4
「へえ、下手人はここにいるんですかい」
「やかましいよ。敬公がどんな様子をしているか、ちょっとのぞいておいでな」
「え……?」
「よくよく目をぱちくりさせるやつだな。敬公の様子によっちゃ、けんかにならねえように陣立てしなくちゃならねえんだ。こっそりいって、空もようを探ってきなよ」
駆け込んでいった様子でしたが、しかしまもなく帰ってきての報告は、悲しや一歩手おくれだった。
「いけねえ! いけねえ! ひと足先にもう――」
「あげてきたか」
「いいえ、あの変な落としまゆの女を締めあげてね、下手人のどろも吐かし、ありかも突き止めて、今のさっきしょっぴきに出かけたというんですよ」
「ほほう、そうかい」
驚くかと思いのほかに、ゆうぜんたるものでした。
「いくら敬公だっても、そのくらいなてがらはたてるだろうよ。なにしろ、責め道具のネタを三つも持ってけえったんだからな。それで、女はどうしたのかい」
「かわいそうに! 大将のことだから、さんざん水責め火責めの拷問をやったんで、虫の息になりながら、お白州にぶっ倒れているんですがね。ところが、伝六あにいとんだ
「決まってらあ。おめえは行くえ知れずのばあさんだろうとかなんとかさっき
「かなわねえな。どうしてまたそうぴしぴしとホシが的中するんだろうね」
「またひねりだしやがった。とっくりと考えてみねえな。女のなかにもいかさまばくちの不了見者はたまにいるかもしれねえが、かわいい孫を三人もひねり殺すような鬼畜生は、そうたんとねえよ。あの落としまゆの女が飛び出したときからくせえなとにらんでいたところへ、さいころは見つかる、玉ころがしの玉は出てくる、そのうえに下町へ嫁にいっているといったようだが、敬公のしょっぴきに行ったところもその下町じゃねえのかい」
「そうですよ、そうなんですよ。それも、奥山のたった一軒きりきゃねえその玉ころがし屋が、下手人の野郎のうちだといってね、おおいばりに出かけていったというんですよ」
「そうだろう。女はたぶん亭主と同罪じゃあるめえが、それまでは聞かなかったかい」
「いいえ、聞きました、聞きました。泣いて亭主をいさめたのに、悪党めどうしてもきかずに飛び出したんで、せめても
「なるほど、泣いているらしいな。それならひとつ――」
疑問なのは老婆なのだ。いや、その行くえと、なにゆえにいなくなっているか、問題はそれです。もちろん、その場になぞを解くべく行くえ探索の行動を開始するだろうと思われたのに、何思ったか名人は反対でした。
「では、ひと寝入りするかな」
あごをなでなでお番所の控え室へはいろうとしたとき――、意気揚々と引き揚げてきたのは、あば敬とその一党です。しかも、
「ご無礼したな、せいぜいあごでもなでるといいよ」
いどみがましく通っていったのを、名人は柳に風と受け流しながら、なにごとか確信でもがあるらしく、にやにややったままでした。と同時のように、ぴしりぴしりとお白州から、あば敬がさっそくお手のものの拷問を始めたらしく、打ち
聞いて、まごまごとあわてだしたのは伝六でした。
「泣きたくなるな。今のせりふがくやしいじゃねえですか! ご無礼されねえように、なんとかしてくだせえよ! ね! だんな、なんとか力んでくださいましよ!」
「うるせえな、てがらはこれからだよ。静かにしろ」
その間にもいんちきばくち師を責めにかけつづけているとみえて、ぴしりぴしりとあば敬一流の責め音が聞こえたものでしたから、気が気でなかったとみえて、伝六太鼓があちらにまごまごこちらにまごまごと行ったり来たり、すわったり立ったり、しきりにお白州と控え席を行き来していましたが、まもなく血相変えてもどってくると、どもりどもり告げました。
