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武装せる市街(ぶそうせるしがい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 6:24:35  点击:  切换到繁體中文


     七

 黄風ホワンフォンが電線に吠えた。
 この蒙古方面から疾駆して来る風は、立木をも、砂土をも、家屋をも、その渦のような速力の中に捲きこんで、捲き上げ、捲き散らかす如く感じられた。太陽は、青白くなった。人間は、地上から、天までの土煙の中で、自分の無力と、ちっぽけさに、ひし/\とちゞこまった。彼等は、いろ/\なことを考えた。
 支那、支那、何事か行われているが、収拾しきれない支那!
 ここの生活はのんきなようで、一番苦るしい。つらい!
 人間は、自分の通ってきた、これまでの生活がきずだらけであることを考えた。――ある者は、それを蔽いかくして生きて行かねばならぬと決心した。ある者は、自分で、自分の為したことにへたばった。
 俊だけは、憂鬱に物を考える人の中で、一人だけ、何も考えず、何も思わず、三歳の一郎をあやして、ふざけていた。
 一郎は、「テンチン」「テエアンチーン」など、支那語の片言をもとりかねる舌で、俊に菓子を求めた。
「一郎は、まるで、トシ子さんそっくりだわ。……それ、その天向きの可愛い鼻だって、眼もとだって、細長い眉だって」俊は嬉しげに笑った。彼女は、去ったあによめと一番の仲よしだった。
「天下筋の通っている手相までが、そっくりなんだわよ!」
 俊は、嫂をなしてしまったことに不服を持っていた。その不服の対照は母だった。母は最初だけ、珍らしい内は、下にも置かないマゼ方をする。が、暫らくして、アラが見え出すと、それからは、徹底的にクサスのだ。俊は、それが大嫌いだった。
 彼女は、編んでやった一郎の毛糸のドレスの藁ゴミを指頭でツマミ取った。そして、倒れないように、肩を支えて子供を歩かしながら、兄の方へつれて行った。
 母は、工場が引けて帰る幹太郎を待ちかねていた。すゞがいないことは彼女を淋しがらせた。
「何ですか?」
 母の顔はそわ/\していた。
「一寸、油断しとったら、早や、ワンが黙って、『快上快クワイシャンクワイ』を、持ち出して売ってるんだよ。」
「ふむ。」
「こないだだって、靴直しに三円持って行って、あれで、一円くらいあまっとる筈だのに自分で取りこんどるんだよ。」
「ま、ま、知らん顔をして黙っときなさい。」と、幹太郎は言った。「抽出しへは鍵をかけとかなけゃ!」
 第三号に侵され切った、竹三郎は、もうそんなことに神経が行き届かなくなってしまった。快い薬の匂いが体中に浸みこんでくる。彼は、毛のすり切れた、そして、いくらか、白らけた赤毛布の上に高い枕で横たわって、とけるように、まどろんだ。たゞ、自分の恍惚状態を夢のようにむさぼるばかりだ。ほかの一切にかゝずらわなかった。
 幹太郎は、俊が歩かして来た一郎を抱き上げた。
「こないだ、土匪が三人、捕まったんだってよ。」
「じゃ、また、さらし頸ね。」
 俊は嬉しげに笑った。彼女は徳川時代に於けるような、この野蛮なやり方に興味を持っていた。
「ところが、その土匪の一人は、もと愧樹クワイシェの兵営に居った山東兵の中士だそうだよ。そいつが四人分の弾丸や鉄砲を持ち逃げして土匪の仲間入りをしていたのを捕まえて来たんだって。」
「愉快ね、軍曹が銃を持ってって土匪になるって、愉快ね。――面白いじゃないの、気みたいがいゝじゃないの。」
「たいがい、毎日、何か、乱が起るなア。」母は形だけの仏壇へ、燈明とうみょうをあげていた。その仏壇の下の抽出しは、第三号の、秘密なかくし場所だ。「いっそ、すゞに、南軍がこっちへやって来るか来んかはっきりするまで、内地に居るように手紙を出したらどうだろう。あれだって可哀そうだもの。」
「ええ」幹太郎が一寸考えた。「しかし今から手紙出したって間に合わんでしょう。……ひょっと、日光丸に乗っとるとしたら、今日あたり入港しとる日ぐりだから。」
「そうかしら。」
 親爺は、かなり久しく赤毛布の上でまどろんでいた。ぶ厚い、すず黒い、唇からは、だらしなげによだれが、だらだら毛布にたれた。これは、恍惚状態に入った時、いつも現われる現象だ。
「お休み! お休み! ゆっくりお休み!」俊は、その父を指さして、おきゃんな声を出した。
 この時、一寸でもその、まどろみの邪魔をすると、父は、火がついたような狂暴性を発揮する。幹太郎も、母も黙って、大きな音さえ立てぬように努力した。
 親爺の皮膚は、薄黒く、また黄色ッぽく、白血球は、薬のために抵抗力を失って、まるで棺桶に半脚突ッこんだ病人のように気息奄々えんえんとしていた。
「お休み! お休み! ゆっくりお休み!」
 やがて親爺は死ぬだろうと、幹太郎は思った。自分では、滅亡へと急ぎつゝあるのだ。
 彼は、親爺が故郷を追われたことを思った。
 親爺のような人間が、植民地へ来て、深みへ落ちてしまうのは、四人や五人ではきかないだろう。
 いや、幾人あるかしれないだろう。ここは、みな、郷里に居づらくなった者ばかりが来るところだ。食い詰めて頸が廻らなくなった者か、前科を持っている者か、金を儲けて、もう一度村へ帰って威張りたい、俺を侮辱しやがった奴を見かえしてやろう! と、発憤した者か、そして朝鮮や満洲に渡って、そこでも失敗を重ね、もっと内地とは距った遠い地方へ落ちねばならなくなった者がやって来るところだ。
 竹三郎は、九ツの幹太郎と、五ツと、三ツのすゞと、俊を残して満洲へ渡った。
 村の背後には、川を隔てて高峻な四国山脈が空をくぎっている。前面は、波のような丘陵の起伏と、そのさきの太平洋に面した荒海がある。幹太郎は、その村で、ほかの子供たちからけ者にされながら少年時代を過した。太陽は、山に切り取られた狭い、そして、青い/\、すき通った空を毎日横ぎった。春には山際の四国八十八カ所の霊場の一つである寺の鐘がさびた音で而もにぎやかに村の上にひびき渡る。遍路が、細い山路を引っきりなしに鉦をならして通る。幹太郎は、そこで、小さい手を受けて遍路から豆を貰うのにさえ一人ッきりで、皆からのけ者にされた。理由は、親爺が、ほかの子供達のお父さんである村会議員を、確証がないのに、涜職罪として罪人に落そうとたくらんだ。ということからきていた。
 だが本当に確証がなかったか、本当に、親爺がほかの村会議員を罪に落そうとたくらんだか!

