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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:43:59  点击:  切换到繁體中文


        三十二

 祖五郎は前席ぜんせきに述べました通り、春部梅三郎を親のかたきと思い詰めた疑いが晴れたのみならず、悪者わるものの密書の意味で、ぼお家を押領おうりょうするものが有るに相違ないと分り、わたくしの遺恨どころでない、実に主家しゅうかの大事だから、早くお国表へまいろうと云うので、急に二人ふたり梅三郎と共にお国へ出立いたしましたが、其の時姉のお竹の方へは、これ/\で梅三郎は全く父を殺害せつがいいたしたものではない、お屋敷の一大事があって、細かい事は申上げられんが、一度お国表へまいり、家老に面会して、どうかおうち安堵あんどになるようと、梅三郎も同道してお国表へ出立致しますが、事さえきまれば遠からず帰宅いたします、それまで落着いて中の条に待っていて下さい、必らずお案じ下さらぬようにとの手紙がまいりました。なれどもお竹は案じられる事で、
竹「何卒どうぞしておとゝに会いたい、年歯としはもいかない事であるから、また梅三郎にあざむかれて、途中で不慮の事でも有ってはならん」
 と種々いろ/\心配いたしても、病中でございますから立つことも出来ず、忠平に介抱されまして、段々と月日がつばかり、其の内に病気も全快いたしましたが其ののち国表から一度便りがござりまして、秋までには帰る事になるから、落着いて居てくれという文面ではありますが、其の内に六月も過ぎて七月になりました時に、身体も達者になり、こんな山の中に居たくもない、江戸へ帰って出入でいり町人の世話に成りたい、忠平の親父も案じているであろうから、岩吉の処へ行って厄介になりたいと、常々喜六という家来に云って居りました。しかるに此の喜六がくなった跡は、親戚みよりばかりで、別に恩をせた人ではないから、気詰りで中の条にもられませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分おいわけ沓掛くつがけ軽井沢かるいざわ碓氷うすいの峠もようやく越して、松枝まつえだ宿しゅくに泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満いっぱいでございます。お大名がお一方ひとかたもお泊りが有りますと、小さい宿屋までふさがるようなことで、お竹は甲州屋こうしゅうやという小さい宿屋へ泊りまして、翌朝あくるあさ立とうと思いますと、大雨で立つことも出来ず、其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻いたはな渡船わたしも止り、其のほか何処どこの渡船も止ったろうと云われ、仕方がなしに足を止めて居ります内に、心配致すのはいかんもので、船上忠平が風を引いたと云って寝たのが始りで、ついに病が重くなりまして、どっと寝るような事になりました。お医者と云っても良いのはございません、ひらけん時分の事で、此の宿しゅくでは第一等の医者だというのを宿やど主人あるじが頼んでくれましたが、まるで虚空蔵様こくうぞうさま化物ばけもの見たようなお医者さまで、みゃくって薬と云っても、漢家かんかの事だから、草をむしったような誠に効能きゝめの薄いようなものを呑ませるうちに、ついに息も絶え/″\になり、八月上旬はじめには声もしゃがれて思うように口も利けんようになりました。親のあだでも討とうという志のお竹でありますから、家来にもはなはだ慈悲のあることで、
竹「あの忠平や」
忠「はい」
竹「お薬の二番が出来たから、お前我慢して嫌でもおべ、しっかりして居ておくれでないと困るよ」
忠「有難う存じますが、お嬢様わたくしの病気も此のたびは死病と自分も諦めました、とても御丹誠の甲斐はございませんから、どうぞもお薬もまして下さいますな、もう二三の内にむずかしいかと思います」
竹「お前そんなことを云っておくれじゃア私が困るじゃアないか、祖五郎はお国へき、喜六は死に、お前より他に頼みに思う者はなし、一人ひとりではお屋敷へ帰ることも出来ず、江戸へ行ってもお屋敷ぢかい処へ落着けない身の上になって、お前を私は家来とは思わない、伯父とも親とも力に思う其のお前に死なれ、私一人此処こゝに残ってはお前何うする事も出来ませんよ」
忠「有難う……勿体ないお言葉でございます、わずか御奉公致しまして、何程の勤めも致しませんのに、家来のわたくしを親とも伯父とも思うという其のお言葉は、唯今目を眠りまして冥土へ参るにもい土産でございます、しか以前もととちがって御零落なすって、今斯う云うお身の上におなり遊ばしたかと存じますと、私は貴方のお身の上が案じられます、どうぞ私ののちは、他にいらっしゃるとこもございません故、昨夜ゆうべ貴方が御看病疲れでく眠っていらっしゃる内に、私がいて置きました手紙が此処こゝにございます、親父は無筆でございますから、仮名で細かに書いて置きましたから、あなたが江戸へ入らっしゃいまして、春木町の私のうちへ行って、親父にお会いなさいましたら、親父が貴方だけの事はどうかまア年はっても達者な奴でございますから、お力になろうと存じます、此処から私が死ぬと云う手紙を出しますと、驚いて飛んで来ると云うような奴ゆえ、かえって親父に知らせない方がいと存じますから、何卒どうぞお嬢さん、はッはッ、私が死にましたら此処の寺へ投込みになすって道中も物騒ぶっそうでございますから、お気をお付けなすって、あなたは江戸へいらっしゃいまして親父の岩吉にお頼みなすって下さいまし」
