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右門捕物帖(うもんとりものちょう)34 首つり五人男

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:54:14  点击:  切换到繁體中文


     3

「じゃまだ、じゃまだ。道をあけな!」
「御用駕籠かごなんだ。横へどきな!」
 景気をつけていっさん走りに急ぐ駕籠にゆられながら、名人もしきりと先を急ぎました。
 どう考えてみても、こんな不思議はない。目も放さずちゃんと見張っていたのに、その目の前で死体が紛失したというのも不思議です。それが五体ともに、またゆうべと同じ松、同じ枝につるしてあったというのは、さらに奇怪です。あまつさえ、伝六が出たっきり帰らないというのも、不思議のうちの不思議でした。
「まだ柳橋へかからぬか」
「珍しくおきですね。もうひとっ走り――、参りました! 参りました! ちょうどいま柳橋ですが、これから先はどっちでござんす」
北鳥越きたとりごえじゃ。自身番へやれッ」
 何はともかく、ゆうべのいつごろ、どんなふうにして盗み出されたか、それを詳しく洗ってみるのが事の第一です。
「あッ。ようこそ。面目ござりませぬ。たいせつな預かりものを、とんだ不始末いたしまして、お会わせする顔もござりませぬ」
 土色に青ざめて、うろたえ騒いでいる小役人たちに迎えられながらはいっていくと、むだがない。ゆうべそのうえに死体を置いたらしく、いまだに敷いたままである新むしろの位置から小屋の出入り口、表の通りの路地のぐあい、いちいちとまず注意深く見しらべました。表の出入り口は北鳥越町の通りに面して、油障子が二本。むしろの敷いてあるところはその出入り口をはいったすぐの左土間です。
 土間につづいて八畳敷きの詰め所とその横に寝べやが並び、詰め所の奥に湯沸かし場があって、ここにもう一つ障子一枚の出入り口があり、外は表の通りからちょうどかぎの手になっている行き止まりの袋路地でした。
 しかも、その袋路地がただの路地ではない。右側には新光院という寺の裏べいがずっとつづき、突き当たりは大御番組、御書院番組の広い御組屋敷が並んで、いかにもものさびしいところなのです。
「なるほどのう。よしよし、細工するにはかっこうな場所じゃ。知っておること残らず申せよ。死体はあのむしろの上へ置いたであろうな」
「さようでござります」
「ゆうべいたのは、ここにいるおまえら四人きりか」
「いいえ、六人でござりました」
「あとのふたりはどこへいった」
「あちらをもう一度おしらべなさいますようなら手をつけてはならぬと存じましたゆえ、首尾の松のほうを見張らしてござります」
「六人ともみな夜じゅう起きていたか」
「いいえ、一刻替わりに寝てもよいことになっておりますゆえ、三人ずつ入れ替わってかわるがわる起きていたのでござります」
「なくなったのは、いつごろじゃ」
「九ツそこそこでござりました」
「そのとき起きていたのは、だれだれじゃ」
「てまえと、この横のふたりでござります」
「しかと見ている前で紛失したか」
「そうでござります。三人ともこの目を六ツ光らしておりましたのに、ふいっと消えてなくなりましたゆえ、みなして大騒ぎになったのでござります」
「よう考えてみい。キリシタンバテレンの目くらましでもそううまくはいかぬぞ。何か不思議があったはずじゃが、その近くに怪しい者でもたずねてこなんだか」
「いいえ、怪しい者はおろか、不思議なことなぞなに一つござりませぬ。ゆうべのうちにこの自身番へ来たものは、あとにもさきにも女がたったひとりだけでござります」
「なに、女! いつごろじゃ!」
死骸しがいのなくなるちょっとまえでござります」
「それみい! そういうたいせつな言い落としがあるゆえ、きいているのじゃ。女はどんなやつだ」
「いいえ、その女は何も怪しいものではござりませぬ。年のころは二十七、八でござりましょうか。お高祖頭巾こそずきんで顔をかくした品のよいお屋敷者らしい美人でござりましてな。この裏の大御番組の柳川様をたずねてきたが、気味のわるい男が四人ほどあとをつけていて離れぬゆえ、追っ払ってくれと駆けこんできたのでござります」
「どこからのぞいた。裏か、表か!」
「あの裏口からでござります。のぞいてみると、なるほど四、五人、路地の奥に怪しい影が見えましたゆえ、三人してちょっと追っ払ってやっただけでござります」
