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菊模様皿山奇談(きくもようさらやまきだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:43:59  点击:  切换到繁體中文


        四十三

 お縫は迎いを受けて、衣服きものが売れて幾許いくらかの口銭になることゝ悦んで、お定と一緒にまいりました。
定「旦那さま、あのお縫どんを連れてまいりました」
富「おゝすぐに連れて来たか、此方こっちへ通せ」
縫「旦那様御機嫌宜しゅう」
富「其処そこでは話が出来ん、此方こっちへ這入れ構わずずうっと這入れ」
縫「はい……毎度御贔屓さまを有難う……毎度御新造様には種々いろ/\頂戴物を致しまして有難う存じます」
富「毎度面倒な事を頼んで、大分裁縫しごとうまいと云うので、大きにさいも悦んでいる、ついては忙しい中を態々わざ/\呼んだのは他の事じゃアないが、此の払物はらいものの事だ」
縫「はい/\、誠に只お安うございまして、古着屋などからお取り遊ばすのと違って、出所でどこも知れて居りますから上げました、途々みち/\もお定どんに伺いましたが、大層御意にって、黄八丈は旦那様がお召に遊ばすと伺いましたが、少しお端手はでかも知れませんが、誠にいお色気でございます」
富「それじゃア話が出来んから此方こっちへ這入れ」
縫「御免遊ばして……恐入ります」
富「茶をれよ」
縫「恐入ります……これは大層大きなお菓子でございますねえ」
富「それはかみからの下されたので」
縫「へえ中々下々しも/″\ではういう結構なお菓子を見る事は出来ません、頂戴致します、有難う存じます」
富「あゝ此の二枚の着物は何処どこから出たんだえ」
縫「そりゃアあの何でございます、わたくしごく心安い人でございまして、その少し都合が悪いので払いたいと申して、はい私の極心安い人なのでございます」
富「何ういう事で払うのだ」
縫「はい、その何でございます、誠に只もう出所でどこが分って居りまして、古着屋などからお取り遊ばしますと、それは分りません事で、もしやそれが何でございますね、ま随分お寺へ掛無垢かけむくや何かに成ってまいったのが、知らばっくれて払いに出ます事が幾許いくらもございます、左様な不祥ふしょうな品と違いまして、出所も分って居りますから何かと存じまして」
富「それは分っているが、何ういう訳で払いに出たのだえ」
縫「まことに困ります、急にその災難で」
富「むゝう災難……何ういう災難で」
縫「いえ、その別に災難と申す訳もございませんけれども、急に嫁にまいるつもりでこしらえました縁が破談になりまして、不用になった物で」
富「はゝア、これは何と申す婦人のだえ、何屋の娘か知らんけれども、何と申す人の着物だえ」
縫「そりゃアその何でございます、わたくしのような名でございますね」
富「手前のような……矢張縫という名かえ」
縫「いゝえ、縫という名じゃアございませんが、その心安くいたす間柄の者で」
富「心安い何という名だえ」
縫「それはどうも誠に何でございますね、その人は名を種々いろ/\取換とりかえる人なんで、最初はきんと申して、それからよしとなりましたり、またお梅となったりなんか致しました」
富「むゝう、今の名は何という」
縫「芳と申します」
富「隠しちゃアいかんぜ、少し此方こっちにも調べる事があるから、お前を呼んだのじゃ、此の着物を着た女の名は菊といやアせんか」
縫「はい」
富「左様だろうな」
 お縫揉手もみでをしながら、
縫「菊という名に一寸ちょっとなった事もあります」
富「一寸成ったとは可笑おかしい隠しちゃアいかん、その菊という者は此方こちらにも少し心当りがあるが、親のいえ何処どこだえ」
縫「はい」
富「隠しちゃアならん、お前に迷惑は掛けん、これは買入れるに相違ない、今代金を遣るが、菊という者なればそれで宜しいのだ、菊の親元は何処だえ」
縫「はい、誠にどうも恐入ります」
富「何も恐入る事はない、頼まれたのだから仔細はなかろう」
縫「親元は本郷春木町三丁目でございます、指物屋の岩吉と申します、其の娘の菊ですが、その菊が死去なくなりましたんで」
富「うん、菊は同家中に奉公していたが、少々仔細有って自害致した」
縫「でございますけれども、これはその自害した時に着ていた着物ではございません」
富「いや/\自害した女の衣類きものだから不縁起だというのではない、買ってもい」
縫「有難う存じます、その親も死去なくなりました、其の跡は職人が続いて法事をいたして、石塔やなんかを建てたいという心掛なので」
富「左様か、それで宜しい、もう帰れ/\……おゝ馳走をすると申したっけ、だましちゃアならん、わしすぐあがるから」
