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風流仏(ふうりゅうぶつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 10:06:46  点击:  切换到繁體中文

 

一寸ちょとついわたいた受取うけとった/\一つでは乳首くわえて二つでは乳首はないて三つでは親の寝間を離れて四つにはよりよりいつつでは糸をとりそめ六つでころ機織はたおりそめて――

と苦労知らぬ高調子、無心の口々長閑のどかに、拍子取りつれて、歌は人の作ながら声は天のおと美しく、よくは百ついて帰そうより他なく、うらみはつき損ねた時罪もむくいも共に忘れて、恋と無常はまだ無き世界の、楽しさうらやましく、ああ無心こそたっとけれ、昔は我も何しら糸の清きばかりの一筋なりしに、果敢はかなくも嬉しいと云う事身に染初しみそめしより、やがて辛苦の結ぼれとけ濡苧ぬれおもつれの物思い、其色そのいろ嫌よと、ふさげば生憎あいにくにお辰の面影あり/\と、涙さしぐみて、分疏いいわけしたき風情、何処どこに憎い所なし。なる程定めなきとはあなたの御心、新聞一枚に堅き約束を反故ほごとなして怒り玉うかとかこたれて見れば無理ならねど、子爵のもとゆきてより手紙はわずかに田原が一度もっきたりしばかり、此方こなたからりし度々の消息、はじめは親子再会のいわい、中頃は振残ふりのこされし喞言かこちごと、人にはきかがたきほどはずかしい文段もんだんまでも、筆とれば其人の耳につけて話しするような心地して我しらずおろかにも、独居ひとりいうらみを数うる夜半よわの鐘はつらからで、朧気おぼろげながら逢瀬おうせうれしき通路かよいじとりめを夢の名残の本意ほいなさに憎らしゅう存じそろなどかいてまだ足らず、再書かえすがき濃々こまごまと、色好み深き都の若佼わこうど幾人いくたりか迷わせ玉うらん御標致ごきりょうの美しさ、かえって心配の種子たねにて我をも其等それらうきたる人々と同じようおぼいずらんかとあんそうろうてはに/\頼み薄く口惜くちおしゅう覚えて、あわれ歳月としつきの早くたてかし、おんおもかげの変りたる時にこそ浅墓あさはかならぬわが恋のかわらぬ者なるをあらわしたけれと、無理なるねがいをも神前になげきこそろと、愚痴の数々まで記して丈夫そうな状袋をえらみ、封じ目油断なく、幾度かうちかえし/\見て、印紙正しく張りつけ、漸く差しいだしたるに受取うけとったとばかりの返辞もよこさず、今日は明日はと待つ郵便の空頼そらだのめなる不実の仕方、それはあだし婿がね取らせんとて父上の皆されし事。又しても妄想もうぞうが我を裏切うらぎりして迷わする声憎しと、かしらあぐれば風流仏悟りすました顔、外には

清水きよみずの三本柳の一羽のすずめたかに取られたチチャポン/\一寸ちょっと百ついて渡いた渡いた

の他音もなし、愈々いよいよ影法師の仕業に定まったるか、エヽ腹立はらだたし、我最早もはやすっきりと思い断ちて煩悩ぼんのう愛執あいしゅう一切すつべしと、胸には決定けつじょうしながら、なお一分いちぶんの未練残りて可愛かわゆければこそにらみつむる彫像、此時このとき雲収り、日はりて東窓の部屋のうちやゝ暗く、すべての物薄墨色になって、暮残りたるお辰白き肌浮出うきいずる如く、活々いきいきとした姿、おぼろ月夜にまことの人を見るように、呼ばゞ答もなすべきありさま、わが作りたる者なれどあくまでおぼきったる珠運ゾッと総身の毛もたち呼吸いきをも忘れ居たりしが、猛然として思いかえせば、こったるひとみキラリと動く機会はずみに面色たちまち変り、エイ這顔しゃっつらの美しさに迷う物かは、針ほども心に面白き所あらば命さえくれてやる珠運も、何の操なきおのれに未練残すべき、その生白なましらけたる素首そっくびみるけがらわしと身動きあらく後向うしろむきになれば、よゝと泣声して、それまでに疑われうとまれたる身の生甲斐いきがいなし、とてもの事方様かたさまの手におしからぬ命すてたしというは、正しく木像なり、あゝら怪しや、さては一念の恋をこらして、作りいだせしお辰の像に、我魂のいりたるか、よしや我身の妄執もうしゅうり移りたる者にもせよ、今は恩愛きっすて、迷わぬはじめ立帰たちかえる珠運にさまたげなす妖怪ようかい、いでいで仏師が腕のさえ、恋も未練も段々きだきだ切捨きりすてくれんと突立つったちて、右の手高く振上ふりあげなたには鉄をも砕くべきが気高くやさしきなさけあふるるばかりたたゆる姿、さても水々として柔かそうな裸身はだかみらば熱血もほとばしりなんを、どうまあ邪見に鬼々おにおにしくやいばむごくあてらるべき、うらみにくみも火上の氷、思わず珠運はなた取落とりおとして、恋の叶わずおもいの切れぬを流石さすが男の男泣き、一声のんで身をもがき、其儘そのままドウとす途端、ガタリと何かの倒るゝ音して天よりいでしか地よりわきしか、玉のかいなは温く我頸筋くびすじにからまりて、雲のびんの毛におやかにほほなでるをハット驚き、せわしく見れば、ありし昔に其儘そのままの。お辰かと珠運もだきしめてひたいに唇。彫像が動いたのやら、女が来たのやら、とわつたなく語らば遅し。げんまたげん摩訶不思議まかふしぎ


