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右門捕物帖(うもんとりものちょう)28 お蘭しごきの秘密

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:47:04  点击:  切换到繁體中文

底本: 右門捕物帖(三)
出版社: 春陽文庫、春陽堂書店
初版発行日: 1982(昭和57)年9月15日
入力に使用: 1982(昭和57)年9月15日新装第1刷
校正に使用: 1996(平成8)年4月20日新装第3刷

 

右門捕物帖

お蘭しごきの秘密

佐々木味津三




     1

 ――その第二十八番てがらです。
「一ツ、三月十二日。チクショウメ、ふざけたまねをしやがる。女ノ女郎めが、不忍しのばず弁天サマ裏ニテ、お参リノ途中、腰ニ結ンデおったる、シゴキを盗み取られたとなり。くやしいが、ベッピンなり。昼間のことなれば、やいの、やいのと、呼ンダレド、呼ンダレド、だれも助けに来ねえとなり。いと怪し」
「一ツ、三月十三日。雨降ッテ、だんなのキゲンワロシ。
 シゴキどろぼう、また出りゃがった。両国河岸がしにて、見せ物小屋の絵看板を、見とれておったれば、スルスルと腰から盗みとられたとなり。このほう、三割方、キリョウおちたるうえに、男が好きそうな下町っ子なり。雨なれば、呼ベド叫ベド人は来ズ、悲しやくせ者逃がしたり。と女の子が申しそうろう
「一ツ、三月十五日。だいぶ春めきて、四方よもの景色いとよろし。
 だんなが、食いていとのことなれば木ノ芽田楽コセエタリ。だんなが十九本。おらが三本、あとにてないしょに十六本、それはさておき、またまたチクショウメ、シゴキ盗人出やがったり。番町、旗本、大沢八郎右衛門はちろうえもん方、奥勤メ腰元、地蔵まゆにて目千両とのことなり。お使いにて出先よりけえりの途中、牛込ご門わき、ほりばたにてギュッとうしろよりくせ者だきしめ、腰のあたりをポテポテとなでたとみるまに、スルスルと、ハヤ盗まれたり、若き女の腰ばかりをねらうとは、憎さも憎し。くやしくて銭湯へ行くのも忘れたり」
「一ツ、三月十六日。
 春が来て、ヒトリ寝ルノハイヤナレド、花が咲くゆえがまんできけり」
「おっといけねえ、いけねえ。うっかりと声も出して読めねえや。こりゃおらがゆうべないしょによんだ歌なんだからな。こんなものをだんなに聞かれたひにゃ、手もなく笑われらあ。――はてな。まだあったと思ったが、もうねえのかな」
「ウフフ……」
「え! 起きていたんですかい! しゃくにさわるね。寝てたと思っていたら目があいていたんですかい!」
 声をたてて読んでいたのはもちろん伝六。しかも、読んでいたのは笑わせることに、『ふところ日記八丁堀伝六』と表紙にものものしい断わり書きの見えるとらの巻きなのですから、すさまじいのです。
「ウフフ。今のは歌かい」
「いらんお世話ですよ」
 春行燈あんどんの向こうからこちらへ背を向けて、うつらうつらとまどろんでいたと思ったればこそ、つい心を許して口ざみしさのあまりに読むともなく読みあげていたのを、意外にもすっかり名人に聞かれてしまったので、恥ずかしさと腹だたしさに伝六は中っ腹でした。
「人の悪いにもほどがあらあ。ないしょごとってえものがあるんだ。人間にはだれだって他人に聞かせてならねえないしょごとってえものがあるんだからね。起きていたなら起きていたと、背中に張り紙でもしておきゃいいんですよ」
「おこるな、おこるな。感心しているんじゃねえかよ。おまえが敷島の道に心得があるたア、見かけによらず風流人だよ。花が咲くゆえがまんできけり、と特にけりで結んだあたりが、またいちだんとね、えもいわれぬ味があるよ」
「へへへ、ちくしょうめ、恥ずかしいね。ほめてくだすったんですかい。いえ、なに、それほどでもねえのだが、あっしだって木石じゃねえんだからね。人にしてみやび心のなかりせば、犬ねこ馬と同じなりけり、という歌もあるんで、ちょっとそのゆうべ、一首ものしてみたんですよ。へへへ、うれしいね」
「あきれたもんだよ」
「へ……?」
「ほんとうにほめられたと思ってらあ。みやび心だかなんだか知らねえが、おまえのとらの巻きゃ肝心かなめのことを書き落としておるな」
「な、な、何がなんです! 上げたり下げたり、しゃくにさわるね! 肝心かなめのことを書き落としているたア何がなんですかよ!」
「いま読みあげたしごきどろぼうのことよ。そりゃほんとうにあったことかい」
