助けて置かば、此の道場へ稽古に来る近所の旗下(はたもと)の次男三男も此の悪事に染り、何(ど)の様なる悪事を仕出(しいだ)すか知れぬ此の大伴蟠龍軒を助けて置く時は天下の為にならぬから、彼を討って天下の為衆人の為に後(のち)の害を除こうと、癇癖に障りましたから兼元の刀へ手を掛けようと身を動かすと、水色の帷子に映りましたのは前月(あとげつ)母が戒めました「母」という字の刺青(ほりもの)を見て、あゝ悪い処へ掛合に来た、母が食を止めて餓死するというまでの強意見(こわいけん)、向後(こうご)喧嘩口論を致し、或(あるい)は抜身の中へ割って這入り、傷を受けることがあらば母の身体へ傷を付けたるも同じである、以後慎め、短慮功を為さずと此の二の腕へ母が刺青を為したは、私(わし)が為を思召しての訳、其の母の慈悲を忘れ、義によって斯様(かよう)なる処へ掛合に来て、父母の遺体へ傷を付けるのは済まぬ事である、母へ対して済まぬから此処(こゝ)は此の儘(まゝ)帰って、母を見送ったる後(のち)は彼等兄弟は助けては置かれぬと、癇癖をこう無理に押え付けて耐(こら)えまするは切(せつ)ないことでございます。尚更此方(こっち)は高ぶりまして、
蟠「やい/\此処(こゝ)を何処(どこ)と心得て居(お)る、大伴蟠龍軒の道場へ来て、手前達が腕を突張(つっぱ)り、弱い町人や老人を威(おど)かして侠客の男達(おとこだて)のと云う訳にはいかぬ、苟(かりそ)めにも旗下(はたもと)の次男三男の指南をする大伴蟠龍軒を何(なん)と心得る、帰れ/\」
門弟がつか/\と来て、「さア帰らっしゃい、強情を張ると却(かえ)って先生の癇癖に障るから帰れ/\」
さき「誠に有難うございます、あなた方の前では此の通りでございます、小さくなって碌に口もきけませんが、私のような弱い婆(ばゞあ)の前では、咽喉(のど)をしめるの何(なん)のと云って脅しました、先生の前では何(なん)とも云えまい、咽喉をしめるなら締めて見ろ」
和田原安兵衞というのが「帰れ/\」と云いながら文治郎の手を取って引こうとすると、七人力あるから中々動きません。
安「何(なん)だ、帰らぬかえ」
文「先生、文治郎が能く事柄も弁(わきま)えませずに斯(かゝ)るお席へ参り、不行届(ふゆきとゞき)の儀を申上げて、却ってお腹立の増すことに相成(あいなり)重々恐入ってござる、此のお詫言(わびごと)には重ねて参りますから左様御承知下され」
とずっと後(あと)へ下(さが)って、兼元の脇差を左の手に提げたなりで玄関から下りようとすると、文治郎の柾の駒下駄が外に投(ほう)り出して、犬の糞(くそ)などが付けてあります。尚々(なお/\)癇癖に障りますが、跣足(はだし)で其処(そこ)を出(い)で、近辺で履物(はきもの)を借り、宅へ帰ったのは只今の七時頃でございます、母は心配して待って居ります。文治郎は中の口から上りますると、森松も案じて、
森「余(あんま)り帰(けえ)りが遅いから様子を聞きに行(ゆ)こうと思って居りました、お母(っか)さんの前(めえ)は仕方がねえから、前橋(めえばし)の新兵衞さんが来て海老屋で一猪口(いっちょく)始まって居りやすと云って置きやした、蟠龍軒は驚いて直ぐに極(きま)りが付きやしたろう」
文「心配せんでも宜しい、お母(っか)さまに鳥渡(ちょっと)お目に懸ろう」
母「文治が帰ったようではないか」
森「お帰(けえ)りでございます」
母「さア此方(こっち)へお這入り」
文「御免下さい、大きに遅なわりました、松屋新兵衞も御機嫌を伺います筈でございますが、繁多(はんた)でございまして、存じながら御無沙汰になりました、宜しく申上げてくれるようにと申し、大きに馳走になりました」
