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自然児として生きよ ――Y君にあたう――
私はまずあなたと共に「生」というありがたき大事実を信仰したい。それからあなたと私とがともに生き(mitleben)てることを信仰したい。それから後初めて私の言いたいことをあなたに述べさせていただきたい。他人の生活態度と自分の生活態度と異なっているとき私らはどうすればいいであろうか。これは対人関係について神経質な私にとってはかなり煩わしい問題である。ひと口に異なった生活態度といってもその異なり方にはいろいろある。私はもとより個性の多様性を認めるものであるから、たとい生活態度は異なっていても、その態度がその人の本然の真実より、すなわち個性の必然より生ずるものと信じらるるならば、その態度を理解し、尊敬することができる。真実の友情はここに根底を置くべきものであろう。またその態度が土台から人格的の憎悪と軽蔑とを感じさせるようなものであるならば、頭から征服的の態度に出でてもいいかもしれない。けれども彼我の間には一脈の呼吸が隠々として通いながらも、その人の認識が深刻でないために、概念的の錯誤から、外面的には著しく異なった――というよりも相そむかねばならぬほどの態度が生じているのだと自分には思われるときにはどうすればいいであろうか。このとき自分の生活を乱さないように守りながら、黙って自分の道を歩いて行ける人はいい。私にそれができるならば、それほど他人の存在に無関心でいられたならば、私の内部動乱はいかほど少なくて、安易な心を持して行けるかしれないのである。けれどもすでにそれができないとすればどうすればいいか。私には皮肉はいえない。どうしても率直にいうよりほかはない。私はあなたと私とをそういう関係において見いだすものである。だからなにとぞ私があなたの内生活に深く立ち入って手きびしくいうことを許していただきたい。 Y君、私は自分を Moralist だと信じている。私は固形体の状態から灼熱、鎔解して流動体となり、さらに光を発するほどの精醇な Morality というものに向かって純なる憧憬を持つものである。私はこのモーラリチーというものに対してきわめて広い意識を持つものであって、芸術の根底を支えるものもこの道徳性だと思ってる。このことは幾多の芸術家の反対あるにもかかわらず、私はそう信じているのであって、トルストイなどのいう意味よりも、もっと芸術的な意味で私はいうのである。私はいかなる人であってもモーラリストでなければ尊敬することができないのである。私は私の友にあたえた手紙の一節に、「社会の道徳的(哲学的、芸術的、宗教的ということを一語にふくめてかくいう)[#()内の文字全てに傍点、ただし読点をのぞく]教養の今日のごとく幼稚な世に私は生まれて来べきものではなかったのだ」と書いたのを記憶している。私は道徳という語をこれほどの意味で使いたいのである。とにかく、私はあなたがそう認めてくれるとくれないとにかかわらず、私がみずから道徳家だと信じてることをいっておかねばならない。でなければ何のために私があなたにこの書をあたえるかが解るまいと思うからである。 私はあなたがモーラリストであると信じる。そしてその点においてあなたを尊敬する。しかしあなたの言動を見るときに、あなたのモーラリチーというものを私は深刻だと思うことができない。そして心細い感に打たれるのである。 第三学期全寮茶話会の夜、私はあなたの演説を聞いた。あなたはまさに本校を去らんとする三年生一同の総代として告別の辞を述べられたのであった。私は初めあなたが壇上に立たれたとき不快の感に打たれた。元来総代などというものは、それ自身よほど無理なものである。心あるものは平気で総代なんかになれるものではない。自分の生活に深刻であればあるほど個人、個人の生活の複雑多様なことを感ぜずにはいられない。数百人の感想を一人で代表して述べるなどということは無理なばかりでなく礼を欠くことである。ことにあなたのようにその感想がややもすれば共通的性質を離れて著しく主観的になりがちな人においてはいっそうのこと遠慮しなければならない。