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隣人としての愛
人と人との接触に関心する人々の心にあって最も重き地位を占むるものはいうまでもなく愛の問題である。愛は初め花やかなる一団の霞のごとくに、たのしく、胸をおどらす魅力を備えて私らの前に現われる。愛を凝視せよ、愛を生きよ、そのとき私たちは初めて愛の種族に気がつくであろう。すなわち母子の愛と、男女の愛と、隣人の愛とが区別せられて感ぜられるようになるであろう。この差別の目に見ゆるようになるまでは愛のディレッタントである。いまだ愛を知ってるとはいえない。そしてこの区別の見ゆるようになるには人は多くは冷たい涙と苦い経験を味わうものである。愛の問題を真実に、自己の問題として生きる人は必ずこの区別が見ゆるようになるに違いない。そのときから後に真実の愛が生まれるのである。私は今は隣人の愛のみ真実の愛であると信じている。母子の愛と男女の愛とは愛と異なるのみならず、相そむくものである。それは愛ではなくてエゴイズムの系統に属するものである。多くの人はこれを混同している。そして自分のエゴイズムをジャスチファイし、わがままを振舞いながら、隣人の愛のみの受くべき冠にあずからんことを要求している。彼らは他人の運命を傷つけながら叫ぶであろう。私は愛している。善事をなしていると。けれども善き愛、天国の鍵となる愛はキリストが「汝の隣りを愛せよ」と言ったごとき、仏の衆生に対するがごとき隣人の愛のみである。真の愛は本能的愛のごとく甘きものではなくてそれは苦き犠牲である。母子の間、恋人の間に涙と感謝とのあるときは両者の間に隣人の愛の働いたときである。骨肉の愛と、恋愛とが本来の立場を純粋に保つならばそは闘争であり、煩悩である。生物と生物との共食いと同じ相である。二つの生命は自然力――それは悪魔のものである――に駆られて自らは何をなせるかも知らざるごとくに他の生命に働きかける。そしてその力の根原は自己を主張せんとする意志より発する、ショウペンハウエルのいわゆる「生きんとする意志」にその根を持つところの盲目的活動である。その作用の興味となるものは依然として自己の運命である。隣人の愛は自己犠牲、死なんとするねがい、ショウペンハウエルのいわゆる「意志なき認識」より発するところの自主活動であって、その作用の興味は他人の運命である。この区別を感知することは恋を失うて得たる私の唯一の知恵である。私はそれを明らかに感じ分けることができる。母親が幼児を撫育するとき男性が女性を求むるときに働くものは本来愛ではない。男女、母子の間に愛が起こるのは両者が互いに接触し、共生することによって生ずるところの隣人の愛である。あたかも交渉なき二人の間よりも互いに撲り合った二人の間に隣人の愛の起こるごとくに、両者の切なる感情をもってしたる接触が愛を生んだのである。しかし、その隣人の愛は恋や骨肉の愛の本質ではない。男性は愛の動機からではなくとも、はげしく、盲目的に女性を恋することができる。そしてその占有の欲は恋人を殺さしむることさえある。それは戦いのありさまにさも似ている。それが恋の本来の相である。母親が幼児を抱き、撫で、接吻するときにはほとんど肉体的興味からの動作に酷似している。処女が男性に対して持てるごとき肉的魅力を幼児は母親に対して供えている。そのとき母親の問題はほとんど幼児の運命ではなくて、自己の興味――いな自己もあずからざる自然力の興味である。ここに私の挙げたのは著しき例である。けれどもたしかに母子の愛と男女の恋との本来の相を語っている。愛は「生きんとする意志」がみずからを認識し嫌悪するところより起こる。恋人は恋のエゴイズムを、母は骨肉の愛のエゴイズムを自覚したるときより生ずる、自主的、犠牲的作用である。私は恋を失うて恋人へのエゴイズム恋人の母のエゴイズム(恋人に対する)とを痛切に感じて一生忘れることのできない肝銘を得た。そしてそのときから愛はキリストの「隣人の愛」、神の前に立って互いに隣りを愛する愛のほかにないことを感ずるようになった。私は女から「あなたを愛する」といわれるときは少しも愛されている気がしない。また母が私を撫でるように愛するとき私はかえって一種の Bosheit を感ずる。なんとなれば母が他人の子供に対する態度を見るときに、私の愛されてるのは偶然にすぎないと思うからである。女が愛する、というのは私の運命を愛するのではなく、私との接触を興味とすることを知るからである。私が恋に熱狂しているとき私は最もエゴイスチッシュであった。母や、友や、妹は私の恋のための材料にすぎなかった。そして私はつねに言っていた。「私は愛を生きている」「善をなしている」と。私はその間まことに悪い人間であった。今にして思えばそのとき私はその恋人一人をさえ真実に愛していたのではない。一つの自然力に奉仕していたのである。見よ、恋人の運命は傷つけられた。私の運命も傷ついた。そして、恋は亡びてしまったのではないか! 私は思う、愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。他人の運命を傷つけることをおそれる心である。そして何人をも同時に愛することのできる心である。甲を呪わなければ乙を愛することのできない愛は隣人の愛ではない。愛とは万人を祝福する心である。みんなみんな幸福に暮らしてくださいと祈る心持ちである。甲を祝して、乙を詛うならばその人の人格は「愛」なる徳を所有してはいない。すなわちその人が甲を祝することは偶然にすぎなくなる。