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右門捕物帖(うもんとりものちょう)27 献上博多人形

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:46:02  点击:  切换到繁體中文

底本: 右門捕物帖(三)
出版社: 春陽文庫、春陽堂書店
初版発行日: 1982(昭和57)年9月15日
入力に使用: 1982(昭和57)年9月15日新装第1刷
校正に使用: 1996(平成8)年4月20日新装第3刷

 

右門捕物帖

献上博多人形

佐々木味津三




     1

 ――その第二十七番てがらです。
 場所は芝。事の起きたのは、お正月も末の二十四日でした。風流人が江戸雪といったあの雪です。舞いだしたとなると、鉄火というか、伝法というか、雪までがたいそうもなく江戸前に気短なところがあって、豪儀といえば豪儀ですが、ちらりほらりと夜の引きあけごろから降りだしたと思ったあいだに、たちまち八百八町は二寸厚みの牡丹雪ぼたんゆきにぬりこめられて、見渡すかぎりただひと色の銀世界でした。風がまたはなはだしく江戸前にわさびのききがよくて、ひりひりと身を切るばかり。――しかし、二十四日とあらば、寒い冷たいの不服はいっていられないのです。あたかもこの日はお二代台徳院殿様、すなわち前将軍秀忠ひでただ公のご忌日に当たるところから、例年のごとく将軍家の増上寺お成りがあるため、お城内も沿道もたいへんな騒ぎでした。ひと口にいったら、芝のあの三縁山へお成りになって、そこに祭られてある台徳院殿さまの御霊屋みたまやに、ぺこりとひとつ将軍家がおつむりをお下げになるだけのことですが、下げる頭が少しばかり値段の高い八百万石のおつむりですから、事が穏やかでないのです。七日まえにまず増上寺へ正式のお使者が立って、お参詣さんけいお成りのお達しがある。翌日、城内御用べやに南北両町奉行ぶぎょうを呼び招いて、沿道ご警衛の打ち合わせがある。これが済んだとなると、すさまじいご権式です。二十四日のお当日は、江戸城三十六見付総ご門に、月番大名火消し、ならびにお城詰めご定火消しの手の者がずらずらと詰めかけて、お成りからご還御までの間のお固めを承り、沿道にはまた、表警備、忍び警備、隠れ警備の三手に分かれた町奉行配下の、与力同心小者総動員による警備隊が水も漏らさぬ警衛網を張りめぐらして、しかも御成門おなりもんから増上寺に至るまでのお道筋一帯は大名諸侯の屋敷といわずお小屋といわず、およそ家と名のつくものは一軒残らず煙止めとなるならわしでした。火気いっさいをお禁じになるのです。
「豪勢なもんさ。この寒いのに、火をたいちゃならねえというんだからね」
「そうよ。おまんまはどうするんだ、おまんまをな。火の気を使っていけなきゃ、お茶一つ口にすることもできねえじゃねえかよ。つがもねえ。こちとら下々の者は人間じゃねえと思ってらっしゃる[#「思ってらっしゃる」は底本では「思ってらしゃる」]んだからな。おたげえ来世はねこにでもなることよ」
 なぞと、うそにも陰口をきこうものなら、下民の分際をもって、上ご政道をとやかく申せし段ふらち至極とあって、これがまず入牢じゅろう二十日。糸ほどの煙を見せてもお目ざわりとあって禁じられるくらいですから、のぞき見はいうまでもないこと、二階のある町家はもちろんこれを締めきって、節穴という節穴は残らず目張りを命ぜられるほどの手きびしさでした。
「お手はず万端整いましてござります」
 やがてのことに、ご奏者番からご老中職へ、ご老中からご公方くぼうさままで、道々のご警備その他ぬかりのない旨、ご言上が終わると、
「お成りイ――」
 の声があって、ご開門と同時にお出ましがかっきり明け七ツ。冬の朝の七ツどきですから、ようやく三番どりが鳴いたか鳴かないのかまだまっくらいうちです。かくて道中、事も起こらずに増上寺へお着きとなれば、もうあとはたわいがないくらいでした。大僧正がお介添えまいらせて、予定のとおり御霊屋みたまやへご参拝が終わると、ご接待というのは塩花お白湯さゆがたった一杯。召し上がるか上がらないかに、
「お立ちイ――」
 の声がかかって、すぐにもう還御です。
