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黄金虫(こがねむし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-7 6:52:11  点击:  切换到繁體中文


 我々はいまや一所懸命に掘った。そして私はかつてこれ以上に強烈な興奮の十分間を過したことがない。その十分間に、我々は一つの長方形の木製の大箱をすっかり掘り出したのだ。この箱は、それが完全に保存されていることや、驚くべき堅牢けんろうさを持っていることなどから考えると、明らかになにかある鉱化作用――たぶん塩化第二水銀の鉱化作用――をほどこされているのであった。長さは三フィート半、幅は三フィート、深さは二フィート半あった。鍛鉄たんてつたがでしっかりと締め、びょうを打ってあって、全体に一種の格子こうし細工をなしている。箱の両側の、上部に近いところに、鉄の鐶が三つずつ――みんなで六つ――あり、それによって六人でしっかり持つことができるようになっている。我々が一緒になってあらんかぎりの力を出してみたが、底をほんの少しばかりずらすことができただけであった。こんな恐ろしく重いものはとうてい動かせないということがすぐにわかった。ありがたいことには、ふたを留めてあるのは二本の抜き差しのできるかんぬきだけだった。不安のあまりぶるぶる震え、息をはずませながら――我々はその閂を引き抜いた。とたちまち、あたいも知れぬほどの財宝が我々の眼前に光りきらめいて現われた。角灯の光が穴のなかへしたとき、雑然として積み重なっている黄金宝石の山から、実に燦爛さんらんたる光輝が照りかえして、まったく我々の眼をくらませたのであった。
 それを眺めたときの心持を私は書きしるそうとはしまい。驚きが主だったことは言うまでもない。ルグランは興奮のあまりへとへとになっているようで、ほとんど口もきかなかった。ジュピターの顔はちょっとのあいだ黒人の顔としてはこれ以上にはなれないほど、死人のように蒼白あおじろくなった。彼はあっけにとられて――きもをつぶしているらしかった。やがて彼は穴のなかにひざをついて、そでをまくり上げた両腕をひじのところまで黄金のなかに埋め、ちょうど湯に入って好い気持になってでもいるように、腕をそのままにしていた。とうとう、深い溜息ためいきをつきながら、独言ひとりごとのように叫んだ。
「で、こりゃあみんなあの黄金虫からなんだ! あのきれいな黄金虫! わっしがあんなに乱暴に悪口言った、かわいそうなちっちぇえ黄金虫からなんだ! おめえは恥ずかしくねえか? 黒んぼ、――返事してみろ!」
 とうとう、私は主従の二人をうながして財宝を運ぶようにさせなければならなくなった。夜はだんだんけて来るし、夜明け前になにもかもみんな家へ持ってゆくには、一働きする必要があったのだ。が、どうしたらいいかなかなかわからず、考えるのにずいぶん長く時間がかかった。――それほど一同の頭は混乱していたのだ。とうとう、なかにある物の三分の二を取り出して箱を軽くすると、どうにか穴から引き揚げることができた。取り出した品物はいばらのあいだに置いて、その番をさせるために犬を残し、我々が帰って来るまでは、どんなことがあってもその場所から離れぬよう、また口を開かぬようにと、ジュピターから犬にきびしく言いつけた。それから我々は箱を持って急いで家路についた。そして無事に、だが非常に骨を折ったのちに、小屋へ着いたのは、午前一時だった。疲れきっていたので、すぐまたつづけて働くということは人間業ではできないことだった。我々は二時まで休み、食事をとった。それからすぐ、幸いに家のなかにあった三つの丈夫な袋をたずさえて、山に向って出発した。四時すこし前にさっきの穴へ着き、残りの獲物を三人にできるだけ等分に分け、穴は埋めないままにして、ふたたび小屋へと向ったが、二度目に我々の黄金の荷を小屋におろしたのは、ちょうどあけぼのの最初の光が東の方の樹々きぎの頂から輝きだしたころであった。