恋の女はしばしば「あの人はいやよ」ということによって恋人への愛を証しようとする。けれどそれは女が自己の興味で恋人を好んでいるということを証する。換言すればその女は恋人を嫌っているのとなんら「性格上」の相違のないことを証する。私はかくいわれれば心細くなる。そして女にいいたい。「あなたは私が嫌いでも愛してください」と。女が「あなたは好きよ」というときに淋しくない人は愛を深く知ってる人ではない。いかに極悪なる無頼漢も恋している女や自分の子は大切にする。けれどもその無頼漢の性格は愛ではない。神様は裁きたまうであろう。「汝には愛の Tugend なし」と。隣人の愛はそれゆえに本能的な、はげしさと熱とを初めより持つことはできない。それはわれらにはまことに螢火のごとくかすかなものである。それは弱くて、稀に起こり、苦しきものである。けれど一度この愛を自覚したるものはこれを忘れることはできない。小さいけれど輝き、濡れている。天を向いている。われらの心のなかに君たるの品格を備えて臨んでいる。私はこの愛の真理であることを疑うことはできない。まことに古えの敬虔なる説教者が愛は本来人間のものではなく、神より来たりしもの、浄めの聖霊であるというたのもまことと思われるほど私の心のなかの他のものより際だって輝いて見える。私の心のなかの生来の要求にそむきながら、僅かな領分しか占めないにもかかわらず、そしてその要求に従うことは限りなき苦痛となるにもかかわらず、なおかつ侵しがたき命令的要素を持てる愛の不思議なことよ! 私は愛することはなかなかできないけれど私は愛せねばならない。それは唯一の善いことである。徳の泉である。天に昇る道である。生物は永い永い間互いに食い合ってきた。みずから何をなしているかをも知らずに互いに犯しあってきた。けれどいつしか自己の姿をみずから認めることができるようになった。ショウペンハウエルの哲学においても意志がいかにして認識するに至りしかを説明することができないごとくにまことに天来の恵みにも似たる認識ではないか。人間はみずからの醜き、あさましき相を認めた。そしてそのときから面を天へと向けた。けれど私らは認識するに至りて以来二元に苦しんでいる。自己を形成する要素が二つあることを感ずる。そしてその一つをば、それは私らの主なる部分を占め、それに従うことは容易さと甘さを持っているにもかかわらず、それを悪しと見る。そしてかのトルストイのごとくに二つのものの戦いを一生涯つづけることは自覚せるものの一生のさだめとなっている。霊と肉との衝突、これはいい古された言葉である。けれど真実にこの衝突を痛切に、はげしく、堪えがたきまでに煩わしく、またついに人間の不可避の運命と感ずるほどに不断に経験するようになるのはわれら近代の教養を受けたるものにおいては、多くは道徳的回転によって霊性が目醒めた後である。近代人は霊肉の一致のために努力していまだ成就しない。もし岩野氏のごとく物心の相対的存在を霊肉の一致と称するならば霊肉一致説は成立する。すなわち肉体をはなれて精神はない、一つの精神作用には必ず肉体的表現がある。外より見れば生殖器、内より見れば性欲、この両者は一如である。けれども道徳家の感ずる霊肉の背反とはこの唯物論と唯心論との認識論的の背反ではない。精神作用のなかの価値意識の背反である。例をあぐれば、性欲が肉交となる、それは何の不思議もない、その意味の霊肉一致ではなく、性欲と性欲を悪しと見る心との衝突である。かかる意味の霊肉の衝突はけっして調和されてはいない。そして私たちの最大の苦痛である。愛されないようにする力が私たちの生命のなかにある。そして愛を善しとほめる心がある。その二つのものの乖反はけっして一致してはいない。恋愛や骨肉の愛のごとく意志より発する愛のときはこの乖反はない。けれど認識より発する愛――隣人の愛、まことの愛のときにわれらは峻しきこの対立を感ぜずにはいられなくなる。そこに愛の十字架がある。私は愛を証するものは十字架のみであると思う。十字架を背負わずに愛することはけっしてできない。隣人の愛をもって何人かを愛してみよ、そこに必ず十字架が建つ。自分の欲しい何ものかを犠牲にしなければならない。ある人を自分は真実に愛しているか、いなかを知るには自分はその人に対していかなる犠牲を払ったかを省みればよい。そして何の犠牲をも払っていないならば愛していると思ってもじつは愛してはいないのである。カントが苦しんでなされた行為のみ善であるといったごとくに愛を証するものはただ犠牲である。「私には人類的愛がある」これはしばしば聞く言葉である。けれどその人は本当に愛しているのか。私にはアイテルな感じがせざるを得ない。その人は自分の手近の周囲の個々の人に対しては何の犠牲も払わずに心のままに振舞うている。自分の欲しいものは何一つ捨てない。そして人類という空想物に向かって愛をささげる。その愛は単なる表象である。実在として現われてくる個々の人々は面倒くさがり軽蔑する。そして人類という仮象に向かって自己興奮の甘い涙をこぼす。その人類はいやらしい顔も、卑しき声も持たぬ仮象である、その愛は単なる心持ちでなんの犠牲をも要求しない。もし手近にいる醜い女や、うるさい田舎爺を愛することができないならば、その人の叫ぶ人類的愛は空しいものである。一つの優れたる芸術、哲学を創造して寄与するのも愛の一つの成就である。しかし一人の隣人を面倒を忍んでねんごろに世話してやることはさらに愛のすぐれた成就である。人間の純なる愛はむしろ後のものにおいてやさしく現われるのである。近代人はいかにして「主人」にならんかということばかり考えている。