 と川添富彌は急に支度をして御殿へ出ることになりました。御殿ではお夜詰よづめの方々が次第/\にお疲れでございます。お医者は野村覺江のむらかくえ藤村養庵ふじむらようあんという二人が控えて居ります。お夜詰には佐藤平馬、外村惣衞とむらそうえと申しておちいさい時分からお附き申した御家来中田千股なかだちまた、老女の喜瀬川きせがわ、お小姓しげるなどが交々こも/″\お薬をあげる、なれどもどっとお悪いのではない、とこの上に坐っておいでゞ、庭の景色を御覧遊ばしたり、千股がお枕元で軍書を読んだり、するをお聞きなさる。お熱の工合ぐあいでお悪くなると、ころりと横になる。ひどく寒い、もそっと掛けろよと御意があると、綿の厚い夜着よぎを余計に掛けなければなりません。お大名様方は釣夜具だとか申しますが、それほど奢った訳ではない。お附の者も皆心配して居られます。いまだお年若で、今年二十四五という癇癖かんしゃくざかりでございます。老女喜瀬川が出まして、
喜「かみ……上」
紋「うむ」
喜「お上屋敷からお使者がまいりました」
紋「うむ、誰が来た」
喜「かみのお使いに神原五郎治がまいりまして、御病気伺いに出ました、お目通りを仰付けられたいと申します、御面倒でございましょうが、お使者ではお会いが無ければなりますまい、如何いかゞ致しましょうか」
紋「うむ、神原五郎治か……あれは嫌いな奴じゃが、此処こゝへ通せ」
喜「かしこまりましてございます……若殿がお会いが有りますから、これへすぐに」
 と中田千股という人が取次ぎますと、結構な蒔絵まきえのお台の上へ、錦手にしきでの結構な蓋物ふたものへ水飴を入れたのを、すうっと持って参り、
喜「お上屋敷からのおつかい物で」
 とお枕元に置く。お次のへだてを開けて両手をつかえ、
五「はア」
 と慇懃いんきんに辞儀をする。
五「神原五郎治で、長の御不快蔭ながら心配致して居りました、またかみに置かせられてもお聞き及びの通り御病中ゆえ、碌々ろく/\お訪ね申さんが、予の病気より梅の御殿の方が案じられると折々おり/\仰せられます、今日こんにちは御病気伺いとして御名代ごみょうだいまかり出ました、れは水飴でございますが、夜分になりますとお咳が出ますとのこと、其の咳を防ぎますのは水飴が宜しいとのことで、これは極製ごくせいの水飴で、これを召上れば宜くおられます、上がことほか御心配なされ、お心を入れさせられし御品おんしな早々そう/\召上られますように」
紋「うむ五郎治、あゝ予の病気は大した事はない、いまだ壮年の身で、少し位の病魔に負けるような事はない、い時は縁側ぐらいは歩くが、只お案じ申上げるのはお兄様あにいさまの御病気ばかり、誠に案じられる、お歳といい、此の程はお悪いようじゃが、何うじゃな」
五「はア一昨日いっさくじつは余程お悪いようでございましたが、昨日さくじつよりいたして段々御快気におもむき、今朝こんちょうなどはおかゆを三椀程召上りました、其の上お力になる魚類を召上りましたが、の分では遠からず御全快と心得ます」
紋「うむ悦ばしい、予が夜分咳の出るは余程せつないがの、其のせつないうちにもお兄様をお案じ申上げて、予の病気は兎も角、どうか早くお兄上様の御病気御全快を蔭ながら祈りると申せ」
五「はア、はア、そのお言葉をかみがお聞きでござったら、さぞお悦びでございましょう、御病苦を忘れ、只お上のことのみ思召おぼしめさるゝというのは、あゝ誠にお使者に参じました五郎治ともかたじけのう心得ます、只今の御一言早々帰りまして、上へ申上げるでございましょう、実に斯様な事を承わりますのは、誠に悦ばしい事で」
 紋之丞殿は急に気色けしきを変え、声をあららげ、
紋「五郎治、申さんでも宜しい、お兄様あにいさまに左様な事を申さんでも宜しい、弟が兄を思うは当前あたりまえの事じゃ、お兄様もまた予を思うて下さるのは何も珍らしい事はない、改めて左様申すには及ばん、しかるを事珍らしく左様の事を申伝えずとも、よも斯様の事は御存じで有ろう、左様に※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)こびへつらった事を云うな」
五「はア……誠にどうも」
老女「左様なお高声こうせいを遊ばすとかえって御病気に障ります、左様な心得で五郎治が申した訳ではありません」
紋「一体斯様な事をいう手前などはな主人をつね思わんからだ、主人を思わん奴が偶々たま/\胸に主人の為になる事をうかぶと、あゝ忠義な者じゃとみずから誇る、家来が主人を思うは当然あたりまえの事だ、常思わんからたまに主人を思う事があると、わしは忠義だなどと自慢を致す、不忠者の心と引較べて左様に申す、白痴者たわけものめ、早々帰れ」
 ともっての外不首尾でございますから、
五「ホヽ」