私がもし仮りに三年生であって、あなたの感想が私のを代表してるものとしたならば――いやそれほどでなくとも今年の三年には現にF・S君のような人がいる、F・S君をあなたが代表するなどということは傍から見ていて危うくてたまらないことである。 けれどもあなたは、私は多数の感想を独りで述べることは無理だから、私一人の感想を述べるとことわられた。また私などは適任者ではあるまいがと謙遜された。――おそらく誰だって適任者ではあるまいが――私は非常に嬉しかった。また安心した。 で私はここにあなたに反省を促すべき第一のことに逢着する。全寮茶話会の夜は無事に済んでよかったが、あなたはこれに類する、他人の思想を僭するような危険な地位にこれまで幾度も立たれはしなかったろうか。また今のままでゆけば将来も立たれはしまいか。しかもその危険なことをあまり感じないで、この高級なる道徳上の罪を犯されはしないであろうか。で私のあなたにいいたいことを概念的にいい表わすならば、伝道的観念に対する自己内省を深くして欲しいのである。伝道とは自己の思想の普遍と永遠とを要求する心をいうのである。伝道は人心のはなはだ厳粛なる要求である。自己の分を知るものの軽々しくすべきものではない。一山の宗祖たり得るほどの偉大なる人格者のなすべきものである。伝道はじつに個人の内部生活の充実が覚えず知らずあふれ出でて人類を包む尊き現象である。ゆえに伝道せんとするものは、自己の内生命に対する自信と威力とがなければならない。「われかく信ず、ゆえに他人もかく信ぜざるべからず。永久にかく信ぜらるべきものなり」と主張するためには、自己の内生命のよほど充実完成していなければならないのはもとよりのことである。私は伝道の可能を信ずる。個性の多様性を認めながらも、なおそれを超越して、その奥にすべての生物(Lebenswesen)に普遍なるべき宇宙の公道の存在を信ずる。その公道を体験したるものは伝道することが能きる。いな、伝道せずにはいられないであろう。キリストなどはそうであったろうと思われる。私は伝道を尊重する。精醇なる道徳性の普行としてこれを憧憬する。したがってその神聖を保ちたいと思うのである。 Y君、あなたは伝道的観念が強い(キリスト教を他人に伝道するということを直接に指すのではない)割合に自己生活の内省が深刻を欠いではいないであろうか。自己の生活について自信が強すぎはしまいか。自己の生活に威力を感じすぎはしまいか。試みにあなたの周囲を見たまえ。どこに肯定的な、自信のある、強い生活を送ってるものがあろう。淋しい、弱い、自信のない、大きな声を出して他人に叫ぶのは羞しいような生活をしてる人ばかりではないか。そういう強い、肯定的な、力ある生活を送ろうと思ってあせりつつも、できないで疲労するものもある。廃頽するものもある。はなはだしきは自殺するものもある。あるいは蒼ざめて衰えてなお苦しき努力を続けてるものもある。人生はかぎりなく淋しい。あなたは少なくとも寂しい思索家などのいうことに、いま少し耳を傾ける必要はないであろうか。私はそれについてある実例をあなたに示したい。私の友人はさんざん行き悩んだ末、芸術よりほかに私の行く道はないといって、学校も欠席して毎日下宿屋の二階に蟄居して一生懸命創作をした。そして二百枚も書いた。私はこの頃世に出る片々たる短篇小説などよりどれほど優れてるかしれないから、完成されて発表してはどうかといっていた。ところがある日私がその家を訪ねて続きを見せろといったらもう止したといって淋しそうな顔をした。それは惜しいではないか。あれほど熱心に書いたのに、どうしたのだと訊いたら「君、私の生活にはちっとも威力がない! 創作したって何になろう」といって顔をしかめた。私はそのとき二人の間に漂うた涙のない、耗り切れたような悲哀と、また理解と厳粛とをあなたに味わわせたいと思う。 あなたはどうしてもいま少し深く内省する必要がある。声があまり大きすぎる。自己の生活にもっと空虚と寂寞と分裂とを意識せねばならないはずである。ややもすれば公けの会合などで奔走されるのを少し控えて、淋しい深い孤独な思想をいつくしむことを心がけなくては、あなたの道徳性というものは軽い、浅いものとなりはしないであろうか。道徳が social に拡がって行くことはよほど危険なことである。