しかし愛はむしろ「僕」の徳においてその真実のはたらきを現わすのである。あのマリアがキリストの足に膏を塗り、髪の毛で拭き、それを接吻したときにキリストが深く感動したのはもっともに思われる。私たちは僕としての愛が先きにできねばならない。小説を書いてるときに施しを求めに来た乞食をうるさがって叱り飛ばすならば、その人の小説は人類的愛の名で書かれる価はない。多数の人を愛するために一人の人間をでも粗末に取り扱うてよい理由はけっしてない。近代人はじつにエゴイスチッシュで個々の人に対してはほとんど興味を感じていない。美しい女か尊敬している人かのきわめて少数にだけしか興味を感じない。そしてうるさがる。自分の必要なときだけ他人を求める。そして人類を愛すると叫ぶのである。たとえばここに一人の文士がいる。その人は何か書くために家族の面倒を避けて温泉に行く。温泉では多人数の百姓客などをうるさがって、静かな居心地のよき部屋を求める。そしてなるべく男の客とは交渉を避ける。そして宿の若い美しい女客や聘した芸妓とだけ話す。そしてそのような人でも文章を書くときには私の目には人類があると叫んで涙を浮かべることができる。けれどもその愛はじつに空しいものである。もとより私たちは人類を愛せねばならない。けれどキリストでも触れ合う人々しか愛することはできなかったのである。触れ合わない人は愛しないのではない。ただ触れ合うた人々を愛したのである。私たちは接触する個々の人々を愛しないならば何人をもじつは愛しないのである。愛という徳を自己のものとしたいならば、私たちは芸術品を作り出して与えるよりも先きに善きサマリア人のごとくに隣人に仕えることを学ぶべきである。百姓の爺や、自分の作をほめない男や、自分の興味を感じない人間を愛することを学ぶべきである。そのとき私たちは犠牲の味をしみじみと知るのである。また愛がついに祈りにならねばならない理由を知るのである。愛は自らを割きて人に与えることを求める。愛の十字架にはかぎりがない。それはじつにある場合には私たちの aesthetisch な要求をも捨てよと迫る。晴れやかな空を仰ぎたき願い、すぐれた書物を読みたき願い、をも捨てよと迫る。それ自身にはけっして悪しくない欲望をも隣人のためには捨てよと迫る。そのとき十字架は最も重い。ただ道徳的命令だけを除いて、すべての他のものは恋も、芸術も、科学も、ことごとく十字架の内容となり得るのである。ただ一人の隣人をでも徹底的に愛してみよ。その十字架はじつにかぎりがない。キリストは万人の個々のものに血を与えたのである。何もかも皆捨てたのである。「淋しきヨハンネス」の母親が、「この子の若いときには世のなかに貧しい人のいる間は学問などするものではないといって、何もかも売るといって困らせました」というのを読んで私は深く感動した。このような心持ちを一度も感じない人は愛の名によって芸術などに従う資格はないと思う。せめて愛の名によらず芸術に従うがよい。私が別府の温泉の三階の欄干にすがっていたとき、足下の往来を見ていたら、小さい女の子供が三人鼓を打って流して歩いた。私が気まぐれに、「あれを呼び入れて何かやらせましょう、慈善になるから」と言ったら、私の知人は「慈善になるからというのはよしてください。おもしろいからやらせましょう」と言った。私はそのとき穴へも入りたいほど羞かしかった。世の中には美しく見えて惨酷なものがじつに多い。それを見るとき私の心は憤りに慄える。慈善音楽会や、画家のモデル女や、動物試験のモルモットやこれらは嫌悪すべきものである。科学、芸術の名によって人間は最も惨酷のことをするのである。百万の人間を助けるために一匹の動物を殺しても善い理由はない。せめて「赦してくれよ」といって殺すべきである。美の創作のために一人の処女の羞恥心を犠牲にしてもいいかどうかはまだ決まってはいない。貧乏人の娘を裸体にして若い青年が囲んで、そして物欲しそうな目や、好奇心の目で眺めているところを想像してみよ。これまことに嫌悪すべき光景である。そしてそれが美の名によってなされるとは! 美を支えたもう神はまた善をも支えたもう神である。そして善は人間のあらゆる意識の最終の法則である。美しきものは善きものを侵してはならない。かかることはまだけっして許さるべきこととして決定されてはいない。神様の裁きを待たねばならない。私ら人間がこの後に研究しなければならない問題である。私は野路を散歩するとき蛇が蛙を食うているのをしばしば目撃する。そして心をうたれる。私はこれはこの世界の持つ一つの evil と感ぜずにはいられない。そしていかにすればこのできごとを持つ世界をコスモスと感じ得るかを考える。いかに考えれば胸が静まるであろうか。蛙が蛇に食われることによって蛙も蛇も幸福であるような考え方はあるまいか。今のところ私はこのできごとはあるがままでは世界の一つの evil としか感ずることはできない。ある人は言う。宇宙は一匹の蛙を失うことによって損失はしない。それによってより大なる蛇が成長するならば神の栄えを現わすことができる。すなわち宇宙の運行のためになんらかの novelty を創造するための犠牲として、蛙の死も蛇の殺生も神への奉仕であると。人間もかくして初めて今日の文明をつくった。この思想を是認せんとする人々はかなり多いようである。けれど私はこの思想で満足することはできない。蛙がキリストのように世界のためにみずからを獻げそれを認めて、そして蛙の死骸を蛇が食うのなら私は得心する。蛙にはなんら自主的犠牲の観念もなく、また蛇にはそれを受け取る用意もなくして、強きものと弱きものとの間に行なわるる殺生は、私には依然として evil である。