「いけねえ! いけねえ! 下手人のいかさま野郎、いま舌をかみ切ろうとしたんでね、大騒ぎしているんですよ」
「なに! そうか! じゃ、ちっとも白状しねえのか」
「いいえね、あの三人の子どもを殺したのはいかにもおれだと、それだけは白状したというんですがね、それがまた、むごいまねをしたもんじゃねえですか。おちついているところをみるてえと、もちろんだんなはもう
「ふん――」
聞き終わるや同時に、ゆうぜんと立ちながら、シュッシュッと
「知恵のねえ男ほど、この世に手数のかかるやつはねえよ。あば敬さんが手を染めたあな(事件)だからな、恥をかかしちゃなるめえと、今までこうしててがらにするのを遠慮していたが、いつまでたっても火責め水責めを改めねえから、おきのどくだが、またこちらにてがらをいただかなくちゃならねえんだ。では、ひとつ生きのいいその知恵を小出しに出かけますかね」
「行くはいいが、どけへ出かけるんです」
「知れたこった。行くえしれずのおばあさんを堀り出しに行くんだよ。その玉さえ拾ってくりゃ、白状しねえで舌をかみ切ったなぞの玉手箱も、ひとりでにばらりと解けらあ。さあ、
二丁並べて松の内正月二日の初荷の町を、われらも初出とばかり、ひたひたといっさん走り。しかも、目ざしたところは浅草の奥山のたった一軒しかない玉ころがし屋です。
5
降りると、なに思ったか用意の雪ずきんをすっぽりやって、堅くおしゃべり屋の鳴り太鼓を封じました。
「いいかい、ここがいかさまばくちのあの野郎がやっているうちのはずだ。ちっとこれから奇妙なことをするから、いつものように鳴っちゃだめだぜ。ごろごろと遠鳴りさせても、今度は本気でおこるよ」
念を押しておくと、ずいとはいっていって、店番をしていた者に、ふいっといいました。
「五両かかっても、十両かかってもいいんだから、ゆっくり遊ばせてもらいますぜ」
「ちぇッ」
あやうく鳴らそうとしたのを、目顔でしかりながら繰り返すこと
と――、そのとき、
「いけねえぜ! いけねえぜ! あねごばかりか、兄貴もしょっぴかれたようじゃねえか。このぶんなら、あっちのほうの玉にも手が回るぜ」
「回りゃ――」
「そうよ。おれたちの
早口にささやきながら、駆け去るように出ていったのを、ぴかりと目を光らして見送ると、さえた声が間をおかずに伝六のところへ飛びました。
「ホシだッ、野郎どものあとをつけろッ」
「え……?」
「じれってえな、今やつらが、あっちのほうの玉にも手が回るぜといったじゃねえか。その玉とは、こっちがほしいおばあさんだよ」
「…………?」
「ちぇッ、まだわからねえのかい。おまえの口ぐせじゃねえが、ほんとうにちぇッといいたくなるよ。今の二匹は、同じいかさま師の一家にちげえねえんだ、やつらの仲間がうしろに隠れて、何か細工をしているに相違ねえよ、舌をかみ切った野郎が白状しねえのもそれなんだ。やつら遊び人が親分や兄弟に災難のふりかかることなら、なにごとによらずいっさい口を割らねえしきたりゃア、おめえだっても知っているはずじゃねえか。まごまごしていると、見えなくなっちまうぜ」
わかりすぎるほどわかりすぎたとみえて、珍しくおしゃべり屋がものをいわなかった。そのかわりに、いっさん走り。尾行となるとこやつの一芸で、伝六がまた名人です。
遠いだろうとつけていったところが、目と鼻の本願寺裏でした。しかも、ひと目に丁半師のうちと思われる一軒へ消えていくと、ふたりの注進によって、ほどたたぬまに荷物としながら表へかつぎ出してきたのは、怪しくも大きなつづらです。まわりに六、七人の長わきざしがぐるりと取り巻き、それらのうしろにいるやつが、何のそれがしという親分にちがいないつらだましい
