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かくて、その翌日となりました。
もちろん、朝のうちに
「ちくしょうッ、甘く見やあがったかな」
あまりとんとんと鉄山殺しのめぼしがつきすぎたので、あるいはと思いながら多少の不安をおぼえて待っていると、だが、熊仲も、女犯の罪こそは犯したというものの、やはり
「てかてか顔のほてっているところを見ると、またひのき
「冗、冗談じゃございませんよ。こりゃ、大急ぎに駆けてきたので、赤くなったんでござんすよ」
「大急ぎとは何が
「鉄山殺しの居どころがわかったんでござりますよ」
「なに、わかった? どこじゃ、どこじゃ」
「ここでなにかてがらをたてなきゃ、罪ほろぼしができないと存じましたからな。あんなぼろ寺でも住職のありがたさに、けさほど
「そうか、さすがは仏に仕える者じゃ。よくてがらをたててまいった。では、伝六ッ、今度こそはほんとうに十手の用意がいるぞッ」
善根善果はてきめんで、許しがたき罪をも許してやったばっかりに、かく居ながら事がとんとんと運ばれましたものでしたから、右門の一行は躍然として、豆からはえたごとき愛らしき少年僧をまんなかにいたわりながら、ただちにそれなる四谷の毘沙門天をめがけて八丁堀を立ちいでました。
行きついてみると、なるほど熊仲和尚の報告どおり、南部名物くまの手踊りはいまし興行のさいちゅうでありました。がんじょうな木造りの
「さあさ、前へ回ってよっくごらんなさいよ。これは奥州南部
いいながらむちでたたくまねをすると、いかさま二匹のくまはのっそりのっそりと立ち上がって、いとも器用に
しかし、右門ら一行のものにとっては、くまの手踊りよりも片耳のない浪人者が、その一団のうちに交じっているかいないかが第一の問題でしたから、見物人のうしろにかくれて、各自の目を光らしながら、ひとりひとり遊芸人の耳を調べました。
ところが、不思議なことに、どこにもそれらしい人物がいないのです。木戸にいる者、檻のそばについている者、くま使いの者なぞを合わせると、全部で六、七人の遊芸人がいましたが、いずれも一くせありげなつら魂ではあっても、その耳は両方共に完全無欠な者ばかりでしたから、いぶかしく思っていると、そのときまたくま使いの道化者が、見物人の拍手に調子づいたもののごとく、とんきょうに口上を言いたてました。
「――では、次なる芸当差し替えてご覧に入れまする。
いうと、まことや二匹のくまは、人のことばが聞き分けられるもののごとくに、ちょこなんと向き合ってすわりながら、器用な身ぶりで愁嘆のしぐさを演じてみせましたものでしたから、見物人はふたたびまたやんやと
しかし、その喝采が鳴りやむかやまないかのとたんでありました。右門の目を鋭く射たものは、左の雌ぐまは踊りも動作もぶ器用であるのに、右なる雄ぐまはさながら人間ではないかと思われるほどもすべてがあまりに器用すぎる一事でした。と知るや、突然見物人を押し分けて前へ出ると、ぎらりおのれのわきざしを抜き放って、それを黙山の手に持たせながら、
「ようよう捜していたかたきが見つかりましたぞ! お兄いさまがそなたへいうたように、あの右の雄ぐまが憎いかたきじゃから、それなるわきざしで存分に突きなされッ、突いて突いて突きなされッ」
不意にわきざしを持たせて、檻の中のくまを突けといったものでしたから、伝六
「な、な、なにを血迷ったことをしやがるんだ! だいじなくまなぞを、そんなもので突き殺されてたまるけえい! どけッ、どけッ」
いうや、大手をひろげてその行く手をさえぎろうとしましたので、突きのけておくと右門は小気味のいい
「見そこなうなッ。おれが八丁堀のむっつり右門だ。江戸じゅう残らずの者の目をかすめることができても、むっつり右門だけはできが違うぞッ! さ! 黙山! かまわずに、そっちの雄ぐまを突け突けッ」
下知を与えると、どんどん檻の前へひっぱっていって、右の大きな雄ぐまを目がけながら必死と突きを入れさせました。なにしろ、一方は自分の兄がくまにやられたとばかり無心に信じきっている少年です。しかるに、相手の突かれるくまのほうは、悲しいことに檻の中という不自由な場所にいたものでしたから、身をかわすべきすべもなく、哀れ三突きめの鋭い切っ先にぐさりとその