 と五郎治[#「五郎治」は底本では「五郎次」]は手持不沙汰で、
五「今日こんにちかみの御名代として罷出まかりでましたが、性来せいらい愚昧ぐまいでございまして、申上げる事もついにお気に障り、お腹立に相成ったるかは存じませんが、ひとえに御容赦の程を願います」
紋「退さがれ」
五「はっ」
老「五郎治殿御病気とは申しながら誠に御癇癖ごかんぺきが強く、時々斯ういうお高声があります事で、しからず……あなた、左様なことを御意遊ばすな、それがお悪い、お高声を遊ばすとお動悸が出まして、かえって、お悪いとお医者が申しました」
紋「うむ、今日きょうはお兄上様からお心入こゝろいれの物を下され、それを持参いたしたお使者で、平生つねの五郎治では無かった、誠に使者太儀たいぎ
 ごろりとすぐに横っ倒しになり、掻巻かいまきを鼻のあたりまでゆすり上げてしまう。仕方が無いから五郎治はそろり/\と跡へ退さがる。一同気の毒に思い、一座白け渡りました。
千「神原氏、余程の御癇癖お気にさゝえられん様に、我々はおちいさい時分からお附き申していてさえ、時々お鉄扇てっせんで打たれる様な事がある、御病中は誠に心配で、腫物はれものに障るような思いで、此の事は何卒どうぞかみへ仰せられんように」
五「宜しゅうございます」
老「五郎治殿、誠に今日きょう遠々とお/″\の処御苦労に存じます、只今の事はかみへ仰せ上げられんように、何もござりませんが一献いっこん差上げる支度になって居りますから、あの紅葉もみじへ」
 と言われて五郎治は是を機会しおに其の座を退しりぞきました。暫く経つと紋之丞様がばと起上って、
紋「惣衞/\」
惣衞「はア」
紋「惣衞、何は帰ったか五郎治は」
惣「えゝたしかお次にひかえ居りましょう、かみのお使つかいでございますから、紅葉の方へ案内致しまして、一献出しますように膳の支度をいたして居ります」
紋「じゃがなんじゃの、何故なぜ兄様あにいさまあんな奴を愛して側近く置くかの、あれはいかん奴じゃ」
惣「左様な事を今日こんにちは御意遊ばしません方が宜しゅうございます」
紋「云っても宜しい、あれ※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)へつらい武士じゃ、佞言ねいげん甘くして蜜の如しで、神原あるいは寺島をお愛しなさるのは、勧める者が有るからじゃの、惣衞」
惣「御意にござります」
紋「心配じゃ」
惣「御病中何かと御心配なされては相成りません、程無ほどのうお国表から福原數馬も出仕致しますから」
紋「あゝ數馬が来たら何うか成るか、あゝ逆上のぼせて来た、折角お兄様から下すった水飴、めて見ようか」
惣「召上りませ、お湯を是へ」
 是から蓋が附いて高台に載せてお湯が出ました。側にります銀のさじって水飴をすくおうとしたが、旨くいきません。
紋「これは思うようにいかんの」
惣「極製ごくせいの水飴ゆえ金属かなものではお取りにくうございます、矢張やっぱり木をいた箸が宜しいそうで」
紋「うかの、箸を持て」
 と箸を二本まとめて漸々よう/\沢山捲き上げ、老女がしきりに世話をいたして、
老「さア/\お口を」
紋「うむ」
 と今箸を取りにかゝる処へ駈込んで来たのは川添富彌、物をも云わず紋之丞様が持っていた箸を引奪ひったくって、突然庭へ棄てた時には老女も驚き、殿様もきもつぶしました。

        四十四

紋「何じゃ/\」
富「ハッ富彌で」
[#「紋」は底本では「富」]白痴たわけ……何をいたす」
富「ハア」
 と胸を撫下なでおろし、
富「誠に幸いな処へ駈付けました、どうか水飴を召上る事はおとゞまりを願います、決して召上る事は相成あいなりません」
老「はアどうもわたくしびっくりしました、これは何という事です、御無礼至極ではござりませんか、ことに只今お上屋敷からお見舞として下されになった水飴、お咳が出るから召上ろうとする所を、ってお庭へ棄てるとは何事です」
富「いえ、これは棄てます」
紋「富彌、此の水飴はお兄様あにいさまがな咳が出るからと云って養いにつかわされた水飴を、何故なぜ其の方は庭へ棄てた」
富「いえ仮令たといお上屋敷から参りましても、天子てんし将軍から参りましても此の水飴は富彌屹度きっと棄てます」
紋「何うか致したな此奴こやつは……これ其の方は予が口へ入れようとした水飴を庭へ棄てた上からは、取りも直さず予とお兄様を庭へ投出したも同様であるぞ、品物は構わんが、折角お心入れの品を投げ棄てたからは主人を投げたも同じ事じゃ」
富「へえ重々恐入ります、其の段は誠に恐入りましたが、水飴を召上る事は決して相成りません」
紋「何故ならん」
富「何でも相成りません」
紋「余程此奴こやつは何うかいたしてる、無礼至極の奴じゃ」