道徳において sociality ということはもとより大切であろうけれど、それよりも Inwardness ということの方がいっそう重要でありかつ用意的なものである。道徳が不純になり、固形体になるのは主として social に堕するからではあるまいか。精醇な、流動的な、光を発するような道徳は必ず自己内面の最深処より、実在の熱に溶かされ、自然の匂いの生々しいままで吹き出されるものであって、それ自身個人的にしてかつ野性的なものである。 あなたの茶話会の演説は私の予期したごとくモラーリッシュなものであった。熱心な真面目な言葉があなたの口を突いてきた。私は謹聴した。けれども私は終わりまで聞くにはよほどもどかしさを忍ばねばならなかった。あなたが割れるような拍手の音に迎えられて席に復したとき、私は不平な魯鈍な気がした(あなたが魯鈍なのではない。事件が魯鈍なのである)。後にはただただ悲しかった。あなたはみずから善人をもって任じていられる。それはじつにいい。私も昨年校友会雑誌に「善人にならんとする意志」という論文を書きかけたこともある。あなたがそうする心持ちはしみじみと私の胸に解る。私はモラーリッシュなできごとにいちばん興奮し涙を誘われるものである。それにもかかわらず、あなたの演説を聞いて私は握手を求めた手を叩き返されたような感に打たれた。 Y君、あなたの善の観念はあまりに常識的である。あまりに外的で既定的で社会的でかつ固定している。しかのみならず、その範囲があまりに狭い。あなたの持ってる善人の範疇からは私などはただちにはみ出されそうである。みずから Moralist をもって任じてる私を容れることができない。私ははなはだ服しにくい。元来、あなたの思想全体が範疇的なのである。たとえばあなたの告別の辞ははなはだよく昨年のと似ている。さらに一昨年のと似ている。何ゆえに歴代の総代は毎年同じように美しい感想を述べて本校を去られるのであろう。ときに一人くらいは懐疑や不安や不満を残して本校を去る人がありそうなものではないか。総代が虚言を吐いたのか。そうではあるまい。おそらく彼らは真実の感想を述べたのであろう。ただ彼らは物を感ずるのに赤裸々な自由な心をもってしない。ある既定的な型をもって感ずる。そして自分の感想が全体として型に入ってることを自覚しない。それだから毎年同じ感想が生ずるのである。放たれた、純な心で物象を感得することは容易なことではない。それには思索の練磨を要する。型を離れて純粋に事象を経験せんとする努力を思索というのである。囚われずに純粋に経験することは、思惟せずに偶然に物を感ずることではない。それはF・S君が「神の発見の過程」のなかに論じているように、思惟の凝視である。できるだけ注意して思惟することにほかならないのである。あなたなどは、思惟はものの真相を示すものではない、純なる感情で直感するのが真理であると思われるかもしれない。したがって思索家は囚われた物の感じ方をするものだ、知識に囚われてると思われるかもしれない。しかし思索せずにただ偶然に感情のままに事象を感受するならば、それはかえって型に篏って経験を受け取ることになるのである。かくて得られたる内容は真理でなくて常識である。私らが型を離れて純粋に自由に物象を感得するためには、思索せねばならないのである。あなたが思索を重んじられないために、あなたの思想は一般に型にはまっている。あなたの善の観念などもその例に漏れず狭くして、固定せる常識的のものである。 善人になることはあなたの思ってるように容易なものではない。あなたは善人とならんとする意志さえあれば善人になれるように思ってるが、そんなに単純なことではない。なろうと思ってもなれない人がある。どうしていいか解らない人もある。また善人でなければ悪人というように明瞭に区別できるものではない。あなたは懐疑とか彷徨とかいう近代人のきわめて普通な生活をいっさい認められないように見える。あなたのように素朴に単純に神を信仰できる人はこの上はない。鮮やかな善の観念が頭に浮かんで、迷惑することなく右か左か行為を決定できる人はいうことはない。しかし、かかる驚くべき幸福を享受し得る人はきわめて少ない。少なくとも私などには不可能なことである。
