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右門捕物帖(うもんとりものちょう)01 南蛮幽霊

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 8:58:24  点击:  切换到繁體中文


     3

 と――右門がまだお湯屋のざくろ口を完全にはいりきらないときでした。
「だんな! だんな! また変なことが一つ持ち上がりましたぜ」
 息せき切りながら伝六があとから追っかけてきたので、右門はちょっといろめきたちながら耳をかしました。
「ね、柳原の土手先に、四、五日まえからおかしな人さらいが出るそうですぜ」
「人さらい? だれから聞いた」
「組屋敷のだんながたがたったいま奉行所から帰ってきてのうわさ話をちらり耳に入れたんですがね。いましがた訴えた者があったんだそうで、なんでもそれが夜の九つ時分に決まって出るんだそうだがね。おかしいことは、申し合わせたようにお侍ばかりをさらうっていうんですよ」
「じゃ、徒党でも組んだ連中なんだな」
「ところが、その人さらい相手はたったひとりだというから、ふにおちないじゃごわせんか。そのうえに、正真正銘足がなくて、ちっとも姿を見せないっていうんだから、場所がらが場所がらだけに、幽霊だろうなんていってますぜ。でなきゃ、こもをかかえたお嬢さん――」
「なんだ、そのこもをかかえたお嬢さんてやつは……」
「知れたことじゃありませんか。つじ君ですよ。夜鷹よたかですよ」
「なるほどな」
 はだかのままでしばらく考えていましたが、突如! 真に突如、右門の眼はふたた烱々けいけいと輝きを帯びてまいりました。また、輝きだすのも道理です。いうがごとくに、たったひとりの力で侍ばかりをさらっていくとするなら、少なくもその下手人は人力以上の、まことに幽霊ではあるまいかと思えるほどのなにものか異常な力を持ち備えている者でなければならないはずだからです。とするなら――右門の心にふとわき上がったものは、あの同じ眠りの秘術、長助の場合にも、三百両紛失の場合にも、等しく符節を合わしているあの奇怪な眠りの術でありました。
「よし! いいことを知らしてくれた。ご苦労だが、きさまひとっ走り柳原までいって、もっと詳しいことをあげてきてくれ!」
 とぎれた手がかりにほのぼのとしてまた一道の光明がさしてきたので、右門は口早に伝六へ命じました。
 お湯もそうそうに上がって心をはずませながら待っていると、伝六は宙を飛んで駆けかえってまいりました。けれども、宙を飛んで帰りはしたが、そのことばつきには不平の色が満ちていたのです。
「ちえッ、だんなの気早にゃ少しあきれましたね。くたびれもうけでしたよ」
「うそか」
「いいえ、人さらいは出るでしょうがね、あの近所の者ではひとりも現場を見たものがないっていいますぜ」
「じゃ、そんなうわさも上っちゃいないんだな」
「さようで――また上らないのがあたりまえでしょうよ。さらわれたとすると、その人間はきっと帰ってこないんでしょうからね。だから、四日も五日もお上のお耳へ上らずにもいたんでしょうからね。しかし、ちょっとおつな話はございますよ。こいつあ人さらいの幽霊とは別ですがね、このごろじゅうから、あの土手の先へ、べっぴん親子のおでん屋が屋台を張るそうでしてね、なんでもその娘というのがすばらしい美人のうえに、人の評判では琉球りゅうきゅう芋焼酎いもしょうちゅうだといいますがね、とにかく味の変わったばかに辛くてうまい変てこりんな酒を飲ませるっていうんで、大繁盛だそうですよ。どうでごわす、拝みに参りましょうか」
 つべこべと口早にしゃべるのを聞きながら、じっと目を閉じて、何ものかをまさぐるように考えていましたが、と、突然右門がすっくと立ち上がりながら外出のしたくにとりかかったので、伝六は早がてんしながらいいました。