母「大分(だいぶ)遅いから案じて居ったが、あの人は堅いからお前に助けられた恩を忘れず、江戸へ出さえすれば再度訪ねてくれます、殊に毎度手紙を贈ってくれて、あゝ云う人と遊んで居(お)ると心配はありません、直ぐにお帰りかえ」
文「直ぐに宿屋まで帰りました」
母「それは宜かった、お前の帰りが遅いと案じて居(お)る……文治郎お前の額(ひたえ)は」
文「エ……」
母「余程の疵だ、又喧嘩をしたのう」
文「いえ喧嘩ではございません、つい曲り角でそげ竹を担(かつ)いで居(お)る者に出逢い、突掛(つきかゝ)りました、無礼な奴と申し叱りました処が、詫を致しますから捨置きました」
母「いえ/\竹の疵ではない、お前の帰りが遅いから心配していた、つい先月お前の二の腕に刺青(ほりもの)をしてお父様(とっさま)に代って私が意見をしたのを忘れておしまいか、お前は性来(せいらい)で人と喧嘩をするが、短慮功を為さずと云うお父様の御遺言(ごゆいごん)を忘れたか、母の誡(いまし)めも忘れて、額(ひたい)へ疵を拵えて来るような乱暴の者では致し方がない」
文「いえ/\中々喧嘩口論などは彼(あ)の後(ご)は懲りて他(よそ)へも出ませんくらいでございますから決して致しません」
母「いゝえなりません、男親なら手討にする処私も武士の家に生れ、浪島の家へ嫁(かたづ)きましたが、親父様(おやじさま)のない後(のち)は私がなり代って仕置をしなければならぬ、何(なん)のことだか血の流るゝ程面部へ傷を付けて来るとは怪(け)しからぬ、其の方の身体ではあるまい、母の身体であるぞ、其の母の身体へ傷を拵えて来るのは其の方が手を下(おろ)さずとも母の身体へ其の方が傷を付けたのも同じこと、又先方の者を手前が斬って来た様子」
文「どう致しまして、なか/\人を害すようなことは先頃から致しません」
母「いゝえ成りません、顔の色が青ざめて唇の色まで変って居(お)る、先方の人を殺さなければ、これから斬込むという様子、若(も)し未(ま)だ殺さなければ母の身体に傷を付けた者を何(な)ぜ斬らぬ、母の敵(かたき)と云って直ぐ斬ったろう」
文「へー……」
文治郎は癇癖に障った処へ聞取(きゝとり)を違いまするのは、成程自分の身体は母の身体である、あゝ母の身体へ傷を付けた大伴兄弟を捨置いて其の儘帰ったのは自分の過(あやま)りである、よし/\今晩大伴蟠龍軒の道場へ斬込んで、皆殺しにしてやろうと云う念が起りました。これは聞き様の悪いので、母親は其の心持ではない、文治郎を戒める為にうっかり云いましたことを、此方(こちら)は怒(おこ)っているから聞違えたのでございます。母は立腹致しまして、
母「次の間へいって慎(つゝし)んで居れ」
文「へー」
と文治郎は次の間へ来て慎んで居りましたが、腹の中(うち)では今晩大伴の道場へ踏込んで兄弟を殺し、あゝ云う悪人の臓腑はどういうものか臓腑を引摺り出してやろうと考えて居(お)る。母は文治郎が人を斬って来た様子もないが、今夜抜け出されては困ると思って、
母「文治、少し気分が悪いから枕もとにいて下さい」
文「へー、お脊中でも擦(さす)りましょうか」
母「はい、来て脊中を擦って下さい、そうして読掛けた本を枕もとで読んで下さい」
仕方がないから本を読んで居りますと、母はすや/\寝るようでございますから抜け出そうとすると、
母「文治、何処(どこ)へ行(ゆ)きます」
文「鳥渡(ちょっと)お湯を飲みとうございますから次の間へ参ります」