それと見るや、右門は疾風迅雷の早さで、黙山の手からわきざしを奪いとると、さしもがんじょうな檻の
目をみはるまでもなく、その耳は左の片一方しかなかったものでしたから、右門はまだ絶えだえとしてあがき苦しんでいるそれなる耳のない浪人者に、ののしるごとくいいました。
「ざまをみろ! これがほんとうに
そして、黙山を顧みると、ふたたびわきざしを持ち添えてやりながら、促すように叫びました。
「さ! 姉上兄上ふたりのかたきじゃ。門前のつり鐘を打ちのめす意気合いで、みごとに恨みを晴らしてしんぜられよ」
なんじょう黙山の今はちゅうちょすべき、かわいい声をふりあげると、姉上兄上ふたりのかたき思い知ったかとばかりに、大きく
同時に、周囲の人がきからは、孝子のかたき討ちをほめそやす賞賛の声と拍手がどっとあがりました。
しかし、その拍手のまっさいちゅうです。意外なできごとが突如としてそこに
「よくも兄弟を討ったなッ、ただのさか恨みとはいわせぬぞッ。こうなりゃ商売のじゃまをされた仲間の恨みだッ。さッ、すなおにそこへ直れッ」
いうと、理不尽なことにも、仲間を討たれたさか恨みと、商売を妨げられた恨みとをたてにとりながら、不敵にも右門へ
と、――いぶかしや、ただの素浪人と思っていたのが、いずれも相当に使うらしく、それぞれ型にはまった太刀筋を示していたものでしたから、右門は騒がずに声をかけました。
「では、きさまらも一つ穴の浪人上がりじゃな」
「今はじめて知ったかッ。
天下公知の大立て物を、ののしるべきことばに事を欠いて、とっくり右門と冷笑したものでしたから、なんじょう右門の許すべき、いよいよ今度こそは抜かなくちゃならないかな、というように会心そうな
「とっくり右門でもびっくり右門でもさしつかえはないが、このからだが二寸動くと
それがまたほんとうに抜いたとならば掛け値のない事実なんだから、もし五人の者がもう少しむっつり右門の名声に親しかったらそんな向こう見ずもしなかったのでありましょうが、いうように仲間を討たれたさか恨みに思い上がってでもいたのか、それともまた、せっかくくふうした商売を妨げられた恨みに破れかぶれとなっていたものか、あるいはみずから名のったごとき南部藩食いつめの、放蕩無頼上がりという愚にもつかない肩書きにうわずっていたものか、中なるひとりを中心に、左右ふたりずつ両翼八双の刃形をつくりながら、ひたひたとつまさき立ちで押し迫ってきたものでしたから、右門はついに一声鋭く叫びました。
「バカ者ッ、そんなに死にたいかッ」
同時におどり入りざま、ひと腰ひねった奥義の一手は、これぞ右門がみずから折り紙をつけた
「どうじゃ。まだ
そして、じっと呼吸を静めながら、二本の刃に向かってじりじりと押し迫っていきました。なんじょうそれが避けえられましょうぞ。誘いのすきとも知らずに、右門のわざと見せた小手のみだれへ、あせりながら相手がつけ入ってきたので、太刀風三寸の下に左へぱっと体を開くと、
「ざまをみろ! いっしょに地獄へいって舌でも抜かれるがいいや!」
とたんに、どっとまた人がきからは賞賛の声があがりました。
しかし、右門は切ってしまうと同時に、突然悲しげな表情をうかべました。むしろ愁然として、ややしばしそこに切り倒された五人の者のあけに染まった
「自業自得は自得じゃが、でも、思わぬ罪を重ねたな。さいわい、そなたたちは仏道に仕えている者たちじゃ。わしに代わって、よくこの者どもの
そして、みずから手を添えてやると、たとえ自業自得に倒れた者たちではあっても、いったん死者の数にはいったものは、このうえ恥ずかしめてはならぬというかのように、そこの小屋からむしろを取りはずしてきて、六つのあさましい
――並み居る見物人は、抜いてもあざやかであるが、切ってもまた、最後まで右門らしさを失わないその人がらのゆかしさに、いまさらのごとく胸を打たれたとみえて、いっせいに感嘆のどよめきをみせました。
右門十番てがらは、かくしてその