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右門捕物帖(うもんとりものちょう)31 毒を抱く女

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:51:15  点击:  切换到繁體中文


     3

 不思議なのは右門です。まさかと思ったのに、八丁堀へほんとうに引き揚げていくと、そのままふた品のことも、下手人詮議せんぎのことも忘れ果てたかのように、寝るでもなく起きるでもなく、ただごろごろとその日一日を黙り暮らしました。
 伝六がまた穏やかでない。あのうるさい男が、可賀のおしゃべりにすっかり当てられたとみえて、ぼんやりとしたまま、おしゃべりらしいおしゃべりは、ひとこともいわないのです。
「ね……! ね……!」
 と、ただときおり首をひねっては、思い出したように焦心するばかり。
 一夜がすぎて、同じようにつゆ上がりの霧の深い朝があけました。――その朝まだき。
「行ってこい!」
 右門の唐突な命令が、不意に伝六へ下りました。
「早く行くんだよ」
「どこへ行くんですかい」
「おまえの兄弟分のところへ、大急ぎに行くんだ。きのうのあのお番屋へ行って、だれかに取り次いでもらえば会えるから、至急に駕籠かごで可賀をここへ連れてくるんだよ」
「…………」
「変にしょげているな。おまえらふたりがしゃべりだしたら、年の暮れでなくちゃ帰ってこねえかもしれねえ。いい気になってしゃべりはじめちゃいけねえぜ」
「あれにゃとてもかなわねえんです。だから、しょげもするじゃねえですか。なんとなく、おら、おもしろくねえや……」
 とぼとぼと出かけていったその伝六が、駕籠をつらねて可賀ともどももどり帰ったのは、半刻はんときとたたないまもなくでした。
「いや、これはこれは。またまたお名ざしのお呼びたてで、可賀、恐縮でござりやす。きのうお申し伝えのことをな――」
「ご披露ひろうくださりましたか」
「それはもうてまえのこと、そこに抜かりのあるはずはござりませぬ、さっそくに奥女中がた残らずへ吹聴いたしましたら、みな、みなもう――」
「どんな様子でござった」
「色も青ざめて震えあがり、なんでござりましょうと、おどろくかと思いのほかに、女というものはなんともいやはや奇態な生き物でござります。ふふんと横を向いて相手にいたしませぬのでな、愚老もとんと張り合いぬけいたしまして、おしゃべり損かと思うておりますると、ここにいぶかしきはただひとり――」
「来ましたか! うろたえて、そなたに、なんぞ聞き尋ねに参った者がござったか!」
「ござりました、ござりました。名は岩路、御台みだいさま付きの腰元が、なにやらうろたえ顔にこっそりと参りましてな、いやはや、根ほり葉ほりききますことききますこと。右門とやらは何を詮議せんぎにお越しじゃ、どのようなことをそなたにおいいじゃ、うしふちで何をお見つけじゃ、と、おしゃべりのてまえもほとほともて余すほどうるさくききましてござりやす。そのうえ、急にけさほど――」
「宿下がりいたしましたか!」
「さようでござりやす。気分がすぐれぬとか申して、てまえがこちらへ出かける半刻はんときほどまえに、親もとへ帰りましたげにござりやす」
「家はどこじゃ!」
「神田鍛冶町かじちょう、御用お槍師やりし、行徳助宗すけむねというが親でござりやす」
「よしッ。それだ! 伝六ッ」
 莞爾かんじと笑って身を起こすと、断ずるごとくいったものです。
「ホシはその女だ! 駕籠かごだよ! 駕籠だよ!」
「偉い! さすがだね」
 止まっていた水が吹きあげでもしたように、伝六がまたにわかに活気づいて、珍しやずぼしをさしました。
「黙っていると、われながら勘がよくなるとみえらあ。偉いね、さすがにだんなですよ。密々に詮議をしなきゃならんものが、わざわざ吹聴ふいちょうさせて何をするかと思っていたんですが、これこそほんとうに右門流だね。だんなが乗りこむと聞いたら、胸に覚えのある女がさぞかしあわてだすだろうというんで、ちょっとひと出し、知恵の袋を小出しにしたんですかい」