母「私もお湯を飲みたいから此処(こゝ)へ持って来て下さい」
と云う。又少したって寝たようだから抜けようとすると文治々々と呼びます。夜徹(よどお)し起します。昼は文治郎を出さぬように付いて居りますから、仕方なく七日八日過(すご)します。母も其の中(うち)には文治郎の気が折れて来るだろうと思って居りました。お話し二つに分れまして、蟠龍軒はお村を欺き取って弟の妾にして、御新造(ごしんぞ)とも云われず妾ともつかず母諸共(もろとも)に此(こゝ)に引取られて居ります。兄蟠龍軒は別間(べつま)に居りましたが、夕方になりましたから庭へ水を打って、涼んで居ります処へ来たのは阿部忠五郎という男でございます。七つ過ぎの黒の羽織にお納戸献上の帯を締め耳抉(みゝくじ)りを差して居ります。
忠「誠に存外御無沙汰を致しました、どうも酷(きび)しいことでございます」
蟠「これは能く来た、誠に暑いことで、先頃は色々お世話になりました」
忠「先頃は度々(たび/\)お心遣いを頂戴致して相済まぬことで、あゝ首尾好(よ)く行(ゆ)こうとは心得ません、お村さんは御舎弟さまの御新造さまとお取極(とりきま)りになったのでございますか」
蟠「何処(どこ)からも臀(しり)も宮(みや)も来ず、友之助は三百両持って取りに来ようという気遣いもない、先(ま)ず私(わし)も一と安心した」
忠「御舎弟様の奥様が極って、お兄(あにい)様の奥様は何か極(きま)ったものはありませんか」
蟠「どうも小意気なものは剣術遣(つか)いの女房になる者はない」
忠「昨年の暮浪人者の娘を掛合に往(い)った処が、御門弟を辱(はじ)しめて帰したことがございましたが、彼(あ)の儘でございますか」
蟠「あれは彼(あ)の儘だ」
忠「御門弟の方に聞きました処が、脇から妙な者が出て来て、先生のことを馬鹿士(ばかざむらい)とか申したと云って御門弟が残念がって居りました」
蟠「丁度好(よ)い幸いだ、貴公が来たのは妙だ、貴公の姿(なり)の拵えなら至極妙だ、少し折入(おりい)って頼みたいことがある、今に秋田穗庵が来るから穗庵から細かいことを聞いて、彼(あ)の浪人者の処へ往ってくれまいか」
忠「何処(どこ)でございます」
蟠「松倉町二丁目の葛西屋(かさいや)という蝋燭屋(ろうそくや)の裏に小野庄左衞門という者がある、其の娘を貰おうとした処が、私(わし)のことを馬鹿士とか何(なん)とか云ったが其の儘になって居(お)る」
忠「能く御辛抱でございましたねえ」
蟠「そこで仕返しをすると他(た)の人がやっても私(わし)のせいになるから、そんな小さい処へ取合わんで、時たってからと思って居った処が、去年の五月から今まで経(た)ったから丁度宜しい」
忠「へー、あの時お腹立になれば仮令(たとえ)他(ほか)でやっても貴方がしたと思いますが、それを今までお捨置(すておき)は恐入りますねえ、どう云う事になります」
蟠「貴公が医者の積(つも)りで往ってくれんではいかぬ」
忠「何処(どこ)へ」
蟠「浪人者が眼が悪い、三年越しの眼病で居(お)るから、秋田穗庵が薬をやって居(お)る、そこへ貴公が往って向うが内職に筆耕を書くから、親から譲られた書物を版本にしたいから筆耕を書いてくれというと、向(むこう)は目が悪いから、折角の頼みだが目が悪いから書けないという、私(わし)は医者だ、眼病には家法で妙な薬を知って居(お)るが、何処の医者に掛って居(お)るかというと向うで秋田穗庵に掛ったという時蔑(けな)すのだ、彼(あれ)は藪(やぶ)医者でいかぬ、私(わし)の家伝に妙な薬があるからやる、礼はいらぬたゞやると云う、たゞは貰えぬと云うから、そんなら癒(なお)ったら書物を書いて貰いたいという、そこで目を治させるという情(じょう)の処でやるのだ」