 しかし、そのあとがじつはたいへんでした。ひきつづきお跡参りと称して、紀、尾、水のご三家をはじめ十八松平に三百諸侯、それから老中そば御用人など要路の大官連ご一統のご参拝があるからです。この数がざっと三百八十名ばかり。いずれもこの日は大紋風折烏帽子かざおりえぼしの式服に威儀を正して、お乗り物は一様に長柄のお駕籠かご、これらのものものしい大小名が規定どおりの供人に警固されて、三、中将、納言なごん朝散太夫ちょうさんだゆうと位階格式禄高ろくだかの順もなく、入れ替わり立ち替わり陸続としてひっきりなしにお参りするのですから、その騒々しさ混雑というものは、じつに名状しがたいくらいでした。しかも、これがただお参りするのではないからかなわないのです。行きと帰りと絶え間なく続くそのお召し駕籠が、途中すれ違ったとなると、
「酒井大和守やまとのかみ様ア――」
「土屋相模守さがみのかみ様ア――」
 といったぐあいに、いちいち名のりをあげて、いちいちまたたれをあげながら、お大名どうし双方ごあいさつ会釈をかわさねばならぬしきたりになっているため、ややこしさ、ぎょうぎょうしさ、もしも気短者の伝六が万石城持ちの相模守にでもなっていようものなら、さぞかし、べらぼうめ、じれってえや、の巻き舌啖呵たんかが絶え間なくお乗り物から飛び出したにちがいないほどの煩わしさでした。
 そのうえに見物は町々屋並みを埋めるばかり、将軍家還御になってしまうと、道に張られていた引きなわはいっせいにもう取りのけられて、見物かってのお許しになっているため、雪にもめげずに押し寄せた有象無象が、押すな押すなの大混雑です。
「ちくしょうッ」
「いてえ!」
「踏んだな!」
「やかましいや。半鐘どろ! やい。のっぽ野郎! そのろくろ首をひっこめろッ」
「じゃまっけで見えねえじゃねえか。ひっこぬいて、たもとの中へしまっちまいなよ!」
「なんだと! べらぼうめ。張り子のとらじゃねえや。首の抜き差しができてたまるけえ。産んだ親がわりいんだ。不足があったら、親にいいなよ」
 右からわめき、左からののしる声の間を、急がず遅れずめ塗りご定紋入りのお駕籠かごをうたせて、格式どおりのお供人を従えながら、しずしずとさしかかってきたのは、だれでもない松平の御前でした。わが捕物とりもの名人むっつりの右門とは、切っても切れぬゆかりの深い知恵宰相伊豆守いずのかみです。
 おりからからりと明けて、雪も間遠にちらりほらり……。
 さすがは天下の執権、ご威勢もさることながら、おのずからに備わるご貫禄かんろくもまたあっぱれでした。早くも宰相伊豆守のご行列と知ってか、わめき騒いでいた群衆はいっせいに鳴りを静めて、しいんと水を打ったようです。その中をお駕籠は粛々と行列をつづけて、駕籠止め下馬の山門に乗りつけたのがかっきり六ツ下がりでした。ここから先は、天下のご執権老中職といえども乗り物ご禁制です。
 ぴたりとお駕籠が止まる。
 長柄のかさを介添える。
 おぞうりをそろえる。
 たれが上がる。
「お着ウ。伊豆守様ア――」
「お迎イ。ただいまア――」
 応じ合って、お出迎え申しあげた寺僧の会釈をうけつつ、静かにお駕籠を降りた烏帽子えぼし姿のけだかき威厳!――しいんと鳴りを静めていた群衆は、さらにしいんと鳴りを静めて、等しくえりを正したのも名宰相伊豆守なればこそでした。
 しかし、そのせつなです。突如、黒山の群衆のその水を打ったように静まり返っていた一点が、さっとくずれたったかと見るまに、人影がばたばたと雪をけりつつ、駆けだすと、いまし山門に向かって歩みだそうとしていた伊豆守の行く手左わきにぴたり、もろひざを折り敷きながら、必死に呼びたてました。
「一期の願い、お慈悲でござります! この訴状お取り上げくださりませい! お願いでござります! お慈悲でござります!」
「…………」
「直訴じゃなッ」
「ならぬ!」
「さがれい!」
「不届き者めがッ!」
「押えろッ、押えろッ」
「取って押えい!」
 もとより直訴は天下のご法度はっと沸然ふつぜんとしてわきたったのは当然なことです。声が飛び、人が飛んで、訴人はたちまち近侍の者たちが高手小手。ご行列は乱れる、雪は散る、喧々囂々けんけんごうごうと騒ぎたてた群集をけちらして、表警備、忍び警備、隠れ警備の任についていた町方一統の面々が先を争いながら駆けつけると、われこそ宰相の御意にかなおうといわぬばかりに、ぐるぐると伊豆守のお身まわりに寄り添いながら、その下知を待ちうけました。
 しかし、伊豆守は声がないのです。何者かの姿を捜し求めるかのように、しきりとあたりを見まわしていられましたが、そのときふとお目に止まったのは、だれでもない、じつにだれでもない、わが捕物名人右門の姿でした。しかも、名人がまた騒がないのです。
「てまえならばここに――」