 小学校の新築が落成した。その年である。竹三郎は村会議員に当選した。自作農で小作農も兼ねている。そんな人間は、村会議員どころか、衛生組合の伍長の資格さえないもののように思われていた。
 そんな頃である。親爺は、誰の前でも恐れずに、ものを云い得る口を持っていた。物事の裏を衝く眼を持っていた。彼が村会へ頸を出すのは、ほかの議員達は一人として喜ばなかった。
 ――一カ月ほど前、親爺は、門を建てた。用材に山の樹を伐った。そして引き出しを手伝ってくれた近隣の者と、義兄や甥に酒を振る舞った。それが悪かった。それを見ていた『松葉屋』が、買収手段だとして、密告した。用材出しを手伝ったお祝いのしるしに、おみき(酒)を振る舞うのは一つの習慣だ。それだのに、それが、すったもんだの揚句、罰金をとられることになった。あとから二升だけ酒を買い足し、偶然来あわした一人の男に盃したのが悪いというのだ。
 村会議員は、ごた/\言い出して、すぐ自分から引いてしまった。
 補欠選挙が来た。親爺は家に引っ籠って、謹慎の意を表した。もう、家に火をつけてる焼けにするとおどかされたって、議員などになる意志は毛頭なかった。彼は憤慨に堪えなかった。そんな時、蒲団を引っかぶって寝て我慢するたちだった。その時も、敷き流して脂垢あぶらあかにしみた蒲団から、這い出て飯を食うと、また、そこへ這いこんだ。三日ばかりを無為に過した。ところが、よせばいゝのに、『松葉屋』の小作人達が、また、親爺に投票した。
 再選した。親爺にもいくらか色気が出た。
 それから間もなくである。
 二年前から取りかゝっていた学校の新築は落成した。田舎村のその時代としては、驚嘆すべき三万円がかゝっていた。それは洋式だった。青味がかったペンキを塗り立ててあった。屋根はスレート葺きだ。棟は鋭角をなして空中に高く尖っていた。しかし、柱や梁は古木で細く、所々古い孔へ埋め木をしたり、別の板で中味をかくしたりしていた。見えぬところは手を抜いてあった。
 この新築に関係した村会議員の涜職事件が村の者達の前にだん/\曝露されだした。
 親爺は、前に、買収の罪をきせられた意趣がえしもあった。たしかにあった。彼は『松葉屋』や『庄屋』がその同類として引き込みに手を廻して来るのを、きっぱりとはねつけた。
 幹太郎には、すべてが、つい一昨日の出来事のようにまざまざと躍っている。彼は、頑丈で、闘志があって、米俵をかつぐ力持にかけては村中、誰も親爺に及ぶ者がなかった。[#「。」はママ]素朴なあの親爺の一ツ、一ツを、はっきりと手に取るように覚えていた。だが、それは十年も昔、いや、もう十三年も昔のことに属するのだ。
 三月のことだった。畠の、端々に、点々と一と株ずつ植えられた食わずの貝のような蚕豆そらまめの花が群がって咲きかけていた。親爺には一寸留守にしなければならない事件が起った。妹が嫁入ったさきで折合いが悪く、すったもんだやっていたのだ。親爺はK市の海岸通りの船具屋である、その義弟の家へ出かけた。
 事件は、すべて彼の留守中に悪化した。『松葉屋』も、『網元』も、『庄屋』も、証拠不十分で不起訴になった。
 村の九割までは、『松葉屋』に掴まされて、ぱたりと騒動が静まった。
 すべての証拠は湮滅いんめつされた。
 誣告罪ぶこくざいの攻撃が、今度は、反対に村中から、親爺に向って降りかかった。『庄屋』は、門の用材に伐った松が、竹三郎の所持林の境界線をはずれて、『庄屋』自身の山にあったものだと云い出した。
 その松は、皮をむかれ、削られて建ったばかりの門の背骨のような附木となっていた。
 親爺は樹泥棒だった。庄屋は、その樹を戻せと云い出した。だが、その樹を戻すには、折角建った門を、屋根瓦を引っぺがし、塗った壁を叩き落し、組立てた材木をばらばらにしてしまわなければならなかった。――所持林の境界線を間違えた――ごま化したことは、すっかり親爺の信用を落してしまった。
 彼は買収のきく村の人間に愛想をつかした。そして、村の人間は、樹泥棒であり、誣告人である彼に、頭から見切りをつけた。
 八月の末のある晩、親爺は、幹太郎と妹を残して村を出た。路ばたの草叢では蟋蟀こうろぎが鳴き始めていた。家の前の柿の古樹の垂れさがった枝には、渋柿が、青いまゝに、大変大きくなっていた。その下の闇を通ると、実がコツ/\と頭を打った。
 親爺は、村のはずれの船橋を渡ると馬車に乗った。馭者の両脇の曇ったガラスの中のローソクは、ゆら/\とゆれていた。
「さよなら! さよなら!」

