二十六
さて其の頃はお屋敷は堅いもので、当主が他人に殺された時には、不憫だから高を増してやろうという訳にはまいりません、不束だとか不覚悟だとか申して、お暇になります。彼の渡邊織江が切害されましたのは、明和の四年亥歳九月十三夜に、谷中瑞林寺の門前で非業な死を遂げました、屍骸を引取って、浅草の田島山誓願寺へ内葬を致しました。其の時検使に立ちました役人の評議にも、誰が殺したか、織江も手者だから容易な者に討たれる訳はないが、企んでした事か、どうも様子が分らん。死屍の傍に落ちてありましたのは、春部梅三郎がお小姓若江と密通をいたし、若江から梅三郎へ贈りました文と、小柄が落ちてありましたが、春部梅三郎は人を殺すような性質の者ではない、是も変な訳、何ういう訳で斯様な文が落ちてあったか頓と手掛りもなく、詰り分らず仕舞でござりました。織江には姉娘のお竹と祖五郎という今年十七になる忰があって、家督人でございます。此者が愁傷いたしまして、昼は流石に人もまいりますが、夜分は訪う者もござりませんから、位牌に向って泣いてばかり居りますと、同月二十五日の日に、お上屋敷からお呼出しでありますから、祖五郎は早速麻上下で役所へ出ますと、家老寺島兵庫差添の役人も控えて居り、祖五郎は恐入って平伏して居りますと、
寺島「祖五郎も少し進みますように」
祖「へえ」
寺島「此の度は織江儀不束の至りである」
祖「はっ」
寺島「仰せ渡されをそれ…」
差添のお役人が懐から仰せ渡され書を取出して読上げます。
一其の方父織江儀御用に付き小梅中屋敷へ罷り越し帰宅の途中何者とも不知切害被致候段不覚悟の至りに被思召無余儀永の御暇差出候上は向後江戸お屋敷は不及申御領分迄立廻り申さゞる旨被仰出候事
家老名判
祖五郎は
「はっ」
と頭を下げましたが、心の中では、父は殺され、其の上に又此のお屋敷をお暇になることかと思いますと、年が往きませんから、只畳へ額を摺付けまして、残念の余り耐えかねて男泣きにはら/\/\と泪を落す。御家老は膝を進めて言葉を和らげ、
寺「マヽ役目は是だけじゃが、祖五郎如何にもお気の毒なことで、お母さまには確か早く別れたから、大概織江殿の手一つで育てられた、其の父が何者かに討たれ剰え急にお暇になって見れば、差向何処と云って落着く先に困ろうとお察し申すが、まゝ又其の中に御帰参の叶う時節もあろうから、余りきな/\思っては宜しくない、心を大きく持って父の仇を報い、本意を遂げれば、其の廉によって再び帰参を取計らう時節もあろう、急いては事を仕損ずるという語を守らんければいかん、年来御懇意にもいたした間、お屋敷近い処にもいまいが、遠く離れた処にいても御不自由な事があったら、内々で書面をおよこしなさい」
祖「千万有難う存じます……志摩殿、幸五郎殿御苦労さまで」
志摩「誠にどうも此の度は何とも申そうようもない次第で、実にえゝ御尊父さまには一方ならぬ御懇命を受けました、志摩などは誠にあゝいうお方様がと存じましたくらいで、へえどうか又何ぞ御用に立つ事がありましたら御遠慮なく……此処は役所の事ですから、小屋へ帰りまして仰せ聞けられますように」
祖「千万有難う」
と仕方なく/\祖五郎は我小屋へ立帰って、急に諸道具を売払い、奉公人に暇を出して、弥々此処を立退かんければなりません。何処と云って便って往く目途もございませんが、彼の若江から春部の処へ送った文が残っていて、春部は家出をした廉はあるが、春部が父を殺す道理はない、はて分らん事で……確か梅三郎の乳母と云う者は信州の善光寺にいるという事を聞いたが、梅三郎に逢ったら少しは手掛りになる事もあろうと考えまして、前々勤めていた喜六という山出し男は、信州上田の在で、中の条村にいるというから、それを訪ねてまいろうと心を決しまして、忠平という名の如く忠実な若党を呼びまして、
祖「忠平手前は些とも寝ないのう、ちょいと寝なよ」
忠「いえ眠くも何ともございません」
祖「姉様と昨夜のう種々お話をしたが、屋敷に長くいる訳にもいかんから、此の通り諸道具を引払ってしまった、併し又再び帰る時節もあろうからと思い、大切な品は極別懇にいたす出入町人の家へ預けて置いたが、姉様と倶に喜六を便って信州へ立越る積りだ、手前も長く奉公してくれたが、親父も彼の通り追々老る年だし、菊はあゝ云う訳になったし、手前だけは別の事だから、こりゃア何の足しにもなるまいが、お父さまの御不断召だ、聊か心ばかりの品、受けて下さい、是まで段々手前にも宜く勤めて貰い、お父さまが亡い後も種々骨を折ってくれ、私は年が往かんのに、姉様は何事もお心得がないから何うして宜いかと誠に心配していたが、万事手前が取仕切ってしてくれ、誠に辱ない、此品はほんの志ばかりだ……また時が来て屋敷へ帰ることもあったら、相変らず屋敷へ来て貰いたい、此品だけを納めて下さい」
忠「へえ誠に有難う……」
竹「手前どうぞ岩吉にも会いたいけれども、立つ時はこっそりと立ちたいと思うから、よく親父にそう云っておくれよ」
と云われて、忠平は祖五郎とお竹の顔を視詰めて居りました。忠平は思い込んだ容子で、
忠「へえ……お嬢さま、私だけはどうかお供仰付け下さいますように願いたいもので、まア斯うやって私も五ヶ年御奉公をいたして居ります、成程親父は老る年ですが、まだ中々達者でございます、旦那様には別段に私も御贔屓を戴きましたから、忠平だけはお供をいたし、御道中と申しても若旦那様もお年若、又お嬢様だって旅慣れんでいらっしゃいますから、私がお供をしてまいりませんと、誠にお案じ申します、宅で案じて居りますくらいなら、却ってお供にまいった方が宜しいので、どうかお供を」
竹「それは私も手前に供をして貰えば安心だけれども、親父も得心しまいし、また跡でも困るだろう」
忠「いえ困ると申しても職人も居りますから、何うぞ斯うぞ致して居ります、なまじ親父に会いますと又右や左申しますから、立前に手紙で委しく云ってやります、どうか私だけはお邪魔でもお供を」
竹「誠に手前の心掛感心なことで……私も往って貰いたいというは、祖五郎も此の通りまだ年は往かず……併しそれも気の毒で」
