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右門捕物帖(うもんとりものちょう)24 のろいのわら人形

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:39:13  点击:  切换到繁體中文


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 かくして、追いつ追われつしながら行くこと十町。
 このまましつこく尾行されたら、少しく事がめんどうになりそうに思われましたが、こういう場合になると、伝六太鼓もなかなかにいい音を出すから不思議です。
「ちくしょうめッ。あば敬なんぞに追い抜けられてなるもんけえ。そう! そう! もっと大またに! 大またに! どうせおめえらは裸虫だ。かまわねえから、へそまで出して走っていきな。酒手もやるよ。たんまりとな。おれのふところが痛むわけじゃねえから、死ぬ気で走っていきな」
 行くほどに、走るほどに、首尾よく名人主従の駕籠かごは、日本橋の大通りを抜けきろうとするあたりで、完全に敬四郎たち一党の尾行からのがれました。と知るや、不意にずばりと右門流の抜き打ちでした。
「もういいだろう。駕籠屋駕籠屋、方角変えだ。行く先ゃ柳原のひげすり閻魔えんまだぜ」
 聞いて伝六が鳴らずにいられるわけのものではない。
「違うですよ! 違うですよ! 練塀小路へ先に行くはずだったじゃござんせんか。ね! ちょっと! かなわねえな。柳原へなんぞいってどうするんですかよ。まごまごしてりゃ、やつらに妙見さまのほうを先手打たれるじゃござんせんか。ね、ちょっと、聞こえねえんですかい。ね、だんな、だんな」
 追えど走れどむっつり右門です。ゆうぜんとあごをなでなで乗りつけたところは、ひげなきゆえにひげすり閻魔と名の高いそのお閻魔堂の境内でした。のっそり降りると、
「ウフフフフフ。ふくれているな」
 うれしいくらいにおちついたものでした。
「どうだえ、親方、ちっとはりこうになったかえ」
「え……?」
「またとぼけていやあがらあ。これが右門流の軍学というやつだ。かきねの外からすき見するほどの性悪だもの、あば敬なんぞといっしょに歩いていたひにゃ、じゃまされるに決まってるじゃねえか。おおかた、やつらは今ごろ妙見さまへ駆けつけて、きつねにでもつままれたような顔しているだろうよ。これからもあることだ、しっこいやつを追っ払うにはこうするんだから、よく覚えておきな」
「はあてね」
「何を感心しているんだよ」
「いいえね、向こうの木にすずめが止まっているんですよ。しみじみ見ると、すずめってやつめ変な鳥じゃござんせんかい」
「横言いうない。一本参ったら参ったと正直にいやいいんだ。それより、一件の物はどこにあるか、はええところかぎつけな」
 手分けしてそこの木立ちを抜けきるといっしょに、ふたりの目を強く射たものは、閻魔堂の正面にわいわいと集まっている人だかりです。
「寄るなッ、寄るなッ、寄ッちゃいかん! 寄るなッ。寄るなッ」
 声をからしてつじ番所の小役人たちが必死としかっているその様子から、問題の死骸しがいはその黒だかりの中にあることがひと目に察せられたので、名人は騒がずに近づきました。と同時に、いともとんきょうな音をあげたのはあいきょう者です。
「いけねえ! いけねえ! ね、ちょいと。やっぱり、わにぐちの下に死んでいるんですよ。ね、ほら、だらりとたれている下に伸びているじゃござんせんか。けさほど妙見堂で見た死骸もこのとおりでしたよ。こんなふうにあおむけにのけぞってね、のどから血あぶくを吹いて長くなっていたんですよ。どうもこりゃなんですぜ、いかにだんながなんといおうと、このだらりとたれているわにぐちが、ただものじゃねえですぜ。ええ、そうですとも! 物はためしなんだから、もういっぺん帯をここへたらして考えたほうが近道ですぜ。ね、ちょいと、え? だんな!」
 うるさくいうのを聞き流しながらのぞいてみると、いかさまわにぐちのたれ布の真下に長々とのけぞっているのです。しかも、傷が尋常でない。槍傷やりきずでもなく、刀傷でもなく、俗にのど笛と称されている首筋の急所を大きくぐさりとえぐりとられて、さながらその傷口はざくろの実を思わするようなむごたらしさでした。
「ほほうのう。ちとこれは変わり種だな」
 あごをなでなでじろじろと目を光らして、その人体を子細に見調べました。年のころは三十一、二。羽織はかまに幅広の大小、青月代あおさかやきを小判型にぐっとそりあげたぐあいは、お奉行からのお差し紙にもそれと明記してあったとおり、紛れもなくどこかの藩のろく持ち藩士たることは、ひと目にして明らかです。藩士としたらどこの家中の者か、それがまず第一の問題でした。
「つじ番所のご仁!」
 棒矢来をこしらえながら、必死とやじうまの殺到を制していた町役人のひとりを呼び招くと、名人は穏やかにきき尋ねました。
