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さるでもしばいとならば、大根、下回り、中看板、名題と、いろいろ階級があるとみえて、最初は下回り連のありふれた曲芸。その次が鳴り物づくしに、首引き綱引き、第三にすえたのが呼び物の一つである
お定まりどおり、
「畜生とは思えぬくらいじゃな」
すっかり名人も感に入って、久しぶりの目保養気保養にうっとりなりながら、あごをなでていると――、
「どきねえ! どきねえ! じゃまじゃねえかッ。[#底本には、1字あき]どきねえってたらどきねえよッ」
ガラッ八のぐあい、かしましいぐあい、どうも聞いたような声なのです。
「さてはお越しあそばさったな」
遠慮のないぐあいが、てっきりあいきょう者だろうと思われたので、あごをなでなでふり返ってみると、果然わが親愛なる伝六なのでした。
しかるに、親愛なるその伝六が、来るそうそうから少しよろしくないことをいったのです。
「いくら非番だからって、あきれただんなじゃござんせんか! こんなところでのうのうとやにさがって、しばい見物とはなんのざまです! おしばい見とはなんのざまです!」
おそくなったのをわびでもするかと思いのほかに、言いだし本人のそのご本尊が、誘いの水を向けたことなぞは忘れ顔に、あたりかまわずがみがみとやりだしたものでしたから、名人の顔色がいささか変わりました。
「人中も人前もわきまえのねえやつだな。おまえがここへ来ようと水を向けた本人じゃねえか。みっともねえ、ガンガン大きな声を出すなよ」
「声のでけえな親のせいですよ! それにしたとて、町方を預かるお身分の者が、このせわしいなかに、のうのうと
「変なところへからまるやつだな。おれが来たくてこんなところへ来たんじゃないよ。おめえがやけに誘ったから来たんじゃねえか。おいてきぼりに出会った腹だち紛れにのぼせているなら、大川は目と鼻の近くだぜ。ひと浴び冷やっこいところを浴びてきなよ」
「ちぇッ。血のめぐりのわるいだんなだな! のぼせているな、こっちじゃねえ、そっちですよ! レコなんだッ。レコなんだッ。レコが降ってわいたんですよ!」
「なに!
「だからこそ、やいのやいのと騒いでるじゃござんせんか! ご番所からお呼び出し状が来たんですよ!」
「でも変だな。おまえは髪床へいって、朝湯へ回って、たいそうごきげんうるわしくおめかしをしていたはずだが、違うのかい」
「もうそれだ。なにも人前でかわいい子分をいびらなくたっていいでがしょう! あっしだっても生身ですよ。生身なら
「とちるな、とちるな。愚痴はあとでいいから、肝心のあなというのはどうしたのかい」
「さればこそ、このとおり愚痴から先へいってるじゃござんせんか。なにごとによらず芸は細かくねえといけねえんだ。だから、あっしだって、髪床へも行くときがあろうし、朝湯にだっても出かけるときがあるんだからね、いこうとすると、途中でばったり出会ったんですよ。だんなへ用かときいたら、女が殺されたんだといったんでね、女だったら――」
「いずれべっぴんだろうと思って飛び出したのかい」
「いちいちとひやかしますなよ。なににしても、女が殺されたと聞いちゃ、ほかのことはともかく聞き捨てならんからね、だんなに来たお呼び出し状なら、この伝六様のところにも来たのと同然なんだから、下検分してやろうと、さっそく行ってみるてえと、生意気じゃござんせんか。あんな
「…………」
「ちぇッ。何がおかしいんですかい! 話ゃちゃんと筋道が通ってるじゃござんせんか! 年増のぶ器量な女で、ちっと気に食わねえが、変な殺され方をしているんで、はええところお出ましなせえましといってるんですよ――辰もまた、小せえくせに何がおかしいんだッ。人並みににやにやすんない! とっととみこしをあげたらいいじゃねえか!」
「あげるよ! あげるよ! 催促せんでもみこしをあげるが、でもなんだからな、兄貴の話ゃ――」
「何がなんでえ! 話がわかったら、気どらなくたっていいじゃねえか! やきもきしているんだから、活発に立ちなよ!」
「と思うんだが、兄貴の話ゃ、大きに芸が細けえようなことをいって、ちっとも細かくねえんだからな。女の殺されているのはいいとして、どこで本人が殺されているのか、肝心の方角をいわねえんで、だんなだっても急ぎようがねえんだよ」
「つべこべと揚げ足取るなッ。何もかもおぜんだてができていればこそ、せきたてるんだッ。細けえか、細かくねえか、表へ出てみりゃちゃんとわからあ! さ! だんなも立ったり! 立ったり!」
手をひっぱるようにしながら表へ連れ出すと、いかさま芸が細かいと自慢したのも道理でした。珍しく気のきいた大働きで、ちゃんともう用意しておいた
けれども、本人は大得意。
「ざまみろい! 辰ッ。このとおり、おいらのやることあ細けえんだッ。――ここですよ! ここですよ! この家がそうですよ」
てがら顔に案内してはいろうとした問題のそのひと構えを、あごをなでなでちらりと見ながめていましたが、ぴたりともう右門流でした。
