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右門捕物帖(うもんとりものちょう)36 子持ちすずり

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:56:22  点击:  切换到繁體中文

底本: 右門捕物帖(四)
出版社: 春陽文庫、春陽堂書店
初版発行日: 1982(昭和57)年9月15日
入力に使用: 1982(昭和57)年9月15日新装第1刷
校正に使用: 1996(平成8)年4月20日新装第3刷

 

右門捕物帖

子持ちすずり

佐々木味津三




     1

 その第三十六番てがらです。
 事の起きたのは正月中旬、えりにえってまたやぶ入りの十五日でした。
「えへへ……話せるね、まったく。一月万歳、雪やこんこん、ちくしょうめ、降りやがるなと思ったら、きょうにかぎってこのとおりのぽかぽか天気なんだからね。さあ行きましょ、だんな、出かけますよ」
 天下、この日を喜ばぬ者はない。したがって、伝六がおびただしくはめをはずしてやって来たとて、不思議はないのです。
「腹がたつね。こたつはなんです? そのこたつは! 行くんだ、行くんだ。出かけるんですよ」
「お寺参りかえ」
「ああいうことをいうんだからな。正月そうそう縁起でもねえ。きょうはいったいなんの日だと思っているんですかよ。やぶいりじゃねえですか。世間が遊ぶときゃ人並みに遊ばねえと、顔がたたねえんだ。行くんですよ! 浅草へ!」
「へへえ。おまえがな。年じゅうやぶいりをしているようだが、きょうはおまえ、よそ行きのやぶいりかえ」
「おこりますぜ、からかうと! ――ええ、ええ、そうですとも! どうせそうでしょうよ。なにかというと、だんなはそういうふうに薄情にできているんですからね。けれども、物事には気合いというものがあるんだ、気合いというものがね。よしやあっしが年じゅうやぶいり男にできていたにしても、いきましょ、だんな、どうですえと、羽をひろげて飛んできたら、よかろう、いこうぜ、主従は二世三世、かわいいおまえのことだ、――そうまではおせじを使ってくださらねえにしても、もちっとどうにかいい顔をしたらいいじゃござんせんか、いい顔をねえ」
「…………」
「え! だんな! どうですかよ、だんな!」
「…………」
「くやしいな! いかねえんですかい、だんな! え! だんな! どうあっても行かねえというんですかい」
 だんだんと声をせりあげながら、だんだんと庭先から顔をせりあげて、ひょいとのぞいてみると、むっつりの名人がおかしなものをこたつの上にひろげて、しきりとのぞいているのです。
 半紙一枚に書いた絵図面でした。
 ここのところ本郷通り。
 ここかど。
 こちらへい。
 ここかど。
 隣、インショウジ。
 ここ加州家裏門。
 半紙いっぱいに書いた見取り図の要所要所へそういう文字を書き入れて、ここ加州家裏門としるしたその門の横の道に、長々と寝そべっている人の姿が見えました。
「はてね。すごろくにしちゃ上がりがねえようだが、なんですかい、だんな」
「…………」
「え、ちょっと。これはなんですかよ。人が寝ているじゃねえですか、人が……」
「うるさいよ」
「いいえ、うるさかねえ、だんな。事がこういうことになりゃ、やぶいりはあすに日延べしたってかまわねえんだ。本郷の加州家といや加賀百万石のあのお屋敷にちげえねえが、その裏門の人はなんですかい、人は! だれがそんなところへ寝かしたんですかい」
「知らないよ」
「意地わるだな。教えたっていいじゃねえですかよ」
「でも、おまえ、おいらは薄情だといったじゃねえか。どうせわたしは薄情さ、のぞいてもらわなくたっていいですよ」
「ああいうことをいうんだからね。物は気合い、ことばははずみのものなんだ。ついことばのはずみでいっただけなんですよ。主従は二世三世、だんなとあっしゃ五世六世、ふたりともいまだにひとり身でいるが不思議だが、ひょっと伝六女じゃねえかと、ひとさまが陰口きくほどの仲じゃござんせんか。あな(事件)ならあなといやいいんですよ。なんです! その長く寝ている人間は――」
「変死人だよ」
「変死人! さあ、いけねえ。とんでもねえことになりゃがったね。どこのだれが、こんなつけ届けをしたんですかい」
「あきれたやつだな。もっとまっとうにものをいいな。つけ届けとは何をいうんだよ。たった今しがた、おまえとひと足違いに若いお武家がやって来て、てまえは本郷加州家の者でござる。この絵図面にあるとおり、屋敷の裏門前に怪しい死人がござるゆえお出まし願いたいと、駆け込み訴えをして帰ったんで、さっきから不思議に思って考えているんじゃねえかよ」
「いっこうに不思議はないね。駆け込み訴えがあったら考えることはねえ。さっさとお出ましなさりゃいいでやしょう」
「しようのねえやつだな。おまえの鼻は飾りものかよ。この絵図面をかいでみな」
 さしつけられた半紙をかいでみると、ぷんとかぐわしいおしろいのにおいがしみついているのです。
「はあてね。べっぴんのにおいがするじゃござんせんかい」
「だから不思議だといってるんだ。飛びこんできたのは、りっぱな男のお侍だよ。それだのに、持ってきたこの紙には、れっきとした女の移り香が残っているんだ。しかも、この手跡をみろい。見取りの図面はめっぽうまずいが、ところどころへ書き込んである字は、このとおりめっぽううまいお家流の女文字だ。さてはこいつ、手数がかかるなとがんがついたればこそ、考えこんでもいたんじゃねえか。気をつけろい。やぶいりやっこめ、おいら、同じこたつにあたっても、ただあたっているんじゃねえやい。とっととしたくしな」
「ウへへ……うれしいね。しかられて喜んでいやがらあ。このやぶいりやっこめ、気をつけろいときたもんだ。へえ、帯でござんす。お召しものでござんす。――気をつけろい、ときたもんだ。おいら同じ雪駄せったをはくにしても、ただはくんじゃねえやい。へえ、おはきもの! おぞうり、雪駄、お次は駕籠かごとござい……」
「どこにいるんだ。まだ駕籠屋来ねえじゃねえかよ」
「おっと、いけねえ。呼びに行くのを忘れちまったんだ。めんどうくせえ。行ったつもりで、来たつもりで、乗ったつもりで、あそこまで歩いていっておくんなさいましよ。――いい天気だね。たまらねえな。小春日や……小春日や……伝六女にしてみてえ、とはどうでござんす……」
 行くほどに、急ぐほどに、町はやぶいり、日はぽかぽかびより、――湯島のあたり突く羽子の音がのどかにさえて、江戸はまたなき新春にいはるでした。


 

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