 いうようにひざまずくと、胸から胸へ、目から目へ、千語万語にまさる無言の目まぜをじっと送りました。同時に、宰相の口から、うれしいつるのひと声がかかりました。
「おう、やはり参っておったか! 捜したぞ。――余の者どもに用はない。行けッ、行けッ。右門ひとりがおらばたくさんじゃ。みなひけい!」
 まことに、まったくこんな胸のすく一語というものはない。大鴻たいこうよく大鴻の志を知り、名手よく名剣の切れ味を知るとはまさにこれです。その力量を信ずることだれよりも厚い名宰相伊豆守と、その明知に畏服いふくすることだれにもまさる名人右門とのやりとりは、意気も器量もぴたりと合って、つねにかくのごとくさわやかでした。――騒ぎもまたぴたりと静まって、押えつけていた近侍の面々が手を引くと同時に、はじめて直訴人の姿が雪の中から現われました。
 年のころは六十あまり、常人ではない。一見するに凛烈りんれつ、人を圧するような気品と凄気せいきをたたえて羽織はかまに威儀を正しながら雪の道に平伏している姿は、どうやら、一芸一能に達した名工、といった風貌ふうぼうの老人なのです。――ひざまずいたまま烱々けいけいとまなこを光らして名人は、ややしばし老直訴人の姿をじいっとうち見守っていたかと見えたが、さすがは慧眼けいがん無双、そちひとりおらばと名宰相が折り紙つけただけのことがあって、せつなのうちにもうあのがんがさえ渡りました。
「御前! 火急のお計らいが肝心でござります。必死の覚悟とみえまして、まさしく訴人は切腹しておりまするぞ」
「なにッ」
「みるみるうちに顔色の変わりましたが第一の証拠、直訴を遂げて気の張り衰えましたか、五体にただならぬ苦痛の色が見えまするでござります」
「いかさまのう。調べてみい」
 にじり寄って懐中を探ってみると同時に、果然、前腹からわき腹にかけて幾重にも堅くきりきりとさらしもめんの巻かれてあるのがその手にさわりました。直訴を遂げてしまうまでは死ぬまじ、倒れまじと、出血を防ぐために切腹した上をきりきりと巻き止めて、苦痛をこらえつつ伊豆守のご参着を待ちうけていたにちがいないのです。それが証拠には、さし入れた名人のその手に、にじみ出ていた生血がべっとりと触れました。もとより事は急、壮烈きわまりない訴人のその覚悟を見ては、ちゅうちょしている場合でないのです。とっさに、名人は血によごれたその手をさっと開いてさし出すと、目にものをいわせつつ伊豆守の処断を促しました。
「かくのとおり、みごとな覚悟にござります。殿、ご賢慮のほどは?」
「いかさま必死とみゆるな。命までもなげうって直訴するとは、あっぱれ憎いやつめがッ。そち、しかと、――のう!」
「はッ」
「あいわかったか、予に成り代わって、ふびんなそのふらち者じゅうぶんに取り調べたうえ、ねんごろにいたわって、しかとしかりつけい!」
「心得ました。ご諚どおりしかりつけまするでござります」
「いつもながら小気味のよいやつよのう。――ご僧! ご案内所望つかまつる」
「はッ、控えおりまする。ご老中さまご参拝イ」
 しいんと身の引き締まるような声とともに、宰相伊豆守の烏帽子えぼし姿は、なにごともなかったもののごとく、威風あたりを払いながら、さっそうとして山門の奥に消え去りました。同時です。名宰相伊豆守と名人右門との胸から胸へ、腹から腹へ、言外になぞを含ませた直訴お聞き届けのその応対をきいてにわかに気力がうせたか、年老いた訴人は、最後の悲痛な、しかし満足げな微笑をただ一つ残すと、がっくり雪の道にうっ伏して、そのまま落ち入りました。
「おみごとじゃ。ご老人、安心して参られよ。なんの願いか知らぬが、訴状は右門しかと預かり申した。必ずともにお力となってしんぜまするぞ」
 見ながめるや、時を移さずにじり寄って叫びささやきながら、すばやく訴人の手から直訴状をぬきとって懐中すると、待ち構えていた小者たちのところへ目まぜが飛びました。同時に、五、六名がはせつける。一瞬の間にむくろが取りのぞかれる。清めの塩花が道いっぱいにふりまかれて、ふたたび清らかに箒目ほうきめのたてられたお成り道へ、
ほり丹羽守たんばのかみ様ア――」
「太田摂津守せっつのかみ様ア――」
「石川備中守びっちゅうのかみ様ア――」
 声から声がつづいて、待ちうけていたお跡参りの乗り物があとからあとからと、洪水こうずいのように流れだしました。――目だたぬように名人はすばやく下乗札の陰に身を引くと、静かに直訴状を取り出して押し開きました。同時に、目を射た文字が、じつに不審なのです。