「決まってらあ。お鳥係りのお坊主を使って鳥網を張ったというなこのことよ。近ごろ珍しい、ほめてつかわす。お駄賃だちんに駕籠をおごってやるよ」
「かたじけねえ! 可賀の大将、こうなりゃおしゃべりっくらに負けはとらねえんだ。小道具に使ってしまえばもう用はねえからね、口もとの明るいうちにとっとと帰ってくんな!」
 パンパンとはぜるようにまくしたてられて、ぼうぜんと目を丸めている可賀をあとに、伝六、名人二つの御用駕籠は、時を移さず神田鍛冶町へはせ向かいました。
 表通りはなかなかの構えで、柳営御用槍師やりしと、なるほど大きな看板が見える。
 案内を請うてはいるような名人ではない。ホシとにらめば疾風迅雷、ずかずかとはいっていくと、
「あッ……」
 姿を見ると同時に、かすかなおどろきの叫びをあげながら、奥座敷目がけて逃げはいろうとした女の影がちらりと目にはいりました。せつな――。
「しゃらくせえや。おれを知らねえかよ」
 伝六、じつに生きがいいのです。押えているまに、名人はあちらこちらそれとなく見ながめたが、ほかにはひとりも家人の姿はない。親の行徳助宗がいないばかりか、かりにも将軍家御用槍師といえば、弟子でしの二、三人ぐらいはもとよりのこと、下働きの小女も当然いるべきはずなのに、どうしたことか、ひとりも見えないのです。
「この様子では、ちと手数がかかりそうだな。よしよし、伝六、相手はお女中だ。手荒にするんじゃねえよ」
 制しておいて、奥の座敷の片すみに、必死と顔を伏せている女のところへ静かに近よりながら、まず穏やかにいったことでした。
「おまえさんが岩路いわじというんだろうね」
「…………」
「ほほう。親が槍師だ。武物を扱う稼業かぎょうだけに、いくらか親の血をうけているとみえて、強情そうだね、そっちが一本槍で来るなら、こっちは七本槍で責めてやらあ。まずお顔を拝見するかね」
「…………」
「手向かったら、だいじなお顔にあざがつきますよ。おとなしくこっちへ向けりゃいいんだ。――ほら、こうやって、そうそう。ほほう、なかなかべっぴんさんだね。いい女ってえものには、とかく魔物が多いんだ。むだはいわねえ。なんだって中山数馬さんをあんなむごいめに会わしたんですかい」
「…………」
「思いのほか手ごわいね。女が強情張るぐれえたかがしれていらあ。むっつり右門の啖呵たんかがんの恐ろしさを知らねえのか! べらぼうめ、責め道具は掃くほどあるんだ。名こそ書いてはねえが、この扇子もおまえさんの品のはずだ。この懐紙入れもおまえさんがたいせつにしていた持ち物のはずだ。いいや、もっと急所があらあ、やましくもねえものが、可賀に張らした網にひっかかって、目のいろ変えながらこんなところへ逃げだすはずはねえんだ。べっぴんならべっぴんらしく、きれいにどろを吐きなせえよ」
「…………」
「笑わしやがらあ、おいらを相手にどうあっても強情を張るというなら、手近な責め道具をほじくり出してやりましょうよ」
 あちらこちら見捜していたその目が、はしなくもその床わきの地袋の、二枚引き戸の合わさりめから、ちらりとはみ出している金水引きの端を見つけました。同時です。がらりあけて中を見ると、島台に飾られた紅白ふたいろの結納綿が名人の目を射ぬきました。いや、飾り綿ばかりではない。
寿ことぶき、中山数馬」
 はっきりと、あの毒死をとげたご宝蔵おん刀番の名が見えるのです。
「こりゃなんだッ、この名はなんだ」
「あッ! 知りませぬ。知りませぬ。なんといわれても……なんといわれましても……」
 ぎょッとなりながら必死に抗弁していたその口が問うに落ちず語るに落ちて、おもわずも口走ったのは笑止でした。
「いかほど、どれほど責められましても、わたくし、中山様に毒など盛った覚えござりませぬ」
「それみろッ。とうとういっちまったじゃねえか。それが白状だ。身に覚えのねえものが、中山数馬の毒死を知っているはずはねえ。だれからそれを聞いたんだ」
