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かくして、そのあくる朝です。
ふたりの配下がけんめいに町名主どもへ伝達したとみえまして、申し渡した四ツ少しまえあたりから、いずれもなんのお呼び出しであろうといぶかりながら、遠くは乗り物、近くはおひろいで、それぞれ父親同道のもとに江戸美人たちが、ぞろぞろと名人係り吟味のお白州へ出頭いたしました。かりにこれが尋常普通のあまりおきれいでない女性であったにしても、三人五人と目の前へつぼみの花が
「ねえ、だんな! どうです。すっかり世間がほがらかになっちまうじゃござんせんか。これだから、お番所勤めはいくらどじだの、おしゃべり屋だのとしかられましても、なかなかどうして百や二百の目くされ金じゃこのお株は売れねえんですよ。ね、ほらほら、また途方もねえ上玉がご入来あそばしましたぜ。――でも、それにしちゃ、あのおやじめはちっとじじむさすぎるじゃござんせんか。もしかするてえと、もらい子じゃねえのかな。だとすると、これで広い世間にゃ、もらい合わせて跡めを譲ろうってえいうようなもののわかったやつがいねえわけでもねえんだからね、年もころあい、性はこのとおりの毒気なし、ちっと口やかましいのが玉に傷だが、そこをなんとか丸くおさめて、あっしが半口乗るわけにゃめえりますまいかね」
「…………」
「ちょッ、いやんなっちまうな。どういうお気持ちで狩り出したかしらねえが、だんなが発頭でお呼びなすったんじゃござんせんか。九人も十人もの小町娘をいっぺんに見られるなんてことあ、一度あって二度とねえながめなんですよ。やけにおちついていらっしゃらねえで、きょうばかりは近所づきあいに、もっとうれしくなっておくんなせえよ。な、辰ッ。おい、お公卿さまッ」
「…………」
「ちぇッ、のどかなくせに、きどっていやがらあ。寸は足りねえったって、耳は人並みについているじゃねえか。なんとか返事をしろよ」
「だって、このついたてが高すぎて、よく向こうが見えねえんだよ」
「ほい、そうか。高すぎるんじゃねえ、おめえがちっとこまかすぎるからな。じゃ、おれがふたり分
それがまた小声だけに、うるさいことは並みたいていでないので。しかし、名人はただ黙々。集まってきた小町美人のほうへはまったく目もくれないで、何を待つのか、しきりと出入り口にばかり
「よしッ。いま来たふたりのおやじがたいせつなお客だ。あとの者たちは、もう目ざわりだから、引きさがるように申し伝えろッ」
「…………」
「何をパチクリやってるんだ。幾人来たか数えてもみないが、あとの小町娘たちにはもうご用済みだからと申し伝えて、引きさがるように手配しろよ」
「…………」
「…………」
「血のめぐりのわりいやつだな。いつまでパチクリやってぽかんとしているんだ。きさまは河童権があんどんへ残していった文句覚えてねえのか。江戸の小町娘は気をつけろ、比丘尼小町に食われちまうぞと、気味のわるい文句があったじゃねえか」
「ちぇッ、そうですかい。じゃ、あんな文句が残っているからにゃ、どこかほかでもう比丘尼小町とやらにやられた娘があるだろうと眼がついたんで、わざわざ小町改めをしたんですかい」
「決まってらあ。いま来たあのおやじどもを見ろ。なにか思いもよらねえいわくがあるとみえて、おどおどうろたえているじゃねえか。だから、もう小町娘を無事に連れてきた親どもにゃ用はねえんだ。早く引きさがるよう申し伝えろッ」
「これだからな。化かされまい、化かされまいと思っていても、じつにだんなときちゃあざやかだからな、せっかく堪能できると油が乗り出してきたのに、しかたがねえや。じゃ、辰ッ、遠慮しねえでついたての陰から首を出しなよ」
「まてまてッ」
「えッ?」
「ここに十金あるから、帰りの乗り物代に分けてつかわせ。暑いさなかをご苦労だった、このうえとも娘どもはたいせつにしろと、ねんごろにいたわってやれよ」
「いちいちとやることにそつがねえや。おい、辰ッ。背のちっちぇえのが恥ずかしかったら、せいぜい伸び上がってついてきなよ」
伝六、辰の配下たちが、そのまま帰してしまうのを惜しそうにひとりひとり手配したのを見すましてから、やおら名人はひざを進めると、いわくありげなふたりの町人に呼びかけました。