竹「あい、それやア承知をしましたが、もし其様そんなことでもあると私はまア何うしたら宜かろう、お前が死んでは何うする事も出来ませんよ、何うかなおるようにね、病は気だというから、忠平しっかりしておくれよ」
忠「いえ何うも此度こんどはむずかしゅうございます」
 と是が主従しゅうじゅうの別れと思いましたからお竹の手をって、
忠「長らく御恩になりました」
 と見上げる眼になみだめて居りますから、こらえかねてお竹も、
竹「わア」
 と枕元へ泣伏しました。此のうちの息子が誠に親切に時々諸方ほう/″\っちゃア、旨い物と云って田舎の事だから碌な物もありませんが、喰物くいものを見附けて来ては病人にります。宿屋の親父は五平ごへいと云って、年五十九で、江戸を喰詰くいつめ、甲州あたりへ行って放蕩ばかをやった人間でございます。せがれは此の地で生立おいたった者ゆえ質朴なところがあります。
忰「とっさま、今帰ったよ」
五「何処どこへ行ってた」
忰「なに医者の処へ薬を取りに行って聞いたが、医者殿どんの病人はむずかしいと云っただ」
五「困ったのう、二人旅だから泊めたけれども、男の方は亭主だか何だか分らねえが、あれがおめえ死んでしまえば、跡へ残るのはの小娘だ、なげえ間これ泊めて置いたから、病人の中へ宿賃の催促もされねえから、仕方なしに遠慮していたけんど、医者様の薬礼やくれいから宿賃や何かまで、の男が亡くなってしまった日にゃア、誠に困る、身ぐるみぬいだって、碌な荷物もえようだから、宿賃の出所でどこがあるめえと思って、誠に心配しんぷえだ、とんだ厄介者に泊られて、死なれちゃア困るなア」
忰「それについちゃんに相談とうと思っていたが、わしだって今年二十五に成るで、何日いつまで早四郎はやしろう独身ひとりで居ては宜くねえ何様どんな者でも破鍋われなべ綴葢とじぶたというから、早く女房を持てと友達が云ってくれるだ、そこで女房を貰おうと思うが、媒妁なこうどが入って他家ほかから娘子あまっこを貰うというと、事が臆劫おっくうになっていかねえから、段々話い聞けば、あの男が死んでしまうと、わしは年が行かないで頼る処もない身の上だ、浪人者で誠に心細いだと云っちゃア、の娘子が泣くだね」
五「浪人者だと…うん」
早「どうせ何処どっから貰うのも同じ事だから、の男がおっんだら、彼の娘をわしの女房にもれえてえだ、裸じゃアあろうけれども、他人頼ひとだのみの世話がねえので、すぐにずる/\べったりに嫁っ子にようかと思う、あれを貰ってくんねえかちゃん
五「馬鹿野郎、だから仕様がねえと云うのだ、これ、ちゃんはな、江戸の深川で生れて、腹一杯はらいっぺえ悪い事をして喰詰くいつめっちまい、甲州へ行って、何うやら斯うやら金が出来る様になったが、詰り悪い足が有ったんで、此処こゝへ逃げて来た時に、縁があって手前てめえの死んだ母親おふくろと夫婦になって、手前と云う子も出来て、甲州屋という、ま看板を掛けて半旅籠はんはたご木賃宿きちんやど同様な事をして、何うやら斯うやら暮している事はみんなも知っている、手前は此方こっち生立おいたって何も世間の事は知らねえが、うち財産かねは無くとも、旅籠という看板で是だけの構えをしているから、それ程貧乏だと思う人はねえ何処どっから嫁を貰っても箪笥たんす一個ひとつや長持の一棹ひとさおぐらい附属くッついて来る、器量の悪いのを貰えば田地でんじぐらい持って来るのは当然あたりまえだ、つらがのっぺりくっぺりして居るったって、あんな素性わけも分らねえ者を無闇に引張込ひっぱりこんでしまって何うするだ、医者様の薬礼まで己がしょわなければなんねえ」
早「それはうよ、それは然うだけれど、他家ほかから嫁子よめっこを貰やア田地が附いて来る、金が附いて来るたって、まうちへ呼ばって、あとで己が気にらねえば仕様がねえ訳だ、だから己が気にったのを貰やアうちも治まって行くと、夫婦仲せえくばいじゃアねえか、貰ってくんろよ」
五「何を馬鹿アいう手前てめえが近頃種々いろ/\な物を買って詰らねえ無駄銭むだぜにを使うと思った、あんな者が貰えるか」
早「何もそんなに腹ア立てねえでもい相談つだ」
五「相談だって手前てめえは二十四五にも成りやアがって、ぶら/\あすんでて、親のすねばかりかじっていやアがる、親の脛を咬っている内は親の自由だ、手前の勝手に気にった女が貰えるか」
早「何ぞというと脛え咬る/\てえが、ちゃんの脛ばかりは咬っていねえ、是でもお客がえら有れば種々いろんな手伝をして、洗足すゝぎ持ってこ、草鞋わらじを脱がして、きたねえ物を手に受けて、湯うわかして脊中を流してやったり、みんなうちの為と思ってしているだ、脛咬りだ/\てえのはしてくんろえ」
五「えゝいやかましいやい」
 と流石さすがに鶴の一声ひとこえで早四郎も黙ってしまいました。此の甲州屋には始終きまった奉公人と申す者は居りません、其の晩の都合によって、客が多ければ村の婆さんだの、宿外しゅくはずれの女などを雇います。七十ばかりになる腰の曲った婆さんが