結果として、より大なる、より美しきものが創り出されるにせよ、それはこの殺生の内面的動機となんらの関係もない別事である。毒殺しようとして飲ましたモルヒネがかえって病気を癒したのと同じ別事である。それは一つの経済的見方であって道徳とは何の関係もない。生命物と生命物との関係は相互を祝福し合うときにのみ善である。他の生命を否定せんとし、これに呪いを送るように働きかけることは絶対に悪である。生物が共食いしなければ生きてゆかれないことはいかに考えればいいであろうか。今のところ詮方もなき不調和である。けれども私は世界は調和ある一つの全体であると信ぜずにはいられない。私はまだ失望しない。なんとかして調和ある世界として感じ得るようになるまで努力してゆきたい。すなわちこの不調和を調和と観じ得るまで意識を深め高めてゆきたい。生命と生命との従属を感じ、聖フランシスがすべての被造物を兄弟姉妹と感じたように、すべての生命を隣人として認め愛で繋がり合い、しこうして後に一つの大いなるものを創造せんとする共同働作(collaboration)にあずかりたい。愛なくば人と人とは何の関係もない。単に互いに作用するのならば石と石とでも作用する。ただ愛という心の働きのみ生命と生命とを本質的に結びつける。その他は何ものも、才能も、仕事も、趣味も、人と人とを結びつけない。私はいかに偉大なる仕事を作り上げてもそれだけではまだ他人と何の関係も付せられてはいない。愛したときにのみ本質と本質との関係が生まれる。私は何よりも愛したい。骨肉や恋のためでなく、隣人のために自己を献げたるキリストは、思えば尊き私の師である。「芸術は個人の表現に始まって個人の表現に終わる」という人もある。けれど私は共存の意識に始まる芸術を求める。自分の生きていることを感ずるときに同時に他人もともに生きていることを感ずる。この二つをば別々に二度に感ぜずに、一度に共存の意識として感ずることができるのではあるまいか。すなわち自己の血の中に他人を融かして感ずることのできる芸術家にはその個性の表現は普遍的な意味を備え得るのである。個性は他人の存在を含み得るものである。個性は一般性の限定されたるものである。そのなかには他生の要素が含まれている。自己と他人とを峻別し、まず自己の存在を意識してしかる後に自己と全く無関係なる他人の存在を認めるのではなくして、自己は独存しないものとし、その本質のなかにすでに他人を含めるものとしての自己を経験するならば――それは愛の意識である――そしてその体験より表現の動機を感ずるならば共存の芸術が成立し得るはずである。多くの人々の胸奥に響くことのできる芸術はかかる種類の芸術でなければならない。トルストイはかかる芸術のみを真の芸術であるといっている。ドストエフスキーの作品が単純で、そして万人の心に触れるのもその共存の博い感情があるからである。人間には普遍性がある。一つ造り主によって作られたる共通の血の音がある。私たちは苦痛や悲哀によって不純なエゴイスチッシュなものから浄められて、ある公けな生命を感ずるときには、この音を聞くことができる。そこまで掘りあてないのは感情が浅いからである。しかしながら隣人の愛を感じてくるときに私らの生活はにわかに複雑になってくる。さまざまな二元が生じてきて生活は著しく窮屈になる。一本調子の自由や、他人を顧みぬゆえの放逸は失われる。しかし真の自由はひとたびこの窮屈と二元とを経験して、後にくるものでなくてはならない。いわゆる無礙の生活とは障害にひとたびは身動きもできないほど不自由を意識した人が努力の後に得たる自由の生活のことである。愛のない人は自分の欲するままを行なえばいいであろう。しかし他人の運命をおもんぱかる人はただの一つの行為でもジャスチファイすることはできなくなるであろう。「これは正しいからいたします」というよりも「これをしなくてもほかに間違いはないのではないからこれをいたします」といいたくなるであろう。私は親鸞聖人のものの考え方がわざとではなくて必然であったように思われだした。エゴイスチッシュな近代人はまず何よりも先きに隣人の愛を知らねばならない。しからば現在の放逸と傲慢とはみずから消失するであろう。実りある思想はその後にのみ熟してゆく。真の自由と知恵とはその後において初めて獲得される希望を持ち得るのである。
(一九一五・一〇)
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隠遁の心持ちについて
真面目な謙遜な純潔な「こころ」をもって生きてゆく人間の胸に一度は必ず訪れるものは隠遁の願いであろう。この願いを一度も起こさないような人は人間と人間との接触について、おそらくデリケートな心情を持っているとはいえないであろう。じつにこの願いはかえって愛を求むる「人間らしき」心に生ずるのである。そこに人生の不調和と永き悲哀の跡が辿られる。単に自分一人の安けさを求むるために人間が隠遁の願いを起こすことがあろうとは思われない。もし始めより自己のほかに興味を感ずることのできない、他人の愛を欲しない人間であるならば、おそらくその人には隠遁のスイートなロマンチックな気持ちは解らないであろう。隠遁は他人との接触に道徳的の興味を感ずる人、人懐かしき情緒の持主、かつては熱心に愛を求めたりし、優しき人間の心に起こる霊魂の避難所である。あたかも若き航海者が、平和なる海を望み見て、その海の彼方なる理想の島を憧れ求めて船を乗り入れたが、そこには抵抗すべからざる潮流や、恐るべき暗礁や、意地悪き浅瀬が隠されてあり、また思いもうけぬ風雨に会って帆は破れ、舵は損じ、惨めな難破をかろうじて免れて、ようやく寄り着いた小さな港のごときものである。