忠「何う致しまして、私の方から願っても、此の度は是非お供を致そうと存じて居るので、どうか願います」
竹「そんなら岩吉を呼んで、宜く相談ずくの上にしましょう」
忠「いえ相談を致しますと、訳の分らんことを申してとても相談にはなりません、それより立つ前に書面を一本出して、ずっとお供をしてまいっても宜しゅうございます、心配ございません」
そんならばと申すので、是から段々旅支度をして、いよ/\翌日立つという前晩に、忠平が親父の許へ手紙を遣りました。親父の岩吉は碌に読めませんから、他人に読んで貰いましたが、驚いて渡邊の小屋へ飛んでまいりました。
岩「お頼ん申します」
忠「どうれ……おやお出でかえ」
岩「うん……手紙が来たから直に来た」
忠「ま此方へお出で」
岩「手前何かお嬢様方のお供をして信州とかへ行くてえが飛んだ話だ、え飛んだ話じゃアねえか、そんなら其の様にちゃんと己に斯ういう訳でお供を仕なければならぬがと、宜く己に得心させてから行くが宜い、ふいと黙って立っちまっては大変だと思ったから、遅くなりましてもと御門番へ断って来たんだ、えゝおい」
忠「お供してまいらなければならないんだよ、お嬢様は脾弱いお体、若旦那さまは未だお年がいかないから、信州までお送り申さなければなりません、お屋敷へ帰る時節があれば結構だが、容易に御帰参は叶うまいと思うが、長々留守になりますから、お前さんも身をお厭いなすって御大切に」
岩「其様なことを云ったって仕様がない、己は他に子供はない、お菊と手前ばかりだ、ところが菊は彼んな訳になっちまって、己アもう五十八だよ」
忠「それは知ってます」
岩「知ってるたって、己を置いて何処かへ行ってしまうと云うじゃアねえか、前の金太の野郎でも達者でいれば宜いが、己も此の頃じゃア眼が悪くなって、思うように難かしい物は指せなくなって居るから困る」
忠「困るって、是非お供をしなくっちゃアなりません」
岩「成らねえたって己を何うする」
忠「私が行って来るうち、お前は年を老ったって丈夫な身体だから死ぬ気遣いはありません」
岩「其様な事を云ったって人は老少不定だ、それも近え処ではなし、信州とか何とか五十里も百里もある処へ行くのだ、人間てえものは明日も知れねえ、其の己を置いて行くように宜く相談してから行け、手紙一本投込んで黙って行っちまっては親不孝じゃアねえか」
忠「それは重々私が悪うございましたが、相談をして又お前に止めたり何かされると困るから……これは武家奉公をすれば当然のことで」
岩「なに、武家奉公をすれば当然だと、旦那さまが教えたのか」
忠「お教えがなくっても当然だよ」
岩「然ういうことを手前は云うけれども、親父を棄てゝ田舎へ一緒に行けと若旦那やお嬢様は仰しゃる訳はあるめえ」
忠「それは送れとは仰しゃらんのさ、若旦那様や嬢様の仰しゃるには、老る年の親父もあるから、跡に残った方が宜かろう、と云って下すったが、多分にお手当も戴き、形見分けも頂戴し、殊に五ヶ年も奉公した御主人様が零落れて出るのを見棄てゝは居られません、何処までもお供をして、倶に苦労をするのが主従の間だから、悪く思って下さるな」
と説付けました。
二十七
段々訳を聞いても岩吉はまだ腑に落ちんので、
岩「主従はそれで宜かろうが、己を何うする」
忠「屋敷奉公をすりゃア斯ういう場合にはお供をするが当然さ、お前さんには済まないが忠義と孝行と両方は出来ません、忠孝全からずというは此の事さ」
岩吉にはまだ言葉の意味が分りませんから、怪訝な顔をして、
岩「何だア、忌に理窟を云やアがって、手前近え処じゃアなし、えおう五十里も百里もある処へ行くものを、まったからずって待たずに居られるか」
忠「然うじゃアありません、忠義をすれば孝行が出来ないという事です」
岩「それは親に孝行主人に忠義をしろてえ事は己も知っている、講釈や何かで聞いたよ」
忠「それですから孝行と忠義と両方は出来ませんよ」
岩「出来ねえって……骨を折ってやんなよ」
忠「うふゝゝ骨を折ってやれと云ったって出来ませんよ」
岩「手前は生意気に変なことを云って人を困らせるが、己は他に子供が無し、手前たった一人だ、年を老った親父を置いて一緒に行けと旦那様が仰しゃりアしめえし、跡へ残れ、可愛相だからと仰しゃるのに、手前の了簡で己を棄てゝ行く気になったんだ、親不孝な野郎め」
忠「なに親不孝ではありませんがね、私は御当家様へ奉公に来て、一文不通の木具屋の忰が、今では何うやら斯うやら手紙の一本も書け、十露盤も覚え、少しは剣術も覚えたのは、皆大旦那のお蔭、今日の場合にのぞんで年のいかない若旦那様やお嬢様のお供をして行かないと、忠義の道が立ちませんよ」
岩「それは分っているよ」
忠「分っているなら遣って下さいな」
岩「分ってはいるが、己を何うするよ」
忠「其様な分らないことを云っては困りますな、何うするたって私が帰るまで待って下さい」
岩「待てねえ、己ア待てねえ(さめ/″\と泣きながら)婆さんが死んでから己ア職人の事で、思うように育てることが出来ねえからってんで、御当家様へ願ったんだ、それは御恩にはなったけれども、旦那様が何も手前を連れてって下さる事アねえ、何う考えても」
忠「分らん事をいうね、自分の御恩になった御主人様が斯ういう訳になったからだよ」
岩「何ういう訳に」
忠「他人に殺されてお暇になったんだよ」
岩「お暇……てえのは……お屋敷を出るんだろう」
忠「然うさ」
岩「出て……」
忠「分らんね、零落てしまうんだよ、御浪人になるんだよ、それだから私が従いて行かなければならない、仮令私が御免を蒙ると云ってもお前が己が若ければお供をして行くとこだが、手前何処までもお供申して御先途を見届けなければならんと云うのが[#「云うのが」は底本では「云のが」]当然な話だ、其のくらいな覚悟が無ければ、頭で武家奉公をさせんければ宜いや、然うじゃアありませんか、お前さんは屹度野暮に止めるに違いないと思ったから、手紙を上げたんだ、分りませんかえ」
岩「むゝ……分った、むゝう成程侍てえものは其様なものか……だから最初武家奉公は止そうと思った」
祖「忠平、親父が来たのじゃアないか」
忠「へい、親父がまいりました」