婆「はい、御免なせえまし」
五「おい婆さん大きに御苦労よ、おまえ又晩に来てくんろよ、客の泊りも無いが、又晩にはあすんで居るだろうから、ま来なよ」
婆「はい、あの只今ね彼処あすこのそれ二人連ふたりづれの病人のとこへめえりました」
五「おゝ、おめえが行ってくれねえと、先方むこうでも困るんだ」
婆「それが年のいかない娘子あまっこ一人で看病するだから、病人は男だし、手水ちょうずに行くたって大騒ぎで、誠に可愛想でがんすが、たった今おっにましたよ」
五「え、死んだと……困ったなアそれ見ろ、だから云わねえ事じゃアねえ、何様どんな様子だ」
婆「何様どんなにもなんにも娘子あまっこが声をあげて泣いてるだよ、あんたあんまり泣きなすって身体へさわるとなんねえから、泣かねえがうがんすよ、諦めねえば仕様がねえと云うと、わしあれに死なれると、年もいかないでく処もえ、誠に心細うがんす、あゝ何うすべいと泣くだね、誠に気の毒な訳で」
五「はアー困ったもんだな」
早「わしえ、ちょっくら行って来よう」
五「なに手前てめえは行かなくってもい」
早「行かなくってもいたって、くやみぐらいに行ったってかんべい」
五「えゝい、何ぞというとの娘のとこばかきたがりやアがる、勝手にしろ」
 とおおかすでございましたから早四郎は頬をふくらせてってく。五平はたゞちにお竹の座敷へ参りまして。
五「はい、御免下せえ」
 と破れ障子を開けて縁側から声を掛けます。
竹「此方こっちへおはいんなさいまし、おや/\宿やどの御亭主さん」
五「はい、只今婆アから承わりまして、誠にびっくりいたしましたが、おつれさまは御丹誠甲斐もない事で、お死去かくれになりましたと申す事で」
竹「有難う、長い間種々いろ/\お世話になりました、ことに御子息が朝晩見舞っておくれで、親切にして下さるから何ぞお礼をしたいと思って居ります、病人も誠に真実なお方だと悦んで居りました、わたくしも丹誠が届くならばと思いましたが、定まる命数めいすうでございまする、只今亡くなりまして、誠に不憫ふびんな事を致しました」
五「いやどうも、さぞお力落しでございましょう、誠にお気の毒な事でございます、時に、あゝそれでもって伺いますが、お死去なくなりなすった此の死骸は、江戸へおいでなさるにしても、信州へお送りになるにしても、死骸を脊負しょって行く訳にもいかないから此の村へ葬るより他に仕方はございますまいが、火葬にでもなすって、骨を持って入らっしゃいますか、其の辺の処を伺って置きたいもので」
竹「はい、何処どこと云って知己しるべもございませんから、どうか火葬にして此の村へ葬り、こつだけを持ってまいりとう存じますが、御覧の通り是からはわたくし一人でございますから、何かと世話のないように髪の毛だけでも江戸の親元へ参れば宜しゅうございますから、ことに当人は火葬でも土葬でもいと遺言をして死去なくなりましたから、どうぞ御近処ごきんじょのお寺へお葬り下さるように願いたいもので」
五「左様でございますか、お泊りがけのお方で、何処どこなんというしっかりとした何かしょうがないと、お寺も中々やかましくって請取うけとりませんが、わたくしどもの親類か縁類えんるいの人が此方こっちへ来て、死んだような話にして、どうか頼んで見ましょう」
 と此の話のうちにいつか忰の早四郎がうしろへまいりまして、
早「なにうしねえでもい、此の裏手の洪願寺こうがんじさまの和尚様は心安くするから頼んで上げよう、まことに手軽な和尚様で、中々道楽坊主だよ、以前もと叩鉦ちゃんぎりを叩いて飴を売ってた道楽者さ、銭が無ければい、たゞ埋めてんべえなどゝいうさばけた坊様だ、其の代りお経なんどは読めねえ様子だが、銭金ぜにかねの少しぐれえるような事があって困るなら、沢山はねえがちっとべいなら己が出して遣るべえ」
五「何だ、これ、お客様に失礼な、おまえがお客さまに金を出して上げるとは何だ、そんな馬鹿な事をいうな」
早「ちゃんは何ぞというと小言をいうが、無ければ出してくれべえと云うだからかっぺえじゃアねえか」
五「其様そんな事ア何うでもいから、早く洪願寺へ行って願って来い」
 是から息子がお寺へ行って和尚に頼みました。早速得心でございますから、急に人を頼んで、早四郎も手伝って穴を掘り、真実にくれ/\働いて居ります。丁度其の晩の事でございますが、宿屋の主人あるじが、
五「へえねえさん、えゝ今晩の内にお葬りになりますように」
竹「はい、少し早いようでございますが、何分宜しゅう……多分に手のかゝりませんように」
五「宜しゅうございます、其の積りに致しました、何も多勢おおぜい和尚様方を頼むじゃアなし、お手軽になすった方が、御道中ゆえ宜しゅうございましょう」
 と親切らしく主人あるじが其の晩のうちに、自分もいて行って野辺送りを致してしまいました。

        三十三

 其の晩に脱出ぬけだして、の早四郎という宿屋の忰が、馬子まご久藏きゅうぞうという者の処へ訪ねて参り、
早「おい、トン/\/\久藏ねぶったかな、トン/\/\眠ったかえ。トン/\/\」
 余りひどく表をたゝくから、側の馬小屋につないでありました馬が驚いて、ヒイーン、バタ/\/\と羽目をる。