「よし、わかった。アハハ、しようのないやつらだのう。追っ払って帰ってきたら、死骸がとっくになくなっていたろうがな」
「そうでござります。ついさきほどまでちゃんとあったのに、もう見えませなんだゆえ、にわかに騒ぎだしたのでござります」
「あたりまえだ。いつまで死骸が残っているかよ。六つ目玉を光らしているまえで紛失したなどというから不思議に思うんだ。もっとことばに気をつけろ」
 ホシはまさしくその女なのです、しめし合わせて裏口から見張りの三人を路地奥へおびき出したすきに、すばやく一味の者たちが反対の表口から盗み出したにちがいないのです。
 名人のおもてには、ほのぼのとして血のいろがのぼりました。
「伝六も来たはずだが、見えなんだか」
「参りました。ちょうどなくなった騒ぎのさいちゅうおみえになりましたが、何をおあわてか目いろを変えてこの奥へ駆けこんでいったきり、あのかたの姿が消えてなくなりましたゆえ、なおさら気味わるく思っていたところでござります」
「よしよし。もう騒ぐには及ばぬ。死骸はいつまでも首尾の松へつるしておいたとてなんの足しにもならんから、はよう始末せい」
「やっぱりここへ?」
「おまえらに預けたんではまたあぶない。お番所の塩倉へ運んでつけておくよう手配せい」
 不審は伝六の行くえです。小役人たちのことばをたよりに、名人はすぐさま路地奥へ急ぎました。
 同時に、目を射た品がある。
 突き当たりの大御番組のお長屋の門のわきに、なぞのごとく十手が一本さしてあるのです。まさしく、伝六愛用の品でした。
「しようがないのう。こいつも中でなにかまごまごしているな」
 はいってみると、うなぎの寝床のような長いお組屋敷のいちばん奥の一軒の前に、小腰をかがめて必死に力み返っている男があるのです。
 だれでもない伝六でした。近づくまえに足音を聞きつけたとみえて、まっかに血走った目をふりむけると、ほっとなったように呼びたてました。
「もうしめこのうさぎだ。門のまえに、伝六ここにありと目じるしの十手をさしておきましたが、ご覧になりましたかい」
「見たからここへ来たじゃねえか。何を力み返ってにらめっこしているんだ」
「女、女! 怪しい女を一匹このうちの中へ追い込んだんですよ」
「お高祖頭巾こそずきんか!」
「そう、そう、そのお高祖頭巾なんですよ。お番所をさきに洗ってこの北鳥越へ回ってきたらね、だいじな死骸を盗まれたといって大騒ぎしていたんだ。ひょいと見ると、このお組屋敷の門前を変な女がちらくら走っていやがるからね、夜ふけじゃあるし、ちくしょうめ臭いなと思ったんで、まっしぐらに飛んできたら、このうちの中へすうと消えたんだ。だんなに知らせたくも知らせるすべはなし、一歩でもここをどいて逃がしちゃたいへんと思ったからね、こうしていっしょうけんめいと張り番していたんですよ。いるんです! いるんです! このとおりまだ戸も締まったきりなんだから、中でもそれと気がつきやがって、きっとどこかにすくんでいるんですよ」
 なるほど、ぴしりと戸が締まっているのです。
 しかし、その玄関さきも、前庭、内庭も、荒れるがままに荒れ果てて、一面にぼうぼうと枯れ草ばかりでした。
「あき屋敷だな」
「冗、冗、冗談じゃねえですよ。中へ消えるといっしょに、まさしく女と男の話し声が聞こえたからね。たしかに人が住んでいるんですよ」
「はいったきり、だれも出てこなんだか」
「男が出たんです。男がね、若い二十七、八の、いい男でした。話し声がぱったりやんだかと思うと、にやにや笑って若い野郎がひとり出てきたんですが、裏も横もそれっきり戸のあいた音はなし、女はどこからも逃げ出したけはいもねえからね。たしかにまだこのうちにいるんですよ」
 聞くや、名人がにやりと笑いました。
「な、な、なにがおかしいんです! 笑いごっちゃねえんですよ。こっちゃひと晩寝もせずに腰骨を痛くして張り番していたんだ。あっしのどこがおかしいんですかよ」
「そろいもそろってまぬけの穴があいているから、おかしいんだ。百年あき屋の前で立ちん棒したって、雌ねこ一匹出てきやしねえよ」
「バカいいなさんな。男と女とふたりで、たしかに話をやったんだ。この耳でちゃんとその話し声を聞いたんですよ。この目で男は出てきたところをたしかに見たが、逃げこんだお高祖頭巾の女は、半匹だって出てきたところを見ねえんだからね。溶けてなくなったら格別、でなきゃたしかにいるんですよ」