祖「おや/\宜くおいでだ、岩吉入んな」
岩「御免なせえまし、誠にお力落しさまで……今度急に忰を連れてお出でなさる事になったんで、まゝ是はどうも武家奉公をすれば当然のことで、へえ私も五十八で」
祖「貴様も老る年で親父も困ろうから跡へ残っているが宜いにと云っても、彼が真実に何処までも随いて行ってくれるという、その志を止められもせず、貴様には誠に気の毒でね」
岩「どうも是もまア武家奉公で、へゝゝゝ私は五十八でげす」
忠「お父さん、一つ事ばかり云ってゝ困るね其様な事を云うものではない、明日お立だからお餞別をしなければなりませんよ」
岩「え」
忠「お餞別をしなさいよ」
岩「なんだ……お花……は供げて来たよ」
忠「分らないよ、お餞別」
岩「え……煎餅を……なんだ」
忠「旅へ入らっしゃるお土産をよ」
岩「うん/\……何ぞ上げましょう、烟草盆の誂えがありますから彼品を」
忠「其様な大きなものはいけない」
岩「じゃア火鉢を一つ」
忠「いけないよ」
岩「それでは何か途中で喰る金米糖でも上げましょう、じゃア明日私が板橋までお送り申しましょう」
祖「そんな事をしないでも宜しい、忙がしい身体だから構わずに」
岩「へえ、忰を何卒何分お頼み申します、へゝゝ誠にもう私は五十八でごぜえます」
と一つ事ばかり云って、人の善い、理由の分りません人だから仕方がない。翌朝板橋まで送る。下役の銘々も多勢ぞろ/\と渡邊織江の世話になった者が、祖五郎お竹を送り立派な侍も愛別離苦で別れを惜んで、互に袖を絞り、縁切榎の手前から別れて岩吉は帰りました。祖五郎お竹等は先ず信州上田の在で中の条村という処へ尋ねて行かんければなりません。こゝで話二つに分れまして、彼の春部梅三郎は、奥の六畳の座敷に小匿れをいたして居り、お屋敷の方へは若江病気に就て急にお暇を戴きたいという願を出し、老女の計いで事なく若江はお暇の事になりましたは御慈悲でござります。さて此の若江の家へ宗桂という極感の悪い旅按摩がまいりまして、私は中年で眼が潰れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客さまが多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲深い母だから、
母「療治は下手だが、家にいたら追々得意も殖えるだろう、清藏丹誠をしてやれ」
清「へえ」
と清藏も根が情深い男だから丹誠をしてやります所から、療治は下手だが、廉いのを売物に客へ頼んで療治をさせるような事になりました。其の歳の十一月二十二日の晩に、母が娘のお若を連れまして、少々用事があって本庄宿まで参りました。春部梅三郎は件の隠家に一人で寝て居り、行灯を側へ引寄せて、いつぞや邸を出る時に引裂いた文は、何事が書いてあったか、事に取紛れて碌々読まなかったが、と取出して慰み半分に繰披き、なに/\「予て申合せ候一儀大半成就致し候え共、絹と木綿の綾は取悪き物ゆえ今晩の内に引裂き、其の代りに此の文を取落し置候えば、此の花は忽ち散果可申茎は其許さまへ蕾のまゝ差送候」はて…分らん…「差送候間御安意之為め申上候、好文木は遠からず枯れ秋の芽出しに相成候事、殊に安心仕り候、余は拝面之上
々已上[#「已上」は底本では「己上」]、別して申上候は」…という所から破れて分らんが、これは何の手紙だろう、少しも訳が分らん……どうも此の程から重役の者の内、殊に神原五郎治、四郎治の両人の者は、どうも心良からん奴だ、御舎弟様のお為にもならん事が毎度ある、伯父秋月は容易に油断をしないから、神原の方へ引込まれるような事もあるまいが、何の文だろう、何者の手跡だか頓と分らん、はてな。と何う考えても分りませんから、又巻納めて紙入の間へ挟んで寝ましたが、寝付かれません。其の内に離れて居りますけれども、宿泊人の鼾がぐう/\、往来も大分静かになりますと、ボンボーン、ばら/\/\と簷へ当るのは霙でも降って来たように寒くなり、襟元から風が入りますので、仰臥に寝て居りますと、廊下をみしり/\抜足をして来る者があります。廊下伝いになっては居るが、締りが附いていて、別に人の来られないようになって居りますから、
梅「誰が来たろう、清藏ではあるまいか、何だろう」
と態と睡った振で、ぐう/\と空鼾をかいて居りますと、廊下の障子を密と音のしないように開けて這込む者を梅三郎が細目を開いて見ますると、面部を深く包んで、尻ッ端折を致しまして、廊下を這って来て、だん/″\行灯の許へ近づき、下からふっと灯を消しました。漸々探り寄って春部が仰臥けざまに寝ている鼻の上へ斯う手を当てゝ寝息を伺いました。
梅「す……はてな……何だろうか知ら、気味の悪い奴だ、どうして賊が入ったか、盗るものもない訳だが……己を殺しにでも来た奴か知らん」
とそこは若いけれども武家のことだから頓と油断はしません。眼を細目に開いて様子を見て居りますと、布団の間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙を透して、披げて見て押戴き懐中へ入れて、仕すましたり…と行きにかゝる裾を、梅三郎うゝんと押えました。
二十八
姿は優しゅうございますが、柔術に達した梅三郎に押えられたから堪りません。
曲者「御免なさい」
梅「黙れ……賊だな、さ何処から忍び込んだ」
曲者「何卒御免なすって」
梅「相成らん……何だ逃げようとして」
と逆に手を取って押付け。
梅「怪しい奴だ、清藏どん、泥坊が入りました。清藏どん/\聞えんか、困ったものだ、清藏どん」
少し離れた処に寝て居りました清藏が此の声を聞付け、
清「あい、はアー……あい/\……何だとえ、泥坊が入ったとえあれま何うもはア油断のなんねえ、庭伝えに入ったか、何にしろ暗くって仕様がねえ、店の方へ往って灯を点けて来るから、逃してはなんねえ」
梅「何だ此奴……動かすものか、これ……灯を早く持って来んかえ」
清藏は店から雪洞を点けて参り。
清「泥坊は何処に/\」
梅「清藏どん、取押えた、なか/\勝手を知った奴と見えて、廊下伝いに入った、力のある奴だが、柔術の手で押えたら動けん、今暴れそうにしたからうんと一当あてたから縛って下さい」
