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右門捕物帖(うもんとりものちょう)04 青眉の女

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 9:03:06  点击:  切换到繁體中文


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 まことにこれは、伝六でなくともかんかんになるのは当然なことにちがいありますまい。草双紙狂で役者志願の一見不良じみた少年でこそはありましたが、ともかくも人間ひとりが生死も不明の誘拐ゆうかいをされたというんですから、犬やねこがまい子になったのとは、おのずから事が相違しなければならないはずだからです。しかも、その下手人とおぼしいしばや者の小道具方が、白昼恐れげもなくにたにたと薄気味のわるい笑いをうかべて、まごうかたなき人間の子どもの足を日なたぼっこさせていたというのに、右門はいかにも涼しい顔をしながら、色消しなことには握りずしを二十個も平らげて、これからゆるゆると昼寝をしようといったんですから、右門を信ずることだれよりも厚く、また右門を崇拝することだれよりも厚い伝六にしても、これはかんかんになっておこるのがもっともなことにちがいないのです。
 けれども、それらのいぶかしい右門の態度も、夕がたが来るとすっかりなぞが解けてしまったんですから、やはりこれは、われわれの親愛なる右門にあなごとはまを二十個平らげさせてゆるゆる昼寝をさせたほうがましなくらいなものでありました。なぜかならば、あれほどかんかんにおこって行った伝六が、その夕がたになるとしょうぜんとしょげ返って、いかにもきまりわるげに帰ってきたからでありますが、ただきまりわるげに帰ってきたばかりでなく、伝六は力なくそこへべたりとすわると、いきなり両手をついて、まずこんなふうに右門にわびをいったものです。
「さすがはだんなでござんした。さっきはつい気がたっていたものでしたから、聞いたふうなせりふをほざきましたが、どうもご眼力には恐れ入りやした」
 すると、右門は縁側でひと吹き千両の薫風くんぷうに吹かれながら、湯上がりの足のつめをしきりとみがいていましたが、にたりと微笑すると、いたわるようにいいました。
「じゃ、あの日に干していた子どもの足は、しばやに使う小道具だってことが、きさまにもはっきりわかったんだな」
「へえい。なんともどうもお恥ずかしいことでござんした。だんなは話を聞いただけであの足が小道具だという眼力がちゃんと届くのに、あっしのどじときちゃ、現物を見てさえももういっぺんたしかめないことにはそれがわからないんですから、われながらいやになっちまいます」
「ウッフフフ……そうとわかりゃ、そうしょげるにもあたらない! 少しバカていねいじゃあるが、念に念を入れたと思やいいんだからね。だが、それにしても、ほかにもうあの事件のねたになるようなものはめっからなかったかい」
「それがですよ。あっしもせっかくこれまで頭突っ込んでおいて、あのほしが見当はずれだからというんですごすご手を引いちまっちゃいかにも残念と思いやしたからね、下谷のあのほしはもう見切りをつけて、すぐにもういっぺん二十騎町の質屋へすっ飛んでいってみたんですが、ほかにゃもう毛筋一本あの事件にかかわりのあるらしいねたがねえんでがすよ」
「そうすると、依然質屋の子せがれは生きているのかも死んでいるのかも、まだわからんというんだな」
「へえい。けれども、そのかわり、あの質屋のおやじがあっしをつかまえて、おかしな言いがかりをつけやがってね。南町はどなたのご配下の岡っ引きだとききやがるから、へん、はばかりさま、いま売り出しのむっつり右門様っていうなおれの親分なんだって、つい啖呵たんかをきっちまいましたら、おやじめがこんなにぬかしやがるんですよ。むっつり右門といや、南蛮幽霊事件からこのかた、江戸でもやかましいだんなだが、それにしては、子分のおれがどじを踏むなんて、きいたほどでもねえなんてぬかしやがったんですよ」