「いつごろからここにお見張りじゃ」
「知らせのあったのが明けのちょうど六つでござりましたゆえ、そのときからでござります」
「だいぶ長い間お見張りじゃな。ならば、もう市中へもこの騒動の評判伝わっていることであろうゆえ、うわさを聞いて心当たりがあらば、これなる仁と同藩家中の者が様子見になりと参らねばならぬはずじゃが、それと思われる者は見かけなんだか」
「はっ、いっこうにそのようなけはいがござりませなんだゆえ、じつはいぶかしく思うていたところなのでござります」
 知らないために来ないのか、それとも知っていて来ないのか、知らないために来ないのならば問題でないが、知っていて来ないとすれば、これは考えるべき余地じゅうぶんでした。いずれの藩の者であろうと、おのれの家中の者が横死を遂げていると聞いたら、何をおいてもまず手続きを踏んで引き取りに来るべきが定法であるのに、知りつつわざと引き取りに来ないとすれば、そこに大きな秘密が介在するに相違なかったからです。――なぞを解くかぎも、またそこからというように、名人は烱々けいけいとまなこを光らしてうずくまると、おもむろにその身体検査を始めました。と同時に、鋭く目を射たものは、疑問の藩士の両手の指と手のひらに見える竹刀しないだこでした。
「ほほう、なかなかに武道熱心のかたとみゆるな。相当のつかい手がたわいなくやられたところを見ると――」
「え……? たわいなくがんがつきましたかい」
「黙ってろ」
 しゃきり出てお株を始めようとした伝六をしかりしかり、名人はぶきみなのも顧みず死骸しがいに手を触れて、丹念にその傷口を見しらべました。やはり、いかほど調べてみても突き傷ではない。刺し傷でもない。がぶりと深くえぐり取った奇怪きわまる傷口なのです。――名人の面はしだいに青ざめて、しだいに困惑の色が深まりました。竹刀だこの当たっているほど武道熱心な者が、見るとおり両刀は腰にしたままで、鯉口こいぐちさえ切るひまもなくあっさりやられているところを見ると、この下手人はじつに容易ならぬ腕ききにちがいなかったからです。加うるに、突いたのでもない、刺したのでもない、切ったのでもないとすれば、いかなる凶器でえぐったか、それがまず第一のなぞです。
「ね、ちょいと。誉れのたけえあごなんだ。あごをなでなせえよ、あごをね。そろりそろりとなでていきゃ、じきにぱんぱんとがんがつくじゃござんせんか。なでなせえよ、かまわねえんだから。ね、ちょいと。遠慮なくおやりなせえよ。え? だんな! 聞こえねえんですかい」
 うるさいやつがうるさくいうのを黙々と聞き流しながら、名人はぬっと手を入れてその懐中をしらべました。もし、懐中物でも紛失していたら、またそこに目のつけようもあったからです。――だが、紙入れはある。物取り強盗、かすめ取りのつじ切りでもないとみえて、小判が五枚と小粒銀が七、八ツ、とらの子のようにしまわれている紙入れがちゃんとあるのです。
「はあてね。五両ありゃ、はっぱ者なら一年がとこのうのうとして居食いができるんだ。この大将、身なりはいっこう気のきかねえいなか侍みてえだが、五両ものこづけえを、にこりともしねえで懐中しているところを見るてえと、案外禄高ろくだかのたけえやつかも知れませんぜ。ね、ちょいと、違いますかい。え? だんな! 違いますかね」
 しかし、名人は完全にむっつり右門でした。懐中物になんの手がかりも、なんの不審もないとすれば、百尺竿頭かんとう一歩をすすめて、さらに第二第三のネタ捜しをしなければならないのです。不浄な品物をでも扱うように、黙々としてその紙入れをふたたび死人のふところへ返したせつな! ――ひやりと名人の手に触れたものがある。取り出してみると同時に、その目が烱々けいけいとさえ渡りました。奇怪とも奇怪、疑問の変死人の懐中奥深くから出てきた品は、そも何に使ったものか、じつにいぶかしいことにも武家には用もあるまじき一個のかなづちと、くるくると紙に包んだ数本の三寸くぎだったからです。
「へへねえ。こりゃまたどうしたんですかい。やけにまた下司げすなものが出てきたじゃござんせんか。まさかに、この侍、棟梁とうりょうを内職にしていたんじゃありますまいね。え? だんな。ね、ちょいと。いったいこりゃなんですかね」
 間をおかずにやかましくさえずりだしたのをしり目にかけて、烱々けいけいと目を光らしながら右の二品を見ながめていましたが、さっそうとして立ち上がると、不意にずばりと抜き打ちの右門流でした。
「どうだね。あにい。おいらはひげすり閻魔えんまさまへお参りしたのはきょうがはじめてだ。ひと回り見物するかね」
「え……?」
「木があって、森があって、池があってね、なかなかおつな境内のようだから、ひと回り見物しようぜといってるんだよ」