忠「成程、恐入りましたねえ、仇(あだ)のある者に仇を復(か)えさず、仇を恩で復えして置いて、娘を己(おれ)の処へ嫁にくれぬかというと、向うで感心して、手付かず貰えますな」
蟠「そうではない、向うでも中々学問のある奴だから答が出来んではならぬ、それは穗庵に聞いて薬もあるが、早稲田(わせだ)に鴨川壽仙(かもがわじゅせん)という針医がある、其の医者が一本の針を眼の側(わき)へ打つと、其処(そこ)から膿(のう)が出て直ぐ治る、丁度今日行(ゆ)けば施しにたゞ打ってくれる、目は一時(いっとき)を争うから直ぐ行くが宜しい、私(わし)が手紙を書いても宜しいが、施しだからお出(いで)なさいというと、勧めによってひょこ/\出て行くだろう、処が鴨川壽仙は浅草山の宿(しゅく)へ越したから、それを知らずに早稲田まで行くと空しくなる、これから貴公が往って勧めて早稲田まで行くと夜遅くなり、お茶の水辺りへ来ると、九ツになる、其処(そこ)へ私が待合(まちあわ)せて真二(まっぷた)つにするという趣向はどうだ」
忠「是は御免を蒙(こうむ)りましょう、先生は御遺恨があるか知れませんが、私(わたくし)は遺恨はございませんから、一刀の下(もと)に斬って捨るのを心得て呼出すのは難儀でございます」
蟠「貴公が殺すのではない、私(わし)が殺すのだ」
忠「殺すのではございませんが、蛇が出た時あゝ蛇が出たと云うと、殺した奴より教えた奴に取付くと云いますから止しましょう」
蟠「そんなら廃(よ)せ、首尾好(よ)く行(ゆ)けば、先達(せんだっ)て貴公が欲しいと云った脊割羽織(せわりばおり)と金を廿両やる積りだ」
忠「誠に有難うございます、頂戴致したいは山々でございますが、これはなんですなア」
蟠「貴公だって真面目な人間ではない、先達て友之助を賭碁で欺いたときも同意して、貴公も礼を受けていようではないか、蟠作から礼を受ければ悪人の同類だ、悪事が露顕すれば素首(すこうべ)のない人間だ、毒を喰わば皿までというから貴公も飽(あく)までやりな」
忠「やりましょう、やりましょうが、医者のことを心得ませんから」
蟠「それは教われば宜しい」
と話をしている処へ穗庵がつか/\と這入って参りました。
穗「へー今日(こんにち)は」
蟠「さア此方(こっち)へ」
穗「先刻お人でございましたが、余儀ない用事で遅くなりました…いやこれは阿部氏(うじ)」
忠「これは久し振りでお目に懸りました、一昨日から飲過ぎて暑さに中(あた)り、寝ていて、今日(こんにち)漸(ようや)く出て参りました、今先生に聞いたが医者のことを聞かせてくれなくってはいかぬ」
穗「阿部氏は得心しましたか」
蟠「得心したから教えてくれぬではいかぬ」
穗「宜しい、眼病には内障眼と外障眼と二つあるが、小野庄左衞門のは外障眼でない、内障眼という治(じ)し難(がた)い眼病だ、僕も再度薬を盛りましたが治りません、真珠(しんじゅ)麝香(じゃこう)辰砂(しんしゃ)竜脳(りゅうのう)を蜂蜜(はちみつ)に練って付ければ宜しいが、それは金が掛るから、娘を先生の妾にくれゝば金を出してやると云うて掛合った処が、頑固な爺(じゞい)で、馬鹿呼(よば)わりをして先生もお腹立であったが、今まで耐(こら)えて居(お)った、貴公が行(ゆ)けば阿部忠庵(ちゅうあん)とでも云えば宜しい、向うは学者で医学の書物を読んで居(お)るから答えが出来ぬでは困るからね」
忠「此方(こっち)は些(ちっ)とも知らぬから書いて呉れぬといけない」
