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だが、事実は、そこからさらに怪談以上の怪談に続いていたから、まだまだ、万事は休さなかった。しょっぴいてきた若者をお白州へ引きすえて、大得意の敬四郎がぴしぴしと痛み吟味をかけているさいちゅうへ、その配下の者がまろび込むように駆け込んできながら、歯の根も合わずに新しい事実を敬四郎に報告したからです。
「ね、だんな、だんな! 下手人はあがったから、もう小田切様のところの張り込みを解けというお使いでございましたからね。その気になってみんなの者が引き揚げようとしたら、また変なことがわき上がりましたぜ。にわかにお屋敷が騒がしくなって、小田切のだんなが気を失っちまったというんでね、引き返してみましたら、また生首が――あれと同じ左の目のない生首が、それも今度はいっぺんに四つ、床の間へずらりと並べてあったのですよ」
この昼中に、それも今度はいちどきに四つ、しかもまだ敬四郎の配下の者が屋敷うちにちゃんと張り込み中、大胆に怪業が繰り返されたというんですから、敬四郎のぎょっとなって青ざめたのはもちろんのことですが、右門もまた同様でした。しかし、右門のぎょっとなったのはほんの一瞬で、突然、あっそうか! おれにも似合わねえ早がてんしたもんだな……つぶやきながら、かんからとうち笑っていましたが、ふいっと立ち上がって伝六をこかげに手招くと、ささやくように小声でききました。
「きさま、さっき小田切の家の様子、みんなきいたっていったな」
「ええ、いいやした。いいましたが、なんぞふにおちないことでもあるんでげすか」
「あるからこそきくんだよ。腰元とか女中とか女がいるんだろうが、幾人ぐれえだ」
「え
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「男でない人間のことを、昔から女っていうんだ。そういう人間がいるはずだが、いくたりぐれえだ」
「たった三人きりだっていいやしたよ」
「どういう三人だ」
「ひとりは飯たきばばあ、あとのふたりはきょうだい娘で、姉は二十一、妹は十六だとかいいやしたがね」
「その姉妹が、つまり小田切のお腰元なんだな」
「お腰元にもなんにも、女のけはその三人。男のけは、例のおやじと、小田切のだんなと、もうひとり玄関番の三人きりで、ご内室はとうになくなったっていうんだから、いずれその姉妹がいろいろとお腰元代わりをするんでがしょうがね、しかし、その娘たちゃ身内同然だといいましたぜ。なんですか、小田切のだんなの
「そのふたりの娘について、なんぞ変わったことは聞かなかったか」
「それがでさあ、だんなにそういわれて、今ふいっとあっしも気がつきやしたがね。なんでも、その姉娘はすばらしい器量よしだそうなが、どうしたことか、ついこの五、六日まえから急にきつねつきになったそうでがすよ」
「なに、きつねつき
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「突然きゃっというかと思うと、いきなりげらげらと笑ってみたりしてね、いちんちじゅう夜となく昼となく髪をおどろにふりみだしながら、屋敷じゅうをうろうろしてるとかいいましたよ」
聞きながら、右門はじっと目をとじて何ものかをさぐっていましたが、突然意想外なことを伝六に命じました。
「よしッ。きさま今から古着屋へとっ走って、
意表をついた命令で目をぱちくりしている伝六をしり目にかけながら、右門はそのまますうと内奥へやって参りました。内奥はいわずと知れた南町奉行神尾元勝のお座所です。そのことがすでに不思議なところへ、右門はいよいよ不思議なことをおくめんもなくお奉行へ
「ちと必要がござりまして、ご奉行職ご乗用の御用
「私用ではあるまいな」
「むろん、公用にござります」
「公用とあらば、お上の聞こえもさしつかえあるまい。自由にいたせ」
お許しが出たものでしたから、右門は飛んでかえると、ただちに供の者へ
「だんな! 気はたしかですかい?」
「しゃべるな、きょう一日は近藤右門が南町奉行、きさまは供の者だ」
まったく、駕籠だけの外観を見た者はだれしもそう解釈したいいでたちで――行くほどにやがて近まってまいりましたものは小田切久之進の陰気な屋敷。むろんのことに、敬四郎がもうひと足先に駆けつけ、配下の者を集めも
「あっ! ご奉行さまおじきじきにご入来だ! さあ、どうぞお静かに――」
まことすうと胸のすくこと、駕籠そとの定紋が物をいって、にせ者とは知らずにさっさと道を開いたものでしたから、いかな伝六にもわからないはずはありますまい。人々の視線からのがれて式台ぎわへ駕籠がつくと同時のように、
「さすがはおいらのだんなだ。御用駕籠なぞに納まって、なんにするかと思ってましたが、出入り禁止の見張りのがれに使うたあ、お
しかし、まだそれでは伝六のほめ方が足りませんでした。なぜかならば、わが親愛なるむっつり右門はただにそれをあばたの敬四郎にむかって使用したばかりではなく、さらにその駕籠の定紋を小田切久之進一家の者に向かって利用したからです。
「ごらんのとおり、てまえども両人はご奉行神尾殿からお話しこうむって、きつねつきのお腰元をお静めに参った御嶽行者でござる。霊験はまことにあらたか、たちまちきつねめは退散させてお目にかけるによって、その者にお会わしくだされい」
