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かくして待つこと小
「ざまあみろ! ざまあみろ!
なにもざまをみろといわなくてもよさそうなのに、ひとたび伝六がてがらをたてたとなると、じつにかくのごとくおおいばりです。しかも、その
「だんなの口まねするんじゃねえが、まったくべっぴんというやつも、ときにとっちゃ目の毒さね。ほんとにたわいがなさすぎて、あいそがつきらあ。人形師の野郎がね――」
「
「的も的も大的なんです。浅草の原丸も、呉服町の清谷も、最初の二軒はしくじったからね、心配しいしい三軒めの京屋へ洗いにいったら、あのまがい
「桃華堂の無月だといやしねえか!」
「気味がわるいな。そうなんですよ! そうなんですよ! 四ツ谷の左門町とかにいるその桃華堂無月とかいう野郎だというんですがね。どうしてまた、そうてきぱきと、いながらにして
「またお株を始めやがった。むっつりの右門といわれるおれが、そのくれえの眼がつかねえでどうするんかい。いま江戸で名の知れた雛人形師のじょうずといえば、
「ちゃんともう二丁――」
「大束決めたな。じゃ、急いで乗りな」
風を切ってその左門町へ――行きついたとき、桃の節句びよりはそこはかとなく夕暮れだって、春風柳水に桜、桜にふぜいのともしび、いろめきたって大路小路は行く人帰る人、
「ここがそうかい」
まもなく捜し当てた一軒は、わび住まいながらそれと名を取った人形師の家らしいひと構えです。案内も請わずにずいとはいっていくと、そこの仕事べやで、三人ほどの
「江戸名物のおふたりさまが、このとおりおそろいでお越しあそばしたんだ。けえりにゃ、夜桜見物に回らなきゃならねえんだから、先を急がなくちゃならねんだ。手間取らせずと、すっぽり吐きな」
「なんでござります?」
「しらばくれるな! 京屋で買い込んだ京金襴をつきとめて、古島のまがい雛
「なるほど、そうでござりましたか、いや、さすがでござります。京金襴から足をおつけなさるたア、さすがご評判のおふたりさまでござります。それまでお調べがついたとなりゃ、むだな隠しだていたしましても罪造りでございますゆえ、いかにも白状いたしましょう。おめがねどおり、古島のまがい雛をこしらえたのは、この無月めにござります」
「ほほう、おぬしもさすがに名のある江戸の職人だな。それだけあっさり口を割ったら、あとの一つも隠すところはないだろう。ねこばばきめた真物も、ついでにこれへ出しな」
「なんでござります?」
「
「冗、冗談じゃござんせんよ! やにわと変なことをおっしゃいますが、何かお勘違いなすっているんじゃござんせんか」
「なに、勘違い? 勘違いとは何を申すか! まがいものをこしらえる以上は、真物をねこばば決めて雛型とったに相違ねえから、盗んで隠したその古島雛をあっさりこれへ出しゃいいんだ」
「め、めっそうもござんせぬ! しがない渡世はしておりましても、わたしはまだ人のものをかすめたり盗んだり、そんなだいそれた悪党じゃござんせんよ。あるおかたから頼まれまして、あのまがいものをこしらえただけでござんす」
意外とも意外! うそとは見えぬ真実さをもって、寝耳に水の新事実を陳述したものでしたから、はてな?――というように、名人の目も、声も、ことばも変わりました。
「へへえ。ちっとこれはまた空もようが変わりましたかな。人から頼まれたというは、どういうわけだ」
「どうもこうもござんせぬ。あるおかたがひょっくりお越しなさいまして、おまえはまがいものをこしらえるがじょうずとのうわさじゃ、ないしょに急いで
「なるほどな。うそとも思えぬ話のようじゃが、では、それなる頼み手が、真物の古島雛を携えてまいって、そのほうに見せたうえ、雛型をとらしたと申すか」