穗「宜しい、書きましょう」
硯箱を取って細かに書きまして、
穗「さアこれで宜しい、此の薬を服(の)めば必ず全快致す、服薬の法もあります」
忠「医者の字は読めぬね、何(なん)ですえ、明(あきら)かの樓(たかどの)の英(はなぶさ)の」
穗「そんな読みようはない、明(みん)の樓英(ろうえい)の著(あら)わした医学綱目(いがくこうもく)という書物がある、その中(うち)の蘆膾丸(ろかいがん)というのが宜しい」
忠「成程、蘆膾丸か、幾つも名がありますねえ」
穗「それは薬の名だ」
忠「成程、棒が二本書いてある」
穗「蘆膾丸だから棒が二本あるのだ」
忠「成程、それからウシのキモ」
穗「ウシのキモでは素人臭い、牛胆(ぎゅうたん)」
忠「それからカシワゴ」
穗「カシワゴではない柏子仁(はくしじん)」
忠「えー、アマクサ」
穗「アマクサではない、甘草(かんぞう)」
忠「成程甘草」
穗「羚羊角(れいようかく)、人参(にんじん)、細辛(さいしん)と此の七味(み)を丸薬にして、これを茶で服(の)ませるのだ」
忠「成程」
穗「鴨川壽仙は針の名人だ、昼間傘(からかさ)を差し掛けて其の下へ寝かして置いて、白目の処へ針を打つと、其の日に全快する」
忠「えらいものだね、真珠に麝香に真砂(しんしゃ)に竜脳の四味(み)を細末(さいまつ)にして、これを蜂蜜で練って付ける時は眼病全快する、成程、宜しい、これを持って行(ゆ)きましょう」
穗「それを出して読むようではいかぬから暗誦して」
忠「宜しい、先生恐入りましたが羽織がこれではいけませんから、無地のお羽織を願います」
蟠「これをやろう」
とこれから無地の羽織を着て阿部忠五郎が小野庄左衞門の宅へ参りました。庄左衞門の宅では、神ならぬ身のそんな事とは知りませんから、娘が親父(おやじ)の側に居りまして内職を致して居ります。
忠「御免下さい」
ま「何方(どちら)から入(いら)っしゃいました」
忠「小野庄左衞門殿のお宅は此方(こちら)かな」
ま「お父様(とっさま)、何方(どなた)か入っしゃいました」
庄「此方へお通り下さい……初めまして手前小野庄左衞門と申す武骨者、えー何方様(どなたさま)でございますか」
忠「手前は医者で阿部忠いえなに忠庵という者で、親父から譲られた書物がござるが、虫が付きますから版本にしたいと思いまして、就(つい)ては貴方は筆耕の御名人と承わり筆耕をして戴きたいと思います」
庄「それは折角のお頼みではございますが、手前眼病でな、誠にお気の毒ではございますが」
忠「それはいけません、誰か医者に診て貰いましたか」
庄「はい、新井町(あらいまち)の秋田穗庵という医者に診て貰いました」
忠「彼(あれ)はいけません、あんな医者に掛ると目をだいなしにして仕舞います」
庄「私(わたくし)の目は外障眼でありませんで内障眼でございます」
忠「治らぬと申しましたか」
庄「種々(いろ/\)やりましたが全快覚束(おぼつか)ないということでございます」
忠「それでは私(わたくし)の家法の薬がありますから唯(たゞ)差上げましょう、其の代りに全快の上は筆耕を書いて戴きたい」
庄「有難いことで、唯薬を戴けば全快次第書いて上げるのは無論でございますが、どうか頂戴したいものでございます」
忠「これは家伝の薬で功能は立処(たちどころ)にある」
庄「どういう薬法でございますか」
忠「薬法、なんでございますな…」
どうも教わりたてゞございますから能く分りません、向うは盲人(めくら)だから書いた物を出して見ても宜しいが、娘が居りますから、