 幹太郎は長いこと寝つかれなかった。
 ――あれから親爺の転落が始まったのだ。あんなことさえなかったら、俺等だって、支那へなんか来てやしないのだ! 彼はやはり、いつかは内地へ帰ってしまいたい希望を捨てなかった。腐った奴等に叩き落されて、リン落して行く、彼等もその中の一人だった。どこでも大きなものにびへつらう、卑屈な奴等がうまくやって行くのだ! 彼は長いこと寝つかれなかった。
 犬が根気強く吠えていた。黄風ホワンフォンは轟々と空高く唸った。彼は、でくの坊のように、骨ばった親爺が、ひょく/\と日本建ての家の中を歩いている夢を見ていた。親爺は、何か厚い帳簿を持って廊下へ出た。廊下には戸がたてゝある。親爺は、薄暗い廊下で、脚が引きつるものゝようにひょくひょくした。そのひょうしに、かたい頭が、はげしく戸板にぶつかった。ガタン/\という音がした。すっかり内地における出来事だ。
 幹太郎は、ふと、眼がさめた。実際、誰かが戸を叩いていたのだ。
 母が咳払いをした。そして、ぼそ/\起きて、戸口へ行くのを彼は感じた。戸は、また叩かれた。
 支那人が立っているようだった。母は、誰であるか、疑念と同時に用心しい/\細目にあけてのぞいた。それからぴしゃりと閉して帰ってきた。
「今頃、電報が来たが。」
「誰からです?」幹太郎は半身を起した。
「さあ、……一寸見ておくれ。」
 彼は、頭の上にスイッチをひねった。母が寝巻で、そう寒くはない筈だのに慄えていた。
「今頃に何だろう?」
『スズサン、リヨウジカンケイサツニコウリユウセラル、ドナタカスグゴライセイヲコウ――ハナカワヤ』
「おや、すゞがあげられた。」
 母は、ばたりと畳の上にへたばった。子守台の上で寝ていた一郎が、物音に驚いて頭を動かした。
「今日、やっぱし日光丸で着いたんだな。上陸ししなに税関で見つかったんだ。」
 母はカメレオンのように、真ッ蒼になってしまった。
「あんまり、さい/\持って来さすせに、税関で顔を見覚えられとったんだよ。こりゃ。」