人間が隠遁の願いを起こすまでには、一度人生の行路に、愛の問題に躓かなければならない。隠遁は自分一個の興味のみによっては成立しない、他人を予想して起こる情緒である。ゆえに人生の事象のうち、自己の興味に適せざるものを避け、自己に快よき人間を選び、快適なる場所に住まんとする心は隠遁ではない。利己的なる近代人が人生の過悪に目を塞ぎ、その煩雑を厭い、美しき女を連れて湖畔の水楼に住まんとするのは隠遁ではない。隠遁の願いはエゴイスチッシュな動機からは生まれてこず、あのトマス・ア・ケンピスのごとき、愛の深い、純潔な人の心に生まれるのである。 自分はかつて人間の愛を求めた。燃ゆるがごとき情熱と、喘ぐがごとき渇望とをもって、否あるときはむしろ乞食のごとき嘆願をさえもって! 友情と恋愛とはその頃の自分の生活の最も重要なる題目であり、最も奥底のいのちであり、また最も内部に燃えている火であった。ことに恋愛は自分にとっては一つの絶頂――宗教にまで高められた。恋愛のため今は何ものをも犠牲にして悔いず、また恋愛以外のものは何一つ無くとも飽和し得ると信じたほど恋愛に生きた。父母も、姉妹も、知己も、自分が一生をそのために捧げようと欲していた哲学さえも、ことごとく恋愛のためには贄として供えることを辞しないほど恋愛に賭けた。そして恋人から惨めに裏切られたときに、自分はその苦痛のただ中においてまた、自分がそのようにも信頼していた友に対する期待からも同時に裏切られた。そして混乱と、動揺と、悲恨との間につくづくと人間の愛の頼みがたきことを感じた。そのときから自分はミスアンスロフィックな感情と、隠遁の心持ちとを心の底に抱かないではいられなくなりだした。自分があれほどまでに他人の愛を懇願し、そのためには飢えたもののような、もの欲しそうな――それはすでに憐れさもしくははなはだしきは醜さの感じを呈するほどまでに、露骨にかつ哀訴的な態度を取ることさえもあえてし、しかもかくまでしてようやく贏ち得たる愛を一年も経ぬ間に世にも惨めに失い、加うるにそのために一生の運命に決定的契機を与えるほどの大きな犠牲を払ったことを思えば思うほど、自分の運命がいたましく、自分の無知が悔いられ、いまいましく、腹立たしくならないではいられない。他人に対するある反感と、人生に対する一種の厭忌の情を抱かないではいられない。そしてその深い深い傷と悲しみとを他人に訴える気がしないだけに、独り暗い部屋の隅に隠れ、あるいは淋しき野を歩いて、考えながら泣きたい心地がする。孤独というもののなかにある深い深い味わいと、淋しき心にのみ受けられる自然のいたわるような慰めとが何よりも懐かしい心地がする。自分が人間の愛を求めていたときにはあれほどまでに冷淡に見えた自然が、自分が人間の愛を断念してからはどうしてこれほどまでに親しい、甘いものとなったのか不思議な心地がする。自分は誰にも愛を求めず、自分自身のなかに閉じ籠るときに最も安らかな心地がする。何者からも侵されない平和と、何者にも負わない自由とを尊ばずにはいられない。そこには自分自身の天地、世界がある。その世界においては自分が主であり、王である。また庵主であり、燈台守である。自分は他人にデペンドする生活の不安と、脆さとを痛感した。これからは自分自身の上に生活を築かなければならない。他の何者かに依属して初めて充足する生活であるならば、絶えず他の者の向背によって動揺しなければならない。他の者の意嚮を顧眄しなければならない。それは今の自分のもはや堪え得るところではない。自分は自分のみに完成し、飽和する生活を建てたい。それこそ真に確実にして、安定せる生活である。自分は故郷のある淋しい森のなかの小さな沼のほとりの一軒家に一人の家僕の少年と二人で住んでいる。自分は自分の心の内の生活についてはこの少年に何ごとをも語る必要はない。自分自身の用はできるかぎり自分でたすが、自分が身体が弱いためにできないことや炊事や、雑用は少年がしてくれる。少年は嬉々として無邪気な遊びをしながら自分に仕えてくれる。自分はこの少年が世の中のいわゆる同情ある人のごとくに――それは多くは好奇心を伴い、他人の内面に立ち入ることを好み、かつ傷つける人に真の慰めを送る力を持つことは稀なのであるが――自分にいろいろなことを打ち明けさせようとしないことを悦んだ。そしてこの少年に教えられて、初めて沼に釣りを垂れて、浮標の動くのをじっと眺めていたり、月のある夕方にボートに乗って、少年に漕がせ、自分が舵とって漕ぎ回り小さな魚が銀色に光ってボートのなかに跳ねていくつとはなし入ってくるのを眺めているときはどんなに平和な静かな心だろう。そういう静けさは自分から長い長い間去っていたのだ。自分は自分の書斎にキリストの額を掛け壁に、
Grant that the Kingdom of entire gratitude may open within me!
と貼紙をした。そして夜となればランプをともして好んで中世紀の哲学や旧約聖書やアウグスチヌスやトマス・ア・ケンピスなどを読んだ。ことにトマス・ア・ケンピスの淋しきかつ思いきった隠遁的ムードは自分の心に何よりも慰めと励ましであった。自分は『キリストの追随』や『百合の谷』をどんなに悦んで心に適える思いをもって読んだろう。そこには、
As oft as I have been among men, I returned home less a man than I was before.