「しようのねえやつだな。八人芸だってある世の中じゃねえか。ひとりで男と女のつくり声ぐれえ、だれだってできらあ。年のころは二十七、八、いい男が出てきたといったそいつが逃げこんだ女なんだ。大手ふりながら目の前を逃げられて、なにをぼんやりしていたんだい。論より証拠、中はから屋敷にちげえねえから、あけてみなよ」
 案の定、戸をあけると同時に、ぷうんと鼻を刺したのは、屋のうちいちめんに漂うかびのにおいです。長らく大御番組小役にあきでもあって、ここに組住まいをしたものがないのか、たたみ、建具、荒れるにまかせたがらんどうのあき屋でした。
 へやは七つ。
 女の姿はおろか、人影一つあるはずはない。しかし、そのかわりに目を射たものがある。いちばん奥のへやの床の間の上に、お高祖頭巾と女の衣装がひとそろい、人を小バカにしたように置いてあるのです。
「ちくしょうめ、さてはあの女へび、ひと皮ぬいで逃げやがったね。それならそうとぬかして逃げりゃ、腰の骨まで痛くしやしねえのに、いまいましいね」
「今ごろごまめの歯ぎしりやったっておそいや。ぶつぶついう暇があったら、戸でもあけろい」
 まずなにはともかくと、伝六に雨戸をあけさせて明るい縁側へ衣装を持ち出しながら、子細に見しらべました。
 お高祖頭巾はもとより、着物も羽織もどっしりと、目方の重いちりめんでした。それに、帯が一本。これもすばらしく品の凝った糸錦いとにしきです。
 頭巾ずきんの色は古代紫。着物は黒地に乱菊模様の小紋ちりめん。羽織も同じ黒の無地、紋は三蓋松さんがいまつでした。
 武家の妻女ならば、まず二百石どころから上の高禄こうろくをはんだものにちがいない。いずれにしても、品の上等、着付けの凝ったところをみると、相当由緒ゆいしょある身分の者です。
「しゃれたものを着ていやがらあ。伝六さまの顔でいきゃ、どこの質屋だってたっぷり十両がところは貸しますぜ」
「黙ってろ。ろくでもないことばかりいっていやがる。さっき男に化けていったとき、どんな着付けだった」
「黒羽二重の着流しで、一本独鈷どっこ博多はかたでしたよ」
「刀はどうだ。さしておったか」
「いねえんです。今から思や、そいつがちっと変なんだが、丸腰に白足袋しろたび雪駄せったというのっぺりとしたなりでしたよ」
「頭は?」
「手ぬぐい」
「かぶっておったか」
「のせていたんです」
 むろん、その手ぬぐいは、髪のぐあいを見られまいと隠したものに相違ない。男が女に化けたものか、女が男に化けたものか、いずれにしてもまえからちゃんと用意して、下に男ものを着込み、上にこの女ものを着付けて、ここへ追いこまれた窮余の末に、上のひと皮を脱ぎ捨てながらゆうゆうと大手をふって、伝六の目のまえを逃げ去ったものにちがいないのです。
「ぼんやりしているから、このとおりいつだって手数がかかるんだ、もういっぺん見せろ」
 なにか手がかりになるものはないかと、いま一度取りあげて丹念にしらべ直しました。
 帯にもこれと思われる手がかりはない。
 頭巾にもない。紋にもない。ちりめんも普通。染めも普通。しかし、その目がたもとの裏へいったとき、ちらりと見えたものがある。
 何のまじないか、着物のたもとにも、羽織のたもとにも、その裏のすみに、赤い絹糸が二本縫いこんであるのです。
 同時でした。
「なんでえ。べらぼうめ。おいらがすこうし念を入れて調べると、たちまちこういうふうに知恵箱が開いてくるんだからなあ。さあ、がんがついたんだ、駕籠かごの用意しろ」
「かたじけねえ。行く先ゃどっちですかい」
一石橋いっこくばしの呉服後藤ごとうだよ。この絹糸をようみろい。江戸にかずかず名代はあるが、呉服後藤に碁は本因坊、五丁町には御所桜と手まりうたにもある呉服後藤だ。ただの呉服屋じゃねえ。江戸大奥お出入り、お手当米二百石、後藤ごとう縫之介ぬいのすけと、名字帯刀までお許しの呉服師だ。位が違います、お仕立ても違いますと、世間へ自慢にあそこで縫った品には、このとおり紅糸をふた筋縫い込んでおくのが店代々のしきたりだよ。このひとそろいの着手も、おそらくは城中お出入り、大奥仕えに縁のある者にちげえねえ。早く呼んできな」
「ちくしょうめ。さあ、事が大きくなったぞ。いつまでたっても、だんなの知恵は無尽蔵だね。やあい、人足! 人足、江戸一あしのはええ駕籠屋はいねえかよ!」
 飛び出した声の騒がしさ。右門の知恵も時知らずに無尽蔵だが、伝六の騒々しさも時知らずです。まもなく仕立てた駕籠に乗ると、名人はなぞのひとそろいをたいせつにうちかかえながら、ひたすらに一石橋へ急がせました。


 

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