清「よし、此奴細っこい紐じゃア駄目だ、なに麻縄が宜い」
とぐる/\巻に縛ってしまいました。
曲者「何卒御免なすって……実は何でございます、へえ全く貧の盗みでございますから、何卒御免なすって」
清「貧の盗みなんてえ横着野郎め」
此の中下女などが泥坊と聞いて裸蝋燭などを持ってまいりました。
清「これもっと此方へ灯を出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯を其方へ片附ちめえ、此の野郎頬被りいしやアがって、何処から入った」
と手拭をとって曲者の顔を見て驚き、
清「おや、此の按摩ア……汝は先月から己ア家へ来て、俄盲で感が悪くって療治が出来ねえと云うから、可愛相だと思って己ア家へ置いてやった宗桂だ、よく見りゃア虚盲で眼が明いてるだ、此の狸按摩汝、よく人を盲だって欺しアがった、感が悪くって泥坊が出来るかえ、此の磔めえ」
と二つばかり続けて撲ちました。
曲「御免なさい、誠にどうも番頭さん、実ア盲じゃアごぜえません、けれども旅で災難に遭いまして、後へは帰れず、先へも行かれず、仕様が有りませんから、実は喰方に困って此方はお客が多いから、按摩になってと思いまして入ったんでございますが、漸々銭が無くなっちまいましたから、江戸へ帰っても借金はあり、と云って故郷忘じ難く、何うかして帰りてえが、借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山金え盗るという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁しを願います」
清「此の野郎……此奴のいう事ア迂濶本当にア出来ねえ、嘘を吐く奴は泥坊のはじまり、最う泥坊に成ってるだ此の野郎」
曲「どうか御免なすって」
梅「いや/\手前は貧の盗みと云わせん事がある、貧の盗みなれば何故紙入れの中の金入れか銭入れを持って行かぬ、何で其の方は書付ばかり盗んだ」
曲「え……これはその何でございます、あゝ慌てましたから、貧の盗みで一途にその私は、へえ慌てまして」
梅「黙れ、手前はどうも見たような奴だ、此奴を確り縛って置き、殴っ挫いても其の訳を白状させなければならん、さ何ういう理由で此の文を盗った、手前は屋敷奉公をした奴だろう、谷中の屋敷にいた時分、どうも見掛けたような顔だ……手前は三崎の屋敷にいた事があったろうな」
曲「いえ……どう致しまして、私は麻布十番の者でごぜえます、古河に伯父がごぜえまして、道具屋に奉公して居りましたが、つい道楽だもんでげすから、お母が死ぬとぐれ出し、伯父の金え持逃げをしたのが始まりで、信州小室の在に友達が行って居りますから無心を云おうと思いまして参ったのでごぜえますが、途中で災難に遭い、金子を……」
梅「いや/\幾ら手前が陳じても、書付を取るというは何か仔細があるに相違ない、清藏どん打って御覧、云わなければ了簡がある、真実に貧の盗みなれば金を取らなければならん、書付を取るというはどうも理由が分らんから、責めなければならん」
清「さ云えよ、云わねえと痛えめをさせるぞ、誰か太っけえ棒を持って来い、角のそれ六角に削った棒があったっけ、なに長え…切って来う……うむ宜し…さ野郎、これで打つが何うだ」
と続け打ちに打ちますと、曲者は泣声を致しまして、
曲「御免なすって、貧の盗みで」
清「貧の盗みなんて生虚ア吐きやアがって、家へ来た時に汝何と云った、少せえ時に親父が死んで、お母の手にかゝっている内に、眼が潰れたって、言うことが皆な[#「皆な」は底本では「皆な」]出たらめばかりだ、此の野郎(打つ)」
曲「あ痛/\/\痛うごぜえやす、どうか御勘弁を…悪い事はふッつり止めますから」
清「止るたって止めねえたって、何で手紙を盗んだ(又打つ)」
曲「あ痛うごぜえやす、何う云う訳だって、全く覚えが無んでごぜえやす、只慌てゝ私が……」
梅「黙れ、何処までも云わんといえば殺してしまうぞ、此方が先程から此の手紙が分らんと、幾度も読んで考えていたところだ、これは何か隠し文で、お屋敷の大事と思えば棄置かれん、五分試しにしても云わせるから左様心得ろ…」
と
「脇差を取って来る間逃げるとならんから」
清「なに縛ってあるから大丈夫だよ」
梅「五分だめしにするが何うだ、云わんければ斯うだ」
とすっと曲者の眼の先へ短刀いのを突付ける。
曲「あゝ危うごぜえやす、鼻の先へ刀を突付けちゃア……どうぞ御勘弁を」
梅「これ、手前が幾ら隠してもいかん事がある、手前は谷中三崎の屋敷で松蔭の宅に居た奴であろうな」
曲「へえ」
梅「もういけん、此書は松蔭から何者へ送るところの手紙か、又他から送った手紙か、手前は心得て居るか」
曲「へえ」
梅「いやさ、云わんければ手前は嬲り殺しにしても云わせなければならん、其の代り云いさえすれば小遣の少しぐらいは持たして免してやる」
清「そうだ、早く正直に云って、小遣を貰え、云わなければ殺されるぞ、さ云えてえば(又打つ)」
曲「あゝ痛うごぜえます、あ危うございます、鼻の先へ……えゝ仕方がないから申上げますが、実はなんでごぜえます、私が主人に頼まれて他へ持っていく手紙でごぜえます」
梅「むゝ何処へ持って行く」
曲「へえ先方は分りませんけれども持って行くので」
梅「これ/\先方の分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々な事を云い居るの、先方が分ってれば云え」
曲「へえ、その何でごぜえます、王子の在にお寮があるので、その庵室見たような所の側の、些とばかりの地面へ家を建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして、王子の在へ行って聞きゃア直に分るてえますから、実は其処は池の端仲町の光明堂という筆屋の隠居所だそうで、其家においでなさる方へ上げれば宜いと云付かって、私が状箱を持ってお馬場口から出ようとすると、今考えれば旦那様で、貴方に捕まったので、状箱を奪られちゃアならんと思いやして一生懸命に引張る途端、落ちた手紙を取ろうとする、奪られちゃア大変と争う機みに引裂かれたから、屋敷へ帰ることも出来ず、貴方の跡を尾けて此方へ入った限り影も形も見えず、だん/\聞けば、あのお小姓のお家だとの事ですから、俄盲だと云って入り込んだのも只其の手紙せえ持って行けば宜いんで、是を落すと私が殺されたかも知れねえんで」