 一同はもうすっかりへたばっていた。が、はげしい興奮が我々を休息させなかった。三、四時間ばかりうとうとと眠ると、我々は、まるで申し合せてでもあったように、財宝を調べようと起き上がった。
 箱は縁のところまでいっぱいになっていて、その内容を吟味するのに、その日一日と、その夜の大部分がかかった。秩序とか排列とかいったようなものは少しもなかった。なにもかも雑然と積み重ねてあった。すべてを念入りにり分けてみると、初めに想像していたよりももっと莫大ばくだいな富が手に入ったことがわかった。貨幣では四十五万ドル以上もあった。――これは一つ一つの価格を、当時の相場表によって、できるだけ正確に値ぶみしてである。銀貨は一枚もなかった。みんな古い時代の金貨で、種類も種々様々だった。――フランスや、スペインや、ドイツの貨幣、それにイギリスのギニー金貨(10)が少し、また、これまで見本を見たこともないような貨幣もあった。ひどくりへっているので、刻印のちっとも読めない、非常に大きくて重い貨幣もいくつかあった。アメリカの貨幣は一つもなかった。宝石の価格を見積るのはいっそう困難だった。金剛石ダイヤモンドは――そのなかにはとても大きい立派なものもあったが――みんなで百十個あり、小さいのは一つもない。すばらしい光輝をはなつ紅玉ルビーが十八個、緑柱玉エメラルドが三百十個、これはみなきわめて美しい。青玉サファイアが二十一個と、蛋白石オパールが一個。それらの宝石はすべてその台からはずして、箱のなかにばらばらに投げこんであった。ほかの黄金のあいだから択り出したその台のほうは、見分けのつかぬようにするためか、鉄鎚かなづちで叩きつぶしたものらしく見えた。これらすべてのほかに、非常にたくさんの純金の装飾品があった。つまり、どっしりした指輪やイヤリングがかれこれ二百。立派な首飾り、――これはたしか三十あったと記憶する。とても大きな重い十字架が八十三個。非常な価格の香炉が五個。葡萄ぶどうの葉と酔いしれて踊っている人々の姿とを見事に浮彫りした大きな黄金のポンスばちが一個。それから精巧に彫りをした刀剣のつかが二本と、そのほか、思い出すことのできないたくさんの小さな品々。これらの貴重品の重量は三百五十ポンドを超えていた。そしてこの概算には百九十七個のすばらしい金時計が入っていないのだ。そのなかの三個はたしかにそれぞれ五百ドルの価はある。時計の多くは非常に古くて、機械が腐食のために多少ともいたんでいるので、時を測るものとしては無価値であった。が、どれもこれも皆たくさんの宝石をちりばめ、高価な革に入っていた。この箱の全内容を、その夜、我々は百五十万ドルと見積った。ところが、その後、その装身具や宝石類を(いくつかは我々自身が使うのに取っておいたが)売り払ってみると、我々がこの財宝をよほど安く値ぶみしていたことがわかったのだった。
 いよいよ調べが終って、はげしい興奮がいくらかしずまると、ルグランは、私がこの不思議きわまるなぞの説明を聞きたくてたまらないでいるのを見て、それに関するいっさいの事情を詳しく話しはじめたのだ。
「君は覚えているだろう」と彼は言った。「僕が甲虫かぶとむしの略図をいて君に渡したあの晩のことを。また、君が僕の描いた絵を髑髏どくろに似ていると言い張ったのに僕がすっかり腹を立てたことも、思い出せるだろう。初め君がそう言ったときには、僕は君が冗談を言っているのだと思ったものだ。だがその後、あの虫の背中に妙な点があるのを思い浮べて、君の言ったことにも少しは事実の根拠がないでもないと内心認めるようになった。でも、君が僕の絵の腕前を冷やかしたのがしゃくだった。――僕は絵が上手だと言われているんだからね。――だから、君があの羊皮紙の切れっぱしを渡してくれたとき、僕はそいつをしわくちゃにして、怒って火のなかへ投げこもうとしたんだ」
