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やがてのことに、まず舞台にはあかあかと何本かの燭台がともされて、こんなときでもないときに、変わり種の三人ばかりなお客でも、やはり芸とならば鳴り物がはいらないと太夫たちに興が移らないのか、ジャカジャカチンチンと下座のおはやしが始まるといっしょに、嫣然として右門主従三名のほうへ媚びの笑いを投げかけながら、妖々とそこに競い咲くごとく姿を見せた者は、これぞ問題の梅丸竹丸両花形です。梅の花を染めぬいた大振りそでを着ているところから推さば、それが梅丸というのに相違なく、年のころはまず二十一、二歳、一方はそれより一つか二つ年下で、同じように竹を染めぬいた大振りそでの衣装から判断すると、むろんのことにそれが竹丸というのに相違なく、しかも両々さすがに売り物の看板娘というだけがものはあって、なかなかにあなどりがたいあでやかさでしたから、 「へへえい。な、辰。こりゃどうもわりかたとおつな玉だぜ」 たかが奥山の芸人ふぜいと、今のさっきけいべつしきったそのあいきょう者が、まだ舌の根のかわかぬうちに自分から先にたって、ぽかんと見とれだしたのも笑止千万ですが、そのまに下座のおはやし連がひとわき高くジャカジャカと景気をつけて、いかにも奥山の芸人らしく歌いだしました。
――主と寝ようか五千石取ろか なんの五千石主と寝よ。
いっしょに梅丸竹丸が各自一振りずつ大きく腰を振って、商売なれしたもののごとくに、ぱッぱッと白い粉末を散らしながら、おのおのそのたびの裏に塗りつけたものは、竹棒をすべらぬための用意にと、先ほど右門がいった石灰でした。と見るまに、両名は別々のはしごを伝わりながら、そこの天井から向こうとこっちにぶらさがっている二本の竹棒の上にふんわり身軽くめいめいが乗り移ったと見えましたが、右手に扇子、左手に唐笠を各自巧みにさッと開いて、下座の鳴り物調子に合わしながら、主と寝ようか五千石取ろかを、すべすべとした細い竹棒の上でいともあざやかに踊りつつ、手に汗するようなあぶない棒渡りの空中芸を競演しだしたものでしたから、伝六はむろんのことに、お公卿さまの善光寺辰までが、のっぺりとのどかな顔にぽかんと大きく口をあけながら、すっかり二つの妖花の空中踊りに見とれてしまいました。 けれども、わが捕物名人ばかりは、およそこういうところが品のできの違うところです。ふたりの手下がぽかんと妖花の芸に見とれているのをそこにほっておきながら、やにわにすいと立ち上がると、ずかずかと舞台の上にやっていって、爛々烱々と目を光らしながら、今、梅丸竹丸両名が竹棒の上にのぼるまえ、そこの板の上に残しておいた石灰の粉末のたび跡の大きさを、じいっと見調べました。 ところが、どうもこれがじつに意外中の意外なので、右門の足は九文七分であったのをさいわい、それを標準のものさしにして両名の白い粉の足跡を計ってみると、偶然なことに、梅丸竹丸いずれもが同じように九文三分くらいの大きさでしたから、こりゃいけねえ、というように、すっかりあてのはずれた面持ちでした。また、これは、いかな名人であっても、ことごとくあぐねきってしまうのが当然なので、少なくも事件の重大なかぎとなるべき、あの女親方のへやにうっすらと乱れ散っていた大きなほうの粉足跡は、梅丸竹丸両名のうちのどちらかが残したものであろうとにらみがついたればこそ、こうやって見たくもない竹棒渡りまでも演ぜしめたのに、しかるをいま両名の足跡を検分したところによれば、なんとも腹のたつ偶然なことには、両々等しく九文三分ぐらいの大きさを示していたものでしたから、せっかくの手がかりとなすべき努力も水泡に終わったのを知って、空中芸の済むのと同時に、やや思案に余ったかのごとく、ふたたび殺人の現場へ引き返していくと、じろじろ目を光らして丹念に死骸を見ながめていたようでしたが、と――とつぜん、くすりと笑いだすと不意にいいました。 「な、伝六ッ」 「えッ」 「めったなことはいうもんじゃねえよ。むっつり右門ももうろくしたなと、さっきひとごとのようにひやかしていたが、おれともあろうものが、こんなでかいネタを見のがすんだからな。うっかりしたせりふはきけねえものさ。その女親方の口にかみ切られている振りそでをよく見ねえな」 「何か、るすの間にそでの様子でも変わったんですかい」 「いいや、変わりゃしねえがね。見りゃ、桜の花が染めぬいてあるから、さっき見た竹丸の竹模様、梅丸の梅模様だったところから推しはかって、おそらくその振りそで衣装をつけていたかるわざ娘は桜丸とでもいう名だろうが、でけえネタを見のがしたというな、その片そでの一枚下だよ」 「下に何か手品のしかけでもありますかい」 「あるんだから奇態じゃねえか。ちょっと上のをまくってみなよ」 「よよッ。