とも書いてあった。自分は書を読み疲れれば、日当たりのよい縁端で日光浴をし、森の中をさまよい、小山の陰に独り祈り、また暑い午後にはただ一人水の中に浸かって空行く雲を眺め、水草の花を摘み、水の中に透きとおって見える肌のまわりに集まってくる小さな魚の群れの游ぐのをじっと眺めているときに、しみじみと孤独の安息と楽しさと、また誘惑的な甘さをさえ感じるのである。沼の面を染めている夕焼けがあせて早い夜が訪れかけるとき、自分は一人で櫂を取って漕ぐことがある。自分は櫂を流して、舟を波にゆだねる。そのとき沼の上から見ると岸辺の自分の家は黒ずんで小さく見え、そこにこの森の中でのただ一つの自分の部屋の灯が見えるのがどんなに懐かしく感じられるだろう。そして家の後ろの小高い丘の上のこんもりとした木立の上に大きな星がまたたくのを見るときに自分は本当に吸い込まれるような幸福を感じることがある。そのとき自分の心は全く静けさを保ち、岸辺に生えた蘆の茂みのそよぎほどの動揺もないのである。悲しみさえもそのときは涙とならないで柔らかに心をうるおすのである。自分はそのとき静かな祈りを感じる。そしてそのときほど自分の心が浄らかに平和に、またみち足っているのを感じることはない。自分は自分の心をかくのごとく尊き有様に保ち得る生活法を善きものと思わないではいられない。「汝外に出で人と交わりて帰るときは汝の心必ず荒れて汚れたるを見いださん」というトマス・ア・ケンピスの言葉がしみじみと思われる。 自分はかかる静かな気持ちを乱さないで保ちたいと願う者である。自分はなるべく町へ出ずまた自分の父母の家へさえも帰ることをでき得るだけ避けたい。自分は自分が人懐かしくなって町の燈火の方へ足の向こうとするときにはそれを愚かな誘惑として退ける。そして父母を省みない心苦しさもあえて忍んで家からも離れて暮らしたい。自分は家からも遁れたい心をしみじみと感じる。その心はだんだん深くかつコンスタントなものになってゆく。トルストイが妻子を離れようとした心のなかや、昔から聖者たちが出家しなければならなかった心の歩みがしみじみと同感せられることがある。自分は隣人としての愛をもって人と人との繋がりの基としている者である。自分の父母はチピカルな世の中の「親」である。そして自分は「一人息子」である。小さいときから両親の恩愛を一身に集めている。他人は皆自分の親を甘すぎるといって非難するほど自分を傾愛してくれる。自分は小さいときからの思い出を辿ってみれば、いかに両親が自分を愛していてくれるかがよくわかる。自分はわがままな上に、病身でどれほど両親に苦労をかけたかわからない。しかも両親は少しも自分を悪く思わないでもったいないほど愛してくれる。それにもかかわらず自分は家から離れたい切なる願いを感ずる。自分は家の中にいて両親を見ていると胸が圧しつけられるような気がする。そしていつも不安である。すぐにも逃げ出したいような気がすることがしばしばある。早くあちらに行ってくれればいいと思う。そして去ればホッとする。何ゆえに自分はそのように感じるのであろうか。それには二つの理由があるように思う。一つは親の愛に満足できないため、他の一つは親を愛することのできないためである。そしてこの二つは自分に人間の淋しき運命、人間の愛の実力なき無常を感じさせるからである。自分は親の愛で満足することはできない。両親に対しては何の不足もない。むしろもったいなく気の毒に思う。しかしそれだからといってその愛で満足することはできない。自分の心には深い人間としての悲哀がある。自分はその悲哀で生きている。その悲哀が自分の生活、自分その者の本質を占めている。けれど両親はその本質に触れてくれない。それを理解してくれない。自分のその重要な部分、むしろ自分その者とは何の関係もなく生きている。その意味においてあかの他人である。キリストが母にむかって「女よ。汝とわれと何の関わりあらんや」といったように本当に何の関係もないような気さえすることがしばしばある。始めからあかの他人であるならばむしろいい。けれど対手は世の中で最も近い密接なものと考えられ小さいときから一緒に暮らし、そして愛にみちているとみずからも許し、他人も認めている肉身の親である。その親に対してかかる感じを持つことは苦しい。しかも親の方ではそれを感じないで、なんとかすれば「親子の間だもの」などというのではないか。「親なんかそれくらいのものさ」と悟り切ってる人はいい。自分はいまだ悟りきっていない。それを悟ってゆくことは悲哀である。そういう淋しさは自分が深い悲哀に沈んでいるときに、母が来て自分を慰めてくれるときなどにことに深く感じられる。自分は母の言葉を聞きながら、「これが自分をいちばん愛するものの、一生懸命の慰めの言葉か?」と、思わず黙って母の顔を見入ることがある。そのようなとき、自分はじつに淋しい。自分はときどき思う。「自分はさまざまの悲哀を味わってきたが、自分の今の悲しみはもはや欲望のみたされざる悲哀ではなく、人間性の純なる念願の満たされざる悲哀に浄化されている。愛と運命との悲哀である。もはや私一個の悲哀でなく、人間のものとしての悲哀である」と。そして自分の悲しみが、かくのごとく、個性にはなれて普遍的なものになってゆくに従って、それは両親にはますます縁遠いものになる。それが理解されないで、手近のもので自分を慰めようとするのは無理のないことである。それだからといって淋しいのは淋しい。この間も自分がただ独り悲しみに浸っていたとき、母が来て、「おまえも淋しかろうからお嫁を持て」と勧めて行った。自分は後で深い寂寞に襲われた。これは自分のいちばん悲しいところに触れる問題であったからだ。自分は母の自分の心を汲むことの浅いのに腹立たしくなりさえした。自分は母からすすめられるまでもなく、嫁は持ちたかったのだ。