「あの紙の切れっぱしのことだろう」と私が言った。
「いいや。あれは見たところでは紙によく似ていて、最初は僕もそうかと思ったが、絵を描いてみると、ごく薄い羊皮紙だということにすぐ気がついたよ。覚えているだろう、ずいぶんよごれていたね。ところで、あれをちょうど皺くちゃにしようとしていたとき、君の見ていたあの絵がちらりと僕の眼にとまったのさ。で、自分が甲虫の絵を描いておいたと思ったちょうどその場所に、事実、髑髏の図を認めたときの僕の驚きは、君にも想像できるだろう。ちょっとのあいだ、僕はあんまりびっくりしたので、正確にものを考えることができなかった。僕は、自分の描いた絵が、大体の輪郭には似ているところはあったけれども――細かい点ではそれとはたいへん違っていることを知った。やがて蝋燭を取って、部屋の向うすみへ行って腰をかけ、その羊皮紙をもっとよく吟味しはじめた。ひっくり返してみると、僕の絵が自分の描いたとおりにその裏にあるのだ。そのときの僕の最初の感じは、ただ、両方の絵の輪郭がまったくよく似ているということにたいする驚きだった。――羊皮紙の反対の側に、僕の描いた甲虫の絵の真下に、僕のにつかずに頭蓋骨ずがいこつがあり、この頭蓋骨の輪郭だけではなく、大きさまでが、僕の絵によく似ている、という事実に含まれた不思議な暗合にたいする驚きだった。この暗合の不思議さはしばらくのあいだ僕をまったく茫然ぼうぜんとさせたよ。これはこういうような暗合から起る普通の結果なんだ。心は連絡を――原因と結果との関連を――確立しようと努め、それができないので、一種の一時的な麻痺まひ状態に陥るんだね。だが、僕がこの茫然自失の状態から回復すると、その暗合よりももっともっと僕を驚かせた一つの確信が、心のなかにだんだんとき上がってきたんだ。僕は、甲虫の絵を描いたときには羊皮紙の上になんの絵もなかったことを、明瞭めいりょうに、確実に、思い出しはじめた。僕はこのことを完全に確かだと思うようになった。なぜなら、いちばんきれいなところを捜そうと思って、初めに一方の側を、それから裏をと、ひっくり返してみたことを、思い出したからなんだ。もし頭蓋骨がそのときそこにあったのなら、もちろん見のがすはずがない。この点に、実際、説明のできないと思われる神秘があった。が、そのときもうはや、僕の知力のいちばん奥深いところでは、昨夜の冒険であんなに見事に証明されたあの事実の概念が、蛍火ほたるびのように、かすかに、ひらめいたようだった。僕はすぐ立ち上がり、羊皮紙を大事にしまいこんで、一人になるまでそれ以上考えることはいっさいやめてしまった。
 君が帰ってゆき、ジュピターがぐっすり眠ってしまうと、僕はその事がらをもっと順序立てて研究することに着手した。まず第一に、羊皮紙がどうして自分の手に入ったかということを考えてみた。僕たちがあの甲虫を発見した場所は、島の東の方一マイルばかりの本土の海岸で、満潮点のほんの少し上のところだった。僕がつかまえると、強くみついたので、それを落した。ジュピターはいつもの用心深さで、自分の方へ飛んできたその虫をつかむ前に、樹の葉か、なにかそういったようなものを捜して、それでつかまえようと、あたりを見まわした。彼の眼と、それから僕の眼とが、あの羊皮紙の切れっぱしにとまったのは、この瞬間だった。もっとも、そのときはそれを紙だと思っていたがね。それは砂のなかになかば埋まっていて、一つの隅だけが出ていた。それを見つけた場所の近くに、僕は帆船の大短艇ロング・ボートらしいものの残骸を認めた。その難破船はよほど長いあいだそこにあるものらしかった。というのは、ボートの用材らしいということがやっとわかるほどだったから。


 

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