「この江戸にゃ、おれがいるんだぜ」
「なんだと!」
「下っぱのひょうろく玉たちが、豆鉄砲みたいな啖呵をきるなよ。観音さまがお笑いあそばさあ」
「気に入らねえやつが降ってわきやがった! どうやらくせえぞッ。めんどうだッ。たたんじまえッ」
ばらばらと左右から飛びかかろうとしたのを、
「下郎! 控えろッ」
ずばりと
「同じ江戸に住んでいるじゃねえかよ。いんちきさいころをいじくるほどのやくざなら、このお顔は鬼門なんだ。よく見て覚えておきなよ」
「そうか! うぬがなんとかの右門かッ。生かしておきゃ仲間にじゃまっけだ。骨にしてやんな!」
いまさら、と思われたのに、親分がののしりながら、
「どうだね、むっつり右門の草香流というなあ、ざっとこんなぐあいなんだ。ほしけりゃ参ろうかい。ほほう。さび刀をまだひねくりまわすつもりだな、草香流が御意に召さなきゃ
「お、恐れ入りました。本願寺裏のだんだら
だんだら団兵衛とは名のるにもおこがましいような名まえだが、とにかくひざの下のやつも一人まえの親分とみえて、しかりつけたところを、得意の伝六がかたっぱしから
「手間をとらしゃがった。いまに騒ぎだすだろうと思って、おもしろくもねえ玉ころがしで、あわてだすのを張っていたんだ。右門の
伝六さらに得意になって、怪しくも大きなそれなるつづらのふたをあけてみると、果然、さるぐつわのままで、ひょろひょろと現われたのは、探索中の老婆です。しかも、名人のいったとおり、ひとりでにいっさいのなぞが老婆の口から解けました。
「ありがとうござります。ありがとうござります。婿は、玉ころがし屋の悪はどうなりました」
「きのどくながら、ご番所で舌をかみ切りましたぜ」
「いい気味でござんす! あんな鬼畜生は、それがあたりまえでござんす! ほんとに、なんて人でなしの野郎でござんしょう! いくら血筋はつながっていなくとも、義理の
「じゃ、おばあさん、何もかも見ていたのかい」
「見ていたどころか、わたしの目の前で殺したんでございますよ。それというのが、一万両ばかり先代の残した金がござんすので、せがれ夫婦が死んだあとの遺産に目をつけて、かわいそうに、孫どもをなくして跡を断ってしまえば、気の触れた
「もったいのうござんすよ。拝まれるほどの男じゃねえんです。お手をおあげなすって! お手をおあげなすってくだせえまし! そんなに拝まれりゃ、地もとの観音さまに申しわけござんせんや」
まことに淡々として名利に淡泊でした。
「じゃ、伝六ッ、なんとやら団兵衛とかいった一家の者は、例のように
いたわりながら
「へえ、お待ちどうさま、おみやげでござんすよ、おばあさんに聞きゃわかるから、尋ねてごらんなさいな」
去ろうとしかけて、ふいっと何か思いついたように立ち止まると、にやにやしながら、改まっていいました。
「そうそう、いま思い出しました。朝ほどはわざわざ組屋敷のほうへご年始の催促に来ていただいて恐縮しましたね、ついでに、ここで申しておきましょう。明けましておめでとうござる。ことしもこんなぐあいに、あいかわらず――さようなら」
「ちぇッ。すっとしたね。ああ、たまらねえな。ね、敬だんな! ことしもこんなぐあいに、あいかわらずたアどうですかい。おらがだんなのせりふは、このとおり、こくがあるんですよ。ああ、たまらねえな。すっとしましたね」
伝六のよろこぶこと、
「ほい! どきな! どきな! 初荷だよ! 初荷だよ!」
主従ふたりが戸を並べて出ていったその表の通りを、いなせに景気のいい江戸まえの初荷が、景気よくいなせに呼んで通りすぎました。
――なお、これは余談ですが、まもなく本郷妻恋坂の片ほとりに、三体の子ども地蔵が安置されて、朝夕、これに向かって合掌