「ちぇッ、だから腹がたつというんですよ! こないだから口がすっぱくなるほどいったじゃござんせんか! これこれかくかくで、わけえ女の腰ひもばかりを抜きとる色きちげえみてえなやつが、あっちへ出たりこっちへ出たりしていやがるから、陽気が陽気だ、ねらうところも腰ばっかりで穏やかじゃねえ、ほかならぬわけえ女ばかりが災難に会ってるんだから、ちょっくらお出ましになって、娘っ子たちを安心させておやりなせえよと、顔を見るたびにいったじゃござんせんかよ! 女の子のこととなると、やけにつむじを曲げて、目のかたきにしているから、こういうことになるんだ。これには三ところしきゃけえてねえが、きょうのふた口を入れると、しめて八人、きゅうっと抱きしめられて、つるりとなでられて、するするとしごきを抜きとられているんですよ」
「そんなことをきいているんじゃねえんだよ。ふところ日記だか、へそ日記だか知らねえが、おまえさんのそのとらの巻きにはな――」
「いいえ、だんな! うるせえ! しゃべりなさんな! きょうはおらのほうが鼻がたけえんだ。事のしだいによっちゃ後世までも残るかもしれねえおらがのこの日記を、へそ日記とは何がなんですかよ! 毎日毎日、丹念に女の子の顔造作までも書き止めておいたからこそ、いざというときになって物の役にたつじゃござんせんか。口幅ったいことはいってもらいますまいよ」
「ウフフ。それが勘どころをはずれているというんだ。大きに丹念に書いたのはいいが、丹念なところは女の子の顔ばかりで、ホシの野郎はどんなやつか、肝心かなめの下手人の人相書きは、毛筋ほども書き止めていらっしゃらねえじゃねえかよ、だいじなことが抜けているというな、そのことなんだよ」
「はてね。――お待ちなせえよ。もういっぺん読み直してみるからね。――ちぇッ、なるほど、ねえや、ねえや。どこにもねえですよ! 自慢じゃねえが、りっぱに書き落としてありますよ」
「バカだな。てめえのしくじりをてめえで感心するやつがあるかい。ホシゃいってえどんなやつなんだ」
「それが穏やかじゃねえんですよ。つじ番所の下っぱ連に聞いたんだから、しかとのことアわからねえが、出る町、出るところ、出る場所ごとに人相も風体も変わってね、おまけにわけえ野郎だったり、中じじいだったり、ところによっちゃ女のばばあが出たりするってえいうんですよ」
「やられた女は、たしかにわけえ女ばかりなのかい」
「そ、そ、そうなんだ。そうなんだ。だから気がもめるんですよ。おかめやお多福やとうのたった女なら相手にするこっちゃねえんだが、八人ともに水の出花で、みなそれぞれ相当に値が踏めるんでね、よけい気がもめるんだ。よけいね、よけい気がもめてならねえんですよ」
「わかった、わかった。そんなになんべんもいわなくたってわかったよ。女の子のこととなると、むやみと力を入れりゃがって、あいそがつきらあ。じゃなにかい、ほかには何もとられた品はねえんだね」
「ねえから、なおのこと気がもめるんだ。きんちゃくだってかんざしだっても、とる気になりゃいくらでもとれるくせに、そういう品にゃいっこう目もくれねえで、おかしなところをつるりとやりゃがっちゃしごきばかりをねらうんでね、こいつかんべんならねえと、あっしもいっしょうけんめいに文句を考えて、このとおりとらの巻きにいと怪しとけえたんですよ。自慢じゃねえが、えへへ、なかなかこういうおつな文句は書けねえもんでね。ええ、そうですよ。学問がなきゃなかなか書けるもんじゃねえんですよ」
「能書きいわなくともわかっているよ。そのしごきは、どんなしごきだ」
「それが穏やかじゃねえんです。だんながお出ましにならなきゃ、おらが片手間仕事にちょっくらてがらにしようと、じつあきょう昼のうちに八人みんな回って、小当たりに当たってみたんですが、八本ともとられたしごきてえいうのが、そろいもそろって、目のさめるような江戸紫のね――」
「なにッ」
 がぜん、きらりとばかり目を光らすと、むっくり起き上がっていったものです。
「どうやら、聞きずてならねえ色だ。もしや、その江戸紫にゃ、どれにも鹿絞りを染め抜いてありゃしねえか」
「あるんですよ! あるんですよ! そのうえできが少し――」
「風がわりで、ふっさりと幅広の袋ひもになってるだろう!」
「そうなんです! そうなんです! しごきといや、天智てんち天皇の昔から、ひと重のもので、ギュッと伊達だてにしごいて用いるからこそ、そういう名まえがついているくれえのものなのに、ふた重で袋仕立てになっているたアあんまり聞かねえからね、こいつ、何かいわくがあるだろうと、じつあ首をひねっていたんですが、かなわねえね。だんなはまたどうしていながらにそうずばずばと何もかもわかるんですかい」
「そんなことぐれえにらみがつかねえでどうするかい。目のさめるような江戸紫ときいたんで、ぴんときたんだ。まさしくそりゃ、いま江戸で大評判のおらんしごきだよ」
「はあてね。なんですかい! なんですかい! 聞いたようでもあり、聞いたようでもねえが、今のそのお蘭しごきというななんですかい。くさやの干物に新口ができたとかいう評判ですが、そのことですかい」