富「御無礼は承知して居ります、はなはだ相済みません事と存じながら、お毒でござるによって上げられません」
紋「何故毒になる、し毒になるなら、水飴を上げても咳の助けには相成らん、かえって悪いからせと何故止めん」
富「左様な事を口でぐず/\申している内には召上ってしまいます、召上っては大変と存じまして、お庭へ投棄てました」
紋「余程変じゃ…」
富「まずま外村氏安心致しました」
外「安心じゃアない、粗忽そこつ千万な事じゃないか、手前は只驚いて何とも申上げ様がない、お上屋敷から下すったものを無闇にお庭へ投棄てるというは何ういう心得違いで」
紋「外村彼是云うな、此奴は君臣の道をわきまえんからの事じゃ、予を嘲弄ちょうろう致すな、年若の主人とあなどような事を致しても宜しいと存じておるか、幼年の時から予の側近くるによって、いまだに予を子供のように思って馬鹿に致すな」
富「いえ、中々もちまして」
紋「いや容赦ようしゃは出来ん、棄置かれん、今日こんにち挙動ふるまいは容易ならんことじゃ」
富「お棄置きに成らんければお手打になさいますか」
紋「もっとも左様」
富「わたくしもとより覚悟の上、お手打になりましょう」
外「これ/\何だ、何を馬鹿を申す、少々逆上のぼせる様子、只今御酒を戴きましたので、惣衞かれ成代なりかわってお詫をいたします、富彌儀ひど逆上ぎゃくじょうをしてる様子で」
富「いゝえわたくしはお手打に成ります」
紋「おゝ手打にしてやる是へ出え」
富「いゝえお止めなすってもわたくしは出る」
 と大変騒々しくなって来た処へ、這入って来ましたのは秋月喜一郎という御重役で、お茶台の上へ水飴を載せてスーと這入って来ながら此のていを見て。
喜「何を遊ばすの、御病中お高声はお宜しく有りません、富彌如き者をお相手に遊ばしてお論じ遊ばすのはお宜しくない、富彌も控えよ」
富「へえ/\」
 と云ったが心のうちで、此の秋月は忠義な者と思ったから。
富「何分宜しく、しかし水飴はおとゞめ申します」
紋「えゝ喜一郎、今日きょうは富彌の罪はゆるさんぞ、幼年の折から側近くいて世話致しくれたとは申しながら、余りと云えば予を嘲弄いたす、予をないがしろにする富彌、免し難い、斬るぞ」
喜「これは又大した御立腹、全体何ういう事で」
紋「予が咳を治さんとて、上屋敷から遣わされたお心入れの別製の水飴を甜めようとする処へ、此奴が駈込んで参り突然いきなり予が持っていた箸を引奪ひったくって庭へ棄てた、これとりも直さず兄上を庭へ投げたも同じ事じゃから免さん、それへ直れ、しからん奴じゃ」
喜「これは怪しからん、富彌、何ういう心得だ、かみから下された水飴というものは一通りならんと、梅の御殿様の思召おぼしめすところは御情合ごじょうあいで、態々わざ/\仰附おおせつけられた水飴を何で左様な事をいたした」
富「お毒でございますから、お口にはいらん内にと口でおめ申す間合まあいがございませんから、無沙汰にお庭へ棄てました」
喜「それは又何ういう訳で」
富「何ういう訳と申して、只今申上げる訳にはまいりませんが、至ってお毒で」
喜「ムヽウ、是は初めて聞く水飴は周の世の末に始めて製したるを取って柳下惠りゅうかけいがこれを見てい物が出来た、歯のない老人や乳のない子供に甜めさせるには妙である、誠に結構なものが出来た、後の世の仕合しあわせであると申したという、お咳などには大妙薬である、かゝる結構な物を毒とは何ういう理由わけもっとも其の時に盜跖とうせきという大盗賊が手下に話すに、れはいものが出来た、戸のくろゝに塗る時は音がせずにひらく、盗みに忍びるには妙である至極い物であると申したそうだ、同じ水飴でも見る人によってはう違う、拙者もお見舞いに差上る積りで態々白山前の飴屋源兵衞方から持参いたした此の水飴」
富「これはしからん秋月の御老人に限って其様そんなことは無いと存じていたが、是は怪しからん、あなたは何うかなすったな」
喜「其の方こそ何うかしてる、お咳のお助けになり、お養いになる水飴を」
富「ス……はてな」
 と心のうちで川添富彌が忠義無二の秋月と思いのほか、上屋敷の家老寺島あるいは神原五郎治とくみして、水飴をかみへ勧めるかと思いましたから、顔色を変えてジリヽと膝を前へ進め。
富「相成りません」
紋「白痴たわけ……喜一郎あのような事を申す、余程おかしい変になった」
喜「余程変に相成りましたな」
富「御老臣が献ずる水飴でも決して相成りません、わたくしはお手打に成ります、かみのお手打は元より覚悟、お手打になってもいさゝいといはございませんが、水飴は毒なるものと思召おぼしめしまして此のも召上らんように願います、仮令たとい喜一郎が持って参りましょうとも、水飴を召上る事は相成りません」
紋「なんじゃ何の事じゃ、白痴たわけめ」