「遠慮はいらぬ。心配ごとがあらば、早く申し立てろ」
「へえい……」
「たぶん、両名とも娘たちの身の上に、何か異変があっての心配顔と察するが、どうじゃ、違うか」
「お察しのとおりなんでございまするが、でも、ちっと話がこみ入っているんでございますよ。じつは、ゆうべおそくに町名主がおみえなさいまして、この町内で小町娘と評判されているのはおまえのところのお千恵だけじゃ、しかじかかくかくでお番所から不意にお呼び出しがかかってきたから、四ツまでに出頭しろと、このように申されましたんで、なんのことやら、では参りましょうと、さっそくただいま、預けておいたところへ娘を連れに参りましたら、どうしたのでござりましょう、その娘がふいっと行くえ知れずになったのでござりますよ」
「なに! 預けておいたとな! 聞き捨てならぬことばじゃ。いつ、どうして、どこへ預けておいたか!」
「それがどうも、ちっと気味のわるい話なんでございますよ。聞けば、こちらの綿半さんも同じようなめにお会いなすったそうでございますが、ちょうど三日まえのことでございます。てまえは神田の
「なにッ、女行者とな! 美人だったか!」
「へえい。目のさめるほど美しい比丘尼の行者でございましたが、ひょっくり、やって参りまして、いま通りかかりに見たのじゃが、おまえの家の屋の
「それで、いかがいたした。災難のがれに、娘を供養にあげろと申しおったか!」
「へえい。供養金を百両と、娘の千恵めを五日間お比丘尼さまのご
「綿半とやら、そちも同様だったか」
「へえい。一日だけてまえのほうが早いだけのことで、何から何までそっくりでござりました。ほかのものならそれほどもぎょうてんいたしませぬが、見たばかりでも気味のわるい白へびがにょろにょろ庭先へはい出してまいりましたゆえ、てまえも、家内も、娘のお美代もすっかりおじけたちまして、いうとおり百両さしあげ、やっぱりおこもりにつかわしましたのでござります」
「その間に祈祷所とやらへ、様子見に参ったことはなかったか」
「おきれいなお比丘尼さまでござりましたゆえ、安心しながらきょうまでお預け放しにしておいたのでござります」
奇怪も奇怪! ぶきみもぶきみ! 事実はがぜんここにいたって
「おろか至極な親どもだな! へび使いの比丘尼小町に、たいせつな娘をしてやられたぞッ」
「えッ! では、では、娘をかたり取るために、そんな気味のわるい長虫を使ったのじゃとおっしゃるのでござりまするか」
「決まってらあ。小へびのうちから米のとぎじるで飼い育てたら、どんなへびでも白うなるわ!」
「でも、
「だから、愚かな者どもじゃと申しているんだッ。前もって縁の下にでも放しておいて、使い慣らした白へびを呼び出したんだッ」
「ならば、娘の身にもなんぞ異変が起きているのでござりましょうか! かたりかどわかしたうえで、どこぞ遠いところの色里へでも売り飛ばしたのでござりましょうか!」
「相手はへびと一つ家に寝起きしている比丘尼行者だ。もっとむごたらしいめに会っているかもしれんぞッ。祈祷所とか申したところは、遠いか、近いか!」
「湯、湯島の天神下でござります」
「じゃ、伝六ッ」
「…………」
「伝六ッといっているのに、聞こえねえか!」
「き、聞こえますよ、聞こえますよ。ちゃんと聞こえているんですが、どうせのことなら、ゆうべの式部小町を先にかぎ出しておくんなせえな、生得あっしにゃ、長虫ってえやつがあんまりうれしくねえんでね。話きいただけでも、目先にちらついてならねえんですよ」
「忙しいやさきに、よくもたびたび手数のかかるこというやつだな! その式部小町もいっしょにしてやられているから、急いで駕籠呼んでこいといってるんだッ」
「えッ。じゃなんですかい! 河童権に一服盛りやがったのも、おんなじ比丘尼小町のへび使いのその女行者だというんですかい!」
「決まってらあ! 捨てておいたら、三人の小町娘が生き血を吸いとられてしまうかもしれねえんだから、早いところしたくをしたらいいじゃねえか! へびがこわかったら、
いっているまに、まめやかなお公卿さまがまめまめしい働きでした。
「駕籠なら三丁表につれてめえりましたよ」
「そうかみろ! のどかなあにいに、ヒリリと一本、小粒の辛いところを先回りされたじゃねえか! じゃ、そっちの町人衆! 青ざめていねえで、早く乗りなよ」
きくだに