「たしかにいったか!」
 すると、右門の顔がやや引き締まって、その涼しく美しかった黒いひとみが少しばかりらんらんと鋭い輝きを見せだしましたものでしたから、伝六が勢い込んでそれへ油をそそぎかけました。
「いいましたとも! いいましたとも! はっきりぬかしやがってね。それからまた、こうもいいやがったんですよ。お上の者がまごまごしてどじ踏んでいるから、たいせつな子どもをかっさらわれたばかりでなしに、もう一つおかしなことを近所の者から因縁づけられて、とんだ迷惑してるというんですよ」
「ど、ど、どんな話だ」
「なあにね、そんなことあっしに愚痴るほどがものはねえと思うんですがね、なんでもあの質屋の近所に親類づきあいの古道具屋がもう一軒ありましてね。そうそう、屋号は竹林堂とかいいましたっけ。ところが、その竹林堂に、もう十年このかた、家の守り神にしていた金の大黒とかがあったんだそうですが、不思議なことに、その金の大黒さまがひょっくり、どこかへ見えなくなってしまうと反対に、今度はそれと寸分違わねえ同じ金の大黒さまが、ぴょこりとあの質屋の神だなの上に祭られだしたというんですよ。だからね、古道具屋のほうでは、てっきりおれんちのやつを盗んだんだろうとこういって、質屋に因縁をつける――こいつあ寸分違わねえとするなら、古道具屋の因縁づけるのがあたりめえと思いますが、しかるに質屋のほうでは、あくまでもその金の大黒さまを日本橋だかどこかで買ったものだというんでね。とうとうそれが争いのもとになり、十年来の親類つきあいが今じゃすっかりかたきどうしとなったんだというんですがね。ところが、ちょっと変なことは、その大黒さまのいがみあいが起きるといっしょに、ちょうどあくる日質屋の子せがれがばったりと行きがた知れずになったというんですから、ちょっと奇妙じゃごわせんか」
「…………」
 答えずに黙々として右門はしばらくの間考えていましたが、と、俄然がぜんそのまなこはいっそうにらんらんと輝きを帯び、しかも同時に凛然りんぜんとして突っ立ち上がると、鋭くいいました。
「伝六! 早駕籠かごだッ」
「えッ。じゃ、じゃ、今度は本気でだんなが半口乗ってくださいますか※(感嘆符疑問符、1-8-78)
「乗らいでいられるかい。こんなこっぱ事件、おれが手にかけるがほどのものはねえと思っていたんだが、質屋のおやじのせりふが気に食わねえんだ。右門ひとりを見くびるなかんべんしても、お上の者がどじを踏むとぬかしやがるにいたっては、お江戸八百万石の名にかかわらあ。朝めしめえにかたづけてやるから、大手を振ってついてこいッ」
「ちえッ、ありがてえッ。そう来なくちゃ、おれさまの虫もおさまらねえんだ。今度という今度こそは、もうのがしっこねえぞ」
 伝六にしてみれは、右門の出馬はまったくもう万人力にちがいないんですから、こうなるともう早いこと、早いこと、三尺帯を締め直したとみえたが、鉄砲玉のように表へ飛んでいくと、
「へえい、だんな! おあつらえ」
 すぐに駆けかえってきて、みずから駕籠のたれをあげながら、右門の乗るのを待ち迎えました。
 ここにいたれば、もはやただわがむっつり右門の、名刀村正むらまさのごとき凄婉せいえんなる切れ味を待つばかりです。やや青みがかった白皙はくせきの面にきりりと自信のほどを示すと、右門は長刀をかるくひざに敷いて、黙然と駕籠をあげさせました。
 よいはこのときに及んでようやく春情を加え、桜田御門のあたり春意ますます募り、うしふち武蔵野むさしのながらの大濠おおほりに水鳥鳴く沈黙しじまをたたえて、そこから駕籠は左へ番町に曲がると、ひたひたと大江戸城の外廓そとぐるわに出ぬけてまいりました。
 けれども、右門の命じたそこからの行く先は、二十騎町の三河屋なる質屋でなくて、伝六に聞いた今の話の古道具商竹林堂だったのです。
「許せよ」
