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右門捕物帖(うもんとりものちょう)15 京人形大尽

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:22:08  点击:  切换到繁體中文


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 かくして乗りつけたところは、いうまでもなく日本橋詰めの近江屋おうみや勘兵衛かんべえ方です。何はともかく、千両箱のしまわれてあった金蔵を一見しなくばと、名人はすぐさま人形大尽を案内に立てて、屋のむねつづきの土蔵へやって参りました。商売がらが商売がらでしたから、そのがんじょうさ、いかめしさというものは説明の必要がないくらいなもので、戸前には特別大の大阪錠おおさかじょうをピシリとおろし、見るからに両替屋の金蔵らしい構えでした。
 人形大尽勘兵衛は、名人の出馬を得たのにもうほくほくでしたから、ただちにかぎを錠にはめて、鉄扉てっぴと見える大戸前をあけにかかりました。
 と――、それを見て、名人が鋭く制しながらいいました。
「まて、まてッ。あけるのはあとでよいによって、まず先に盗み出されたおりのもようがどんなじゃったか、覚えているだけのことを話してみい」
「べつにいぶかしいと思うたことはござりませなんだよ。まえの晩にちゃんと錠をおろしておいたとおり、朝参りましたときも錠がおりてござりましたゆえ、あけて中を改めましたら、三千両だけ減っていただけでござります」
「あわて者よな。錠がそのままになっていて、なかの金が減っていたとせば、大いに不思議じゃないか。いったい、この錠のかぎは一つきりか、それとも紛失したときの備え品がほかにもあるか」
「いいえ、天にも地にもただ一つきりでござります」
「その一つは、だれが預かりおった。弥吉にでもかぎ番をさせておいたか」
「どうつかまつりまして、それまでは先ほども申しましたとおり、命をとられても小判は離すまいと思うほどだいじな品でござりましたゆえ、かぎは毎晩てまえがしっかり抱いて寝ていたのでござります」
「では、夜中にその抱いて寝ていたかぎを盗み出された形跡もないというのじゃな」
「ござりませぬ、ござりませぬ。そうでのうても目ざとい年寄りでござりますもの、抱いているのを盗み出されたり、またそっと寝床の中へ入れられるまで知らずにいるはずはござりませぬ」
「とすると、なかなかこれはおもしろうなったようじゃな。では、もう一度念を押してきくが、朝来たとき、たしかに錠はおりたままになっていたというのじゃな」
「へえい、ちゃんとこの目で調べ、この手で調べたうえに、てまえがこのかぎであけたのでござりますゆえ、おりていたに相違ござりませぬ」
「そうか、よしよし。ではもう一つ尋ねるが、その前の蔵の金を調べたのはいつじゃった」
「いつにもなんにも、毎晩調べるのでござりまするよ。商売がらも商売がらからでござりまするが、毎晩一度ずつ千両箱の顔をなでまわさないと、夜もろくろく寝られませなんだので、娘をしかった晩もよく調べましたうえ、ちゃんと錠をおろしましてやすんだのに、朝起きてみますると、先ほど申しあげましたように、弥吉めが持ってまいりましただけのちょうど三千両が蔵の中で減っておりましたゆえ、てっきりもうあいつのしわざと思うたのでござります」
「では、もう一つ尋ねようか。その晩調べにまいったおりは、そのほうひとりじゃったか」
「へえい、ひとりでございました」
「たしかにまちがいないか」
「…………」
「黙って考えているところをみると、なにか思い出しかけている様子じゃが、どうじゃ、たしかにひとりで調べに参ったか」
「いえ、思い出しました。いま思い出しました。やっぱりひとりではござりませぬ。小僧の次郎松といっしょでござりました」
「なにッ、丁稚でっちの次郎松がいっしょだったとな! 当年何歳ぐらいじゃ」
「十四でござりまするが、目から鼻へぬけるようなりこうなやつで、何も疑わしいようなことをする悪いやつではござりませぬよ」
「だれも疑うているといやあせぬわ。ただきいているまでじゃ。では、なんじゃな。その後この蔵には手をつけないのじゃな」
「へえい。こんなふうにだんなさまのお出ましを願うようにならばと存じまして、そのままにしておいたのでござります」
「しからば、吉原へ持参の五千両はどこから出しおった」