「ありがてえ! じゃ、本気にべっぴんを拝みに出かけるんですかい」
 しかし、右門は押し黙ったままで万端のしたくをととのえてしまうと、風のようにすうと音もなく表へ出ていきました。刻限はちょうど晩景の六つ下がりどきで、ぬんめりとやわらかく小鬢こびんをかすめる春の風は、まことに人の心をとろかすようなはだざわりです。その浮かれたつちまたの町を、右門は黒羽二重の素あわせに、蝋色鞘ろいろざやの細いやつを長めに腰へ落として、ひと苦労してみたくなるような江戸まえの男ぶりはすっぽりずきんに包みながら、素足にいきな雪駄せったを鳴らし、まがうかたなく道を柳原の方角へとったので、伝六はてっきりそれと、ますますはしゃいでいいました。
「だんなもこれですみにはおけませんね、べっぴんときくと、急におめかしを始めたんだからね。ちッちッ、ありがてえ! まったく、果報は寝て待てというやつだ。久しぶりで伝六さんの飲みっぷりのいいところを、べっぴんに見せてやりますかね。そのかえり道に、こもをかかえたお嬢さんをからかってみるなんて、どうみてもおつな寸法でがすね」
 しかし、それがしだいにおつな寸法でなくなりだしたのです。柳原ならそれほど道を急ぐ必要はないはずなのに、右門はもよりのつじ待ち駕籠かご屋へやっていくと、黙ってあごでしゃくりました。のみならず、供先は息づえをあげると同時に、心得たもののごとく、ひたひたと先を急ぎだしました。柳原なら大川べりを左へ曲がるのが順序ですが、まっすぐにそれを通り越して、どうやら行く先は浅草目がけているらしく思われましたものでしたから、少し寸法の違うどころか、伝六はとうとうめんくらって、うしろの駕籠から悲鳴をあげました。
「まさかに、柳原と観音さまとおまちがいなすっていらっしゃるんじゃありますまいね」
 けれども、右門はおちつきはらったものでした。駕寵をおりるや否や、さっさと御堂裏みどううらのほうへ歩きだしたのです。いうまでもなく、その御堂裏は浅草の中心で、軒を並べているものはことごとく見せ物小屋ばかり――福助小僧の見せ物があるかと思うと、玉ころがしにそら吹けやれ吹けの吹き矢があって、秩父ちちぶ大蛇だいじゃ八幡やはた手品師、軽わざ乗りの看板があるかと思えば、その隣にはさるしばいの小屋が軒をつらねているといったぐあいでした。
 それらの中を、むっつり右門は依然むっつりと押し黙って、かき分けるようにやって行きましたが、と、立ち止まった見せ物小屋は、なんともかとも意外の意外、南蛮渡来の女玉乗り――と書かれた絵看板の前だったのです。のみならず、かれはその前へたたずむと、しきりに客引きの口上に耳を傾けました。
 ――客引きはわめくように口上を述べました。
「さあさ出ました出ました。珍しい玉乗り。ただの玉乗りとはわけが違う。七段返しに宙乗り踊り、太夫たゆうは美人で年が若うて、いずれも南蛮渡来の珍しい玉乗り。さあさ、いらっしゃい、いらっしゃい。お代はただの二文――」
 言い終わったとき、右門はつかつかと口上屋のかたわらに近づいて、無遠慮に尋ねました。
座頭ざがしら太夫はもと船頭で、からの国へ漂流いたし、その節この玉乗りを習い覚えて帰ったとかいううわさじゃが、まさかにうそではあるまいな」
「そこです、そこです。そういうだんながたがいらっしゃらないと、あっしたちもせっかくの口上に張り合いがないというものですよ。評判にうそ偽りのないのがこの座の身上。それが証拠に、太夫が唐人語を使って踊りを踊りますから、だまされたと思って、二文すててごらんなさいよ」
 得意になって口上言いが能書きを並べだしたものでしたから、それにつられて、あたりの者がどやどやと六、七人木戸をくぐりました。しかし、右門はまさかにこの仲間ではあるまいと思っていたのに、これは意外、つかつかと二文払って同じく中へはいりましたので、伝六はいよいよ鼻をつままれてしまいました。