社会にはまだ道徳が発達しないんで善人が亡びて悪人が勝つような不合理なことがある。私はあくまで善人として進んでゆきたい。本校にも悪人が少数いるけれども、常に輿論がこれを導いて正しき道を離れないのは喜ばしきことである。しかしこの頃はだいぶ悪人がはびこってきたようであるが、まだまだ善人が圧倒されるようなことはない。本校に来て善良なる校風に感化されたのが多いけれど、なかには本校に来て堕落したものもある。たとえば本校に来てから酒を飲み始めたり、悪い場所へ平気で行くようになったものもある。本校三年の生活において得たところは非常に多いが、なかにも友情の美しいことを感じた。そして真友の二、三人もできたことは非常に嬉しいことである。ことに私は本校において生活の確信を得た。将来社会に出て戦うべき生活の自信を得たのは何より感謝するところである。
あなたはほぼこのような意味の演説をされた。あなたのこの演説は私になんらの手応えある響きを持たなかった。ただ私にはもどかしい感じを与えたのみであった。私は「もっと、もっと」と始終思って聞かねばならなかった。それよりも私は筒袖姿の、健康な、青年らしいあなたを美しいと思った。願わくはこの青年の口から深刻な、懐疑的な、ロシアの青年のいうような言葉を聞きたかった。でなければ黙って立たせておきたかった。聴衆の大部分は常識で生きて行く人である。その人らにとってはあなたのこの演説はしごくもっともな、普通な、むしろ平凡な演説であったであろう。しかし、私にとっては、この短き演説のほとんど全面に懐疑と、不服と失望との種が横たわってるのである。その理由を私は今詳しく書いてあなたの生活を批評しようと思うのであるが、それにしてもあなたの住む世界と私の住む世界となんという大きな隔たりであろう。私はこうして筆を執りつつも、私の心持ちがあなたに理解してもらえるかどうかを心もとなく感ずるのである。 Y君、あなたは心の目をもっと深く、鋭く、裸にして人生を眺める必要はありはせぬか。常識を捨てたまえ! この語をあなたの耳朶に早鐘のごとく響かせたい。これが私のあなたに与え得る最高最急の親切である。常識はあなた自身の知識ではない。あなたの本性に内化せられたる知識ではない。それはじつにあなたの所有物ではない。社会と歴史との所有物である。常識で導いてゆく生活は自分自身の生活ではない。独立自由の生活ではない。生活の主体は社会と歴史であって自己はただその傀儡にすぎない。常識の効果はただこれに則って生活すれば共同生活において安全に生命を維持することができるということに存する。安らかに生命を保つ。そんなことを青年が考えるときではない。この命題を前提とするすべての思想を私らは当分放擲しなければならない。なんとなれば私らはこれよりもいっそう根本的なる急務を持つからである。すなわち生命に対する態度を決めねばならぬからである。安らかであろうが、危険であろうが、私らはまず生命という事実に驚異し、疑惑し、この大事実の意味を深く考えてみなければならない。しかる後燃ゆるがごとき熱愛をもって生に執着するもいい。呪うほどの憎悪をもって生を擯斥するもいい。安らかに生を保つ計を立てるもいい。静かな淵のような目で生を眺め暮らすもいい。あるいは引きずられるように日々を生きてゆくもいい。ただすべての生活は自分のものでなければならない。たとい、自己の生活が社会と歴史とに拡がりゆくにしても、それは自己の生活が社会と歴史とを取りいれたのでなければならない。いかなる場合においても、生命の最高指導者が常識であってはならない。まずいっさいの社会と歴史とより与えられたる価値意識を捨てよ。天と地と数かぎりなき生物の間に自己を置け。しこうして白紙のごとき心をもて生命の内部に湧き起こる自然の声に耳を傾け、外界の物象と事象とを如実に見よ、かくて感得したるおのれみずからの認識をもて生命の行く手を照らす人を自然児というならば、あなたは第一に自然児とならねばならない。 こんなことはいまさら聞かされる必要はないとあなたは思われるかもしれない。けれども私はこんなことをまだあなたにいわねばならぬのを悲しく思うのである。あなたはけっして Naturkind ではない。 たとえばあなたの善という観念は著しく既定的なものである。