喜「拙者が持って参った水飴が毒じゃと申すのか、ムヽウ……それじゃア斯う致そう、拙者がお毒味を致そう。かみさじを拝借致します」
 と入物いれものの蓋を取りけて水飴を取りにかゝるから、川添富彌がはてなと見て居ります。秋月は富彌の顔を見ながら、水飴を箸のさきへ段々と巻揚まきあげるのを膝へ手を置いて御舎弟紋之丞殿が見詰めて居りましたが、口の処へ持って来るから。
紋「喜一郎、毒味には及ばん」
喜「はっ」
紋「もう宜しい、予は水飴は嫌いになった、毒味には及ばん、水飴は取棄てえ」
喜「はッ」
紋「喜一郎が勧めるのも忠義、富彌がとゞむるも忠義、二人して予を思うてくれる志かたじけなく思うぞ」
喜「ほう」
富「ほう」
 御懇ごこんの御意で喜一郎富彌は落涙らくるい致しました。
喜「富彌有難く御挨拶を申せ……有難うございます」
富「あゝ有難うございまする」
 と涙を払い
富「無礼至極の富彌、お手打になっても苦しからん処、格別のお言葉を頂戴いたし、富彌死んでもいさゝくやむ所はございません」
紋「いや喜一郎と富彌の両人へ何か馳走をしてれ、喜瀬川は料理の支度を」
老女「はい」
 と鶴の一声ひとこえで、たちまち結構なお料理が出ました。水飴をすてると、お手飼てがい梅鉢うめばちという犬が来てぺろ/\皆甜めてしまいました。それなりにりますとお庭先がしんと致しました。もっとも御案内の通り谷中三崎村のへんは淋しい処で、裏手はこう/\とした森でございます。所へ頭巾目深まぶかに大小を無地の羽織の下に落差おとしざしにして忍んで来る一人の侍、裏手の外庭の林の前へまいると、グックと云うものがある。はて何だろうと暗いから、すかして見ると、お手飼の白班しろぶちの犬がもがいて居ります。あやしの侍がしばらく視てる。最前から森下の植込うえごみの蔭に腕を組んで様子をうかごうて居るのはの遠山權六で、さきに松蔭の家来有助を取って押えたが、松蔭がお羽振がいので、事を問糺といたゞさず、無闇に人を引括ひっくゝり、かみへ手数を掛け、何もわきまえん奴だと權六は遠慮を申付けられました、遠慮というのは禁錮おしこめの事ですが、權六ちととも[#「ちととも」は「とも」「ちっとも」などの誤記か]遠慮をしません、相変らず夜々よな/\のそ/\出てお庭を見巡みまわって居りますので、今權六がかゞんで見て居りますと、犬がグック/\と苦しみ、ウーンワン/\といやな声でえる、暫くもがいて居りましたが、ガバ/\/\と泡のような物を吐いて土をむしり木の根方へ頭をこすり附けて横っ倒しにたおれるのを見て、怪しの侍が抜打ぬきうちにすうと犬の首を斬落きりおとして、懐から紙を取出し、すっかり血をぬぐい、鍔鳴つばなりをさせてさやに収め、血の附いた紙を藪蔭へ投込んで、すうときに掛るから權六は怪しんですうッと立上り、
權「いやア」
 と突然だしぬけの侍のうしろから組附いた時には、身体しんたいしびれ息もとまるようですから、侍は驚きまして、
曲者「放せ」
權「いや放さねえ、怪しい奴だ、何者だ、何故犬う斬った、さ何者だか名前を云え」
曲「手前たちに名前を申すような者じゃアねえ、其処そこ放せ」
權「放さねえ、さ役所へけ」
曲「役所へくようなもんじゃアえ」
權「黙れ、頭巾を深く被りやアがって、大小を差して怪しい奴だ、此のまア御寝所ごしんじょちけえ奥庭へ這入りやアがって、ことに大切な犬を斬ってしまやアがって、さわれ何故犬を斬った」
曲「何故斬った、此の犬はおれ咬付かみついたから、ムヽ咬付かれちゃアならんから斬ったが何うした」
權「黙れ、おれア見ていたぞ、咬付きもしねえ犬を斬るには何か理由わけがあるだろう、云わなければうぬ絞殺しめころすが何うだ」
曲「ムヽせつないから放せ」
權「放せたって容易にア放さねえ、さあゆべ、えかねえか」
 と大力無双だいりきむそうの權六にとらえられたのでございますから身動きが出来ません。引摺ひきずられるようにしてお役所へ参り、早々届けに成りました事ゆえ、此の者をくゝし上げまして、其の罪人とがにんを入れ置く処へ入れて置き、翌日お調べというのでお役所へ呼出しになりました時には、信樂豐前しがらきぶぜんというお方がお目付役を仰付けられて、掛りになりました。此の信樂という人はしたるい身分でもないが、理非明白な人でありますから、お目付になって、内々ない/\叛謀人むほんにん取調べの掛りを仰付けられました。差添さしぞえ別府新八べっぷしんぱちで、曲者は森山勘八もりやまかんぱちと申す者で、神原五郎治の家来であります。呼出しになりました時に、五郎治のおとゝ四郎治がまかり出ます事になりお縁側の処へ薄縁うすべりを敷き、其の上に遠山權六が坐って居ります。お目付は正面に居られます。また砂利の上にむしろを敷きまして、其の上に高手小手たかてこてくゝされて森山勘八が居りますお目付が席を進みて。