梅「うん、わかった、いや大略分りました」
清「大略ってお前さんの心に大概分ったかえ」
梅「少し屋敷に心当りの者もある、此の書面は其の方の主人松蔭が書いたのか」
曲「いえ……誰が書いたか存じませんが、大切に持って行けよ、落したり失したりする事があると斬っちまうと云われて恟りしたんで、其の代り首尾好く持って行けば、金を二十両貰う約束で」
梅「むゝう……清藏どん、今に夜が明けてから一詮議しましょうから、冷飯でも喰わして物置へ棒縛りにして入れて置いて下さい」
二十九
清藏は曲者を引立てまして、
清「これ野郎立たねえか、今冷飯喰わしてやる、棒縛り程楽なものはねえぞ」
と是から到頭棒縛りにして物置へ入れて置きました。翌日梅三郎は曲者から取返した書面を出して見ると、再び今一つの裂端も一緒になっていたので、これ幸いと曲者の持っていた書面と継合せて見まして、
梅「中田千早様へ常磐よりと……常磐の二字は松蔭の匿名に相違ないが、千早と云うが分らん、彼の下男を縛ってお上屋敷へ連れて往こう、それにしても八州の手に掛け、縛って連れて行かなければならん」
と是から物置へまいり、曲者を曳出そうと思いますと、何時か縄脱をして、彼の曲者は逐電致してしまいました。そこで八州の手を頼み、手分をいたして調べましたが、何うしても知れません、なか/\な奴でございます。さて明和の五年のお話で……此の年は余り良い年ではないと見えまして、三月十四日に大阪曾根崎新地の大火で、山城は洪水でございました。続いて鳥羽辺が五月朔日からの大洪水であった、などという事で、其の年の六月十一日にはお竹橋へ雷が落ちて火事が出ました、などと云う余り良い事はございません。二月五日、粂野のお下屋敷では午祭の宵祭で大層賑かでございます。なれども御舎弟様御不例に就きまして、小梅のお中屋敷にいらしって、お下屋敷はひっそり致して居りますが、例年の事で、大して賑かな祭と申す方ではないが、ちら/\町人どもがお庭拝見にまいります。松蔭大藏の家来有助は姿を変え、谷中あたりの職人体に扮え、印半纏を着まして、日の暮々に屋敷へ入込んで、灯火の点かん前にお稲荷様の傍に設けた囃子屋台の下に隠れている内に、段々日が暮れましたから、町の者は亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]になると屋敷内へ入れんように致します。灯火も忽ち消しまして静かになりました。是から人の引込むまでと有助は身を潜めて居りますと、上野の丑刻の鐘がボーン/\と聞える、そっと脱出して四辺を見廻すと、仲間衆の歩いている様子も無いから、
有「占めた」
と呟きながらお馬場口へかゝって、裏手へ廻り、勝手は宜く存じている有助、主人松蔭大藏方へ忍び込んで、縁側の方へ廻って来ると、烟草盆を烟管でぽん/\と叩く音。
有「占めた」
と云うので有助が雨戸の所を指先でとん/\とん/\と叩きますと、大藏が、
大「今開けるぞ、誰も居らんから心配せんでも宜い、有助今開けるぞ」
と云われて有助は驚きました。
有「去年の九月屋敷を出てしまい、それっきり帰らない此の有助が戸を叩いた計りで、有助とは実に旦那は智慧者だなア…これだから悪い事も善い事も出来るんだ」
松蔭大藏は寐衣姿で縁側へまいり、音をさせんように雨戸を開け、雪洞を差出して透し見まして、
大「此方へ入れ」
有「へえ、旦那様其の中は、面も被らずのめ/\上られた義理じゃアごぜえませんが、何うにも斯うにも仕方なしに又お屋敷へ帰ってまいりました、誠に面目次第もありません」
大「さ、誰も居らんから此方へ入れ/\」
有「へえ/\」
大「構わず入れ」
有「へえ、足が泥ぼっけえで」
大「手拭をやろう、さ、これで拭け」
有「此様な綺麗な手拭で足を拭いては勿体ねえようで……さて私も、ぬっと帰られた義理じゃアごぜえませんが、帰らずにも居られませんから、一通りお話をして、貴方に斬られるとも追出されるとも、何うでも御了簡に任せようと、斯う思いやして帰ってまいりましたので」
大「彼限りで音沙汰が無いから、何うしたかと実は心配致していた、手前は彼の手紙を何者かに奪られたな」
有「へえ、春部に奪られたので、春部の彼奴が若江という小姓と不義をして逃げたんで、其の逃げる時にお馬場口から柵矢来の隙間の巾の広い処から、身体を横にして私が出ようと思います途端に出会して、実にどうも困りました」
大「手紙を何うした奪られたか」
有「それがお前さん、鼻を摘まれるのも知れねえ深更で、突然状箱へ手を掛けやアがッたから、奪られちゃアならねえと思いやして、引張ると紐が切れて、手紙が落こちる、とうとう半分引裂かれたから、だん/\春部の跡を尾いて行くと、鴻の巣の宿屋へ入りやしたから、感が悪い俄盲ッてんで、按摩に化けて宿屋に入込み一度は旨く春部の持っていた手紙の裂を奪ったが、まんまと遣り損なって、物置へ棒縛りにして投込まれた、所で漸く縄脱けえして逃出しましたが、近辺にも居られやせんから、久しく下総の方へ隠れていやしたが、春部にあれを奪られて何う致すことも出来やせんので、へえ」
大「いや、それは宜しい、心配致すな、手前は己の家来ということを知るまい」
有「ところが知ってます/\、済まねえけれどもお前さん、ギラ/\するやつを引こ抜いて私の鼻っ先へ突付け云わねえけりゃア五分だめしにしちまう、松蔭の家来だろう、三崎の屋敷に居たろう、顔を知ってるぞ、さア何うだと責められて、つい左様でごぜえますと申しやした」
大「なにそれは云っても宜い、彼の晩には実ア神原も酷い目に遭った、何事も是程の事になったら幾らも失策はある、丸切りしくじって、此の屋敷を出てしまったところが、有助貴様も己と根岸に佗住居をしていた時を思えば、元々じゃアないか」
有「それは然うでごぜえます」