[#改ページ]



    団円 諸法実相

      帰依仏きえぶつ御利益ごりやく眼前にあり

 恋に必ず、必ず、感応かんのうありて、一念の誠御心みこころかない、珠運しゅうんおの帰依仏きえぶつ来迎らいごうかたじけなくもすくいとられて、おたつと共に手を携え肩をならべ優々と雲の上にゆきあとには白薔薇ホワイトローズにおいくんじて吉兵衛きちべえを初め一村の老幼芽出度めでたしとさゞめく声は天鼓を撃つごとく、七蔵しちぞうがゆがみたる耳を貫けばこれも我慢のつのおとして黒山こくざん鬼窟きくついで発心ほっしん勇ましく田原と共に左右の御前立おんまえだちとなりぬ。
 其後そののち光輪ごこううるわしく白雲にのっ所々しょしょに見ゆる者あり。ある紳士の拝まれたるは天鷲絨ビロウドの洋服すそ長く着玉いて駄鳥だちょうの羽宝冠にあざやかなりしに、なにがし貴族の見られしは白えりめして錦の御帯おんおび金色こんじき赫奕かくえくたりしとかや。それに引変えやぶれ褞袍おんぼう着て藁草履わらぞうりはき腰に利鎌とがまさしたるを農夫は拝み、阿波縮あわちぢみ浴衣ゆかた綿八反めんはったんの帯、洋銀のかんざしぐらいの御姿を見しは小商人こあきんどにて、風寒き北海道にては、にしんうろこ怪しく光るどんざ布子ぬのこなみさやぐ佐渡さどには、色も定かならぬさき織を着て漁師共のにあらわれ玉いけるが業平侯爵なりひらこうしゃくほど経てかかと小さき靴をはき、派手なリボンの飾りまばゆき服を召されたるに値偶ちぐうせられけるよし。これ一切経いっさいきょうにもなき一体の風流仏、珠運が刻みたると同じ者の千差万別の化身けしんにして少しも相違なければ、拝みし者たれも彼も一代の守本尊まもりほんぞんとなし、信仰あつき時は子孫繁昌はんじょう家内和睦わぼく御利益ごりやくうたがいなく仮令たとい少々御本尊様を恨めしきように思う事ありとも珠運の如くそれを火上の氷となす者にはもとより持前もちまえ仏性ほとけしょういだし玉いて愛護の御誓願ごせいがんむなしからず、もしまたあやまってマホメットしゅうモルモンしゅうなぞの木偶もくぐう土像などに近づく時は現当二世げんとうにせ御罰おんばちあらたかにして光輪ごこう火輪かりんとなし一家いっけをも魂魂こんぱくをも焼滅やきほろぼし玉うとかや。あなかしこあなかしこ





底本:「日本の文学3 五重塔・運命」ほるぷ出版
   1985(昭和60)年2月1日初版第1刷発行
底本の親本:「風流仏」吉岡書籍店
   1889(明治22)年9月発行
入力:kompass
校正:今井忠夫
2003年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「口+急」    224-9、224-9

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