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旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)04 第四話 京へ上った退屈男

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 10:21:23  点击:  切换到繁體中文


       二

 江戸に生れて三十四年、伝法に育って、鉄火に身を持ち崩してはいるが、いまだ嘗てヘゲタレとは耳にしない言葉です。――不審に思って退屈男は、静かにふりむきました。
 と同時に目の前を、奴凧(やっこだこ)のように肩を張って、威張りに威張りながら通りぬけようとしていたのは、三十二三のぞろりとした男です。――江戸ならば先ず、町の兄哥(あにい)の鳶頭(とびがしら)とでも言うところに違いない。
「町人!」
 退屈男は至って静かに、おちついて呼びとめました。
「まてッ、町人!――こりゃ待たぬか! 町人」
「なんでえ! 呼びとめて何の用があると言うんだ」
「異な事を申したゆえ、後学のために相尋ねるのじゃ。ヘゲタレとか申すのは身共のことかな」
「阿呆ぬかすない。身共なればこそ言ったんだ。因縁つけて喧嘩を売ろうと言うのか」
「のぼせるなのぼせるな。骨の固まらぬ者が左様に気取るものではない。そのヘゲタレとか申すは、食べ物の事かな」
「ちょッ、こいつ吐かしたな。ヘゲタレを知らねえような奴あヘゲタレなんだ。どなたのお道中だと思ってるんだ。珠数屋(じゅずや)の大尽がお通りじゃねえか! 所司代様だっても関白様だっても、お大尽にゃ一目おく程の御威勢なんだ。どきなどきな。どいて小さくなっていりゃ文句はねえんだよ」
 町人風情(ふぜい)の葉ッ葉者が、武士を粗略にした雑言(ぞうごん)を吐いたばかりか、ききずてにならぬ事を言いながら、わが旗本退屈男を痩せ浪人ででもあるかのごとくに取扱って、遠慮会釈もなくぐいぐいとうしろに押しのけたので、いぶかりながらふり返って見眺めると、いかさま大道狭しと八九人の取り巻を周囲に集(たか)らせて、あたりに人なきごとく振舞いながら、傲然(ごうぜん)としてやって来たのは、一見して成り上がり者の分限者(ぶげんしゃ)と思われる赤ら顔の卑しく肥った町人でした。しかも、その取り巻の中には、公卿侍(くげざむらい)か所司代付きか、それともどこかの藩のお留守居番か、いずれにしてもれっきとした二本差が四人までも平身低頭せんばかりにしながら集(たか)っているのです。――退屈男の口からは自(おの)ずと皮肉交りな冷笑がほころびました。
「ほほう、これはまた珍景じゃな。下郎! あの珠数屋の大尽とか申すは、どこの馬の骨じゃ」
「何だと!」
「騒ぐな騒ぐな。虎の威を藉(か)りて生煮えの啖呵(たんか)を切るものではない。農工商の上に立つお歴々が、尾をふりふり素町人の御機嫌を取り結んでいるゆえ、珍しゅう思うて尋ねるのじゃ。あの成上がり者はどこの虫けらじゃ」
「ヘゲタレ! ぬかしたな! お歴々だろうと二本差だろうと、小判に頭が上らなきゃ仕方がねえんだ。引込んでろ引込んでろッ。お道中先を汚されたんじゃ、露払いの弥太一と名を取ったおれ様の役目にかかわるんだ。振舞い酒にありつきてえと言うんなら、口を利いてやらねえもんでもねえんだから、小さくなって引込んでろッ」
 思い上がっての雑言か、それとも虎の威を藉(か)りての暴言か、身の程知らぬ啖呵(たんか)を切って争っている姿を、のっしのっしと道中しながら見知ったと見えて、取り巻侍のひとりがつかつかとやって来ると、要らざるところへ割って這入りました。
「何じゃ、弥太一! この浪人者が何をしたというのじゃ」
「どうもこうもねえんですよ。あの通り誰も彼も目の明いている者は、みんなお大尽のお道中だと知って道をよけているのに、このヘゲタレ侍めがのそのそしていやがるんで、どきなと言ったら因縁をつけたんですよ」
「左様か。よしッ。拙者が扱ってつかわそう」
 まことに嗤(わら)うべきお猪(ちょ)ッ介(かい)です。こういう場合の用心棒に雇われてでもいるというのか、これみよがしに大きく結んだ羽織の紐をひねりひねり近づいて来ると、恐るべき江戸名物の退屈男とも知らず、横柄に挑みかかりました。
「因縁つけて何をしようというのじゃ!」