「向こうにもう一つ、ないしょ倉がござりますゆえ、そちらから持ち出したのでござります」
 まことにそれが事実ならば、およそいぶかしい三千両といわねばなりませんでしたから、始終を聞いていて、とても不思議でたまらぬように、例のごとく口をさしはさんだのはあいきょう者の伝六です。
「どうもこりゃ天狗てんぐのしわざかもしれませんぜ。錠にもかぎにも異状がねえっていうのに、中の三千両が羽がはえて、弥吉の野郎のまくらもとに飛んでいっているなんて、どうしてもこりゃ天狗のいたずらですよ。久しく江戸に出たといううわさを聞かなかったが、陽気にうかれて二、三匹鞍馬山くらまやまからでも迷い出たんでしょうかね」
「うるせえ! 黙ってろ。では、もういいから、戸をあけてみな」
 カチリ、ガチャリとやって、ガラガラと締め戸を押しあけながら、一同が人形大尽のあとに従って蔵の中へはいろうとしたそのとたん――
 名人がごくなんでもないような顔つきをして、ごくなんでもないようにこごみつつ、ちらりそこの錠前トボソがおりる敷居の上のみぞ穴をのぞいていたようでしたが、と――、不意にからからと大きくうち笑うと、きくだにすっと胸のすくようなせりふをずばりと言い放ちました。
「なんでえ、いやに気を持たしゃがって、つまらねえ。これだから、おれあどうも欲の深い金満家とは一つ世の中に住みたくねえよ。欲が深いくせに、むやみとこのとおり、やることがそそっかしいんだからな。ね、おい、京人形のお大尽、もう蔵の中なぞ調べなくたって、天狗の正体がわかったぜ」
「えッ! じゃ、あの、三千両を持ち出したものは、やっぱり弥吉でござりましたか、それとも娘でござりましたか」
「だれだか知らねえが、おまえさんはたしかにこの戸の錠がおりていたといったな」
「へえい、二度も三度も、しちくどいほど申しあげたはずでござります」
「では、もういっぺんその戸を締めてみな」
「締めますよ。締めろとおっしゃいますなら、何度でも締めますが、これでようござりまするか」
「たしかに締めたな」
「へえい、このとおりピシリと締めましてござります」
「では、もういっぺん、そのままかぎを使わないであけてみろ」
「冗談じゃござんせぬ。ピシリと締まった戸前が、かぎを使わないであけられるはずはござんせんよ。大阪錠というやつは、締まるといっしょにトボソが自然と中からおりるのが自慢なんでござりますからな。かぎなしでこの錠があけられてなりますものかい」
 不平そうにつぶやきつぶやき、今しめた戸を疑わしげにひっぱったとみえましたが、こはそもなんたる不思議! かぎなしであけられるはずがないといったその戸が、実に奇態に、かぎなしで手もなくガラガラとあいたものでしたから、おどろいたのは京人形のお大尽です。
「こりゃなるほど天狗でござります。いったい、どうしたのでござりましょうな」
「ちっとおれの目玉は値段が高いつもりだが、少しはおどろいたか」
「へえい、もう大驚きでござります。どうしたというのでござりましょうな」
「どうもこうもないよ。値段の安そうなその目をしっかりあけて、敷居のトボソがはまるそこのみぞ穴をよくみろな」
「何か穴に不思議がござりますか! おやッ、はてな。こりゃだんなさま、穴に何かいっぱい詰まっているようでござりまするが、何品でござりましょうな」
「塩豆だよ。塩でまぶしたあのり豆さ」
「なるほどね。そういわれてみると、いかさまそれに相違ござんせんが、それにしても、だれがこんなまねをしたのでござりましょうな」
「丁稚の次郎松だよ」
「えッ! でも、せっかくのおことばでござりまするが、ちっとりこうすぎるところはあっても、あいつにかぎって、こんなまねするはずはござんせんよ」
「控えろ。むっつり右門といわれるおれがにらんでから、こうこうと見込みをつけたんだ。不服ならば聞いてやるが、あいつは買い食いする癖があるだろ。どうじゃ。眼が違うか」
「恐れ入りました。そういわれると、そのとおりにござります。ほかに悪いところはござりませぬが、たった一つその癖があいつの傷でござります」
「それみろ。思うにあの晩、そなたとふたりでこの倉へ調べに来たときも、きっとボリボリやっていたに相違ないが、気がつかなかったか」
「さよう……いえ、おことばどおりでござります。そう言われてみますと、いま思い出してござりまするが、たしかに何かもごもごと口を動かしておりましたゆえ、また買い食いをしたのかといってしかった覚えがござります。しかし、それにしても、あの次郎松がまたなんとしようとて、こんなだいそれたまねをしたのでござりましょうな。三千両を持ち出したのもあれでござりまするか」