「かなわねえな。思い出したようにしゃべったかと思うと、やけにまた変なことばかりいうんだからね。おたげえ死ねば極楽へ行かれる善人なんだ。用もねえのにお閻魔さまのごきげんなんぞ伺わなくたっていいんですよ。――ね、ちょいと。やりきれねえな。とっととそんなほうへいって、何が珍しいんですかよ」
 鳴り鳴り追ってきたのを振り向きもしないで名人がさっさとやっていったところは、お堂の裏の昼なお暗くこんもりと茂った森でした。のみならず、その森の中へずかずかはいっていくと、そくそくとそびえている杉の木立ちを一本一本丹念に見調べていましたが、と、――そこのいちばん奥の別して大きい一本の前まで歩み近づくや同時に、名人のもろ足がぴたりくぎづけになったかと見えるや、その両眼が物におびえでもしたかのごとく妖々ようようとしてさえ渡りました。なんとぶきみなことか、その太い杉の赤茶けた幹の腹には、手足そろったわら人形が、のろいのあのわら人形が、両足、両手、胸、首、頭と、七本の三寸くぎに打ちえぐられて、無言のなぞと、無限の秘密をたたえながら、ぐさりとくぎづけになっていたからです。しかも、そのくぎの新しさ! そのわら人形の新しさ! ――だれが見ても、ゆうべの丑満時うしみつどきにのろい打ったものとしか思えないのです。同時に、伝あにいがくちびるまでもまっさおにしながら、けたたましい音をあげました。
「ち、ち、ちくしょうめッ、やったな! やったな! あれですよ、あの野郎ですぜ。ふところから金づちと三寸くぎが出たじゃござんせんか。ね、ちょいと、あのわにぐちの下にのけぞっているあのいなか侍ですぜ。え! だんな。かなわねえな。生得あっしゃこういうものがはだに合わねえんだ。黙ってりゃ、もうけえりますぜ。ね、だんな、けえりますよ。え? ちょいと。返事しなきゃけえりますぜ」
 声はない。返事もない。また、ないのがあたりまえです。事ここにいたれば、秘密のとびらはすでにもう開かれたも同然だからです。名人は静かに近よりながら、その形をくずさないようにそおっとわら人形を抜きとると、裏を返して見調べました。と同時に目を射たものは、急――大きく急と書いた不思議な文字です。それから、のろいの相手の年がある。巳年みどしの男、二十一歳と、墨色あざやかにわら人形の背に書いてあるのです。
「やりきれねえな。そんな気味のわるいものをふところへしまって、どうするんですかよ。ね、ちょいと、なんとかひとことぐらいおっしゃいよ」
 しかし、名人はものすごいくらいおしでした。たいせつな物のようにわら人形を懐中すると、その早いこと早いこと。すたすたとお堂の前に帰っていった出会いがしらに、ぱったり顔を合わせたのは、練塀ねりべい小路の妙見堂から汗をふきふき駆けつけたあば敬とその一党です。
「忙しいことでござりまするな。お先へ失礼――」
 軽く一礼すると、待たしておいた駕籠かごにひらりうち乗りながら、涼しく命じました。
「ゆっくりでいいからな。練塀小路の妙見堂だぜ」
「ちぇッ。これだからな。駕籠屋やあば敬に口をきくくれえなら、かわいい子分なんだ、あっしにだっても口をきいたらいいじゃござんせんか。なんて意地曲がりだろうね」
 鳴るのに合わせてゆらりゆらりと駕籠をうたせながら、やがて乗りつけたところは、命じたその三本榎の妙見堂境内でした。
 しかし、あるべきはずの死骸はもうないのです。
「ちくしょうめッ。あば敬ですよ。あば敬がどっかへ隠したにちげえねえんですよ。けさ見たときゃ、ちゃんとこのわにぐちの下に長々とのけぞっていたのにね。やつめ、あっしどもがこっちへ回ってくるのを気がつきやがって、意地わるくもうかたづけさせたにちげえねえんですよ」
 むろん、それに相違ないと思われましたが、名人はゆうゆう淡々、顔色一つ変えずに、さっさとやっていったところは、お堂わきに雲つくばかりそびえ立っている三本榎のそばでした。ぎろり、目を光らしてその幹を調べると、ある、ある、まんなかのひときわ太い幹のひと目にかからぬうしろ側に、寸分違わぬ真新しいわら人形が、ぶきみにくぎづけとなっているのです。しかも、裏側の文字までがそっくりなのでした。急という不思議な文字を同じように、一つ書いて、その下にやはり巳年の男、二十一歳と、なぞのごとくに書いてあるのです。おもむろにそれを懐中するや、不意も不意なら意外も意外、じつにすさまじい右門流の命令が飛びました。
「十手だッ。十手だッ。伝の字、十手の用意しろッ」
 ひらり駕籠に乗ると、命じた先がまたさらにどうも容易ならぬ右門流でした。
「行く先ゃしのぶおかの天海寺だ。急いでやりな」
 今の寛永寺なのです、[#「今の寛永寺なのです。」の誤り?]東叡山とうえいざん寛永寺というただいまの勅号は、このときより少しくあとの慶安年中に賜わったものですから、当時は開山天海僧正の名をとって、俗に天海寺と呼びならしていた徳川由緒ゆいしょのその名刹めいさつ目ざして、さっと駕籠をあげさせました。


 

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