 けれども、右門は伝六のおどろいていることなぞにはいっこうむとんちゃくで、ちょうど幕が上がっていたものでしたから、引き入れられるように舞台へ目をすえだしました。見ると、まことや口上言いの能書きどおりなのです。黒い玉に乗って柳の影から、まるで足のない幽霊のごとく、ふうわり舞台へ現われると、太夫はいかにも怪しい唐人語を使って、不思議な踊りを玉の上で巧みに踊りました。と、同時でした。右門は突然しかるように、伝六へいいました。
「きさま、今の唐人語に聞き覚えないか」
「え? なんです。なんです。唐人語たあなんですか?」
「どこかであれに似た節のことばを聞いたことはねえかといってるんだよ」
 伝六が懸命に考えていましたが、はたとひざを打つようにいいました。
「あっ! そういえば、こないだお花見の無礼講に、清正と妓生キーサンが、たしかにあんなふうな節を出しましたね」
「それがわかりゃ、きさまもおおできだ。このうえは、土手のおでん屋を詮議せんぎすりゃ、もうしめたものだぞ。来い!」
 恐ろしいすばしっこさで、そのまま右門が表へ駆けだしたものでしたから、まだはっきりとわからないがだいたいめぼしのついた伝六も、しりをからげてあとを追いました。まことにもうひとっ飛びで、評判のおでん屋を土手先で見つけたのはそれからまもなくでした。
 のれんをくぐってはいってみると、なるほど、評判どおりの美人です。年のころはまず二九あたり、まゆのにおやかえくぼのあいきょう、見ただけでぞくぞくと寒けだつほどの美人でした。しかし、ちらりと目を胸もとへさげたとき――あっ! おもわず右門は声をたてんばかりでした。乳が、その割合にしてはいかにも乳のふくらみが小さいではありませんか! はてなと思って、さらに目を付き添いのおやじに移していくと、もう一つ不審があった。その指先にはりっぱな竹刀しないだこが、少なくも剣道の一手二手は使いうることを物語る証左の竹刀だこが、歴然としてあったのです。右門はおどりたつ心を押えながら、そしらぬ顔で命じました。
「琉球の芋焼酎とかをもらうかな」
 と――偶然がそこにもう一つの幸運を右門にもたらしました。娘がびんを取り上げてみると、あいにくそれがからだったので、なにげなく屋台車のけこみを押しひらいて、中からたくわえの別なびんを取り出そうとしたそのとたん、ちらりと鋭く右門の目を射たものは、たしかにいま浅草の小屋で見て帰ったと同じ南蛮玉乗りの大きな黒い玉でした。
「さては、ほしが当たったらしいな」
 いよいよ見込みどおりな結果に近づいてまいりましたものでしたから、もう長居は無用、伝六におでん屋親子の張り番を命じておいて、ただちに四谷大番町よつやおおばんちょうへ向かいました。なにゆえ四谷くんだりまでも出向いていったかというに、そこには当時南蛮研究の第一人者たる鮫島さめじま老雲斎先生がかくれ住んでいたからでした。かれこれもう夜は二更をすぎていましたので、起きていられるかどうかそれが心配でしたが、さいわいに、先生はまだお目ざめでした。もとより一面識もない間ではありましたが、そこへいくと職名はちょうほうなものです。右門が八丁堀の同心であることを告げると、老雲斎は気軽に書物のうず高く積みあげられたその居間へ通しましたので、だしぬけに尋ねました。
「はなはだ卒爾そつじなお尋ねにござりまするが、切支丹伴天連きりしたんばてれんの魔法を防ぐには、どうしたらよろしいのでござりましょうか」
「ほほう、えらいことをまた尋ねに参ったものじゃな。伴天連の魔法にもいろいろあるが、どんな魔法じゃ」
「眠りの術にござります」
「ははあ、あれか。あれは催眠の術と申してな、伊賀甲賀の忍びの術にもある、ごく初歩のわざじゃ。知ってのとおり、なにごとによらず、人に術を施すということは、術者自身が心気を一つにしなけんきゃならぬのでな。それを破る手段も、けっきょくはその術者自身の心気統一をじゃますればいいんじゃ。昼間ならば突然大きな音をたてるとかな、ないしはまた夜の場合ならば急にちかりと明るい光を見せるとかすれば、たいてい破れるものじゃ」