     八

 幹太郎が青島チンタオまで出むいて行かなけりゃならなかった。彼はすゞの身を案じた。ここは、膠済鉄路が青島から西に向ってのび、津浦しんぽ線と相合して三叉路を形作っている。その要衝に陣取っていた。
 幹太郎は、ここから、青島まで、九時間、支那人が唾や手洟をはきちらす不潔な汽車に揺られなければならなかった。
 彼は家を出た。支那の汽車ほどのんきな、あてにならない汽車はない。三時間や五時間は駅で無駄につぶす気でなけりゃ、汽車に乗れなかった。
 彼は、支配人が、しょっちゅう、大々的に、硬派と軟派と兼ねて禁制品を扱いながら、一度もあげられたためしがないのを知っていた。支配人は、彼の親爺や、彼の妹が持ちこむ量の、二十倍も、三十倍も、五十倍もの数量を平気の皮で取り寄せていた。そして、大手を振って歩いている。それだのに、貧弱な親爺や妹は、たった一封度か二封度を持ってきて、あげられる。留置場に拘留される!
 領事館は金持ばかりをかばった。金のない細々と商売している奴ばかりが、やかましい規則の制裁を受けた。こんなところでも、やはり、より多く腐った奴等がより多くうまいことをやっているのだ。
 彼は太馬路タマロ通りへ出た。駅前の処刑場へ引っぱって行かれる土匪が、保安隊士に守られて、蠅のように群がる群衆や丸腰の兵士に俥上から口ぎたない罵声をあびせつつ通りかかった。三人だった。
 騎馬士官と、丸腰の兵士たちが、街上になだれる群衆を制して道をあけた。苦力も、乞食も、独逸人も、日本人も街上に波をなしていた。
「煙草だアい! 煙草だアい!」
 デボチンの色の黒い眼がくり/\した一人の土匪は、両手をうしろへ廻されて、うなじに吊すように、ふん縛られ、足は大きな足枷あしかせで錠をかけられていながら、真中の洋車ヤンチョにふんぞりかえって、俥夫と、保安隊士を等分に呶鳴りつけていた。
 どす黒い俥夫は、煙草屋の主人が喜捨した哈達門ハタメン(紙巻の名称)を一本ぬいてくわえさした。デボチンは、それを噛んではき出してしまった。
「こんな安煙草がなんだい! 馬鹿! 砲台牌ポータイパイをよこせ!砲台牌だ! 砲台牌だ!」
 俥夫は暫らくまごついた。
「砲台牌をよこせい! 砲台牌だい! 砲台牌だアい! 馬鹿!」
 一番さきの囚徒は真蒼に頭を垂れ、打ちしおれていた。三番目の男は、肘の関節を逆に、ねじ折れそうに縛り上げられたまゝ、俥上で、口からこぼれるほど酒をあおって、ぐでんぐでんに酔っぱらっていた。これが軍曹だろう。
 囚徒は、刑場へ引いて行かれる途中で目につく店舗のあらゆる品物を欲するがまゝに要求した。舗子プーズの主人は、やったものから代金は取れなかった。役人は、囚徒が食い飲んだものゝ金は払わなかった。しかし、どんな業慾ごうよくおやじでも、一時間か二時間の後に地獄の門をくゞる囚徒の要求は拒絶しなかった。
 土匪はさすがに、あの世へ持って行けない金銀の器物はほしがらなかった。ひたすら、酒か、菓子か、果実か、煙草を要求した。露天店の、たった一箇二銭か三銭の山梨を、うまそうに頬張らして貰うしおらしい奴もあった。
 見物の群集は、俥が進むに従って数を加えた。馬の糞やゴミでほこりっぽい、広い道にいっぱいになってあとにつづいた。
 駅前の広場には、また別の、もっと/\数多い真黒な群集の山が待ちかまえて、うごめいていた。
 そこには、刑場らしい、かまえも、竹矢来も、何もなかった。しかし、そこへ近づくと、土匪の表情は、さっと変ってこわばってしまった。唸くような、おがむような、低い、聞きとれない叫びが俥上からひびいた。足の鉄錠ががちゃがちゃ鳴った。
 ただ、三番日の酔っぱらいだけは、全く正気を失っているものの如く、ぐにゃ/\の頭は、洋車の泥よけにコツコツぶつかっていた。
「あの酔っぱらいはどうなるかな。」と幹太郎は思った。「酔っぱらったまゝでぱっさりとやられゃ、本人は却ってらくでいゝかな。」
 兵士は群集を追いのけた。俥夫は梶棒をおろした。
 三番日の囚徒は、ふと、頭をあげた。よだれのように酒がだら/\流れ出る土色の唇が、ぴりぴりッと顫えて引きしまった。そして眼は、人の山を見た。死んだ魚の眼のようだ。
「やりやがれ! 怖かねえぞ! やりやがれ!」
 彼はうつゝのようにむにゃ/\呟いた。言葉は、群集のどよめきに消されてしまった。
 さん/″\駄々をこねて砲台牌をくわえさして貰った真中のデボチンは、三分の一ほど吸った吸いがらを、俥から、傍の保安隊士の頭上に吐きすてた。火のついた吸いがらは、帽子から、辷って襟首に落ちた。
「おやッ、つッ、つッ! つッ!」
 若い保安隊士は、びっくりして、とび上った。
 デボチンは、皮肉げに、意地悪げに、空にうそぶいていた。
「畜生!」
 三人は俥から引きずりおろされた。足枷についた鉄の鎖が、錆びた音色で鳴った。囚徒は動かなかった。
 群集は、けしきばんでどよめいた。