あなたの頭のなかにはおそらくは酒を飲むこと、勉強せぬこと、……応援に行かぬこと、……等は悪い、禁酒すること、旗を振ること、勉強すること、規則を守ること……等は善いというふうに、ぽつりぽつりと固形体のような概念が横たわってるのであろうと思う。けれども、そういう考え方はけっして正当なものではない。酒を飲むことがいいこともあれば旗を振ることが悪いこともある。個々の特殊の事情を見なければ解るものではない。何々するのは悪い、何々するのはいいというように大まかに概括的にいえるものではない。あなたの持ってる善の観念は大部分が常識であるかのように私には思われる。たとえば団体の存在を認めぬような思想を排斥する前にあなたは少しでも躊躇するであろうか。その思想とその持主の内生活との間に存する特殊の事情を顧みる暇を持ってるであろうか。 私は本校に来ても、あなたのようにみずから善良なる校風に感化せられたというような点を持っていない。また酒も飲むようになったし、あなたから見ればどうかと思われるような所へも平気で行くようになった。それならば私は堕落したのであろうか。あなたの演説のままを当て篏めれば私などはこの頃学校にはびこることをあなたの憂うる悪人であるかもしれない。しかし私はけっして中学校のときより堕落したと思うことはできない。いな、私は真面目になったと思ってる。生命に忠実になったと信じてる。酒を飲むようになったから真面目になったというのではない。それにもかかわらず、真面目になったというのである。酒を飲むとか、飲まぬとかいうようなことは私にはむしろどうでもいいことである。もっと大きな、深い根本的な点において私は真面目になったと信じるのである。 私は学校にはびこるのは私のような人ではなく、むしろあなたのような人だと思う。そしてそれを生命真実の発展のためによろこばしからぬ現象だと思う。じつに校内においてときめき栄えてるのはあなたのような人らではないか。私らは隅の方に圧し潰されそうになって、ようやく身を保ってるような形である。いくら叫んでも私らの声は通らない。試みに演壇に立ってみよ。君は聴衆を味方として感ずることができるであろう。私をしてあなたに代わらしめたならば疑いの目、冷たい目、嫌厭の目を顔に浴びねばならない。あなたの考えてるようなことは何の苦もなく発表できる。私の考えてるようなことはなかなか発表できない。こうして書いていてもこれが部長のところを通過するかどうか心もとないのである。校友の優しい目を予期して私が提供した、私にとっては一生懸命であった実際生活の報告書は私を囚人のごとき姿して、私を審かんとする校友の卓の前に立たせたではないか。私の先生の一人は晩餐会の席上、「いかがわしいことを書いた」というぼんやりした理由で私を学校の名誉を傷つけた不良少年とならべられたではないか。Y君よ、私らが何ではびこられるものか。それは安心してそれよりもあなたの周囲に、あなたの真面目な点だけを抜いた残りの部分だけあなたにはなはだよく似た人々のはびこることを私と共に心配したまえ。あなたの声望はあなたの周囲に子分を作った。私はあなたの周囲に漂う気分を好まないものである。それは真実なる生命の進転を妨げるものである。一高を化して常識の府となさんとする忌むべき傾向を孕んでいる。たとえばいわゆる演説家とクリスチャンの増加するのは私は眉を顰める。演説家はまだいい、クリスチャンの踵を接して生ずるのは最も苦々しき事実である。一人の人間が信仰生活に入るのだって私は容易ならぬできごとだと思う。ほとんど奇跡に対するほどの驚異の目をもって見るべき大事実だと思う。それがどうしてわれもわれもと信仰生活に入ることができるのであろうか。信仰生活の大安心、大喜悦の中に入り得るためには、血を吐くような深刻な悩みと、砂漠をうろつくような彷徨と、大地のずり落ちるような不安と、盲目になるほどの迷いとがあるべきはずだと思う。どうしてそうやすやすと市街を歩いてる人がふと教会堂に入るように信仰生活に入ることができるのであろうか。私はどうしても理解することができない。私は彼らの信仰を疑わずにはいられない。キリストの人格を崇拝する点において私はけっして彼らに後れるものではない。私の行方にはキリストが立ってるとさえ思っている。ことに「愛」と「労働」とのキリスト教的精神は今私の生活の内に光を放ち始めんとしている。