 駕籠から降りて鷹揚おうようにいいながら、ずいと店先へはいっていったものでしたから、男まえといい、貫禄かんろくといい、番町あたりの大旗本とでも目きき違いをしたのでしょう。四十五、六の小太りな道具屋のおやじが、ことごとくもみ手をいたしまして、へへい、いらっしゃいまし――とばかり、そこへ平月代ひらさかやきの額をすりつけました。そして、べらべらとつづけました。
「――お品はお腰の物でございましょうか。お刀ならばあいにくと新刀ばかりで、こちらは堀川の国広、まず新刀中第一の名品でござります。それから、この少し短いほうは肥前の忠吉ただよし、こちらは、京の埋忠――」
「いや、刀ではない。わしは八丁堀の者じゃ」
 道具屋のくせに、なんとまあ目のきかないやつだ、といいたげなまなざしでぎろり右門がおやじの顔を射ぬいたものでしたから、亭主のぎょうてんしたのはもちろんのこと、もみ手が急にひざの上でのり細工のように固まってしまいました。と――右門のいっそうに鋭いまなざしが、そののり細工のように堅くなった亭主の右腕を、じっと射すくめていましたが、不意にえぐるような質問が飛んでいきました。
「おやじ! おまえのその右小手の刀傷はだいぶ古いな」
「えッ!」
「隠さいでもいい。十年ぐらいにはなりそうだが、昔はヤットウをやったものだな」
「ご、ご冗談ばっかり――このとおりの見かけ倒しなただの古道具屋めにござります……」
「でも、道具屋にしてはわしを見そこなったな、新まいか」
「えへへへ……そういう目きき違いがおりおりございますので、とんだいかものをつかませられることがございます……」
「ウハハハハハハ」
 と、不思議なことに、突然また右門の態度が変わって、さもおかしそうに大声で、からからとうち笑っていましたが、ずいと座敷へ上がると、からかうように亭主にいいました。
「不意にわしがおかしなことをいったので、きさま、がたがたと、いまだに震えているな。なに、心配せいでもいいよ。ときに、きさまのところで金のお大黒さまとかが紛失したそうじゃってのう」
「あっ。その件でお越しくださりましたか。遠路のところ、わざわざありがとうございます。実は、それが、そのいかにも不思議でござりましてな。あのお大黒さまは、てまえが、命にかけてもたいせつな品でござりますので、神だなにおまつり申しあげ、朝晩朝晩欠かさずにお供物も進ぜるほどの信心をしてござりましたが、さよう、まさしく一昨日のことでござります。朝お茶を進ぜようと存じまして、ひょいと神だなを見ますると、不思議なことに、それが紛失しているのでございますよ。ところが、もっと奇妙なことには、つい目と鼻の先のあのかどの三河屋でございますが、あの質屋の神だなに、その日から寸分たがわぬ大黒さまがちゃんとのっかってござりますのでな、てまえはもうてっきり家のものと存じまして、さっそく掛け合いに参りますると――」
 正体がわかって安心したように、べらべらとのべつにしゃべりだした亭主のことばをうるさそうに押えると、右門は突っ立ったままで尋ねました。
「わかった、わかった。もうわかってる。そのことでおまえたちがいがみ合っていることを聞いたから参ったのじゃが、いったいそのお大黒さまはどんな品じゃ」
「正真正銘金無垢きんむくのお大黒さまでござります」
「金無垢とのう。すると、なんじゃな、いずれは小さい品じゃな」
「へえい。実はその小さいのが大の自慢で、まずあずき粒ほどの大きさででもござりましたろうか。ところが、その豆大黒さまには、ちゃんとみごとな目鼻も俵もついてございますのでな。どうしたって、そんな珍しい上できのお大黒さまなんてものは、たとえこの江戸が百里四方あったにしても、二つとある品じゃないのでござりますよ。しかるに、それが――」
「わかった、わかった。あとは言わいでもわかってると申すに! ところで、その豆大黒はどこへ祭ってあった」
「ここでござります」
 いいながら道具屋の亭主がなにげなく次のへやとのふすまをあけたせつな――右門はおやッ! と目をみはりました。なぜかならば、そこの長火ばちの向こうに、ひとりの異様な姿の女がさし控えていたからでありました。


 

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