こういわれたら、いかな小田切久之進でも会わさないわけにはいきませんでしたので、せめてきつねつきのほうなりと直してくれたらと思いましたものか、すぐに通しましたものでしたから、右門はすましながら奥へ上がりました。
と、見ると、なるほど
「きさまはどこの野ぎつねじゃ」
「てへへへへ、
すると、言下に女は下等な笑いをつづけながら、この種のきつねつきがつねにそうするように、目をむいて反抗の態度を示しましたものでしたから、右門も負けずに続けました。
「よろしい、おれの霊験を見せてやろう。おれのいうとおりまねができるな!」
「できるとも!」
「では、一二三四五六七八九十」
「一二三四五六七八九十」
「そのさかしまだ、十から一までいってみい!」
「十九八七六五四三二一!」
立て板に水を流すごとく、そのきつねつきが答え終わったとたんでありました。
「伝六! きさま、このにせ者のきつねつきと妹とをしょっぴいていって駕籠にのせろ!」
命じながら先へたって、もう右門が表へおりていったので、伝六のあっけにとられたのはもちろんですが、それ以上あぜんとしたのはお庭先にまだまごまごしていた敬四郎の一味で、今ゆうぜんとしてはいっていったお駕籠のお奉行が実はむっつり右門であったばかりではなく、その右門が身には異様な着衣をまとい、しかもゆうぜんとしながら、きつねつき姉妹をめしとって出てまいりましたものでしたから、等しくその顔の色がさっと変わりました。しかし、顔の色を変えたくらいではもう手おくれで、さっそくお白州へかけてみると、案の定右門のにらんだごとくに、きつねつきはにせ者で、そしてその姉妹両名が、怪談めかしたこの生首事件の真犯人でした。しかも、犯行の動機は、
小田切久之進とはやはり血縁の者で、彼女らの父親は小田切久之進の前身と同様、
それまでは小鳥の種類によっていちいち擬音の小笛を取り替えねばならなかったのですが、新たにくふうされたその名品というのは、一本の竹を吹き方によっていろいろと鳴き分けられるという便利なもので、だが、
「えへへへへへ。獄門首にしろ、ともかくもお上の預かりものなんですからね。それをくれてやるからにゃ、銭金ぐらいの安い代償じゃ、命にかかわるご法はまげませんよ。あの姉のほうの、まっかな顔をしてうつむいている、そこの美しい女の子の、命よりもたいせつな雪の膚をちょうだいしたんですよ」
貞操との交換といったそのひとことには、がらっ八なることおしゃべり屋の伝六までがまゆをひそめていましたが、事件に組みした連座の者を八丁堀の
「ね、だんな、それにしても、あっしゃ解せないことがあるんですがね。このまえの南蛮幽霊のときにゃ、だんなはその耳でほしを聞きあてたとおっしゃいましたが、今度のほしはなんでかぎ出したんでがすかい? あっしにゃ、今もってあの女を下手人とだんなのにらんだことがわかりやせんがね」
と――右門の顔が少しばかり明るくなったと思うと、ねっちりいいました。
「それが初めはおれも、おれに似合わねえ大早がてんをしたものさ。きさまからあの片目の用人のせがれのならず者の話を聞いたときにゃ、てっきりほしと思ったんだが、あとで考えてみると大笑いだよ。お旗本の用人といや、ともかくもりっぱな二本差しの身分だろ。そのせがれなら、いかにならず者でも武士のはしくれだから、武士ならばかたき討つのに、あんなまわりくどいまねはしないよ。返り討ちになるにしても、一度はばっさりやる気になるんだからな。としたら、子どものしわざか、女の子のしわざか、刀持つすべを知らない人間とにらむな順序じゃないか。それに、あのときご注進に来た敬四郎の手下の者の話を聞くと、まだ屋敷の外に綱張っているうちに、また首が床の間にあったといったからな、こいつ屋敷の中に巣食っている人間のしわざだなとにらんだだけさ。そこへきさまが、きつねつきの女がいるといったものだから、ぴんときたのさ。きつねつきときちゃ、怪談に縁のあるしろものだからな」
「なるほどね。しかし、あの御嶽行者のまじないは、なんのためでがしたい?」
「きつねつきがほんものかにせものかをためしただけだよ。ところが、大にせものさ。ほんものだったら、一二三四でも百まででも、こっちの口まねをするから数えるだけいわれるがね。こっちで数えないでその逆をいってみろというと、そこがけだもののあさましさ、数字の観念がないからな、口まねならいえるが、自分で数えることはできないものだよ。しかるに、あの女にせものだったから、その計略を知らずに、べらべらとつい人間の本性を出して自分で数えたのさ」
「それにしても、なんできつねつきなんぞのまねをしたのかね。あったら女がバカなことをしたものじゃごわせんか」
すると、右門は急に悲しげな表情を現わして、ほんとうにこの世でいちばん悲しいときの悲しげな表情を現わして、吐き出すように答えました。
「女が命よりもたいせつなはだを、人の仲間にもはいれない非人に許すんだもの、気違いのまねでもしなきゃ、正気じゃできねえじゃねえか」
――しかし、それほどのしんけんなふくしゅうに、貞操をふみにじってまでも行なったふくしゅうに、上のお慈悲が届かないはずはありませんでした。獄門番の非人は上つ方の女性を犯したうえに首を与えし罪軽からずとなして極刑の
「ふたりとも尼寺へでもいきなよ――」
寂しい声ではあったが、情けあることばでそういいました。