 きくや退屈男のまなこは、編笠の奥深く冴え冴えと冴え渡って、その口辺に不気味な微笑がのぼりました。取るに足らぬ下郎下人の雑言ならば、相手にするも大人気ないと笑ってきき流すつもりだったが、形ばかりなりともいち人前の二本差が割って這入ったとすれば、対手にとって不足はなかったからです。わけても、取り巻四人の節操もなく気概も持たぬ、屈辱的な物ごし態度が、三河ながら江戸ながらの旗本魂にぐッとこたえたので、眉間(まゆね)のあたりをぴくぴくさせながら、静かに開き直ると、不気味に問い返しました。
「身共が因縁つけたら、おぬしこそどうしようと言うのじゃ」
「知れたこっちゃ。これが物を言うわッ」
 ぐいと胸を張って、ポンと叩いたのは柄頭(つかがしら)です。
「ほほう、これは面白い!」
 全くこれは面白くなったに違いない。刀に物を言わせようとは、元より退屈男の望むところです。悠然と片手をふところにして、おちつき払いながら促しました。
「では、因縁をつけてつかわそうぞ。なれども、尊公ひとりでは物足りぬ。ゆっくり楽しみたいゆえ、あちらのお三人衆にも手伝うて貰うたらどうじゃ」
「なにッ」
「何だと!」
「ほざいたな!」
「よしッ。それほど斬られたくば、痛い目に会わせてやろう! 出い、出い! 前へ出い!」
 風雲の急を知ったとみえて、残っていた三人の取り巻侍達も、口々に怒号しながら詰めよると、一斉に気色(けしき)ばんで鯉口をくつろげました。
「せくでない!」
 だが、退屈男は憎い程にも自若としたままでした。
「せくでない。せくでない。ならばあしらってつかわそうぞ。しかし、念のためじゃ。見せてつかわすものがある。とくと拝見いたせよ」
 静かに制しながら、のっそりと四人の前に近づくと、おもむろに編笠をとりのけました。と同時に現れた面のすばらしさ! 今にして愈々青く凄然として冴えまさったその面には、あの月の輪型の疵痕が、無言の威嚇を示しながらくっきりと深く浮き上がって、凄艶と言うよりむしろそれは美観でした。しかも退屈男は腰のものに手をかけようともせずに、莞爾(かんじ)としながら笑っているのです。笑いつつ、そしてずいと近よると錆のある太い声で静かに言いました。
「どうじゃ、見たか」
「………?![#「?!」は横一列]」
「いずれも少しぎょッと致したな。遠慮は要らぬぞ。もそッと近よってとっくりみい」
「………」
「のう、どうじゃ。只の傷ではあるまい。江戸では少しばかり人にも知られた傷じゃ。これにても抜いて来るか!」
「………」
「参らばこちらもこの傷にて対手を致すぞ。のう、どうじゃ。来るか!」
 すばらしい威嚇です。不気味な威嚇です。――抜くか? 来るか? かかって来るか? 無論こうなったからには、時の勢いとしても多勢を恃(たの)みながら抜きつれ立って来るだろうと思われたのに、だが結果はいささか案外でした。眼(がん)の配り、体の構え、そして退屈男のすさまじい胆力と、不気味に妖々として無言の威嚇を示している額の月の輪型が、尋常一様の疵痕でないことに気がついたとみえて、四人はじりじりとうしろに体を引きながら、互に何か目交(めま)ぜで諜(しめ)し合わせていましたが、合図が通じたものか、そのとき恐れ気もなくのこのこと間に割って這入って来たのは、誰ならぬお大尽でした。
「分りました、分りました。それならそうと、あっさりおっしゃって下さりましたらよろしかったのに、何もかも、もう分りましてござります。ほんのこれは些少でござりまするが、わらじ銭代りと思召しなさいまして、お納め下されませ」
 卑しげに笑い笑い、憚りもなく差し出したのは紙にもひねらぬむき出しの小判が二枚です。
「控えろッ」
 当然のごとくに退屈男の一喝が下りました。
「目違いするにも程があろうわッ。身共を何と心得おるかッ。そのような汚物(おぶつ)がほしゅうて対手したのでないわッ。退屈なればこそあしろうたのじゃ。それなる四人! 急に腰の一刀が鞘鳴りして参った。前に出ませい! 尋常に前へ出ませい!」
「いえ、もう、お四人様はともかく、手前が不調法致しましてござります。そのように御威張り遊ばさずと、お納め下されませ。小判の顔を拝みましたら何もかも丸う納まります筈、では失礼。お四ッたり様もお早く! お早く!」
 不埓(ふらち)にも町人は飽くまでも退屈男を、ゆすりかたりの物乞い浪人とでも見下げているのか、小判を足元に投げすてながら、四人の取り巻侍を促して逃げるように姿を消しました。

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