「ほほう。ご家人だな」
「え?」
「ここのおやじはご家人だなといってるんだよ」
「やりきれねえな。おいらが汗水たらして洗ったネタを、だんなときちゃ、ただのひとにらみで当てるんだからな。どうしてまたそんなことがわかるんですかい」
「またお株を始めやがった。この一郭は大御番組のお直参がいただいている組屋敷町じゃねえか。直参なら旗本かご家人のどっちかだが、この貧乏ったらしい造りをみろい。旗本にこんな安構えはねえよ」
まず一つ伝六を驚かしておくと、八丁堀の名物の巻き羽織のままで、案内も請わずさっさと通りました。しかるに、構えの中へ通ってみると、少しくいぶかしいことには、表付きの貧弱なるにひきかえ、家うちの器具調度なぞのぐあいが、ただのご家人にしてはいたくぜいたくなのです。
「はてな、目が狂ったのかな」
いうように、じろじろと見ながめていましたが、事の急は非業を遂げたとかいうそれなる女の検死が第一でしたから、まず現場へと押し入りました。
ところが、その現場なるものがまたひどく不審でした。寝所らしい奥まった一室であったことに別段の不思議はなかったが、旗本ならいうまでもないこと、いかに
「ごめん……」
黙礼しながら通ると、
「念までもあるまいが、検死が済むまでは現場に手をおつけなさらないようにと、当家のかたがたへ堅く言いおいたろうな」
「一の子分じゃあござんせんか! だんなの手口は、目だこ耳だこの当たるほど見聞きしているんだッ。そこに抜かりのある伝六たあ伝六がちがいますよ!」
確かめておいてから、あけに染まって夜着の中に寝かされたままである
「ほほう。わきざしでなし、短刀でなし、まさしく
ずばりとホシをさしておくと、気味のわるい町方役人が来たものじゃな、というように、じろじろとうさんくさげに見ながめているあるじのほうへ、いんぎんに一礼していいました。
「お初に……八丁堀の者でござります。とんだご災難でござりましたな」
いいつつ、名人十八番中の十八番なるあの目です。見ないような、見るような、穏やかのような、鋭いような、ぶきみきわまりないあの目で、一瞬のうちに主人の全体を観察してしまいました。
したところによると、それなるあるじがなんとも不思議なほど若すぎるのです。非業の最期を遂げている女を三十五、六とするなら、少なくもそれより七、八つは年下だろうと思われるほど若いうえに、男まえもまたふつりあいなくらいの美男子なのでした。加うるに、どうも
しかし、それと見てとっても、なに一つ顔の色に現わさないのがまた名人の十八番です。いたって物静かに尋問を始めました。
「ご姓名は?――」
と――、なんとしたものだろう! これがすこぶる意外でした。
「申します。お尋ねなさらなくとも申します。井上金八と申します」
剣もほろろにはねつけるか、でなくばいたけだかになってどなりでもするかと思われたのが、じつに案外なことにも、いたって穏やかな調子ですらすらと申し立てましたものでしたから、名人の不審は急激に深まりました。貧弱なご家人だなと思えば、家へはいってみると思いのほかに裕福なのです。裕福かと思えば、見舞い客が少ないのです。少ないかと思えば、主人らしい男が、殺されている女とはひどくふつりあいに若くて色男なのです。しかも、傲慢に見えるので、心しながら尋問すると、じつにかくのごとく穏やかなのです。
「どうやら、これは難事件だな」
すべてのお献立がはなはだぶきみでしたから、推断、観察を誤るまいとするように、名人はいっそうの物静かな口調で、尋問をつづけました。
「お
「お恥ずかしいほどの少禄にござります」
「少禄にもいろいろござりまするが、どのくらいでござりまするか」
「わずか五十石八人
「では、やっぱりご家人でござりましょうな」
「はッ。おめがねどおりにござります」
「これなるご不幸のおかたは?――」
「てまえの家内にござります」
「だいぶお年が違うように存じまするが――」
「はっ。てまえが九つ年下でござります」
「ほかにご家族は?――」
「女中がひとりいるきりでござります」
「年は?――」
「しかとは存じませぬが、二十二か三のように心得てござります」
「では、これなるご内室がどうしてこんなお災難にかかりましたか、肝心のそのことでござりまするが――」
きこうとしたのを、
「それだッ、それだッ。いま出るかいま出るかと、そいつを待っていたんですよ!」
わがてがらの
「ようよう、これであっしの鼻も高くなるというもんだ。いまかいまかと、ずいぶんしびれをきらしましたよ。ところで、ひとつ、肝心のその話にうつるまえに、ぜひにだんなにお目にかけたい珍品があるんだがね。というともってえつけるようだが、こいつがたいそうもなくだいじな品なんだからね。そのおつもりで、よっく見ておくんなせえよ! な! ほら! こういう書きつけなんだがね」
とつぜん妙なことをいいながら、うやうやしく懐中から取り出してみせたのは、次のように書かれた一封でした。