目付「神原五郎治だいおとゝ四郎治、遠山權六役目の儀ゆえ言葉を改めますが、左様に心得ませえ」
四「はっ」
權「ほう」
目付「權六其の方昨夜外庭見廻りのおり、内庭の檜木山ひのきやまの蔭へまいる折柄おりから、面部を包みし怪しき侍ていのものが、内庭から忍びで、お手飼の梅鉢を一刀に斬りたるゆえ、怪しい者と心得て組付き、引立て来たと申す事じゃがそれに相違ないか」
權「はい、それに相違ございません、どうも眼ばかり出して、なげえ物を突差つッさしまして、あの檜木山の間から出て来た……、怪しい奴と思えやして見ているうち、犬を斬りましたから、何でも怪しいと思えやしたから、ふんづかめえました」
目付「うん……神原五郎治家来勘八、かしらを上げえ」
勘「へえ」
目「何才になる」
勘「三十三でございます」
目「其の方陪臣ばいしんの身の上でありながら、何故なにゆえに御寝所近い内庭へ忍び込み、ことには面部を包み、刄物を提げ、忍び込みしは何故なにゆえの事じゃ、又お手飼の犬を斬ったと申すは如何いかなる次第じゃ、さ有体ありていに申せ」
 とめつけました。

        四十五

 勘八は図太い奴でございますから、わざ落著振おちつきはらいまして、
勘「へえ、誠に恐入りましてございます。お庭内へ参りましたのは、此の頃は若殿様御病気でございまして、皆さんが御看病なすっていらっしゃるので、どうもお内庭はお手薄でございましょうから、夜々よる/\見廻った方がいと主人から言いつかりました、それにお手飼の犬とは存じませんで、檜木山の脇へわたくしが参りましたら、此の節の陽気で病付やみついたと見えまして、私に咬付かみつきそうにしましたから、咬付かれちゃア大変だと一生懸命で思わず知らず刀を抜いて斬りましたが、お手飼の犬だそうで、誠にどうも心得んで、とんだ事を致しました、へえ重々恐入りましてございます」
目「そりゃアお手飼の犬と知らず、ほかの飼犬にも致せ、其の方陪臣の身をもっ夜中やちゅう大小をたいし、御寝所近い処へ忍び入ったるは怪しい事であるぞ、さ何者にか其の方頼まれたので有ろう、白状いたせ、拙者屹度きっと調しらべるぞ」
勘「へえ、何も怪しくも何ともないんでございます、全く気を付けて時々お庭を廻れと云われましたんでございます、それゆえ致しました、此処こゝにおいでなさいます主人の御舎弟四郎治様もう仰しゃったのでございます」
目「うむ、四郎治其の方は此の者に申付けたとの申立もうしたてじゃが、全く左様か」
四「えゝ、お目付へ申上げます、実は兄五郎治は此の程お上屋敷のお夜詰よづめに参って居ります、と申すは、大殿様御病気について、兄も心配いたしまして、えゝ、番でない時も折々は御病気伺いにまかで又御舎弟様も御病気にきお夜詰の衆、又御看護のお方々もお疲れでありましょう、又疲れて何事も怠り勝の処へ付入つけいって、狼藉者ろうぜきものが忍入るような事もあれば一大事じゃから、其の方おれがお上屋敷へまいってうちは、折々お内庭を見廻れ、御寝所近い処も見廻るようにと兄よりわたくし言付いいつかって居ります、しかる処昨日御家老より致しまして、火急のお呼出しで寅の門のお上屋敷へ罷出まかりでましたが、私は予々かね/″\兄より言付かって居りますから、是なる勘八に、其の方代ってお庭内を廻るがいと申付けたに相違ござらん、然るに彼がお手飼の犬とも心得んで、えられたに驚き、梅鉢を手打にいたしました段は全く彼何もわきまえん者ゆえ、斯様な事に相成ったので、兄五郎治においても迷惑いたします事でござる、しかし何も心得ん下人げにんの事と思召おぼしめしまして、幾重にも私が成代ってお詫を申上げます、御高免ごこうめんの程を願いとうござる、全く知らん事で」
目「むう、そりゃ其の方兄五郎治から言付けられて、其の方が見廻るべき所を其の方がお上屋敷へまいってる間、此の勘八に申付けたと申すのか、それはと心得んことじゃアないか、うん、これ申付けても外庭を見廻らせるか、又はお馬場口を見廻るが当然、陪臣の身分で御寝所近い奥庭まで夜廻りに這入れと申付けたるは、些とおかしいようだ、左様な事ぐらいはわきまえのない其の方でもあるまい、ことに又帯刀をさせ面部を包ませたるは何う云う次第か」
四「それは夜陰やいんの儀でござるで、誠にお馬場口や何か淋しくてならんから、彼に見廻りを申付けるおりに、大小を拝借致したいと申すから、それではおれつもりで廻るがいと申付けましたので、大小を差しましたる儀で、しかし頭巾を被りましたことはとんと心得ません……これ勘八、手前は何故なぜ目深めぶかい頭巾で面部を包んだ、それは何ういう仔細か、顔を見せん積りか」
勘「えゝ誠にどうもになりますと寒うございますんで、それゆえ頭巾を被りましたんで」
目「なに寒い……当月は八月である、いまだ残暑もうせせず、夜陰といえどもいきれて熱い事があるのに、手前は頭巾を被りたるは余程寒がりと見ゆるな」