「あたりめえさ、今どろを吐かせてやるから、はよう連れてこい」
 ずばりと断定を下しましたので、めんくらいながら勘兵衛が走っていったのはいうまでもないことでしたが、あいきょう者がまたじつにおどろいたとみえて、目をぱちくりさせながらお公卿くげさまにいいました。
「な、辰、おっかねえだんなの眼力じゃねえかい。おら、一年もこっちくっついているが、だんなながらちっと今夜は気味がわるくなったよ。な、おい、どうだろうな、このあんべいじゃ、おれとおめえが、ゆうべだんなにないしょで吹き矢の帰り道に、ふぐじるを食べたことも、ひょっとするともう眼がついているかもしれねえから、いっそ思いきって白状しちまうか。おら、隠しておくのがおっかなくなったよ」
「ああ、いえよ、いえよ。割勘にしたことも隠さずにいっておきなよ」
「じゃ、いうからな。――ね、だんな! ちょいと、だんな!」
「バカ」
「えッ」
「子どもみてえなこというな」
「だっても、隠しておくとおっかねえからね」
「かわいいやつらすぎて、あいそがつきらあ。みろ! 次郎松が来たじゃねえか」
 眠そうな目をしてそこに次郎松少年が勘兵衛に連れられながらやって参りましたものでしたから、名人がいかなる責め方をするかと思われましたが、じつにこういうところが右門流でした。
「そらそら、次郎松! おまえの口ばたに塩豆の皮がくっついているぜ!」
 不意にいわれて、ぎくりとなったようにあわてながら口のはたへ手をやったところへ、名人の間をおかないやさしいことばが飛んでいきました。
「な、次郎松、むっつり右門のおじさんは、そのとおり何もかも知っているんだからな、隠さずにみんな話しなよ。このおじさんは強情っ張りがいちばんきらいだからな。すなおにいえば、どんなにでも慈悲をかけてやるゆえ、みんないってしまいな。ここへ奉公に来るときも、おまえのちゃんとおっかあが、金を扱うところへ奉公に行くから、小判の毒に当てられるなよ、といったはずだが、どうだ、おじさんのいうことはまちがっているか」
 いわれて、強く胸を打たれでもしたかのごとく、じわり、と目がしらをうるませていましたが、しゃくりあげ、しゃくりあげいいました。
「申します、申します。まことにおわるうござりました。いかにも、わたしがあの三千両をこの蔵から盗み出して、弥吉どんのまくらもとへ置きました。かんにんしてくださりませ。かんにんしてくださりませ」
「よし、泣かいでもいい、泣かいでもいい。そうとわかりゃ、けっしてこのおじさんはとがめだてをせぬが、でも、どういうわけで、おまえがそんなたてひきしたんだ。おじさんが思うには、きっとおまえは弥吉からつね日ごろかわいがられていたんで、そのお礼心に、一つまちがやどろぼうの罪も着ねばならぬほどのことをしたと思うが、どうじゃ、ちがうか」
「そのとおりでござります。隣のへやで、だんなさまがおたえさまをおしかりなさっていたのを聞いていましたら、美しいお嬢さまもおかわいそうでござりましたが、やさしい弥吉どんも、金がないばっかりにつらい思いをせねばならぬかと、ふびんでふびんでなりませなんだゆえ、あの晩土蔵へのお供を仰せつかったをさいわい、こっそり塩豆を穴にうめて、錠のかからぬようにしておきましてから、夜そっと弥吉どんのまくらもとへお金を運んでおいたのでござります」
「千両箱といや、十三や四のおまえひとりでは運ばれぬ目方があるはずじゃが、だれかに力を借りたか」
「子どもだとて、そのくらいな知恵がつかぬでどういたしますか! 封印を破って、少しずつ少しずつ、気長にひとりで運んだのでござります」
「ほほう、そうか。ねずみのまねをしたと申すか。目から鼻へ抜けるというたが、いかさまその賢さならば、右門のおじさんの弟子でしになっても、ずんとまにあいそうじゃな。では、それほどおまえがふびんに思うて、日ごろの、お礼心を返す気になった弥吉どんじゃがの、今どこにいるか、その居どころを知っているじゃろうな」
「…………」
「なに? 黙っているところをみると、そればっかりはいえぬというのか。おまえの親切がかえってあだとなって、そのためにこのうちを追われた弥吉どんじゃもの、おまえとてもそのまま黙っているはずはあるまいし、また弥吉どんじゃとて、よし、あだになった親切じゃろうと、うけた親切は親切じゃもの、何かその後おまえと行き来があったと思うが、どうじゃ、おとなしくいってしまえぬか」
「…………」