けれどそれができなかったのだ。それは母は熟知しているはずである。自分の結婚問題が惨めに失敗したとき、両親のあきらめ方はまことに呑気なものであった。どうにかして彼女を嫁に貰ってやろうと骨を折ってはくれないで、すぐにあきらめさせてやろうとした。自分の結婚問題には気乗りがしなかったのだ。そしてそのことが自分にとってはどのような深い悲しみになっているかは思わないで、何の苦もなく今になってから自分に嫁を持てと勧める。それも自分で勝手に探して、私の病気などむろん隠して、世間並みの仲人結婚を勧めようとする。そのくせ自分がもし淋しさに堪えかねて一度でもトリンケンに行きでもしようものなら、どんなに厳しく叱るのだろう。そして自分はこの上もなくわが子を愛していると信じている。そして世間も許している。――「やめてくれ!」と自分は叫びたくなる。「自分はもっと深く考えて暮らしている。もっと真面目に悲しんでいる。ああ届かぬ、届かぬ親の愛よ!」 しかし考え直してみれば親を責める気にもなれない。心では自分を愛してくれているけれども、知恵が足りないのである。人間が平浅なのである。自分は親がいかにして自分を慰めようかとあせるのを見るときに、そこにはわが子の心を悟ることもできず、世間の習慣を突き切るだけの勇気も無く、「自然」より子に対する本能を与えられて、それに束縛されて苦しめる、憐れむべき凡夫を目前に見る。それが自分の肉身の親である。しからばその憐れなる親を救う力が自分にはあるのか? いな親が自分に持っているだけの愛を自分は親に対し持っているのか? いな子供には親に対する本能を自然から賦与されていない。自分にどうして親を責める資格があろう。ここにおいて自分は親に対しても特別に親としての期待を持ち、親に親としての愛の義務を負わせることをしないで、隣人としての関係をもって対したくなる。そして親から受けている愛は十分に感謝し、親の不徳は不徳として認め、自分の親に対して愛の足りないことは、自分の不徳として謝したく思う。 世の中には子供のエゴイズムは知っていても親のエゴイズムを知っている人は少ない。けれども親には子に対してどれほど多くのエゴイズムがあるであろうか。自分の恋が破れたのも彼女の母親の娘に対するエゴイスチッシュな本能的愛のためであった。親には子に対して自然から本能が与えられてある。親が子を愛するのは何の苦もなくすらすらと愛し得られる。特別に賞むべき行為とは思われない。それよりもその本能的愛が運命に対する知恵によって深められて、隣人の愛とならざる以上は、神に対し、子供に対し、また他人に対して種々のエゴイズムを生むのである。たとえば子といえども独立した一個の人間である以上は神に属している。その子供には神の使命がある。親がその点を考えないために子供の上に神意の現われんことを待たないで、みだりに自己の欲するままの傾向に育てようとする。そしてことにベルーフに関しては医者にしようとか法律家にしようとか勝手に決めようとする。聖書によればマリアはイエスがキリストとしての使命のあることを始めより告げられている。けれど、すべての母は皆マリアのような心地でその子を育つべきである。しかし事実はこれと反している。母親は本能的愛であたかも牝牛がその犢を舐めるがごとく、自己の所有物のごとく、ときとしては玩具のごとく愛する。自己の個性を透し型にはめて愛する。もし隣人としての地位を自覚するならば子供の恋愛に対しても子供の自由を尊重すべきはずである。聖書にも「神のわせたまう者は人これを放つべからず」と録してある。しかるに親は、ことに母親は自分の例でいえば、その娘の結婚に関して自分の個性、希望、趣味を透して干渉する。そしてそれを愛の名によってしながら自分の娘と娘の恋人とをいかに不幸にするかを考えない。もしそれ他人に対する親としてのエゴイズムを数えればじつにかぎりがない。多くの親にとって子に対する愛は他人に対するエクスクリュージョンである。自分は自分をあれほど愛してくれる親が他人に冷淡なのを見るときにあさましくなる。いな自分が愛されているのは嘘である。偶然である。母の人格に根をもたない、自然力の意志の現われであると思わないではいられない。そして憎まれているのと同じく不愉快を感ずることがしばしばある。そして自分はそのときしみじみと思う。本能的愛で愛したのでは愛するものと愛さるる者との本質は少しも結びつかってはいない。人間としての自覚体が人間としての自覚体を愛するのは隣人の愛でなければならない。すなわち認識に根を持った愛でなくてはならないと。私の親は人並み以上に本能的ないわゆる「子煩悩」な愛し方をする。それだけ自分は愛されていながらアンイージイである。自分の地位をかえって険悪に感ずる。自分はできうるかぎり隣人の愛で愛されたい。また自分も両親を隣人として愛したい。しかしながら両親と常に同じ屋根の下に住みながら、襁褓の間より親子として暮らしてきた者が隣人の関係において相対することは至難である。いわんや親の方でかかる愛を理解しないときにはほとんど不可能といってもいい。このことは自分に家から離れたい願いを起こさせないではおかない。自分は家から離れて住み、隣人としての感じが沁み出るだけの距離を保つ必要を感ずるのである。 しかしながら自分が離れて住みたいのは自分の骨肉からばかりでなく、また自分の隣人からも自分の姿を隠したい気がしみじみとするのである。第一に愛乏しく、神経質で、裁きやすい自分は人と交わっているときに自分の態度がまるで心の有様と一致しないアーチフィシアルな気がしてならない。自分は今ああいった。けれど心はその反対である。またいらっしゃいといった。しかしじつは送り出してほっとしたのではないか。私の思っているとおりは「あのような人とは交わりたくない。なるべく来てくれなければいいのに」である。