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それから六日すぎた。
オレたちは邸内の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。
オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。
「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」
アナマロがブラリと姿を現して、からかった。
「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」
オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。
「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてくるがよい」
アナマロがこう云った。
「斧だけでいいんですか」
「ウン」
「庭木でも伐ろと仰有るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」
ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、
「まア、坐れ」
彼はこう云って、まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。
「馬耳よ。よく聞け。お主が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思うまい」
「どういうわけで!」
「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」
「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」
「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、今のうちに早く帰れ」
アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オレは叫んだ。
「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われたタクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には差支えありますまい」
「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」
「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」
「さ。そのことだ」
アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。
「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされているのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」
思わせぶりな言葉が、いっそうオレをいらだたせた。
「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」
「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」
オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。
「お供しましょう」
「これさ」
「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」
「長生きすれば、天下のタクミと世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」
「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」
アナマロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。
「オレにつづいて参れ」
彼は先に立ってズンズン歩いた。
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