「ほほう、そればっかりは強情張っているところをみると、なにかまだ大きな隠しごとがあるかもしれぬな」
 いいつつ、あの鋭い烱眼けいがんで、じろじろ小さな義少年の次郎松を見ながめていましたが、そのとき――ふと名人の目に強く映ったものは、いぶかしや次郎松少年の腰のところに、いとたいせつなもののごとくつりさげられている一個の腰ぎんちゃくでした。それも普通の品ではなくて、ひと目にそれと見られる金襴地きんらんじの小袋でしたから、発見するや、鋭い声がとんでいきました。
「そりゃなんだッ。おまえがたには分にすぎた腰ぎんちゃくじゃが、どれ見せろッ」
 見とがめられて、ぎょッとしたように必死と両手で押えつけましたものでしたから、いかでわれらの捕物名人が許すべき!――。
「ちっと痛いが、こらえろよ」
 いいつつ、草香流でもぎとってよくよく見ると、こはなんたる奇怪ぞ! プンと鼻を打ったは、線香――、お寺さんで用いる上等の線香のにおいです。
「ほほう、これはどうやらすばらしくおめでたいことになってきたぞ」
 およそここちよげな微笑をもらしもらし、守りぎんちゃくの中を改めていましたが、と――はしなくも現われてきた一通は、次のごとくに書かれた紙片でした。
「そなたのうれしきあの夜の心尽くし、生々世々忘れまじくそうろう。されど、今は親しくお目にもかかれぬ身、お礼のかわりにこの守り袋お届け候まま、わが身と思うて、たいせつにご所持なさるべく、はよう年季勤めあげて、ご立身なさるよう、陰ながら祈りあげ候。次郎松どの――」
 読みおろすと同時でした。じつに意外ともなんとも言いようのないことを、ずばりと名人がいいました。
「人形大尽! 十七、八の島田がつらを一つ用意しておきなせえよ」
「えッ※(感嘆符疑問符、1-8-78) まだなにかそんなものを用意して、娘の供養をせねばならぬのでござりまするか」
「さようじゃ。ちっとこんどの供養は大金がかかるが、だいじないか」
「金ゆえに失った娘でござりますもの、それで供養ができますならば、いかほどかかりましょうとも惜しくはござりませぬ」
「でも、この近江屋の身上がみんなじゃぞ」
「みんなじゃろうと、どれだけじゃろうと、喜んでさし上げまするでござります」
「すこぶるよろしい! では、あすの朝にでも河岸かしへ行って、江戸一番の大鯛おおたいをととのえてな、それからなだの生一本を二、三十たるほどあつらえておきなよ。そうそう、特にこのことは忘れてはならぬが、これなる次郎松少年は、じゅうぶん目もかけ、いたわってもつかわせよ。こういう賢い奉公人というものは、そういくたりもあるものではないからな」
「なんじゃやらいっこうに解せませぬが、しろとおっしゃれば、どのようにでもいたしまするでござります」
「ますますよろしい! では、伝六ッ!」
「えッ?」
「夜通しではちっと眠いが、今から青葉見物にでも出かけようじゃねえか」
「…………※(疑問符感嘆符、1-8-77)
「黙って首なんぞひねらなくたっていいんだよ。ほら、小判で五両やるから、これで酒手もなにもかも含めてな、大急ぎに遠出駕籠かごを三丁雇うてこいよ」
「ゲエッ――と、ようようこれで声が出やがった。まあそう矢つぎばやとものをおっしゃらずに、しばらく待っておくんなせえよ。――な、辰ッ。おりゃ、こんどばかりは、だんだんだんながおっかなくなってきたからな、お供は断わりてえが、おめえ行く気かい」
「…………」
「なにをもがもがと、死にかけたふなみてえな口つきしてやがるんだ。おめえもあんまりおどろいたんで、声が出ねえのか!」
「で、で、出るよ、出るよ、このとおりりっぱに出るが、だんながああおっしゃるんだから、青葉見物とやらに行ったらいいじゃねえかよ」
「ちぇッ、こいつ、おまえの目は夜が夜中でも青葉が見えるかしらねえが、おらの目はこう見えたって人間並みにまっとうなんだぜ。つまらんところで、できそこないの目を自慢するない!」
「おいこら、伝六ッ」
「えッ!」
「なにをいつまでむだ口たたいているんだ。駕籠はどうした!」
「あきれるな、またなんか化かす気でいるんだからな。ほかのところじゃ慈悲ぶけえだんなだが、いつもこの手ばかりゃ、ほんとに伝六泣かせですよ」
 いいつつも、屈強なのをそろえてそこに来たのをみると、ゆうぜんとうち乗りながら、名人がこともなげにいいました。
「おまえたちもあとのに乗ってきな。――おい、駕籠屋、行く先は青梅おうめの宿だぞ!」


 

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