なるほど、下にもう一枚模様の違った衣装のすそみてえなものを食いちぎっておりますね。しかもこりゃ、さっき梅丸が着ていやがったやつとおんなじ梅模様じゃござんせんか」 「だから、右門もとんだもうろくをしたものさ。いくら梅と桜と紛れやすい模様だからって、これに気がつかねえようじゃ、われながら皆さまに申しわけがねえよ。だが、もうこうなりゃおれの畑だッ。ふたりとも、さっき見とれたべっぴんをじきじきに拝ましてやるから、ついてきな!」 いいつつ、ずかずかと押し入ったところは、いうまでもなく梅丸の楽屋べやです。ちょうど舞台を下がって、今の放れわざに一汗かいたものか、あらわな肉襦袢一枚になりながら、しきりと胸のあたりに風を入れていたところへ、ぬうと右門主従が押し入りましたので、恥じおどろきながら梅丸があわてて脱いだ衣装を春の盛りの熟れきった肉体に羽織ろうとしましたものでしたから、右門がやにわに足でしっかと踏みおさえると、しかるかのごとくにいいました。 「まてッ。この衣装にゃ、ちっと用があるんだッ」 いいつつ見調べていたようでしたが、と、――果然、その内前すそが五寸四方ほど食いちぎられていることが発見されましたので、なんじょう名人の目のさえないでいらるべき――いとも皮肉にからんだ真綿責めのことばが、じっくりと飛んでいきました。 「舞台じゃはかまをはいていたので、このすその傷に気がつかなかったが、顔に似合わねえとんだ放れわざをやんなすったものだね。今、こっちの正体も拝ましてやるから、とっくりごらんなせえよ」 いうや、ぱらり紫ずきんをはねのけて、秀麗かぎりない美貌に莞爾とした笑みを見せていたようでしたが、ずばりといったそのことばは、なんともはや、右門党にとっては胸のすくことでした。 「ほんもののむっつり右門は、こんな顔をしているんだ。さ、気つけ薬になるか、虫干しになるか、よっくごらんなせえよ」 ぎょッとなったのはむろんのことに梅丸ですが、しかるに、こやつがあでやかさにも似合わず、どうも強情でした。肉襦袢一枚の五体をわなわなと震わしたきりで、さらに口を割ろうとしなかったものでしたから、伝六があけっぱなしに始めました。 「じれってえだんなじゃござんせんか。どういうホシをつけなすったかしらねえが、割らなきゃ口を割るように、早いところ締めあげておしまいなせえよ」 「だめだよ」 「ちぇっ、べっぴんだから、おじけが出たんですかい」 「うるせえな。拷問火責めでものをいわするおれさまだったら、だれも右門党になんぞなっちゃくださらねえや」 いいつつ、[#「、」は底本では「、、」]微笑しながら、じろじろとへやのうちを見ながめていましたが、ふとそのときわれらの捕物名人の目についたものは、そこの壁に張られてあった次のごとき張り紙です。
「、座員、堅く厳守すべき条々のこと。
一、間食い、ないしょ食いいたすまじきこと。
二、夜ふかしいたすべからざること。
三、男員いっさい女座員のへやに立ち入るまじきこと、ならびにまた女座員、いっさい男員べやを犯すまじきこと。
以上の条々忘るべからず――娘かるわざ一座座長」
――だのに、なんという皮肉なことでしたか、それともまぬけのまぬけわざというべきでしたか、ちょうどその第三条の男員いっさい女座員のへやへ立ち入るまじきことと書いてある文句の下の、手梱、手箱、衣装なぞが雑然として積み重ねられているその壁のところに、紛れもなく男物の、それも土のついた雪駄が一足隠し忘れてあったものでしたから、名人がにやりと笑うと、手裏剣少年をあわただしく呼び招いて、不意に尋ねました。 「当一座には、男芸人が何人いるか」 「木戸番道具方をのぞきますと、芸人と名のつく男は、このわたくしのほかに、百面相を売り物といたしまする鶴丈というのがひとりいるきりでござります」 「なにッ、百面相の芸人とな!」 「はい。じつによく顔をつくりかえますゆえ、なかなかの人気でござります」 「何歳ぐらいじゃ」 「もう五十いく歳とやら承りました」 「そんな年で、若い男にも化けおるか」 「はい、別して、若化けが得意芸のようにござります」 「どこにいるか」 「つい、いましがた、向こうの男べやにうろうろとしていましたゆえ、まだいるはずにござります」 聞くや、じつに唐突な右門流でした。 「じゃ、伝六ッ、辰ッ、もうあっさりとしっぽを巻いて引き揚げようや。百面相の鶴丈先生とやらに、こんどは牛若丸かなんかに化けられちゃ、とてもおれにだって八艘飛びゃあできねえんだからな――では、梅丸さん、しどけないところへ飛び込んできて、どうもお騒がせいたしました。せいぜいこの張り紙の文句をお守りなせえよ」 言い捨てると、ゆうぜんと両手をふところにしながら、すうと表のほうに出ていってしまいました。
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