早「あれまア、馬めえ暴れやアがる、久藏ねぶったかえ……あれまア締りのねえ戸だ、叩いてるより開けてへいる方がい、よっぱれえになって仰向あおむけにぶっくりけえってそべっていやアがる、おゝ/\顔にあぶ附着くッついて居るのに痛くねえか、おきろ/\」
久「あはー……ねぶったいに、まどうもアハー(あくび)むにゃ/\/\、や、こりゃア甲州屋の早四郎か、大層ていそう遅く来たなア」
早「うん、少し相談ちに来たアだから目えさませや」
久「今日は沓掛くつがけまで行って峠え越して、帰りに友達に逢って、坂本さかもと宿しゅくはずれで一盃いっぺいやって、よっぱれえになってけえって来たが、むま下湯そゝゆつかわねえで転輾ぶっくりけえって寝ちまった、ねむたくってなんねえ、何だって今時分出掛けて来た」
早「ま、眼えさませや、覚せてえに」
久「アハー」
早「でけ欠伸あくびいするなア」
久「何だ」
早「他のことでもねえが、此間こねえだわれがに話をしたが、おらうちの客人が病気になって、娘子あまっこが一人附いているだ、女子おなごよ」
久「話い聞いたっけ、女子おなごで、われがねらってるって、それが何うしただ」
早「そのつれの病人が死んだだ」
久「フーム気の毒だのう」
早「ついてはあまおらの嫁に貰えてえと思って、段々手なずけた処が、当人もまんざらでもえようで、謎をかけるだ、此の病人が死んでしまえば、行処ゆきどころもねえ心細い身の上でございますと云うから、親父に話をした処が、親父は慾張ってるから其様そんな者を貰って何うすると、とんと相手になんねえから、われおらア親父に会って話をって、あまを貰うようにしちゃアくんめえか」
久「うさなア、どうもこれはおめいとことっさまという人は中々道楽をぶって、他人ひとのいう事アかねえ人だよ、此のめえ荷い馬へ打積ぶっつんで、おめえとこ居先みせさき[#「居先」は「店先」の誤記か]で話をしていると、父さまがはえぐち駄荷だにい置いて気の利かねえ馬方むまかただって、突転つッころばして打転ぶっころばされたが、中々強い人で、話いしたところが父さまの気に入らねえば駄目だよ、アハー」
早「欠伸い止せよ……これは少しだがの、われえ何ぞ買って来るだが、夜更よふけで何にもねえから、此銭これ一盃いっぺい飲んでくんろ」
久「気の毒だのう、こんなに差しつるべたのを一本くれたか、気の毒だな、こんなに心配しんぺいされちゃア済まねえ、此間こねえだあの馬十ばじゅうに聞いたゞが、どうも全体ぜんてえ父さまが宜くねえ、息子が今これさかんで、丁度嫁をってい時分だに、男振も何処どこからでも嫁は来るだが、何故嫁を娶ってくれねえかと、父さまを悪く云って、おめえの方をみんめている、男がいから女の方から来るだろう」
早「来るだろうって……どうも……親父が相談ぶたねえから駄目だ」
久「相談ぶたねえからって、おめえは男がいからむすめ引張込ひっぱりこんで、優しげに話をして、色事になっちまえ、色事になって何処どこかへ突走つッぱしれ……おらうちへ逃げてう、其の上で己が行って、父さまに会ってよ、お前も気に入るめえが、わけえ同志で斯ういう訳になって、女子おなごを連れて己の家へ来て見れば、家もおさまらねえ訳で、是もさきの世に定まった縁だと思って、あんまやかましく云わねえで、己が媒妁なこうどをするから、あれ※(「女+息」、第4水準2-5-70)よめっこにしてってくんろえ、家に置くのがいやだなら、別に世帯しょたいを持たしてもいじゃアねえかという話になれば、仕方がねえと親父も諦めべえ、色事になれや」
早「成れたって……成る手がゝりがねえ」
久「女に何とか云って見ろ」
早「が悪くって云えねえ、客人だから、それに真面目な人だ、おらが座敷へへいると起上って、誠に長く厄介になって、お前には分けて世話になって、はア気の毒だなんて、中々おさむらえさんの娘だけにおっかねえように、凛々りゝしい人だよ」
久「口で云いにくければふみを書いてやれ、文をよ、たもとの中へ放り込むとか、枕の間へはさむとかして置けい、娘子あまっこが読んで見て、宿屋の息子さんがういう心なれば嬉しいじゃアないか、どうせ行処ゆきどこがないから、の人と夫婦になりてえと、先方さきで望んでいたら何うする」
早「何だか知んねえが、それはむずかしそうだ」
久「そんな事を云わずにやって見ろ」
早「ところがわしふみいた事がねえから、われ書いてくんろ、汝は鎮守様の地口行灯じぐちあんどうこしれえたがうめえよ、それ何とかいう地口が有ったっけ、そう/\、案山子かゝしのところに何かるのよ」
久「うよ、おらがやったっけ、何かおれえ……然うさ通常たゞの文をやっても、これ面白くねえから、何かづくもんでやりてえもんだなア」
早「尽し文てえのは」
久「尽しもんてえのは、ま花の時なれば花尽しよ、それからま山尽しだとか、獣類尽けだものづくしだとかいう尽しもんでりてえなア」
早「それアいな、何ういう塩梅あんべいに」
久「今時だからどうだえ虫尽しかなんかでやればいな」
早「一つこしれえてくんろよ」
久「紙があるけえ」
早「紙は持っている」
久「其処そこに帳面を付ける矢立のでけえのがあるから、茶でもたらして書けよ、まだ茶ア汲んで上げねえが、其処に茶碗があるから勝手に汲んで飲めよ、虫尽しだな、その女子おなごが此のふみを見て、あゝ斯ういう文句をこしらえる人かえ、それじゃアと惚れるように書かねえばなんねえな」