大「彼処に浪人している時分一つ鍋で軍鶏を突き合っていたんだからのう」
有「旦那のように然う小言を云わずにおくんなさるだけ、一倍面目無うござえます」
大「だによって行る処までやれ、今までの失策も許し、何もかも許してやる、それに手前此処に居ては都合が悪い、就ては金子が二十両有るからこれをやろう」
有「へえ、是は有難うごぜえます」
大「其の代り少し頼みがある、手前小梅のお中屋敷へ忍び込んで、お居間近く踏込み……いや是は手前にア出来ん、夜詰の者も多いが、何かに付けて邪魔になる奴は、彼の遠山權六だ、彼がどうも邪魔になるて」
有「へえー、あの国にいて米搗をしてえた、滅法界に力のある……」
大「うん、彼奴が終夜廻るというので、何うも邪魔だ」
有「へえー」
大「彼を手前殺して、ふいと家出をしてしまえ、何処へでも宜いから身を隠してくれ」
有「彼は殺せやせん、それはお前さん御無理で、からどうも彼のくれえ無法に力のある奴ア沢山有りません、植木屋が十人もよって動かせねえ石を、ころ/\動かします、天狗見たような奴で、それじゃアお前さん私を見殺しにするようなもので」
大「いや、通常じゃア敵わない、欺すに手なしだ、あゝいう剛力な奴は智慧の足りないもので、それに一体彼奴は侠客気が有ってのう、人を助けることが好きだ、手前何うかして田圃伝いに行って、田圃の中へ入らなければならんが、彼所にも柵があるから、其の柵矢来の裏手から入って、藪の中にうん/\呻っていろ」
有「私がですかえ」
大「うん、藪の中に泥だらけになって呻っていろ」
有「へえ」
大「すると忍び廻りで權六がやって来て何だと咎めるから、構わずうん/\呻れ」
有「気味の悪い、そいつア御免を蒙りやす、お金は欲しいが、彼奴の側へ無闇に行くのは危険です、汝は何だと押え付けられ、えゝと打たれりゃア一打で死にやすから」
大「そこが欺すに手なしだ、私は去年の九月松蔭を暇になりまして、行き所がございません、何うかして詫にまいりたいが中々主人は一旦言出すと肯きません、あなたはお国からのお馴染だそうでございますが、貴方が詫言をして下すったら否とは云いますまいから、何分お頼み申しますと、斯う手前泣付け」
有「然うすりゃア殺しませんか」
大「うん、只手前が悪い事をしたと云って、うん/\呻っていろ、何うして此処へ来たと聞いたら、実はお下屋敷の方へ参られませんから、此方へ参ったのでございます、旅で種々難行苦行をして、川を渉り雪に遇い、霙に遭い風に梳り、実に難儀を致しましたのが身体へ当って、疝癪が起り、少しも歩けませんからお助け下さいましと云え、すると彼奴は正直だから本当に思って自分の家へ連れて行って、粥ぐらいは喰わしてくれるから、大きに有難う、お蔭さまで助かりましたと云うと、彼奴が屹度己の処へ詫に来る、もし詫に来たら、彼は使わん、怪しからん奴だ、これ/\の奴だと手前の悪作妄作を云ってぴったり断る」
有「へえ、それは詰ねえ話で、其様な奴なら打殺してしまうってんで…」
大「いや/\大丈夫だ、まア聞け、とてもいかん/\という中に、段々味いを附けて手前の善い所を云うんだ」
有「成程」
大「正直の人間……とも云えないが、働くことは宜く働き、口も八丁手も八丁ぐらいな事は云う、手前を殺さないように、そんなら己の家へ置くと云ったら幸い、若し世話が出来ん出て行けと云ったら仕方が有りませんと泣く/\出れば、小遣いの一分や二分はくれる、それを貰って出てしまった所が元々じゃアないか、もし又首尾好く權六の方へ手前を置いてくれたら、深更に權六の寝間へ踏込んで權六を殺してくれ、また其の前にも己の処へ詫びに来る時にも、隙が有ったら、藪に倒れてゝ歩けない、担いでやろうとか手を引いてやろうとか云った時にも隙があったら、懐から合口を出して殺ちまえ、首尾好く仕遂せれば、神原に話をして手前を士分に取立てゝやろう、首尾好く殺して、ポンと逃げてしまえ、十分に事成った時には手前を呼戻して三百石のものは有るのう。手前が三百石の侍になれる事だが、どうか工夫をして行って見ろ、もし己のいう事を胡乱と思うなら、書附をやって置いても宜しい、お互に一つ鍋の飯を食い、燗徳利が一本限りで茶碗酒を半分ずつ飲んだ事もある仲だ、しくじらせる事も出来ずよ、旨く行けば此の上なしだ、出来損ねたところが元々じゃアないか」
有「成程……行って見ましょうが、彼の野郎を殺るのには何か刄物が無ければいけませんな」
大「待てよ、人の目に立たん証拠にならん手前の持ちそうな短刀がある、さ、これをやろう、見掛は悪くっても中々切れる、関の兼吉だ、やりそくなってはいかんぞ」
有「へえ宜しゅうごぜえます」
大「闇の晩が宜いの」
有「闇の晩、へえ/\」
大「小遣をやるから手前今晩の中屋敷を出てしまえ」
有「へえ」
と金と短刀を受取って、お馬場口から出て行きました。
三十
さて二の午も済みまして、二月の末になりまして、大きに暖気に相成りました。御舎弟紋之丞様は大した御病気ではないが、如何にも癇が昂ぶって居ります。夜詰の御家来も多勢附いて居ります、其の中には悪い家来が、間が宜くば毒殺をしようか、或は縁の下から忍び込んで、殺してしまう目論見があると知って、忠義な御家来の注意で、お畳の中へ銅板を入れて置く事があります。是は将軍様のお居間には能くあることで、これは間違いの無いようにというのと、今一つは湿けて宜しくないから、二重に遊ばした方が宜しいと二重畳にして御寝なる事になる。屏風を建廻して、武張ったお方ゆえ近臣に勇ましい話をさせ昔の太閤とか、又眞田は斯う云う計略を致しました、楠は斯うだというようなお話をすると、少しは紛れておいでゞございます。悪い奴が多いから、庭前の忍び廻りは遠山權六で、雨が降っても風が吹いても、嵐でも巡廻るのでございます。天気の好い時にも草鞋を穿いて、お馬場口や藪の中を歩きます。袴の裾を端折って脊割羽織を着し、短かいのを差して手頃の棒を持って無提灯で、だん/\御花壇の方から廻りまして、畠岸の方へついて参りますと、森の一叢ある一方は業平竹が一杯生えて居ります処で、
男「ウーン、ウーン」
と呻る声がしますから、權六は怪しんで透して見て、