「しようのねえ風流人だな。だから、おめえなんぞ歌をよんでも、花が咲くゆえがまんできけりになっちまうんだ。そんなことぐれえ知らねえでどうするんかい。加賀様の奥仕えのお腰元のお蘭というべっぴんが思いついて、江戸紫に今のその鹿の子絞りを染めさせ、袋仕立ての広幅にこしらえさせて、ふっさりふさのように結んでたらしたぐあいがいかにもいきで上品なところから、お蘭しごきという名が出たんだよ。くさやの干物とまちがえるようなおにいさんに手の出るような安い品じゃねえんだ。よりによってお蘭しごきばかりねらいとるたアただ者じゃあるめえ。慈悲をかけてお出ましになってやるから、したくしな」
「ちぇッ。ありがてえ。ちくしょうめ。だから、歌もよむものなんだ。春が来て花が咲くゆえとよんだればこそ、しごきどろぼうもだんなのお目に止まったじゃねえかよ。察するに、イの字とロの字のきちげえにちげえねえんだ。でなきゃ、よしやお蘭しごきが一本三両しようと五両しようと、おかしなところをつるりとなでて、わざわざ腰に締めているのを抜きとるなんて、人ぎきのわりいまねをするはずあねえんだから、べらぼうめ、おらがに断わりなしで江戸の女に手を触れるってえことからしてが、かんべんならねえんだ。おしたくがよければ出かけますぜ!」
 どこへ行くつもりなのか、ひとりで勢い込んでいるとき、けたたましく表口から呼びたてる声が聞こえました。
「だんなだんな、だんなはどちらでござんす!」[#「ござんす!」」は底本では「ござんす!「」]
「だれだ、だれだ。どこのどいつだよ。ただだんなじゃわからねえや。今ここに、だんなはふたりいるんだ。右門のだんなか、伝六だんなか、どっちだよ」
「そういう伝だんなでござんす。あんたに、伝だんなにちょっくら用があるんですよ」
「えへへ。うれしいことをいやがるね。伝だんなとは気に入ったね。待ちな、待ちな、今あけるからな。――そら、見てくんな。これが伝だんなのお顔だ。わざわざおれに用とは、どこのだれだよ」
 ことごとく上きげんでぬっと顔を出しながらのぞいてみると、――いないのです。影もない。姿もない。たしかに声も足音も聞こえたのに、人影はおろか、犬の子すらも生き物の影は皆無でした。
「ちくしょうッ。気味のわるいまねをしやがるね、よしねえよ、よしねえよ。隠れたってだめなんだから、ふざけたまねはよしねえよ」
 いぶかりながら、なにげなくひょいと足もとを見つめると、はからずも目を射たものはぶきみな一通の書状でした。あて名はない。
 そのうえに左封でした。――左封はいうまでもなく果たし状か脅迫状か、いずれにしても不吉を物語っている書状です。
「いけねえ! いけねえ! だんなッ、は、早く来てくださいよ! 変なものが舞い込みやがったんだ。気味のわりいものが飛び込んできたんですよ! は、は、早く来ておくんなせえよ!」
 けたたましく呼びたてて、名人のうしろからこわごわ背伸びしながらのぞいてみると、まさにそれは脅迫状でした。
「出すぎ者めがッ、いらぬ告げ口しやがって、ただはおかぬぞ。じゃまだてするなら、こちらにも覚悟があるから、さよう心得ろ」
 達筆にそう書いた脅迫状なのです。投げ込んでいった者はまぎれもなく町人風のことばつきだったのに、不審なことにも脅迫状のその差し出し人は、たしかに二本差しと思われる文面なのでした。
「ウフフ。おっかねえぜ」
「いやですよ! 気味のわりい。だんなまでがいっしょになっておどすとは、なんのことですかよ。名あてはねえが、おらがによこしたもんでしょうかね」
「あたりまえさ。伝だんなとやらがこのうちにふたりおるなら知らぬこと、そうでなけあおまえさんだよ。さよう心得ろとあるから、さよう心得ていねえとあぶねえぜ」
「冗、冗、冗談じゃねえんですよ。くやしいね。なんとかしておくんなさいよ」
「おいらは知らねえよ。伝だんなじゃねえんだからな。ウフフ」
「くやしいね! なんてまた薄情なこというんでしょうね。こういうときにこそ、主従のえにしじゃねえんですかよ! ちくしょうめッ。こんなことになるくれえなら、歌なんぞよまなきゃよかったんだ。いらぬ告げ口しやがってとあるな、おらが今だんなに話したお蘭しごきの一件にちげえねえが、どうしてまたおしゃべりしたことをかぎつけやがったんでしょうね」
「ご苦労さまに、毎日毎夜どこかそこらで見張っていたんだろうさ。今夜もおそらく、あとをつけてくるだろうよ。どうやら、本筋になりやがった。性根をすえてついてきな」
「だ、だ、だいじょうぶですかい」
「忘れるねえ! 久しくお使いあそばされねえので、草香流が湯気をたててるんだッ。よたよたしねえで、ちゃんと歩いてきなよ」
 こともなげに言い捨てながら、ぶきみなその脅迫状を懐中にすると、何をにらんでのことか、名人右門は駕籠かごにも乗らずに、その場からさっさと京橋を目ざしました。


 

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