早「だから何ういう塩梅あんべいだ」
久「ま其処へ一つおぼえと書け」
早「覚……おかしいな」
久「おかしい事があるものか、覚えさせるのだから、一つ虫尽しにて書記かきしるまいらせそろ[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]よ」
早「ひとつ虫尽しにて書記かきしるし※[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]
久「えゝ女子おんな綺麗きれえな所を見せなくちゃアなんねえ……綺麗な虫は……ア玉虫がい、女の美しいのを女郎屋じょろやなどではい玉だてえから、玉虫のようなお前様をと目見るより、いなご、ばったではないが、とびっかえるほどに思いそうろうと書け」
早「成程いなご、ばったではないが、飛っかえるように思いそろ
久「親父のやかましいところを入れてえな、親父はガチャ/″\虫にてやかましく、と」
早「成程……やかましく」
久「お前のそばに芋虫のごろ/″\してはいられねえが、えゝ……簑虫みのむし草鞋虫わらじむし穿き、と」
早「何の事だえ」
久「われが野らへ行く時にア、簑を着たり草鞋を穿いたりするだから」
早「成程……草鞋虫を穿きい」
久「かまぎっちょを腰に差し、野らへ出てもお前様の事は片時忘れるしま蛇もなく」
早「成程……しま蛇もなく」
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉あかとんぼの眼の先へちら/\いたしそろ
早「何ういう訳だ」
久「蜻蛉とんぼうの出る時分に野良のらへ出て見ろ、赤蜻蛉あかとんぼ彼方あっちったり此方こっちへ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
早「成程……ちら/\いたしそろ
久「えゝと、待てよ……お前と夫婦みょうとになるなれば、わしは表で馬追むまおい虫、お前は内で機織虫はたおりむしよ」
早「成程……わしうまいて、女子おなごが機を織るだな」

久「えゝ…股へひるの吸付いたと同様お前の側を離れ申さずそろ、と情合じょうあいだから書けよ」
早「成程……お前の側を離れ申さずそろか、成程情合だね」
久「えゝ、あぶ馬蠅むまばえ屁放虫へっぴりむし
早「虻蚊馬蠅屁放虫」
久「取着かれたら因果、晩げえわしを松虫なら」
早「……晩げえわしを松虫なら」
久「藪蚊やぶかのように寝床まで飛んでめえり」
早「藪蚊のように寝床まで飛んでめえり」
久「直様すぐさま思いのうおっぱらそろ巴蛇あおだいしょうの長文句蠅々はい/\[#かしく」の草書体、345-9]
早「成程りゃアいなア」
久「これじゃア屹度きっと女子おなごがおめえに惚れるだ、これを知れねえようにたもとの中へでもほうり込むだよ」
 と云われ、早四郎は馬鹿な奴ですから、右の手紙を書いて貰ってうちへ帰り、そっとお竹の袂へ投込なげこんで置きましたが、開けて見たって色文いろぶみと思う気遣きづかいはない。翌朝よくあさになりますと宿屋の主人あるじが、
五「お早うございます」
竹「はい、昨夜は段々有難う」
五「えゝ段々お疲れさま……続いてお淋しい事でございましょう」
竹「有難う」
五「えゝ、お嬢さん、誠に一国いっこくな事を申すようですが、わたくしは一体斯ういう正直な性質うまれつきで、私どもはこれ本陣だとか脇本陣だとか名の有る宿屋ではございませんで、ほんの木賃宿の毛の生えた半旅籠同様で、あなた方が泊ったところが、さしてお荷物も無し、お連の男衆は御亭主かお兄様あにいさまか存じませんが、お死去かくれになってあなた一人残り、一人旅はごくやかましゅうございまして、え、横川よこかわの関所のとこも貴方はお手形が有りましょう、越えて入らっしゃいましたから、私どもでも安心はして居りますが、何しろ御病気の中だから、毎朝宿賃を頂戴いたす筈ですが、それも御遠慮申して、医者の薬礼お買物の立替え、何ややの御勘定ごかんじょうが余程たまって居ります、それも長旅の事で、無いと仰しゃれば仕方が無いから、へえと云うだけの事で、宿屋も一晩泊れば安いもので、長く泊れば此んな高いものはありません、ついては一国なことを申すようですが、泊って入らっしゃるよりお立ちになった方がお徳だろうし、私も其の方が仕合せで、どうか一先ひとまず立って戴きたいもので」
竹「はい、わたくしはさっぱり何事も家来どもに任して置きました内に病気附きましたので、つい宿賃も差上げることを失念致した理由わけでもございませんが、病人にかまけて大きに遅うなりました、さぞかし御心配で、胡乱うろんの者と思召おぼしめすかは知りませんが、宿賃ぐらいな金子は有るかも知れません、じきに出立いたしますから、早々御勘定ごかんじょうをして下さい、の位あればいか取って下さいまし」
 とお屋敷育ちで可なりの高を取りました人のお嬢さんで、宿屋の亭主風情ふぜいに見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬なんどちりめんの少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだかたまりを見ると、おおよそ七八十両も有りはしないかと思うくらいな大きさだから、五平は驚きました。泊った時の身装みなりも余りくなし、さして、着換きがえの着物もないようでありました、是れは忠平が、年のいかない娘を連れて歩くのだから、目立たんようにわざと汚れた衣類に致しまして、旅※たびやつ[#「宀/婁」、347-6]れの姿で、町人ていにして泊り込みましたので、五平は案外ですから驚きました。