子を思う親の心は上下みな一つと存じそうろう。お取り上げこれなきをさらさらお恨みには存ぜずそうらえどもご政道に依怙えこのお沙汰さたあるときは天下乱る。
  ご賢察奉願上候ねがいあげたてまつりそうろう
   芝入舟町甚七店じんしちだな 束巻師つかまきし 源五兵衛げんごべえ
    謹上つつしんでたてまつる

 墨痕ぼっこんあざやかに書かれてあったのは、右のような不思議きわまりない幾文字かでした。かりにもご禁制のおきてを犯してあまつさえ一命を投げ捨ててまでも直訴するからには、少なくももっと容易ならぬ文言を連ねておくのが普通であるのに、ご賢察奉願上候とあっさり訴えてあるのです。
 何のなぞ?
 何の直訴か?
 不審なその訴状を見ては、いかな名人右門もはたと当惑するだろうと思われたのに、いつもながらじつにおそるべき慧眼けいがんでした。上から下とすらすら読み下すや同時に、早くもなにごとか看破するところがあったとみえて、さわやかな微笑をほころばせながら、静かに下馬札の陰から姿を見せると、群れたかる黒山の群衆を望んで、しきりと何者かを捜し求めました。せつなです。
「あっしですかい! あっしですかい! え? だんな。お捜しになっているのはあっしでしょうね。まだかまだかと、しびれをきらして待ってたんだ。行きますよ、行きますよ。今めえります」
 聞いたような音色が突如として群衆の中から揚がったかと見るまに、ここをせんどと得意顔をうちふりながら、ひょこひょこと駆けだしてきたのは、だれでもない伝六でした。しかも、これがいっこうにおかまいもなく、豪儀と大立て者にでもなったようなつもりで、さっそくもう始めました。
「ざまあみろい。ちくしょう! まったく胸がすうとすらあね。どんぐり眼でしゃちこばっているやつらが今もあそこに何百匹並んでいるか知らねえが、用だ、あいきた、あっしでしょうねと、目から腹へ話のできる者ア、はばかりながらこの伝六様ひとりきりなんだからね。来ましたよ、来ましたよ。ね、ちょいと。御用の筋ゃなんですかい、お駕籠かごですかい」
 ひとりで心得ながら、得意になってはせつけたのを、むっつり流十八番、にこりともしないのです。黙ってぬうと伝六の手にあのなぞ深い直訴状を渡しておくと、
「忙しいんだ。ついてこい」
 いうように、黙々としてそでの雪を払いおとしながら、群れ騒ぐ群衆の間を押し分けて、さっさと道を急ぎました。


 

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