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右門捕物帖(うもんとりものちょう)10 耳のない浪人

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:12:54  点击:  切换到繁體中文


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 かくして、待つことおよそ小半とき――。
 むろん、もう伝六もこういうことには相当場数を踏んでいるはずでしたから、まさかへまをするようなこともあるまいと思って安心しながら待っていると、だが、案外なことに、帰ってきたのはその伝六ひとりでした。
 しかし、ひとりではあったが、はいりざまに、珍しく今度ばかりはすこぶる景気のよい報告をもたらしました。
「ね、だんな、だんな! 下手人の野郎は、いよいよあの生臭坊主と決まりましたよ」
「だって、肝心の玉を連れてこないことにはしようがねえじゃないか」
「だから、あの坊主がくせえっていうんですよ。ね、あっしがお番所の者だといったら、やにわと逐電しちまいましたぜ」
「えッ、そりゃほんとうかい」
「ほんとうにもうそにも、だからこうやって、あっしひとりでけえったんじゃござんせんか」
「じゃ、なにか事件あなのことをにおわしたんだな」
「ところが、そいつがおおちげえなんですよ。どうやら、生臭坊主うたたねをしているようすだったからね、いきなり庫裡くりのほうへへえっていって、ちょっとお番所でききたいことがあるから、八丁堀まで来てくんなといったら、野郎むくりと起きざまに青くなって、そのままやにわとずらかってしまったんですよ」
「なるほどな、少しにおいがしてきたかな」
「においどころじゃねえんですよ。だから、久しぶりでひとつ、だんなの鼻をあかしてやろうと思ってね、近所の者にこっそり身がらを当たってみたら、なにをかくそう、あの生臭坊主がくまっていう名だそうですぜ」
「なに、くま! そりゃほんとうか!」
「ちゃんとこの耳でいま聞き出してきたばっかりだから、まちがいっこありませんよ。ちっと変な名なんですがね。永守ながもり熊仲くまなかっていうんだそうですぜ」
 事実としたら、八丁堀の者と聞いて、やにわに逐電した点といい、その名にくまという呼び文字があるぐあいといい、少なくも今の場合の最も有力な容疑者に思われだしたものでしたから、右門は立ち上がると同時に、ぎらりと腰の細身を抜き放ちました。いうまでもなく、もしそれなる永守熊仲が、僧形の身をも顧みず殺生せっしょう戒を犯したとしたら、その場に力をかして少年僧黙山のために、兄のかたきを報じてやろうと思いついたからです。
 まことに回を重ねることここに十回、今度こそはようように待たれたむっつり右門の太刀たちのさばきに接しられそうな形勢となりましたが、剣もまたその心をくんでか、細身二尺三寸の玉散るやいばは、ほのめく短檠たんけいの下に明皎々めいこうこう銀蛇ぎんだの光を放って、見るから人の生き血に飢えているもののごとき形相でありました。
 右門はなつかしむようにややしばしうち見守っていましたが、にんめりとぶきみに微笑しながら、ぱちりと鍔音つばおともろともさやへ納めると、例のごとく伝六に早駕籠かごを命じて、用意のできるや同時に、先を急ぐもののごとく少年僧黙山を促しながら、自分の駕籠に共乗りさせると、ただちに息づえをあげさせました。
 けれども、不審なのはその目ざした方角でありました。いま伝六が帰ってきての報告によれば、疑問の住持熊仲和尚は早くも風をくらって逐電したとはっきりいっているのに、お供を急がせた行き先は紛れもなくその源空寺でしたから、逃げ伸びたあとへなぞ行って何にするのだろうと思われましたが、しかし行きつくと同時に、すぐとそのなぞは判明いたしました。ほかでもなく、その逐電した行き先が、遠方へ高飛びしたか、それとも近所に潜伏しているかそれを点検に来たので、少年僧黙山を案内に立たせながら、そこに取り散らかされてあった身の回りの品を巨細こさいに調べると、路用の金すらも持たずに、ほとんど着のみ着のままで飛び出したことがまず第一に判明いたしましたから、早くも右門はその逐電先が遠方でないことを知って、なお入念に調べてみると、そのときはしなくも目についたのは長火ばちの向こうにころがっていたなまめかしい朱羅宇らうです。