權「何だ……呻ってるのは誰だ」
男「へえ、御免下さい、どうかお助けなすって下さいまし」
權「誰だ……暗い藪の中で……」
男「へえ、疝癪が起りまして歩くことが出来ません者で…」
權「誰だ……誰だ」
男「へえ、あなたは遠山様でございますか」
權「何うして己を……汝は屋敷の者か」
男「へえ、お屋敷の者でごぜえます」
權「誰だ、判然分らん、待て/\」
と懐から手丸提灯を取出し、懐中附木へ火を移して、蝋燭へ火を点して前へ差出し、
權「誰だ」
男「誠に暫く、御機嫌宜しゅう……だん/″\御出世でお目出度うござえます」
權「誰だ」
有「えゝ、お下屋敷の松蔭大藏様の所に奉公して居りました、有助と申す中間でござえます」
權「ウン然うか、碌に会った事もない、それとも一度か二度会った事があるかも知れんが、忘れた、それにしても何うしたんだ」
有「へえ、あなたは委しい事を御存じありますめえが、去年の九月少し不首尾な事がありまして、家へは置かねえとって追出され、中々詫言をしても肯かねえと存じまして、友達を頼って田舎へめえりましたところが、間の悪い時にはいけねえもんで、其の友達が災難で牢へ行くことになり、留守居をしながら家内を種々世話をしてやりましたが、借金もある家ですから漸々行立たなくなって、居候どころじゃアごぜえませんから、出てくれろと云われるのは道理と思って出ましたが、他に親類身寄もありませんから、詫言をして帰りてえと思いましても、主人は彼の気象だから、詫びたところが置く気遣いは有りません、種々考えましたが、あなたは確か美作のお国からのお馴染でいらっしゃいますな」
權「然うよ」
有「あなたに詫言をして戴こうと斯う思いやして、旅から考えて参りましたところが、中々入れませんで、此の田の中をずぶ/\入って此処へ這込みやしたが、久しく喰わずにいたんで腹が空いて堪りません、雪に当ったり雨に遭ったりしたのが打って出て、疝癪が起って、つい呻りました、何分にも恐入りますが何うか主人に詫言をお願い申します」
權「むう、余程悪い事をしたな、免すめえ、困ったなア、なに物を喰わねえ」
有「へえ、実は昨日の正午から喰いません」
權「じゃア、ま肯くか肯かねえか分らんけれど、話しても見ようし、お飯は喰わしてやろう」
有「有難うござえます」
權「屋敷へつか/\無沙汰に入って呻ったりしないで、門から入れば宜いに……何しろ然う泥だらけじゃア仕方がねえから小屋へ来い」
有「有難うごぜえます」
權「さ行け」
有「貴方ね、疝癪で腰が攣って歩けません」
權「困った奴だ、何うかして歩け、此の棒を杖け」
有「へえ、有難うごぜえます」
權「それ確かりしろ」
有「へえ」
權「提灯を持て」
有「へえ」
と提灯の光ですかし見ると、去年見たよりも尚お肥りまして立派になり、肩幅が張ってゝ何うも凛々しい男で、怖いから、
有「へえ参ります」
權「さ行け」
有「旦那さま、誠に恐入りますが、片方に杖を突いても、此方の腰が何分起ちませんから、左の手をお持ちなすって」
權「世話アやかす奴だな、それ捉まれ」
と右の手を出して、
有「へえ有難う」
とひょろ/\蹌けながら肩へ捉まる。
權「確かりしろい」
有「へえ」
と云いながら懐よりすらりと短刀を抜いて權六の肋を目懸けてプツーり突掛けると、早くも身を躱して、
權「此の野郎」
と其の手を押えました。手首を押えられて有助は身体が痺れて動けません力のある人はひどいもので。併し直に役所へ引いて行かずに、權六が自分の宅へ引いて来たは、何か深い了簡あってのことゝ見えます。此のお話は暫く措きまして、是から信濃国の上田在中の条に居ります、渡邊祖五郎と姉の娘お竹で、お竹は大病で、田舎へ来ては勝手が変り、何かにつけて心配勝ち、左なきだに病身のお竹、遂に癪の病を引出しました。大した病気ではないが、キヤキヤと始終痛みます。祖五郎も心配致しています所へ手紙が届きました。披いて見ますと、神原四郎治からの書状でございます。渡邊祖五郎殿という表書、只今のように二日目に来るなどという訳にはまいりません。飛脚屋へ出しても十日二十日ぐらいずつかゝります。読下して見ると、
一簡奉啓上候余寒未難去候得共益々御壮健恐悦至極に奉存候然者当屋敷御上始め重役の銘々少しも異状無之御安意可被下候就ては昨年九月只今思い出候ても誠に御気の毒に心得候御尊父を切害致し候者は春部梅三郎と若江とこれ/\にて目下鴻ノ巣の宿屋に潜み居る由確かに聞込み候間早々彼の者を討果され候えば親の仇を討たれ候廉を以て御帰参相叶い候様共に尽力可仕候右の者早々御取押え有って可然候云々
と読了り、飛立つ程の悦び、年若でありますから忠平や姉とも相談して出立する事になりましたが、姉は病気で立つことが出来ません。
祖「もし逃げられてはならん、あなたは後から続いて、私一人でまいります」
と忠平にも姉の事を呉々頼んで、鴻の巣を指して出立致しました。五日目に鴻の巣の岡本に着きましたが、一人旅ではございますが、お武家のことだから宿屋でも大切にして、床の間のある座敷へ通しました。段々様子を見たが、手掛りもありません、宿屋の下婢に聞いたが頓と分りません、
祖「はてな……こゝに隠れていると云うが、まさか人出入の多い座敷に隠れている気遣いはあるまい、此処にいるに相違ない」
と便所へ行って様子を見廻したが、更に訳が分りません。
三十一
渡邊祖五郎は頻りに様子を探りますが、少しも分りません、夜半に客が寝静ってから廊下で小用を達しながら唯見ますと、垣根の向うに小家が一軒ありました。
祖「はてな……一つ庭のようだが」
と折戸を開けて、
祖「彼の家に隠れて居りはしないか」
と手水場の上草履を履いて庭へ下り、開戸を開け、折戸の許へ佇んで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。何処から手を出して掛金を外すのか、但し栓張を取って宜いか訳が分りません、脊伸びをして上から捜って見ると、閂があるようだが、手が届きません。やがて庭石を他から持ってまいりまして、手を伸べて閂を右の方へ寄せて、ぐいと開けて中へ入り、まるで泥坊の始末でございます。縁側から密と覗いて見ますると、障子に人の影が映って居ります。