「えッ……」
「ウフフ、青くなったな。りこうなようでも、女は女よ。可賀にさえも毒死の一件はあかさなかったんだ。話しもせず、しゃべらせもしなかった毒のことを、おまえさんばかりが知っておるはずはねえよ。手間をとらせりゃ、こっちの気もたってくる。気がたてば、情けのさばきもにぶる。どうだ、むっつり右門とたちうちゃできねえぜ。もうすっぱりと吐いたらどんなものだよ」
「…………」
 面を伏せてすすり泣きつつ、やがてしゃくりあげつつ、ややしばし泣き入っていたが、ついに岩路の強情が理づめの吟味に折れました。
「申、申しわけござりませぬ……いかにもわたくし、下手人でござります。なれども、これには悲しい子細あってのこと、父行徳助宗は、ご存じのように末席ながら上さま御用鍛冶かじを勤めまするもの、事の起こりは富士見ご宝蔵お二ノ倉のお宝物、八束穂やつかほと申しまするおやりにどうしたことやら曇りが吹きまして、数ならぬ父に焼き直せとのご下命のありましたがもと、そのお使者に立たれましたのが中山数馬さまでござりました。さそくに沐浴もくよく斎戒いたしまして、焼き直したところ、未熟者ではござりましたが、父も槍師やりし、さすがはお名代のお宝物だけありまして、穂先、六尺柄の飾り巻きともどもいかにもおみごとな業物わざものぶりに、なんと申しましょうか、魅入られたといいまするか、心奪われたと申しまするか、ゆゆしきご宝物と知りつつ、父が手ばなしかねたのでござります。なれども、いかように執心したとて、ものがもの、日限参らばお倉へ納めねばならぬお品でござりますゆえ、とつおいつ思案したうえに、とうとう父が恐ろしい悪心起こしました。穂先、飾り柄ともににせもの打ち仕立て、そしらぬ顔で納めましたるところ、かりにもご宝蔵を預かるお番士の目に、真贋しんがんのわからぬ道理ござりませぬ。わけても中山さまは若手のお目きき、ひと目ににせものとお見破りなさりましたが、人の世のまわり合わせはまことにしきものでござります。その中山さまが、ふつつかなわたくしふぜいにとうから思いをお運びでござりましたゆえ、女夫めおとの約束すれば一生口をつぐまぬものでもないと、父をおどし、わたくしをお責めなさりましたのが、運のつき、父の悪業ひたかくしに隠そうと、心染まぬながらとうとうこの飾り綿まで受け取らねばならぬようなはめになったのでござります。なれども、恋ばかりは……真実かけた恋ばかりは……」
「ほかにまえから契った男でもござったか!」
「あい。名はいいませぬ! たとい死ぬとも、あのかたさまのお名はいいませぬ! 同じお城仕えのさるかたさまときびしいご法度はっとの目をかすめ、契り誓ってまいりましたものを、いまさら中山さまのごときに身をまかするは、死ぬよりもつろうござりましたゆえ、いっそ、もう事のついでに――」
「よろしい。わかった。毒くらえばさらまでと、数馬に一服盛ったというのであろうが、しかしちと不審は女手一つで中山数馬の死体をあのほりぎわまで運んだことじゃ。名をいえぬその男にでも力を借りたか!」
「いいえ、結納つかわしたならば、式はまだあげずとも、もうわがもの同然じゃ、意に従えと口くどうお責めなさりますゆえ、では、あの牛ガ淵の土手のうえでお待ちくださりませ、心を決めてご返事いたしますると、巧みにさそい出し、お菓子に仕込んだ毒をそしらぬ顔で食べさせたのでござります。あとはおしらべがおつきでござりますはず、ただ一つ死体を沈めるおりに、あやまって懐中のふた品を濠に落としたのが、悪運の尽きでござりました……」
「あたりめえよ。悪運が尽きねえでどうするかい。その八束穂やつかほのご宝物はどこへやった」
「いえませぬ! そればかりはいえませぬ!」
「なに! また強情張りだしたな。では、親の助宗はどこへうせた! 姿が見えぬようじゃが、いずれへ逃げた?」