忠「姐(ねえ)さん、お気の毒でございますが水が飲みとうございますから、冷たいお冷水(ひや)を一杯戴きたいもので」
庄「これ水を上げるが宜しい」
娘が水を汲みに出て行(ゆ)きましたから、扇へ書いたのをそっと出して見まして、
忠「家法の薬は蘆膾丸と申しまして」
庄「ハー蘆膾丸と申しますか、どういうお書物に在(あ)りましたか」
忠「其の書物は明(あきら)かの樓(たかどの)いえなに明(みん)の樓英の著わした医学綱目という書物がある」
庄「医学綱目、成程一二度見たことがありました、はゝアどういうお薬でございますか」
忠「それはその七味(み)あります、これは蘆膾丸というのです」
庄「お薬品は」
忠「薬はウーン……ギュウ/\牛胆……それからカシワコではない柏子仁、それからあゝアマ甘草」
庄「へー甘草」
忠「それからえー羚羊角、人参、細辛、右七味丸(がん)じまして茶で服薬すれば一週(ひとまわ)りも服(の)むと全快いたします」
庄「有難いことで、それを戴きたいもので」
忠「家伝でございますから上げましょう」
ま「誠に有難うございます、お父(とっ)さまのお目の治る吉瑞(きつずい)でございましょう、秋田という医者も良くないようでございます」
忠「彼(あれ)は良くございません、それに就いて鴨川壽仙という医学ではない医者がございますね」
庄「何処(どこ)に居ります」
忠「京の鴨川(かもがわ)から来た人で、只今早稲田に居ります、早稲田の高田の馬場の下辺りで施しに針を打ちます、鍼治(しんじ)の名人で、一本の針で躄(いざり)の腰が立ったり内障(そこひ)の目が開きます」
庄「成程、針医の壽仙というのは名高いえらい人で、なか/\頼みましても打ってくれますまい」
忠「施しにしてくれます、医者も目が悪いと其処(そこ)へ行(ゆ)きます…二七あゝ今日は丁度宜しい、今日行(ゆ)くと施し日だからたゞやってくれます、昼間傘(からかさ)を差掛け其の下へ寝かして、目の脇へ針を打つと膿(のう)が出て直ぐ治ります」
庄「左様ですか、併(しか)し今日これから行(ゆ)くと遅くなりましょう」
忠「遅くも往って御覧なさい、目は一時(いっとき)を争います、あなたが針を打った処へ蘆膾丸を上げる」
庄「どうか其のお薬を頂戴したいもので」
忠「直ぐに今日入っしゃい、後(おく)れてはいけません、手前お暇(いとま)申す、後れてはいけませんよ、一時を争うから」
庄「誠に有難うございます」
と上りはなまで送って参りました。阿部忠五郎はまんまと首尾よく往ったと思って振り返り/\行(ゆ)く。此方(こちら)では、
ま「お父様(とっさま)、おいでなすったら宜しゅうございましょう、私がお附き申しましょうか」
庄「いや/\仔細ない、微(かす)かに見えるから心配には及ばぬ」
と出掛けましたが、衣類は見苦しゅうございます、帯は真(しん)が出て居りますが、たしなみの一本を差しまして、深編笠(ふかあみがさ)を冠(かぶ)って早稲田へ尋ねて行(ゆ)くと、鴨川壽仙は山の宿(しゅく)へ越したと云われてがっかり致しましたが、早稲田は遠路のことであるが、これから山の宿へ頼みに行(ゆ)くのは造作もない、此の次は来月二日であるかと云いながら、神楽坂(かぐらざか)まで来ると、車軸を流すようにざア/\と降出(ふりだ)して雨の止む気色(けしき)がございませんから、蕎麦屋(そばや)へ這入って蕎麦を一つ食べて凌(しの)いで居ります。夏の雨でございますから其の中(うち)晴れた様子、代を払って出て行(ゆ)きます。先へ探偵(いぬ)に廻ったのは篠崎竹次郎(しのざきたけじろう)という門弟でございます。此の竹次郎がお茶の水の二番河岸(にばんがし)へ参りますと、其の頃お茶の水はピッタリ人が通りません。
