これまでは私は眼を開かなかった。私は縛めを解かれて仰向けに横たわっているのを感じた。手を伸ばすと、何かじめじめした硬いものにどたりと落ちた。何分間もそこに手を置いたまま、自分がどこにいてどうなっているのか想像しようと努めた。眼を開いて見たかったが、そうするだけの勇気がなかった。身のまわりのものを最初にちらと見ることを私は恐れたのだ。恐ろしいものを見るのを恐れたのではない。なにも見るものがないのではあるまいかと思って恐ろしくなったのだった。とうとう、はげしい自暴自棄の気持で、眼をぱっとあけてみた。すると私のいちばん恐れていた考えが事実となってあらわれた。永遠の夜の暗黒が私を包んでいるのだ。私は息をしようとしてもがいた。濃い暗闇は私を圧迫し窒息させるように思われた。空気は堪えがたいほど息づまるようであった。私はなおじっと横たわって、理性を働かせようと努めた。宗教裁判官のやり方を思い出して、その点から自分のほんとうの状態を推定してみようと試みた。宣告が言いわたされ、それから非常に長い時間がたっているような気がした。しかし自分が実際に死んでいると想像したことは一瞬時もなかった。そのような想像は、物語では読むことはあるが、ほんとうの生存とはぜんぜん矛盾するものである。――だが、いったい私はどこに、どんな状態でいるのであろう? 死刑を宣告された者が通常 autos-da-f
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恐ろしい考えがこのとき急に念頭に浮び、血は奔流のように心臓へ集まった。そして少しのあいだ、私はもう一度無感覚の状態にあともどりした。我に返るとすぐ、全身の繊維が
そしてなおも注意深く前へ歩きつづけているあいだに、今度はトレードの恐怖についてのいろいろの漠然とした
ひろげていた手はとうとうなにか固い障害物につき当った。それは壁であったが、石造らしく――ひどくなめらかで、ぬらぬらしていて、冷たかった。私はそれについて行った。ある昔の物語が教えてくれた注意深い警戒の念をもって、一歩一歩進んだ。しかし、この方法は牢の広さを確かめる手段とはならなかった。というのは、一まわりしてもとの出発点に戻っていても、そのことがわからないからであって、それほどその壁は完全に一様なものらしかった。そこで私は、宗教裁判所の部屋のなかへ連れて行かれたときにポケットのなかにあったナイフを探した。がそれはなかった。私の衣服は粗末なセルの着物にかわっていたのだ。出発点を認められるようにそのナイフの刀身をどこか石の小さい隙間にさしこんでおこうと思ったのであったが。しかしこの困難は、心が乱れていたので初めはどうにもできないもののように思われたが、実はちょっとしたものにすぎなかった。私は着物のへりを一部分ひき裂いてその
目が覚めて、片腕を伸ばすと、かたわらには一塊のパンと水の入った水差しとが置いてあった。ひどく疲れきっていたので、私はこの事がらを十分考えてみることもなく、がつがつと
このような調査には私はほとんど目的を――たしかに希望などは少しも――持っていなかった。けれども漠然とした好奇心が私を駆ってその調査をつづけさせた。私は壁のところを離れて、この構内の地域を横断してみようと決心した。初めは非常に用心しながら進んだ。床は固い物質でできているらしかったが、ねばねばしていて油断がならなかったからだ。しかしとうとう勇気を出して、ためらわずにしっかりと足を踏み出した、――できるだけ一直線によぎろうと努めながら。こんなふうにして十歩か十二歩ばかり進んだときに、さっきひき裂いた着物のへりの残片が両足のあいだに絡まった。私はそれを踏みつけて、ばったりと
倒れた当座は
私は自分のために用意されてあった運命をはっきりと知った。そしてちょうど折よく偶然に起った出来事によって助かったことを喜んだ。倒れる前にもう一歩進む、すると私はふたたびこの世に出ることができなかったのだ。そしていままぬかれた死こそは、宗教裁判所に関する話のなかで荒唐無稽な愚にもつかぬものと私のそれまで思いこんでいた種類のものであったのだ。宗教裁判の暴虐の犠牲者には、もっとも恐るべき肉体的の苦痛を伴う死か、またはもっともいまわしい精神的の恐怖を伴う死か、どちらかを選ぶのである。私はその後者を受けることになっていたのだ。長いあいだの苦痛のために、私の神経は自分の声にさえ身ぶるいするほど衰弱し、どんな点からでも、自分を待ち受けているこの種の迫害にはたいへん適当な材料となっていたのであった。