祖「はてな、此方にいるのは女のような声柄がいたす」
と密と障子の腰へ手をかけて細目に明けて、横手から覗いて見ますると、見違える気遣いはない春部梅三郎なれば、
祖「あゝ有難い、神仏のお引合せで、図らず親の仇に廻り逢った」
と心得ましたから、飛上って障子を引開け、中へ踏込んで身構えに及び、声を暴らげ、
祖「実父の仇覚悟をしろ」
と叫びましたが、梅三郎の方では祖五郎が来ようとは思いませんから驚きました。
梅「いやこれは/\思い掛ない……斯様な処でお目にかゝり面目次第もない、まア何ういう事で此方へ」
祖「汝も立派な武士だから逃隠れはいたすまい、何の遺恨あって父織江を殺害して屋敷を出た、殊に当家の娘と不義をいたせしは確かに証拠あって知る、汝の許へ若江から送った艶書が其の場に取落してあったが、よもや汝は人を殺すような人間でないと心得て居ったる処、屋敷から通知によって、確かに汝が父織江を討って立退いたる事を承知致した、斯くなる上は逃隠れはいたすまいから、届ける処へ届けて尋常に勝負を致せ」
と詰かけました。
梅「御尤もでござる、まア/\お心を静められよ、決して拙者逃隠れはいたしません、何も拙者が織江殿に意趣遺恨のある理由もなし、何で殺害をいたしましょうか、其の辺の処をお考え下さい、何者が左様な事を申したか、実に貴方へお目にかゝるのは面目次第もない心得違い、此処へ逃げてまいりまして、当家の世話になって居ります程の身上の宜しくない拙者ゆえ、何と仰せられても、斯様な事もいたすであろうと、さ人をも殺すかと思召しましょうが、何者が……」
祖「エーイ黙れ、確かの証拠あって知る事だ、天命
れ難い、さ直にまいれ」
梅「と何ういう事の……」
祖「何ういう事も何もない、父の屍骸の傍に汝の艶書を遺してあったのが、汝の天命である」
梅「左様なれば拙者打明けて恥を申上げなければ成りませんが、お笑い下さるな、小姓若江と若気の至りとは申しながら、二人ともに家出を致しましたは、昨年の九月十一日の夜で、あゝ済まん事、旧来御恩を受けながら其のお屋敷を出るとは、誠に不忠不義のことゝ存じたなれども、御拝領の品を失い、殊に若江も妊娠いたし奉公が出来んと申すので、心得違いの至りではあるが、拙者若江を連出し、当家へまいって隠れて居りましたなれども、不義淫奔をして主家を立退くくらいの不埓者では有りますけれども、お屋敷に対しては忠義を尽したい心得、拙者がお屋敷を逃去る時に……手に入りました一封の密書、それを御覧に入れますから、少々お控えを願います、決して逃隠れは致しません、拙者も厄介人のこと、当家を騒がしては母が心配いたしますから、何卒お静かに此の密書を……如何にも若江から拙者へ遣わしましたところの文を其の場所に落して置き、此の梅三郎に其の罪を負わする企みの密書、織江殿を殺害いたした者はお屋敷内他にある考えであります」
祖「ムヽー証拠とあらば見せろ」
梅「御覧下さい」
と例の手紙を出して祖五郎に渡しました。祖五郎はこれを受取り、披いて見ましたところ、頓と文意が分りませんから、祖五郎は威丈高になって、
祖「黙れ、何だ斯様のものを以て何の云訳になる、これは何たることだ、綾が取悪いとか絹を破るとか、或は綿を何うとかすると些とも分らん」
梅「いえ、拙者にも匿名書で其の意味が更に分りませんが、拙者の判断いたしまする所では、お屋敷の一大事と心得ます」
祖「それは何ういう訳」
梅「左様、絹木綿は綾操にくきものゆえ、今晩の中に引裂くという事は、御尊父様のお名を匿したのかと心得ます、渡邊織江の織というところの縁によって、斯様な事を認いたのでも有りましょうか、此の花と申すは拙者を差した事で、今を春辺と咲くや此の花、という古歌に引掛けて、梅三郎の名を匿したので、拙者の文を其処へ取落して置けば、春部に罪を負わして後は、若江に心を懸ける者がお屋敷内にあると見えます、それを青茎の蕾の儘貴殿の許へ送るというのは若江を取持いたす約束をいたした事か、好文木とは若殿様を指した言葉ではないかと存じますと申すは、お下屋敷を梅の御殿と申しますからの事で、梅の異名を好文木と申せば、若殿紋之丞様の事ではないかと存じます、お秋の方のお腹の菊之助様をお世嗣に仕ようと申す計策ではないかと存ずる、其の際此の密書を中ば引裂いて逃げましたところの松蔭大藏の下人有助と申す者が、此の密書を奪られてはと先頃按摩に姿を窶し、当家へ入込み、一夜拙者の寝室へ忍び込み、此の密書を盗まんと致しましたところを取押えて棒縛りになし翌朝取調ぶる所存にて、物置へ打込んで置きましたら、いつか縄脱けをして逃去りましたから、確と調べようもござらんが、常磐というのは全く松蔭の匿名で大藏の家来有助が頼まれて尾久在へ持ってまいるとまでは調べました、またそれに千早殿と認めてあるのは、頓と分りませんが、多分神原の事ではござらんかと拙者考えます、お屋敷の内に斯様な悪人があって御舎弟紋之丞様を亡い、妾腹の菊之助様を世に出そうという企みと知っては棄置かれん事、是は拙者の考えで容易に他人に話すべき事ではござらんが、御再考下さるよう……拙者は決して逃隠れはいたしませんが、お互に年来御高恩を蒙った主家の大事、証拠にもならんような事なれども、お国家老へ是からまいって相談をして見とう存じます、是は貴方一人でも拙者一人でもならんから、両人でまいり、御城代へお話をして御意見を伺おうと存じますが如何でござる」
と段々云われると、予て神原や松蔭はお妾腹附で、どうも心懸が善くない奴と、父も頻りに心配いたしていたが、成程然うかも知れぬ、それでは棄置かれんと、それから二人が手紙を志す方へ送りました。祖五郎は又信州上田在中の条にいる姉の許へも手紙を送る。一度お国表へ行って来るとのみ認め、別段細かい事は書きません。さて両人は美作の国を指して発足いたしました。此方は入違って祖五郎の跡を追掛けて、姉のお竹が忠平を連れてまいるという、行違いに相成り、お竹が大難に出合いまするお話に移ります。
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