ソウ リウユチエ プル
シュエ テイ ユーピンテン
チュンチュ シチュネン
カイン シュエ タ トンチェン
チャン ペイ ハイ ピエン
…………


 ふと、幹太郎は、やけッぱちな、蘇武の歌を耳にした。子供でもしょっちゅう歌っている耳なれた軍歌だった。見ると、デボチンの土匪が、唇をひん曲げて口ずさんでいた。
「あいつ、あの眉楼頭メイロートー(デボチン)なか/\、図太いやつだな!」
 彼の傍で、一人の若い支那人が、憎々しげに呟いた。
「……まだ、歌ってやがら。そら、まだ歌ってやがら。」
 しかし、幹太郎は、その時、日本人として漢詩を習った時のような感情にとらわれた。瞬間、彼は、ひどく淋しい感情に打たれた。一番最後に歌った意味は、『老母は愛児の帰りを待ちわび、紅粧の新妻淋しく空閨くうけいを守る。』というようなものである。
 ――恐らくあのデボチンは、農村に育って、歴山から吹きおろす南風に、その歌を、幼時から歌いなれたものだろう。何等の悪事をもしちゃいないのかもしれない。彼だって、のどかな罪のない幼時はあっただろう!

チュアン イエン ペイフォン ツイ
イエンジュン ハン コアンフイ
パイ ファニャン ワンアルツイ
ホン ゾアン イ コン ウエイ


「畜生! 俺れが人殺しでもしたと云うのか、畜生!」

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