竹「先生々々」
「おー」と答えて二番河岸から上って来たのは大伴蟠龍軒、暑いのに頭巾を冠(かぶ)り、紺足袋雪駄穿きでございます。
蟠「竹、どうした、目腐れ親父はどうした」
竹「只今これへ参ります、今牛込(うしごめ)の蕎麦屋から出ましたのを見届けました、水戸殿(みとどの)の前を通って参ります」
蟠「もう程(ほど)のう参るか」
竹「参ります」
蟠「手前先へ帰れ」
竹「宜しゅうございますか」
蟠「却(かえ)って大勢居(お)ると目立って能くない」
竹「はい/\」
と竹次郎は帰って行(ゆ)きました。蟠龍軒は高い処へ上って向うから来るかと見下(みおろ)す、処が人の来る様子がございませんから、神田の方から人が来て認められては適(かな)わぬと思いまして、二番河岸の根笹(ねざさ)の処へ蹲(しゃが)んで居りますと、左官の亥太郎が来ました。これは強い人で、力が廿人力あって、不死身(ふじみ)で無鉄砲で。其の頃は腕力家の多い世の中でございます。亥太郎は牛込辺へ仕事に参りまして、今日は仕舞仕事で御馳走が出まして、どっちり酔って、風呂敷の中は鏝手(こて)を沢山入れて、首っ玉へ巻付けまして、此の人は年中柿色の衣服(きもの)ばかり着て居ります。今日も柿色の帷子を着てひょろり/\と歩いて参り、雨がポツリ/\顔に当るのが好(よ)い心持と見える、二番河岸の処へ来ますと丁度河岸の処に昼間は茶店が出て居ります、其処(そこ)へどしりと臀(しり)を掛けて、
亥「あゝいゝ心持だ、なんだ金太(きんた)の野郎が酒が強いから兄(あに)いもう一杯(いっぺい)やんねえと云った、いゝなア拳(けん)では負けねえが酒では負けるな、もう一杯(いっぺい)大きいので、もう一杯(いっぺえ)という、悔しいや彼(あ)ん畜生敵(かな)わねえ、滅法やった、いゝ心持だ」
とぐず/\独語(ひとりごと)を云う中(うち)に居眠りが長じて鼾(いびき)になりました。スヤリ/\と寝付いている。その前を小野庄左衞門笠を冠(かぶ)り杖で拾い道をして来るが、感が悪いゆえに勝手が少々もわからぬ。二番河岸から蟠龍軒が上って、新刀(あらみ)を抜放し、やり過(すご)した小野庄左衞門の後(うしろ)からプツーリッと剣客先生が斬りますと、右の肩から胴の処まで斬り込み、臀餅(しりもち)をついたが、小野庄左衞門、残念と思いまして脇差に手を掛けたばかり、ウーンと云う処へ、プツーリッと復(ま)た一と刀(かたな)あびせ、胸元へ留(とゞ)めを差して、庄左衞門の着物で血(のり)を拭(ぬぐ)って鞘へ納め、小野庄左衞門の懐へ手を入れて見ましたが何もございません、夜陰(やいん)でございますが金目貫(きんめぬき)が光りますから抜いて見ると、彦四郎貞宗(ひこしろうさだむね)。
蟠「なか/\良さそうだ」
と云いながらそれを差しまして後(あと)へ下(さが)る時、鼻の先でプツーリッと云う音がして、面部を包んだ士(さむらい)が人を殺して物を取るのが見えるから、亥太郎は心の裡(うち)で此奴(こいつ)泥坊に相違ない、こういう奴が出るから茶飯(ちゃめし)餡(あん)かけ豆腐や夜鷹蕎麦(よたかそば)が閑(ひま)になる、一つ張り飛(とば)してやろうと、廿人力の拳骨を固めて後(うしろ)へ下ろうとする蟠龍軒の横面(よこずっぽう)をポカーリッと殴ると、痛いの痛くないの、ひょろ/\と蹌(よろ)けました。これから蟠龍軒と亥太郎と暗仕合(やみじあい)に相成ります。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >> 尾页