「いいえ、それがちっと変なんでございますよ。頼んだおかたは手ぶらのままお越しになって、いきなり古島雛をこしらえろとおっしゃいましたゆえ、いくらまがいものでも、手本の真物がなくてはと、はじめは二の足を踏みましたんですが、名の高いもの、天下に知られたご名品は、何によらず暇のあるかぎり見ておくものでござります。じつは、二年ほどまえ、ふとした手づるから真物を古島様のお屋敷で拝見したことがございましてな、やはり神品となると、後光がさすとでも申しますか、そのおり拝ましていただいた一対の雛、形、まゆの引き方、鼻のかっこうのみごとさは申すに及ばず、着付けの色のほどのよさまでが目に焼きつき、あとあとも夢に見るほど心の底から離れませなんだゆえ、ご注文の男雛はもとより、あとからこしらえて売りに出した女雛そろっての一対も、そのときのわたしの心覚えをたどって、着付けの金襴もようやく似た品を捜し出し、ああして売り出したのでござります」
「しかし、ちと不審じゃな。それならば、なにもそなたには後ろ暗いところはないはず。にもかかわらず、売り込みに参ったみぎり、人を替え使いを替えて、ひた隠しに正体隠そうとしたのは、なんのためじゃ」
「お疑いはごもっともでござりまするが、古島雛は天下の名宝、二つとないその名宝に、まがいものながら似た品がたくさん世に出たとあらば、真物にも傷がつく道理でございますゆえ、それがそら恐ろしかったのと、金がほしさに桃華堂無月がまたにせものをこしらえたといわれるが悲しさに、わざと名も隠し、正体も隠したのでござります」
「いかにもな、一寸の虫にも五分の魂、偽作のじょうずにも名人気質というやつだな。しからば、その頼み手じゃが、男雛ばかり一つというような変な注文したのは、どこのなんというやつだ」
「…………」
「ほほう、肝心かなめのことになったら、急に黙り込んだな。しかし、いくら隠しても、こいつばかりはいわさなきゃおかねえぜ。どこのだれから頼まれたんだ」
「…………」
「ふふん、いわねえな。いわなきゃ手があるぜ。裏表合わすりゃ九十六手、それで足りずばもう一つ右門流というドスのきいた奥の手もそろっているんだ。隠してみたとて三文の得にもならなかろうじゃねえか。不思議なその注文主は、どこのどやつか、すっぱりいったらどうだい。功徳になるぜ」
「いや、わかりました。なるほど、そうでござります。てまえが隠したとても、三文どころか半文の得にもなるわけじゃねえんですから、いかにも申しましょうよ。じつは、古島雛にかかわりのあるおかたでござります」
「なに! 縁のあるやつとな! だれじゃ! 古島の親子か!」
「いいえ、違います」
「では、預かり主の春菜とやらいったあのお嬢さまか!」
「いいえ、違います。じつは、そのお姫さまのお付き人の――」
「えッ。じゃ、あの腰元か!」
「へえい、お多根様でございます。できたらこっそりお下屋敷のほうへとのことでございましたゆえ、わたしがじかにあのお腰元のところへ持参したのでございます」
「こいつあ意外だな。ちっとあきれたよ」
まったく意外! 意外も意外! 急転直下したうえに、なおさらにかくのごときところへ急転直下するとは、まさにこれこそ、意外の中の意外です。いかな名人もしたたか驚いたらしく、あごの下にあの手をやって、そろりそろりと、しきりに散歩をさせていましたが、しかし、やがてうそうそと笑いだすと、静かにいいました。
「ね、伝六あにい」
「フェ……?」
「変な声を出すなよ。雲だよ。雲だよ」
「なんでござんす? 夕だち雲でも出ましたかい」
「
「さようでございますかね」
「ちぇッ、ごひいき筋を悪口いわれるんで、御意に召さねえのかい。しかし、こうなりゃお多根のかたさまがどんなにいじらしくて、すなおで、かわいかろうとも、おれの目にゃ
飛ばして行きついたところは、そもそもの振り出しのあのお下屋敷です。