本来、朱羅宇そのものが男ばかりの僧院には許しがたき不似合いな品であるところへ、よくよく見るとそれなるキセルの雁首がんくびのところには、さらになまめかしい三味線しゃみせんの古糸がくるくると巻きつけてあったものでしたから、すでに右門は、その逐電先までも見通しがついたごとくに、薄気味わるくにたりとほほえみをみせていましたが、と――つづいてよりいっそうの注意をひいたものは、さっきうたたねをしていたときに用いてでもいたらしいがんじょうなかぎのかかっている不審な木まくらでありました。およそ何がいぶかしいといっても、様子ありげに引き出しへじょうぶなかぎをかけている箱まくらなぞというものは、そうざらにあろうとは思えませんでしたので、容赦なく小柄こづかの先でこじあけてみると、果然中からは怪しき一本の手紙が現われました。
「――あんなことにかんしゃくをおこして、ほんとうにいやな人だね。あたいはこんな水商売こそしているが、金や男ぶりに目がくらんでおまえさんなんかに……じゃないよ。だから、きげんを直して、もう一度あすの晩にでもおいでよ。ただし、来る節は忘れずに……またおみやげをね。でないと、あたいはまた血の道をおこしてやるよ。では、万事その節のうれしい口説まで、――ひのき稲荷いなりのご存じより」
 見ると、中には以上のごとくに、許しがたき女犯にまで立ち及んだ痴文がしたためられてあったものでしたから、なんじょう右門ののがすべき、ただちに烱々けいけいとまなこを光らすと、まをおかないで質問が黙山のところに飛んでいきました。
「そなたひのき稲荷というのはどこか知っておりませぬか」
「よく存じております。こないだお兄いさまのおつかいにいんだところも、やはりそこでござりました」
「なに※(感嘆符疑問符、1-8-78) では、浅草でありますな」
「はい。お師匠さまのお姪御めいごさんとやらが、三味線しゃみせんのじょうずなかたで、近所のお子ども衆にお手ほどきしているとかいうことでござりました」
 がぜん事件の秘密はここに一道の光明をもたらして、いよいよ熊仲くまなか和尚おしょうの身辺はいっそう濃厚な疑惑の雲に包まれだしたものでしたから、きくや同時に、右門の口からは鋭い声が発せられました。
「ちくしょうッ、ふざけたことぬかしやがって、姪御さんが聞いてあきれらあ。肉親のおじさんにみだらがましい……をねだる姪もねえじゃねえか。さ、伝六ッ、十手の用意をしておけよ!」
 いうと、表に待たしておいた駕籠に飛び乗りながら、いっさんに浅草めがけて道を急ぎました。
 行ってみると、なるほど田原町を左へ折れた路地口に大きなひのきが一本あるので、目あての三味線の師匠というのは、ちょうどそのひのきの奥隣に見つかったものでしたから、右門は万一逃走の場合を考えて、裏口に伝六を張り込ませておくと、黙山を伴いながら案内も請わずに、ずいと座敷へ上がりこみました。
 と――、それなる熊仲和尚は、なんという生臭でありましたろう! 青てかの道心頭をも顧みず、女のなまめいたどてらをひっかけて、蛤鍋はまなべかなんかをつつきながら、しきりと女に酌をとらせていたものでしたから、右門は大声に※(「口+它」、第3水準1-14-88)しったすると、まずその荒肝をひしぎました。
「この生臭めがッ。そのざまはなんじゃ。もう逃がしはせぬぞ。さッ、神妙にどろをはけッ」
 むろんのことに、相手はぎょッとなって、すでに生きた心持ちもないような青ざめ方でしたが、しかし震えながらいったことばが少し意外でした。
「ど、どうも恐れ入りました。いかにも出家の身に不届きな女犯をおかしましてござりますゆえ、もうこうなれば神妙におなわをちょうだいいたしましょう。――さ、おみち、おまえももう度胸をすえて、おとなしくお番所へいきな」
 いうと、女はおみちという名まえであるのか、因果を含めて両手をうしろに回しながら、割合神妙におなわを受けようとしたものでしたから、右門はやや不審をいだいてたたみかけました。
「まてまて。今きさまの申したところをきけば、女犯の罪ばかりのようなことをいうが、では、これなる黙山の兄をあやめた下手人ではないというのか!」
「め、めっそうもござりませぬよ。では、だんながたは、てまえが兄の鉄山を討った下手人と見込んで、お越しなさったのでござりまするか」
「さようじゃ。いろいろ考え合わしてみるに、てっきりそのほうのしわざとめぼしがついたゆえ、かく黙山同道にて助太刀すけだちに参ったのじゃが、目きき違いじゃと申すか」
「目きき違いも、目きき違いも、大きなおめがね違いにござりますよ」