竹「どうか此の位あれば大概払いは出来ようかと思いますが、書付を持って来て下さい」
 と云われたので、流石さすがの五平も少し気の毒になりましたが、
五「はい/\、えゝ、お嬢さま、誠にわたくしはどうも申訳のない事をいたしました、あなた御立腹でございましょうが、あなたを私が見くびった訳でもなんでもない、実はその貴方におかゝりのかゝらんように種々いろ/\と心配致しまして、馬子や舁夫かごかきを雇いましても宿屋の方で値切って、なるたけやすくいたさせるのが宿屋の亭主の当然あたりまえでへえ見下げたと思召おぼしめしては恐入ります、只今御勘定を致します、へい/\どうぞ御免なすって」
 と帳場へまいりまして、
五「あゝ大層金子かねを持っている、あれは何者か知らん」
 としばらくお竹の身の上を考えて居りましたが、別に考えも附きません。医者の薬礼から旅籠料、何ややを残らず書付にいたして持って来ましたが、一ヶ月居ったところで僅かな事でございます。お竹は例の胴巻から金を出して勘定をいたし、そこ/\手廻りを取片附け、明日あすは早く立とうと舁夫かごやや何かを頼んで置きました。其の晩にそっと例の早四郎が忍んで来まして、
早「お客さん……お客さん……ねぶったかね、お客さん眠ったかね」
竹「はい、何方どなた
早「へえわしでがすよ」
竹「おや/\御子息さん、さ此方こちらへ……まだねむりはいたしませんが、蚊帳かやの中へ入りましたよ」
早「えゝさぞまア力に思う人がおっんで、あんたはさみしかろうと思ってね、わしも誠に案じられて心配しんぺえしてえますよ」
竹「段々お前さんのお世話になって、なんぞお礼がしたいと思ってもお礼をする事も出来ません」
早「先刻さっき親父がとけ貴方あんたが金え包んで種々いろ/\厄介になってるからって、別にわしが方へも金をくれたが、そんなに心配しんぺいしねえでもえ、何も金が貰いてえって世話アしたんでねえから」
竹「それはお前の御親切は存じて居ります誠に有難う」
早「あのー昨夜よんべねえ、わし貴方あんたたもとの中へ打投ぶっぽり込んだものを貴方ひらいて見たかねえ」
竹「何を…お前さんが…」
早「あんたの袂のなけえたものをわしほうり込んだ事があるだ」
竹「何様どんな書いたもの」
早「何様どんなたって、丹誠して心のたけを書いただが、あんたの袂に書いたものが有ったんべい」
竹「私は少しも知らないので、何か無駄書むだがき流行唄はやりうたかと思いましたから、丸めて打棄うっちゃってしまいました」
早「あれ駄目だね、流行唄じゃアねえ、づくしもんだよ、艶書いろぶみだよ、丸めて打棄っては仕様がねえ、人が種々いろ/\丹誠したのによ」
 と大きに失望をいたしてふさいでいます。

        三十四

 お竹は漸々よう/\に其の様子を察して、可笑おかしゅうは思いましたが、また気の毒でもありますからにっこり笑って、
竹「それは誠にお気の毒な事をしましたね」
早「お気の毒ったって、まア困ったな、どうもわしはな……実アな、まア貴方あんたも斯うやって独身ひとりで跡へ残ってさびしかろうと思い私も独身ひとりみでいるもんだから、友達がわれえ早く女房を貰ったらかろうなんてってなぶられるだ、それにいては優気やさしげなお嬢さんは、身寄頼りもねえ人だから、病人が死なばおらがの女房に貰いてえと友達にしゃべっただ、馬十ばじゅうてえ奴と久藏てえ奴が、ぱっ/\と此れを方々ほう/″\へ触れたんだから、たちま宿中しゅくじゅうへ広まっただね」
竹「そんな事お前さん云立いいたてをしておくれじゃア誠に困ります」
早「困るたってわしもしたくねえが、冗談を云ったのが広まったのだから、今じゃア是非ともおめえさんを私の女房にしねえば、世間へてえして顔向が出来ねえから、友達に話をしたら、親父がやかましくって仕様がねえけんども、貴方あんたおれおかしな仲になっちまえば、友達が何うでも話をして、親父に得心のうさせる、どうせ親父は年いってるから先へおっんでしまう、うすれば此のうちみんな己のもんだ、貴方が私の女房に成ってくれゝば、誠に嬉しいだが、今夜同志に此の座敷でねぶってもかんべえ」
竹「しからん事をお云いだね、お前はま私を何だとお思いだ、優しいことを云っていればい気になって、お前私が此処こゝへ泊っていれば、うちの客じゃアないか、其の客に対して宿屋の忰がんな無礼なことを云って済みますか、浪人して今は見る影もない尾羽打枯おはうちからした身の上でも、お前たちのようなはしたない下郎げろうを亭主に持つような身の上ではありません、無礼なことをお云いでない、彼方あっちへ行きなさい」