勘「へえ、どうもよるは寒うございますので」
目「寒くば寒いにもせよ、一体何ういう心得で其の方が御寝所近くへ這入った、仔細があろう、如何様いかように陳じてものがれん処であるぞ、兎や角陳ずると厳しい処の責めにわんければならんぞ、よく考えて、とてのがれん道と心得て有体ありていに申せ」
勘「有体たって、わたくしは何も別に他から頼まれた訳はございませんで、へえ」
目「中々此奴こやつしぶとい奴だ、此の者を打ちませえ」
四「いや暫く……四郎治申し上げます、暫くどうぞ、彼は陪臣でござって、お内庭へ這入りました段は重々相済まん事なれども、五郎治からわたくしが言付けられますれば、すなわち私が、兄五郎治のだいを勤むべき処、御用あって御家老からお呼出しに相成りましたから、むを得ず家来勘八に申付けましたので、とりも直さず勘八は兄五郎治のたいでござる、何もいてこれを陪臣と仰せられては誠に夜廻りをいたし、かみを守ります所の甲斐もない事でございます、勘八のみおとがめが有りましては偏頗かたおとしのお調べかと心得ます」
目「それは何ういう事か」
四「えゝれなる遠山權六は、当春中とうはるじゅう松蔭大藏の家来有助と申す者を取押えましたが、有助は何分にも怪しい事がないのを取押えられたまかね逃所にげどころを失い、あわてゝ權六に斬付けたるを怪しいという処から、お調べが段々長く相成って、再度松蔭大藏もお役所へ罷出まかりでました。其のおりは御用多端の事で、御用のを欠き、不取調べをいたし、左様な者を引いてまいり、上役人かみやくにんの迷惑に相成る事を仕出しでかし、御用の間を欠き、不届ふとゞきの至りと有って、權六は百日の遠慮を申付かりました、いまだ其の遠慮中の身をもかえりみず、夜な/\お屋敷内を廻りまして宜しい儀でござるか、權六に何のお咎めもなく、わたくしの兄へお咎めのあると云うのは、更に其の意を得んことゝ心得ます、何ういう次第で遠慮の者がみだりに外出をいたして宜しいか、其の儀のお咎めも無くって宜しい儀でござるなれば、陪臣の勘八がお庭内を廻りましたのもお咎めはあるまいかと存じます」
目「うむ…權六其の方は百日遠慮を仰付けられていると、只今四郎治の申す所である、何故なにゆえに其の方は遠慮中妄りにお庭内へ出た」
權「えゝ」
目「何故に出た」
權「遠慮というのは何ういう訳だね」
目「何う云う訳だとは何だ、其の方は遠慮を仰付けられたであろう」
權「それは知っている、知っているが、遠慮と云うのは何を遠慮するだ、わしが有助を押えてお役所へ引いて出ました時は、お役人様が貴方と違って前の菊田きくた様てえ方で、悪人の有助ばかり贔屓いして私をはア何でもんでも、無理こじつけにり込めるだ、さっぱり訳が分らねえ、其のうちに御用の間を欠いた、やれなんのとかどを附けてなげえ間お役所へ私は引出されただ、二月にぎゃつから四月しがつまでかゝりましたよ、牢の中へへいってる有助には大層な手当があって、何だか御重役からお声がゝりがあるってらくうしている、私は押込められて遠慮だ/\と何を遠慮するだ私のかんがえでは遠慮というものは芽出度い事があっても、うちで祝う所は祝わねえようにし、又見物遊山非番の時に行きたくても、其様そんな事をして栄耀えようをしちゃアならんから、遠慮さ、又うめえ物を喰おうと思っても旨え物を喰って楽しんじゃアどうも済まねえと思って遠慮をして居ります、何も皆遠慮をしているが私が毎晩めえばん/\御寝所ぢけえお庭を歩いているは何の為だ、若殿様が御病気ゆえ大切に思えばこそだ、それに御家来の衆も毎晩めえばんのことだから看病疲れで眠りもすりゃア、明方あけがたには疲れて眠る方も有るまい者でもねえ、其の時怪しい者がへいっちゃアならねえと思うからだ、此の程は大分貴方あんた顔なんど隠しちゃア長い物を差した奴がうろつか/\して、御寝所の縁の下などへへいる奴があるだ、過般こねえだも私がすうと出たら魂消たまげやアがって、つらか横っ腹か何所どっか打ったら、犬う見たようにようよう這上ったから、とっつかめえて打ってやろうと思ううちに逃げちまったが、うして気を付けたら私はこれを忠義かと心得ます、ほかの事は遠慮を致しますが、忠義の遠慮は出来ねえ、忠義というものは誠だ誠の遠慮は何うしても出来ません、よるまわることは別段誰にも言付かったことはない、役目のほかだ、私も眠いからうちで眠れば楽だ、楽だが、それでは済みませんや、大恩のある御主人様の身辺あたりへ気を付けて、警護をしていることを遠慮は出来ませんよ、無理な話だ、まわったにちがえねえ、それでもまだ遠慮して外庭ばかり巡って居りました、すると勘八の野郎が……勘八とは知んねえだ初まりは……犬う斬ったから野郎と押えべいと出たわけさ、それにちげえねえでございますよ、はいそれとも忠義を遠慮をしますかな」