「でも、これなる黙山の申すには、兄を討った者は、そなたの名まえ同様、くまと名がつくというてじゃぞ」
「ばかばかしい。わたしの熊は同じ熊でも読み方が違いますよ」
「なんと申す」
「ユウチュウと申します」
「なに、ユウチュウ?」
「はい、熊という字と仲という字がありますから、クマナカと読みたいところですが、あれはユウチュウと読むのがほんとうでござります。また、坊主の名まえにクマナカというのもおかしいではござりませぬか。ユウチュウと読んでこそ、坊主らしい名まえでござりましょう?」
「いかにもな。しかし、それにしてはあのとき小者が呼びに参ったのに、なぜいちはやく姿をかくした」
「お番所に用があると申されましたゆえ、てっきりもうてまえの女犯の罪があがったものと早がてんいたしまして、かく逐電したのでござります」
「なんじゃ、ばかばかしい。これがほんとうにひょうたんからこまが出たというやつじゃな」
 意外にもにらんだほしは全然の見当違いであったことがわかりましたものでしたから、右門はおもわず吐き出すようにいうと、からからとうち笑いました。
 けれども、いうがごとくにひょうたんから駒は出たかもしれませんが、ここにいたって、いよいよ迷宮にはいってしまったものは鉄山殺しの犯人自体です。熊仲くまなかと思ったそのクマが実は熊仲ゆうちゅうのユウであったとすれば、自然ここにもう一度鉄山の死にいくとき漏らしたというくまについての詮議せんぎを進め直さなければなりませんが、と――そのとき今はクマナカ和尚おしょうではなく、ユウチュウ和尚となったそれなる女犯僧が、もじもじといいよどみながら、ふと右門にことばをかけました。
「まちがいとおわかりでしたら、実はだんなにおりいってのご相談がござりますがな」
「なんじゃ」
「もう二度とかような女犯は重ねませぬによって、今度のところはお目こぼしを願いたいものでござりますがな」
「虫のよいことを申すな。女犯の罪は出家第一の不行跡じゃ。おって寺社奉行のほうに突き出し、ご法どおり日本橋へさらし者にしたうえ百たたきの罰を食わしてやるから、さよう心得ろ」
「いいえ、ただでとは申しませぬよ。だんなのお捜しになっていらっしゃる鉄山殺しの下手人に思い当たりがござりますので、それを引き換えにしていただきとうござりまするが、いけませぬかな」
「なにッ? では、きさま、その下手人をよく存じていると申すのか」
「知らいでどういたしますか、兄の鉄山も、そこの黙山も、もとはといえばてまえが門前に行き倒れとなっているのを拾いあげたのでござりまするよ」
「それは何年ごろじゃ」
「忘れもしないちょうどおととしの秋でござりましたが、朝からひどい吹き降りのした晩でござんしてな、檀家だんかの用を済ましておそく帰ってくると、兄弟が旅の装束のままで門前に行き倒れとなっていたのでござりますよ」
「すると、生まれは江戸の者ではないのじゃな」
「へえい。南部藩のご家中で、どういうものかおじいさまの代から浪人をしていたとか申してでしたが、きいたらかたき討ちに来たと、このようにいうのでござりますよ」
「なに、かたき討ち? では、なんじゃな、もうそのとき、このいたいけな兄弟たちは、なみなみならぬ素姓なのじゃな」
「へえい、さようで。そこの黙山はまだ七つくらいでしたから何も存じませなんだようでしたが、兄の鉄山は九つか十でござりましたから、いろいろ手当をすると、いま申したようにかたきを捜して、江戸へ来たといいましたのでな、だれのかたきだと尋ねましたら、姉だというのでござりまするよ」
「では、親たちを国に残してきたというのじゃな」
「いいえ、それが早く両親に死に別れて、姉と三人兄弟だったというんですがな」
「するとなんじゃな、よくある横恋慕がこうじて、つい手にかけたとでもいうのじゃな」
「たぶんそうでござりましょう。おねえさまは南部のお城下で、お殿さまさえもがおほめになった小町娘だったというてでござりましたからな」
「女のこととなると、感心にくわしいことまで覚えているな」
「ご冗談ばっかり――。だから不憫ふびんと存じましてな。このようにひとまず兄弟とも出家をとげさせたうえで、てまえが今まで手もとにさし置いたのでござりまするが、するとつい死ぬふつかまえでござりました。夕がた兄の鉄山に門前をそうじさせていましたら、いきなり血相を変えて駆け込んでまいりましてな、かたきが今くまを連れて門前を通ったと、このようにいうのでござりますよ」
「なに、くま※(感嘆符疑問符、1-8-78) どんなくまじゃ」