早「魂消たまげたね……下郎え……此の狸女たぬきあまめ……そんだらえ、そうお前の方で云やア是まで親父の眼顔めかおを忍んで銭を使って、おめえの死んだ仏の事を丹誠した、またつくしものを書いて貰うにも四百しひゃくと五百の銭を持ってって書いて貰ったわけだ、それを下郎だ、身分が違うと云えば、わしも是までになって、あんたに其んなことを云われゝば友達へ顔向が出来ねえから、意気張いきはりずくになりゃアかたき同志だ、可愛さ余って憎さが百倍、お前のけえりを待伏まちぶせして、跡をおっかけて鉄砲で打殺ぶッころす気になった時には、とても仕様がねえ、うなったら是までの命だと諦めてくんろ」
竹「あらまア、そんな事を云って困るじゃアないか、敵同志だの鉄砲でつのと云って」
早「わしは下郎さ、おまえはおさむれえむすめだろう、しか口穢くちぎたなく云われゝば、私だって快くねえから、遺恨に思っておめえを鉄砲で打殺ぶちころす心になったら何うするだえ」
竹「困るね、だけども私はお前に身を任せる事は何うしても出来ない身分だもの」
早「出来ないたって、病人が死んでしまえば便りのない者で困るというから、うちへ置くべいと思って、人に話をしたのが始まりだよ、どうも話が出来ねえば出来ねえでいから覚悟をしろ、親父がやかましくってうちにいたって駄目だから、やるだけの事をやっちまう、棒鼻ぼうばなあたりへ待伏せて鉄砲でってしまうからう思いなせえ」
竹「まアお待ちなさい」
 と止めましたのは、此様こんな馬鹿な奴にっては仕様がない、鉄砲でちかねない奴なれど、かゝる下郎に身を任せる事は勿論出来ず、しかし世に馬鹿程怖い者はありませんから、是はだますにくはない、今のうちは心をなだめて、ほとぼりのけた時分に立とうと心を決しました。
竹「あの斯うしておくれな私のようなものをそれ程思ってくれて、誠に嬉しいけれども、考えても御覧、たとえ家来でも、あゝやって死去なくなってまだ七日もたん内に、仏へ対して其んな事の出来るものでもないじゃアないか」
早「うん、それはうだね、七日の間は陰服いんぷくと云って田舎などではえらやかましくって、蜻蛉一つ鳥一つ捕ることが出来ねえ訳だから、然ういう事がある」
竹「だからさ七日でも済めば、親御も得心のうえでお話になるまいものでもないから、今夜だけの処は帰っておくれ」
早「うおまえが得心なれば帰る、田舎の女子おなごのようにぐ挨拶をする訳にはくめえが、お前のようにいやだというから腹ア立っただい、そんなら七日が済んで、七日の晩げえに来るから、其の積りで得心して下さいよ」
 とにこ/\して、自分一人承知して帰ってしまいました。斯様かような始末ですからお竹は翌朝よくあさ立つことが出来ません、既に頼んで置いた舁夫かごかきも何も断って、荷物も他所わきへ隠してしまいました。主人の五平は、
五「お早うございます、お嬢さま、えゝ只今洪願寺の和尚様が前をお通りになりましたから、今日お立ちになると申しましたら、和尚様の言いなさるには、それはなさけない事だ、遠い国へ来て、御兄弟だか御親類だか知らないが、死人を葬りぱなしにしてお立ちなさるのは情ない、せめて七日の逮夜たいやでも済ましてお立ちになったらかろうに、余りと云えば情ない、それでは仏もうかまれまいとおっしゃるから、わしも気になってまいりました、長くいらっしゃったお客様だ、何は無くとも精進物で御膳でもこしらえ、へゝゝゝ、うちへ働きにまいります媼達ばゞあたちへおまんまア喰わして、和尚様を呼んで、お経でも上げてお寺めえりでもして、それから貴方あなた七日を済まして立って下されば、わたくしも誠にこゝろようございます、また貴方様も仏様のおためにもなりましょうから、どうか七日を済ましてお立ちを」
竹「成程わたくしも其の辺は少しも心附きませんでした、大きに左様で、それじゃア御厄介ついでに七日まで置いて下さいますか」
 というので七日の間泊ることになりました。他に用は無いから、毎日洪願寺へまいり、夜は回向えこうをしては寝ます。よいうちに早四郎が来て種々いろ/\なことをいう。いやだが仕方がないからだまかしては帰してしまう。七日まで/\と云い延べているうちに早く六日経ちました。丁度六日目に美濃の南泉寺なんせんじ末寺まつじで、谷中の随応山ずいおうざん南泉寺の徒弟で、名を宗達そうたつと申し、十六才の時に京都の東福寺とうふくじへまいり、修業をして段々行脚あんぎゃをして、美濃路あたりへ廻って帰って来たので、まだ年は三十四五にて色白にして大柄で、眉毛のふっさりと濃い、鼻筋の通りました品のい、鼠無地に麻の衣を着、鼠の頭陀ずだを掛け、白の甲掛脚半こうがけきゃはん網代あじろの深い三度笠を手に提げ、小さな鋼鉄くろがねの如意を持ちまして隣座敷へ泊った和尚様が、お湯に入り、夕飯ゆうはんべてりますと、禅宗坊主だからちゃんと勤めだけの看経かんきんを致し、それから平生へいぜい信心をいたす神さまを拝んでいる。何と思ったかお竹はふすまを開けて、
竹「御免なさいまし」
僧「はい、何方どなたじゃ」
竹「わたくしはお相宿あいやどになりまして、き隣に居りますが、あなた様は最前おつきの御様子で」
僧「はい、お隣座敷へ泊ってな、坊主は経をむのが役で、おやかましいことですが、夜更よふけまで誦みはいたしません、貴方も先刻さっきから御回向をしていらっしったな」
竹「わたくしは長らく泊って居りますが、供の者が死去なくなりまして、此の宿外しゅくはずれのお寺へ葬りました、今日こんにちは丁度七日の逮夜に当ります、幸いお泊り合せの御出家様をお見掛け申して御回向を願いたく存じます」