 と弁舌さわやかに淀みなく述立てる処は理の当然なれば、目付も少し困って、其の返答に差支さしつかえた様子であります。
目「むゝう、權六の申す所一応は道理じゃが、殿様より遠慮を仰せいだされた身分で見れば、それをそむいてはならん、最も外出致すを遠慮せんければならん」
權「外出がいしつだって我儘にうめえ物を喰いにくとか、面白いものを見にくのなれば遠慮ういたしますが、殿様のお側を守るなア遠慮は出来ねえ、外出がいしつするなって其様そんな殿様もえもんだ」
四「えゝ四郎治申上げますあの通り訳の分らん奴で、しかるをお目付は權六のみを贔屓いたされ、勘八一人唯悪い者と仰せられては甚だ迷惑をいたします事で、ことにお目付もかねてお心得でござろう、神原五郎治のいえぜん殿様よりお声掛りのこれ有る家柄、殊に遠山權六が如き軽輩と違って重きお役をも勤める兄でござる、權六と同一には相成りません、權六はかみの仰せいだされを破り、外出を致したをお咎めもなく、格別の思召おぼしめしのこれ有る所の神原五郎治へお咎めのあるとは、実に依怙えこの御沙汰かと心得ます、左様な依怙の事をなされては御裁許役とは申されません」
目「黙れ四郎治、不束ふつゝかなれども信樂豊前は目付役であるぞ、今日こんにち其の方らを調ぶるは深き故有っての事じゃ、此のたび御出府に成られた、御国家老福原殿より別段のお頼みあって目付職を勤めるところの豊前に対して無礼の一言であるぞ」
四「ではございますが、余り片手落のお調べかと心得ます」
目「其の方は部屋住へやずみの身の上で、兄の代りとはいえども、其の方から致して内庭へ這入るべき奴では無い、しかるをんだ、其の方が家来に申付けて内庭を廻れと申付けたるは心得違いの儀ではないか、ぜん殿様より格別のお声がゝりのある家柄、誠にかたじけない事と主恩しゅおんわきまえてるか、四郎治」
四「はい、心得居ります」
目「黙れ、新参の松蔭大藏と其の方兄五郎治兄弟の者は心を合せて、菊之助様をお世嗣よつぎにせんがめに御舎弟様を毒殺いたそうという計策たくみの段々は此の方心得てるぞ」
四「むゝ」
目「けれども格別のお声がゝりもこれ有る家柄ゆえ、目付の情をもって柔和に調べつかわすに、以てのほかの事を申す奴だ、とくに証拠あって取調べが届いてるぞ、最早のがれんぞ、兄弟共に今日こんにち物頭ものがしらへ預け置く、勘八其の方は不埓至極の奴、吟味中入牢じゅろう申付ける、權六」
權「はいわしも牢へへいりますかえ」
目「いや其の方は四月の二十八日から遠慮になったな」
權「えゝ」
目「二十八日から丁度昨夜が遠慮明けであった」
權「あゝうでございますか」
目「いや丁度左様に相成る、遠慮が明けたから、其の方がお庭内を相変らず御主君のお身の上を案じ、御当家を大切と思い、役目の外に夜廻りをいたす忠義無二のことと、かみにも御存じある事で、してはまた格別の御褒美もあろうから、有難く心得ませい」
權「有難うございます、なにイ呉れます」
目「何を下さるかそれは知れん」
權「なにわし種々いろ/\な物をもろうのはいやでございます、どうかまア悪い奴と見たら打殺ぶっころしても構わないくらいの許しをねげえてえもので、此の頃は余程悪い奴がぐる/\廻って歩きます、全体此の四郎治なんという奴は打殺してりてえのだ」
目「これこれ控えろ、追って吟味に及ぶ、今日こんにちは立ちませえ」
 とすぐに神原兄弟は頭預かしらあずけになって、宅番たくばんの附くような事に相成り、勘八という下男は牢へ入りました。權六は至急お呼出しになって百日の遠慮はりて、其の上お役が一つ進んで御加増となる。遠山權六は君恩のかたじけないことを寝ても覚めても忘れやらず、それから毎夜ぐる/\廻るの廻らないのと申すのではありません。徹夜よどおし寝ずに廻るというは、実に忠義なことでございます。此の事を聞いて松蔭大藏が不審をいだき、どうも神原兄弟が頭預けになって、宅番が附いたは何ういう調べになった事かはて困ったものだ、彼奴あいつらに聞きたくも聞くことも出来ん自分の身の上、あゝ案じられる、国家老の出たは容易ならん事、どうか国家老を抱込みたいものだと、もとより悪才にけた松蔭大藏種々いろ/\考えまして、濱名左傳次はまなさでんじにも相談をいたし、国家老を引出しましたのは市ヶ谷原町はらまちのお出入町人秋田屋清左衞門あきたやせいざえもんという者の別荘が橋場はしばにあります。庭が結構で、座敷もく出来て居ります。これへ連出し馳走というので川口から立派な仕出しを入れて、其の頃の深川の芸者を二十人ばかり呼んで、格別の饗応になると云うのであります。

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