「生きた二匹のくまを大きなおりに入れて、そのそばに南部名物くまの手踊りと書いた立て札がしてあったと申しましたから、思うにくまを使って興行をして歩く遊芸人の群れだろうと存じますがな」
「なるほどな、またとない手がかりじゃ。して、そのとき鉄山はいかがいたした」
「だから、すぐにも飛び出しそうにしたゆえ、てまえがきつくしかっておいたのでござりまするよ。なにをいうにもまだ十二やそこらの非力な子どもでござりますからな、もし早まって返り討ちにでもなったらたいへんだと存じましたので、もう少し成人してから討つように堅くいいきかせておいたのでござりまするが、やっぱり子どもにはきき分けがなかったのでござりましょう。ちょうどあのけがをして帰った日のことでござります、お恥ずかしいことですが、これなる女のもとへ使いによこしましたところ、その帰り道かなんかで、またまたくまを連れたかたきを見かけ、てまえの堅くいいおいたことばも忘れて、むてっぽうに名のりをあげたために、ついついあのような返り討ちに会うたのではないかと存じます」
「いかにもな。それならば、くまにやられたと申した鉄山のことばとも符節が合うているが、しかし、なぜそれほども詳しい下手人の面書きがついているのに、これなる黙山へは厳秘にしておいたのじゃ」
「だんなにも似合わないお尋ねでござりまするな。もしも黙山に詳しいことを知らして、またまたこれが子ども心にかたきを追いかけ、このうえつづいてむごたらしく返り討ちになるようなことがござりましたら、いったいあとはだれがきょうだいたちのかたきを討つのでござります? まるで、血を引いたものは根絶やしになるではござりませぬか」
「いかさまな。女道楽なぞするだけあって、なかなか才はじけたことを申すわ」
 いうと、右門はしばらく黙考をつづけていましたが、ことばを改めると強く念を押すようにいいました。
「では、さきほどの見のがしてくれという問題じゃが、けっして二度とは女犯の罪を犯すまいな」
「へえい、もう今夜ぐらい命の縮まった思いをしたことはござりませぬから、今後いっさいこのようなバカなまねはいたしませぬ」
「でも、蛤鍋はまなべかなんかでやにさがっていたあたりは、あんまり命が縮まったとも思えないではないか」
「それが縮まったなによりの証拠でござります。いたっててまえはこれが好物でござりますので、もうお番所からさきほどのようにお使いがあった以上は、いずれてまえのお手当もそう遠くないと存じ、今生の思い出に腹いっぱい用いておこうと思いまして、やぶれかぶれにやっていたのでござります」
猥褻わいせつ至極なやつじゃ。女のもとへ逃げ走って、今生の思い出に蛤鍋なぞをたらふく用いるとはなにごとじゃ。――だか、うち見たところ存外のおろか者でもなさそうじゃから、今回だけは兄弟ふたりを拾い育てたという特志に免じ、見のがしておいてつかわそうよ」
「えッ、すりゃ、あの、ほんとうでござりまするか!」
「しかし、このままでは許さぬぞ。もとはといえば、そのほうがあの日鉄山を、所もあろうにかくし女のもとへなぞ使いによこしたから、あたら少年の前途ある命もそまつにせねばならぬようになったのじゃ。だから、あすより手先となって、これなる黙山のかたき討ちに助力をいたせ」
「へえ、もうお目こぼしさえ願えますれば、どのようなことでもいたしますでござります」
「むろん、鉄山からきいて、かたきの人相はどんなやつじゃか、そのほうはよく存じているであろうな」
「へえい、もう大知りでござんす。またこのかたきの人相くらい覚えやすいやつはございませんよ。どうしたことか、右の耳が片一方なくなっている浪人上がりだとか申しましたからな」
「さようか、なによりじゃ。では、黙山坊を同道いたして、明日早く八丁堀はっちょうぼりへたずねてまいれよ」
「へえい、承知いたしました。だが、八丁堀はどなたと申しておたずねすればよろしゅうござりまするか」
「名まえを告げて、もう一度びっくりさせてやりたいが、そのほうごとき生臭に名のるのはもったいないわ。黙山坊が屋敷はよく存じているはずじゃから、くれぐれもいたわって、いっしょに参れ」
 言いおくと、右門はひょうたんから飛び出したこまが案外にも王手飛車取りに使えることになりましたものでしたから、万事は明日を期して、まず八丁堀へ引き揚げることといたしました。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

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