僧「はい/\、いや/\それはお気の毒な話ですな、うん/\成程此の宿屋に泊って居るうちわずろうてお供さんが…おう/\それはお心細いことで、此の村方へ御送葬ごそう/\になりましたかえ、それは御看経ごかんきんをいたしましょう、お頼みはなくとも知ればいたす訳で、何処どこへ参りますか」
竹「はい、こゝに机がありまして、戒名もございます」
僧「あゝ成程左様ならば」
 と是から衣を着換え、袈裟けさを掛けて隣座敷へまいり、机の前へ直りますと、新しい位牌があります、白木の小さいので戒名が書いてあります。
僧「あゝ、是ですか、えゝ、むう八月廿四にお死去かくれになったな、うむ、お気の毒な事で南無阿弥陀仏々々々々々々、宜しい、えゝ、お線香はわしが別にいのを持って居りますから、これをきましょう」
 と頭陀ずたの中から結構な香を取出し、火入ひいれの中へ入れまして、是から香を薫き始め、禅宗の和尚様の事だから、ねんごろに御回向がありまして、
僧「えゝ、お戒名は如何いかさまいお戒名で、うゝ光岸浄達信士こうがんじょうたつしんし
竹「えゝ、是は只心ばかりで、おねんごろの御回向を戴きまして、ほんのお布施で」
僧「いや多分に貴方、旅の事だから布施物ふせもつを出さんでも宜しい、それやア一文ずつ貰って歩く旅僧たびそうですから、一文でも二文でも御回向をいたすのは当然あたりまえで、しかし布施のない経は功徳にならんと云うから、これは戴きます、左様ならばわしは旅疲れゆえぐに寝ます、ま御免なさい」
 と立ちかけるをめて、
竹「あなた少々お願いがございます」
僧「はい、なんじゃな」
 と又すわる。お竹はもじ/\して居りましたが、やがて、
竹「おつな事を申上げるようでございますが、当家の忰がわたくしを女とあなどりまして、毎晩私の寝床へまいって、しからん事を申しかけまして、し云うことをかなければ殺してしまうの、鉄砲で打つのと申します、馬鹿な奴と存じますから、私もい加減に致して、七日でも済んだら心に従うと云い延べて置きましたが、今晩が丁度七日の逮夜で、明朝みょうあさ早く此の宿やどを立とうと存じますから、屹度きっと今晩まいって兎や角申し、又理不尽な事を致すまいものでもあるまいと存じますで、誠に困りますが、幸い隣へお相宿になりましたから、事に寄ると私が貴方の方へ逃込んでまいりますかも知れません、其の時には何卒どうぞお助け遊ばして下さるように」
僧「いや、それはしからん、それは飛んだ事じゃわしにお知らせなさい、押えて宿の主人あるじを呼んで談じます、ういう事はない、自分のうちの客人に対して、女旅とあなどり、恋慕れんぼを仕掛けるとはもってのほかの事じゃ、実に馬鹿程怖い者はない、宜しい/\、来たらお知らせなさい」
竹「何卒どうか願います」
 と少しいきどおった気味で受合いましたから、大きにお竹も力に思って、床をってふせりました、和尚さまは枕にくと其の儘旅疲れと見え、ぐう/\と高鼾たかいびきで正体なく寝てしまいました。お竹は鼾の音が耳に附いて、どうもられません、夜半よなかそっと起きて便所ようばへまいり、三尺のひらきを開けて手を洗いながら庭を見ると、生垣いけがきになっている外は片方かた/\は畠で片方は一杯の草原くさはらで、村の人が通るほんの百姓道でございます。秋のことだから尾花おばなはぎ女郎花おみなえしのような草花が咲き、露が一杯に下りて居ります。秋の景色は誠に淋しいもので、裏手は碓氷の根方ねがたでございますから小山こやま続きになって居ります。所々ところ/\ちら/\と農家の灯火あかりが見えます、追々戸を締めてた処もある様子。お竹が心のうちで。向うにかすかに見えるあの森は洪願寺様であるが、彼処あすこへ葬り放しで此処こゝを立つのは不本意とは存じながら、長く泊っていれば、宿屋の忰が来て無理無体に恋慕を云い掛けられるのもいやな事であると、庭の処から洪願寺の森を見ますと、生垣の外にぬうと立っている人があります。男か女か分りませんが、しきりと手を出しておいで/\をしてお竹を招く様子、腰をかゞめて辞儀をいたし、また立上って手招ぎをいたします。
竹「はてな、私を手招ぎをして呼ぶ人はない訳だが……男の様子だな、事によったらかたきの手係りが知れて、人に知れんようにおとゝが忍んで私に会いに来たことか、それとも屋敷から内々ない/\音信たよりでもあった事か」
 と思わずつまを取りまして、其処そこに有合せた庭草履を穿いての生垣の処へ出て見ると、十間ばかり先の草原くさばらに立って居りまして、頻りと招く様子ゆえお竹は、はてな……と怪しみながら又跡を慕ってまいりますと、又男があと退さがって手招きをするので、思わず知らずお竹は畠続きに洪願寺の墓場まで参りますと、新墓しんばかには光岸浄達信士という卒塔婆そとばが立ってしきみあがって、茶碗に手向たむけの水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処こゝまで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか、ひょっとしたら私が気を落している所へ附込んで、きつねたぬきばかすのではないか、もし化されて此様こんな処へ来やアしないかと、茫然として墓場へ立止って居りました。

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