 立て板に水を流すごとく、すらすらと催眠破りの秘術を伝授してくれましたので、もはや右門は千人力でした。もよりの自身番へ立ち寄って、特別あかりの強い龕燈がんどうを一つ借りうけると、ただちに駕籠を飛ばして、ふたたび柳原の土手わきまで引き返していきました。日にしたらちょうど十三日、普通ならば十三夜の月が、今ごろはまぶしいほどに中天高く上っているべきはずですが、おりからの曇り空は、かえって人さらいの下手人をおぴき出すにはおあつらえ向きのおぼろやみです。
「伝六、どうやらおれの芽が吹いて出そうだぞ」
 息をころして遠くからおでん屋台の張り番をしていた伝六のそばへうずくまると、右門は小声でささやきながら、いまかいまかと刻限のふけるのを待ちました。
 と、案の定、もうつじ君たちの群れも姿を消してしまった九つ近い真夜中どき――おでん屋は店をしまって車を引きながら、河岸かしを土手に沿って、みくら橋のほうへやって参りました。前後して、顔の包みをとった右門が、わざと千鳥足を見せながら、そのあとをつけました。とたん、侍姿の右門に気がついたとみえて、ふっとおでん屋台のあかりが消されました。同時に、ことりとなにか取り出したらしい物音は、たしかにあのけこみの中へ秘めかくしておいた玉乗りの黒い玉です――右門はかくし持っている御用龕燈がんどうをしっかりと握りしめました。間をおかないで、ふわふわと、さながら幽霊ででもあるように、玉に乗りながらおぼろやみの中から近よってきたものは、紛れもなくさっきの美人です。そら、眠りの術が始まるぞ! と思って龕燈を用意していると、それとも知らずに、予想どおり、いとも奇怪な一道の妖気ようきが、突如右門の身辺にそくそくとおそいかかりました。
「バカ者!」
 とたんに、右門がわれ鐘のような大声で大喝たいかつしたのと、ちかり龕燈のあかりをその鼻先へ不意につきつけたのと同時でした。術は老雲斎先生のことばどおり、うれしくも破れました。
「あっ!」
 といって、いま一度術を施し直そうとしたときは、一瞬早くむっつり右門の草香流柔術やわらの逆腕が相手の右手をさかしらにうしろへねじあげていたときでした。同時に、片手で右門は相手の胸をさぐりました。――しかるに、やはり乳がないのです。右門とても年は若いのですから、むしろあってくれたほうが、その点からいったっていいくらいのものだが、やはり乳はないのです。
「バカ者め! 女に化けたってべっぴんに見えるほどの器量よしなら、若衆になっていたってべっぴんのはずじゃねえか。さ、大またにとっとと歩け!」
 女でなかったことがべつに腹がたったというわけではなかったのですが、なにかしら少し惜しいように思いましたので、右門はそんなふうにしかりつけました。
 ――いうまでもなく、そのおでん屋の見込み捕物とりものによっていっさいの犯人があげられ、いっさいの犯行が判明いたしました。長助殺し事件も、三百両紛失事件も、人さらい事件は申すに及ばず、ことごとくがそれら一団の連絡ある犯行だったのです。それら一団というのは、天草の残党、すなわち知恵伊豆いずの出馬によって曲がりなりにも静まった島原の乱のあの残党たちでした。南蛮渡来の玉乗りも、むろんその切支丹伴天連きりしたんばてれんが世を忍んだ仮の姿で、岡っ引き長助を殺した直接の下手人は、催眠の術にたけていたおでん屋親子とみせかけているその両名でした。なにゆえに長助をあんな非業の死につかしめたかというに、その原因は、右門が奉行所の調書によって疑問とにらんだ、あのだんなばくち検挙事件に関係があったのでした。ふたをあけてみると、さすがは切支丹伴天連の一味だけあって、実にその犯行は巧みな計画にもとづき、あくまでも宗門一揆いっきの再挙を計るために、まずかれらは軍資金の調達に勤めました。