けれど面と向かってはそのとおりをいえるものではない。もしいえば人の心を傷つける心なき業である。その気まずさに耐えないばかりでなく、自分はそれを正直と感じるよりも不作法と感ずる。しかしながらときとしていかにも自分のいってることや態度が空々しい気がして耐えがたいことがある。元来自分は他人に対して要求が強いだけにたいていの人は気に入らない方が多い。心から交わりたいような人はきわめて少ない。ゆえに多くの場合には心にもない表現をしなければならなくなる。加うるに自分をして最も他人から隠遁せしめようと欲せしむる本質的な疑問は自分がかくして人と交わっても対手の人に何ものかを与え得るであろうかということである。自分はこの点を深く反省するときにほとんど交わるゆえんが無いような気がする。第一心から愛に動かされないでいかほどのこともできるものではない。愛があっても知恵と徳とのとぼしい自分たちは他人と交われば他人の運命を傷つけないではおかない。与える自信よりも傷つける恐怖の方が強い。ことに自分は若い女と交わるときはこの感じが最も強い。自分は今では若い女を愛することは自分の手に余る仕事であると思っている。女に逢うと何もかも嘘になる。そしてたいがいは対手の運命を傷つけることになる。いかなる者をも避けないで交わるべきかいなかということは、じつは自分の徳の力量によって決定しなければならないことではあるまいか。「煩悩の林に遊んで神通を現ずる」ことのできるのはただ煩悩を超脱せる聖人のみである。桃水や一休ほどの器量なきものが遊女を済度せんとして廓に出入りすることはみずから揣らざる僭越であり、運命を恐れざる無知である。自分たちは万人を愛しなくてはならないが必ずしも万人と交わらなくてはならないことはない。対手の運命を傷つけない自信がないのに交わってはならない。加うるに自分は病身で不徳でかつかいしょがなく、他人と交わっても他人の役に立つことができないのみか、むしろ負担になる。自分のある友は「彼と交わってよかったことは無い。自分は彼との交わりをシュルドとして感ずる」といったそうである。自分はそれを聞いたとき深く胸を打たれた。自分だってその人と交わりたくて交わっているのではない。交わらなくてはすまないと思って努めて交わっているのである。そして向こうでも同じことを感じているのである。自分はじつにあさましい気がする。そして自分の交友関係というものについて、そのなかにふくまるる虚偽と自偽と糊塗との醜さを厭う心をしみじみと感ずる。そして心を清く、平和に保ち、自他の運命を傷つけない知恵のために人を避けたい願いを感じないではいられない。いな交わるよりも離れる方がむしろ愛にかなう道であるとすら考えられる。自分たちは多くの人々と接近しているときには不愉快になって脱れたくなるけれども、離れていると人懐かしくなる。人々の群れに近づいて常に不平と嫌悪との心で交わっているよりも、離れてみずからをソリチュードに置き、人懐かしい心で、常に愛と平和とを胸に宿している方がより優れた生活法ではないであろうか。ましてトマス・ア・ケンピスのごとく祈りのみが真の愛であると考えている者は離れて心を愛にみたし、霊魂の平和を保ち、はるかに祝福を人々に送りつつ「神よなんじのみ愛の実際的効果を生む力を持ちたもう。願わくば人々を恵みたまえ」と真心こめて祈る方がかえって愛に適う道ではあるまいか。巷に出でて万人と交わり道を説くことは自信ある人にできることであろう。しかしあたかも癩病人の醜き身体を衆人から隠すごとくに自分の汚れた魂を他人から遠ざけることはふさわしき Humility ではないであろうか。みずから高きに居して群生を軽侮する隠遁はエゴイスチッシュであるかもしれないが後悔と羞恥とに満ちたハンブルな心ではるかに祝福を神に祈り求めつつ、自他ともにその霊魂の平静と純潔とを保たんための隠遁は謙虚な魂のおのずから求むる許さるべき生活法ではないであろうか。あたかも暗の光を恥ずるがごとくに醜き自己を隠したい気がする。そのときしみじみと静かな Refuge を求めたい気がするのである。自分はこれまであまりに人の心の扉をたたきすぎた。あまりに人の内面に立ち入りすぎた。それは純なる動機からであっても人の心を不安にし、本能的にその扉を閉じしめないではおかなかった。自分たちは他人がアクセプトしないのに愛の表現をしいることは押しつけがましき不作法である。山に隠れて雲霞を友として生きている仙人を無用意に驚かすことは心なき業である。あるいはデリケートな傷つきやすい心を持ったもしくは「人見する」子供のごとき霊魂を持てる人をふいに訪れることは思慮ある行ないではあるまい。まして庵に籠り、戸を閉じ、幽かな燈火をかかげて、ただ自らの心に秘めたる思い出を回向するために香を焚いている尼姫をたとい純粋な愛の動機からとはいえしいて訪れてその秘密を打ち明けさせようとあえてするがごときは最も愚かな行ないであろう。孤独を欲する霊魂をして孤独を保たしめよ。隠れんと願うものをして自分の適する処にかくれしめよ。 隠遁はじつに霊魂の港、休憩所、祈祷と勤行の密室である。真の心の静けさと濡れたる愛とはその室にありて保たるるのである。 かの仏遺教経の遠離功徳分にあるごとく「寂静無為の安楽を求めんと欲す」る比丘は「当に閙を離れて独処に閑居し」「当に己衆他衆を捨てて空間に独処し」なくてはならない。「若し衆を楽うものはすなわち衆の悩を受け譬えば大樹の衆鳥之れに集ればすなわち枯折の患有るが如く」また「世間に縛著」せられて「譬えば老象の泥に溺れて自ら出ずる事能わざるが如く」であろう。自分は「静処の人」となって「帝釈諸天の共に敬重する所」とならんことを希うのである。
(一九一五・一一)
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