「そ、それもいえませぬ! 父はあのお槍に魅入られておりまする。思えばその心根がいっそふびん、せ、せめてもこのわたくしが、ふびんなその父への孝道に、最、最後の孝道までに、いいませぬ! 口がさけても申しませぬ……ご、ごめんくださりませ!」
 いったかと思うや、ひそかに用意していたとみえて、懐中から一服を取り出すと、あっというまもあらず、みずから毒を仰ぎました。
「やい! な、な、何をしやがるんだ。たいせつな玉に死なれちゃ、あとのほねがおれらあ。吐けッ、吐けッ」
 うろたえて伝六がまごまごとしながらしかりつけたが、もうおそい。
「死ねば罪のおわびもかない、父への孝道もたちますはず。たって父の居どころ、お槍のありかを知りたくば、ともども、あの世へおいでなさりませ……」
 凄婉せいえんみを見せると、岩路はほどたたぬまに黒血を吐きながら、父助宗の行くえと八束穂槍やつかほやりの行くえを永遠のなぞに葬りつつんで、ぐったり前へうっ伏しました。
 しかし、右門の目が二つある。
「しようがねえや。ぴかりと二度ばかり光らしてやろうよ」
 おどろきもせずに、へやからへやを調べてみると、弟子でしがいたらしい大べや、小女がいたらしい小べやとも、事露見と知って岩路が城中から駆けもどり、いちはやく暇をとらせて立ち去らせたものか、急いで荷物をまとめ、急いで出ていった形跡があるのです。
 助宗もまた同様、いちはやく姿を消したにちがいない。その居間とおぼしき一室にはいってみると、まず目に映ったのは大きな仏壇でした。
 しかし、位牌いはいがない! いくつかあったと思われる跡が残っているのに、仏壇にはつきものの位牌がもぬけのからとなって一つもないのです。
 そのかわりに、無言のなぞを秘めながら、弘法こうぼう大師のご尊像が正面にうやうやしく掛けられてあるのでした。見ながめるや同時です。
「ウフフ。どうだよ、伝あにい。まずざっとこんなものだ。むっつり右門の目が光ったとなると、事は早いよ。野郎め、お槍をひっかついで高野こうやへとっ走ったぜ」
「はてね、高野とね。お大師さまが何かないしょでおっしゃりましたかい」
「いったとも! いったとも! あの女、なかなかしゃれ者だよ。行き先を聞きたけりゃあの世へ来いとぬかしたが、お大師さまがこのとおりちゃんとあの世からおっしゃっていらあね。このご尊像があるからには、宗旨は高野山だ。おまえなぞ知るめえが、高野はこの世のあの世、ひと足お山の寺領へ逃げ込めば、この世の罪は消滅、追っ手、り手、入山禁制のお山だ。この世を逃げても、せめてご先祖だけはいっしょにと、位牌を背負ってとっ走ったにちげえねえよ。山へ入れたら指をくわえなくちゃならねえ! まだとっ走って一刻いっときとはたつめえから、早だッ。宿継しゅくつぎ早の替え駕籠二丁仕立てろッ。ここからすぐに追っかけるんだ」
「ちくしょうッ。たまらねえね。とっ走りを追っかけて、遠っ走りとはこれいかにだ。お大師さま、たのんますぜ! さあ来い、野郎だッ」
 うなりをたてながら飛び出していったかと思うまに、伝六得意の一つ芸、たちまちそろえたのは替え肩六人つきの早駕籠二丁です。
「できましたよ! ひと足おくれりゃ、野郎め、ひと足お山へ近くなりゃがるんだ。急いだッ、急いだッ」
「あわてるな」
 制しておいてふところ紙を取り出すと、どこまでも行き届いているのです。
「町役人衆に一筆す。
 八丁堀右門検死済み。死体はねんごろに葬ってとらすべし。
 ただちにお城内、お濠方畑野蔵人くらんど、三宅平七御両名へ、右門、二、三日中によき生きみやげ持参つかまつると伝言すべし」
 さらさらと書きしたためて、岩路の背にのせておくと、ひらりと駕籠へ。
「早だッ 早だッ。じゃまだよ! のいた! のいた!」
 かけ声もろとも、ひた、ひた、ひたとまっしぐらに品川めざして駆けだしました。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

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