その一方法として、案出されたものが、金持ちのご隠居や若だんなたちを相手のいんちきばくちで、いんちきの裏には同じ切支丹伴天連の催眠の術が潜んでいたことはもちろんでした。その一つの賭場とばである牛込藁店うしごめわらだなへ偶然に行き当たった者が相撲すもう上がりの長助で、不幸なことに、かれは少しばかり小欲に深い男でありましたから、検挙しながらわずかのそでの下で、とうとうご法をまげてしまったのです。けれども、かれら伴天連一味の者からいえば、賄賂わいろによって一度は事の暴露を未然に防ぎ、わずかに急場を免れたというものの、やはり、長助は目の上のこぶでした。したがって、坂上与一郎親子に化けてあんな残忍な長助殺しの事件も起きたわけで、それにはまたかっこうなことに、女にしても身ぶるいの出るほどなあのおでん屋の美少年がいたものでしたから、まことにしばいはおあつらえ向きというべきですが、切支丹おでん屋の両名が行なった人さらい事件は、これも異教徒たちの驚嘆すべき計画の一つで、あのとおり美人に化けてその美貌びぼうにつられて通う侍のお客を物色しながら、例の手でこれを眠らし、誘拐ゆうかいしたうえにこれを切支丹へ改宗させて、おもむろに再挙を計ろうとしたためでした。侍のみを目がけたのは、いざというときその腕を役だたせよう、というので、玉乗りの玉を使った理由は、さも幽霊のしわざででもあるかのように見せかけて、少しでもその犯行への見込みを誤らしめようという計画からでした。三百両紛失事件は、これももちろん軍資金調達の一方法で、一味があげられたと同時に例のこまの持ち主はまもなく判明いたしましたが、右門のにらんだごとく三段の免許持ちで、天草から江戸へ潜入以来、け将棋専門で五十両百両といったような大金を軍資金としてかせぎためていた伴天連の催眠術者でした。それが、あの日たまたま湯島の富くじ開帳へ行き合わせて、金星を打ち当てた町人をちょっと眠らしたというようなわけでしたが、とにかく右門のすばらしい功名に、同僚たちはすっかり鼻毛を抜かれた形でした。けれども、おなじみのおしゃべり伝六だけには、一つふにおちない点がありました。ほかでもなく、それは柳原からの報告をもたらしたとき、すぐに右門が玉乗りへやって行ったあの事実です。
 で、伝六は口をとんがらかしながらききました。
「それにしても、いきなり玉乗りへ行ったのは、まさかだんなも伴天連の魔法を知ってるわけじゃありますまいね」
 すると右門は即座に自分の耳を指さしたものでしたから、伝六が目をぱちくりしたのは当然。
「見たところへしゃげた耳で、べつに他人のと変わっているようには思えませんが、なにか仕掛けでもありますかい」
「うといやつだな。あのとき小屋の中でもそういったはずだが、お花見のときにきいた妓生キーサンの南蛮語だよ。はじめはむろんでたらめなべらべらだなと思っていたが、きさまがおでん屋で芋焼酎を売り物にしているといったあの話から、てっきり南蛮酒だなとにらんだので、南蛮酒から南蛮渡来の玉乗りのことを思いついて、妓生のべらべらをもう一度聞きためしにいったまでのことさ。あの玉乗りの太夫たちが唐人ことばで踊りを踊るということは、まえから聞いていたのでな。ねたを割りゃ、それだけの手がかりさ」
 いうと、右門はおれの耳はおまえたちのきくらげ耳とは種が違うぞ、というように、唖然あぜんと目をみはっている同僚たちの面前で、ぴんぴんと両耳をひっぱりました。





底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
   1996(平成8)年12月20日新装第7刷発行
入力:大野晋
校正:菅野朋子
1999年5月1日公開
2005年6月28日修正
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