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――ひきつづき第十六番てがらにうつります。
事件の
「品川で遺言をする
だから、ご一新前までは、やれやれそば屋、別れ茶屋などといった看板の家があったものだなんかと、見てきたような悪じゃれをいうものがございますが、いずれにしても、このお時代の品川は、むしろ当今よりもずっと繁盛していたくらいのもので、しかるに時も時五月の晦日というような切りつめた日に、まこと前代
「ちぇッ。なんともかともたまらねえ景色じゃござんせんか。死んだおふくろに、いっぺんこのながめを見せてやりたかったね。目と鼻のおひざもとに住んでいながら、おやじめがごうつくばりで、ただの一度も遠出をさせなかったんで、おっちぬまでいっぺん海を見て死にてえと口ぐせにいってましたっけが、今度のお盆にゃ
「バカッ」
「えッ?」
「おめでたいお出迎えに来ているというのに、死ぬの、位牌のと、不吉なことを口にするな」
「そうですか。じゃ、おめでたいことを申しますが、ねえ、だんな、あそこの茶店の前の目ざるに入れてある房州がにゃ、とてもうまそうじゃござんせんか。ご用が済んだら十ばかりあがなってけえって、晩のお
「よくよくしゃべりてえやつだな。松平のお殿さまに聞こえるじゃねえか。うるせえから、あごをはずして、ふところの中へでもしまっちまえッ」
しかられているまに、八ツ山下をこちらへ回って、
「エイホウ。エイホウ」
景気のよい小者どもの掛け声に交じって、
「寄れッ。寄れッ」
「豆州か。お出迎えご苦労でござった」
「おことば恐れ入ってござります。道中つつがのうございまして、祝着至極にござります」
まことにどうもこの、豆州か、というような
しかし、あいにくとそのとき、おふたりのごあいさつが終わって、尾州侯がふたたびお駕籠に召されながら、伊豆守様のお召し駕籠ともども、しずかにお行列が練りだしましたものでしたから、いぶかりながらもお見送り申しあげていると、後詰めの
「くせ者じゃ、くせ者じゃッ」
「
すわ珍事とばかりに、呼び叫んだ声といっしょで、めでたかりし参覲途上のお行列は、たちまち騒然と乱れたち、まず何より先にと供まわりの一隊が
もちろん、われらの捕物名人が、事起こるといっしょで、伝六、辰の両配下を引き従えながら、時を移さず怪しの駕籠のくせ者大名目ざして駆けつけたのはいうまでもないことでしたが、しかるに、これがいかにも奇怪なのです。矢を射る、当たる、駆けだすと、ほとんど時をまたずにいずれもが駆けつけていったのに、なんたる早わざでありましたろう! 怪しの大名駕籠は、とっくにもうもぬけのからでした。お供の者も三、四人はいたはずでしたから、せめてそのうちのひとりぐらい押えられそうに思われましたが、それすら完全に煙のごとく逐電したあとで、ただ残っているものは怪しの駕籠が一丁のみでしたから、いかな捕物名人も、あまりのすばしっこさに、すっかり舌を巻いてしまいました。しかも、それなる残った駕籠がまたすこぶる用意周到で、飾り塗り、
けれども、むろんそれは一瞬です。よし墨田の大川に水の干上がるときがありましょうとも、江戸八丁堀にぺんぺん草のおい茂る日がありましょうとも、むっつり右門と名をとったわれらの名人の策の尽きるときがあろうはずはないので、しからばとばかりに