それにもかかわらず、私は本校のキリスト教徒を尊敬することができない。ああ、迷いが小さい。疑いが浅い。私らはもっと、もっとうろつこうではないか。肉を透して霊にゆき、迷いと悩みとをくぐって信仰に入ろうではないか。もっと強く、濃く、深く、鋭く生命を染め、穿ち、掘り込んで生きてゆこうではないか。「汝ら何すれぞしかく堕落を恐るるや」かく絶叫する予言者がわが校に出現せねばならないと思う。堕落を恐るる宗教は最も堕落したる宗教である。悪を容れ得ぬ善は最も内容貧しき善である。最も深遠なる宗教は堕落を包容する宗教である。最も豊富なる善は悪を持ちながらの善である。『善の研究』の著者はオスカー・ワイルドの『獄中記』の例を引いて、
基督は罪人をば人間の完成に最も近き者として愛した。面白き盗賊をくだくだしい正直者に変ずるのは彼の目的ではなかつた。彼は嘗て世に知られなかつた仕方に於て罪及苦悩を美しき神聖なる者となした。(善の研究――四の四)
といってる。あなたの宗教には肉の匂いと煩悩の痕と疑惑の影とがない。人間味が乏しい。あなたの善はあまりに狭くして固定している。流動の趣きと野生の姿がない。それというのもあなたの生活意識が常識的であって深刻と透徹とを欠くからであると思う。たとえばあなたは本校に来て友情の美しいのを感じ真友の二、三人もできたといわれるが、私から見ればこれらはあなたの生活意識の深刻と透徹とを欠いでる証拠だと思う。人と人との接触を今少し深刻に要求してみたまえ。そんな楽天的なことをいってはいられないことはないか。私は校内においてしみじみと孤独を感じるものである。私は理解していてくれる友は一人もない。軽き接触の表面が潤うて少しじとじとすれば、それに美しき友情の名を被らせるのであるか。私には真友と名づけ得べきほどの友がただ一人ある。それは校友ではない。思うにあなたなどは、あなたのいわゆる二、三人の真友との間の友情そのものに関しては寂寞も苦悶もないのであろう。しかし、私と友との間にはどれほど友情の本質に関する寂寞と煩悶とが続いたことだろう。今もなおその踰えがたき溝渠を思えば暗然とする。それは「三之助の手紙」のなかに詳しく書いたはずである。あなたのように人と人との接触に関して軽い意識でいられればこそあんな楽天的なこともいえるのである。 何よりも校友に向かって感ずる私の第一の遺憾は生活意識の深刻でないことである。うやむやで生きてゆかれる人はしばらく措くにしても、いやしくも文芸家と道徳家とをもってみずから任ずる人に対しては私はいい分がある。文芸家には Morality が欠けている。単なる「歌うたい」や「詩造り」が多い。したがって「気分の芸術」はあっても「存在の芸術」はきわめて乏しい。あるいは遅るるを恐るるがごとくに読書し創作して余念のない人はある。けれども一生懸命生活してる人は乏しい。霊肉の資本を払って、多大な犠牲を敢えてして、肉を耗らし、心を労して生活してる人はない。私は彼らに作品を提供するまえに、ただちに生活を提供せよと要請したい。それを思えば道徳家の実行的精神がどれほど尊いかしれない。けれども悲しいことにはその道徳は常識的、概念的道徳である。生命最奥の動乱より発するものではない。 次にあなたにいいたきことはあなたの生活はまだ素朴的センチメンタリズムの範囲を出ていないことはあるまいか。自然主義を潜らぬ前の感傷主義ではあるまいか。あなたの人生に対する態度はあまりに感激的である。涙が多すぎる。あなたの物を見るに用いる眼鏡は物象をあまりに美しく輝いて見せすぎる。今少し観照的の眼光を深くして外界をあるがままに見る必要はないか。醜きは醜きように、汚れたるは汚れたるように、如実に受け取る必要はないか。たとえば人を尊敬するにしてもあなたは節度を逸して崇拝し随喜しられるようなことはないか。私らから見ればそれほどまでには思われない人を、ほとんど狂熱的に崇拝せられる。人は各々偉いとする点を異にする。またおまえはよくその人物を知らないからだといわれればそれまでであるけれど、私などにはあなたに観照的な態度が欠けてるからだと思われないでもないのである。涙だってセンチメンタリズムの涙は信用できるものではない。私は幾度無知な、偽りな涙をこぼしたことであろう。まことしやかにみずから気づかずに、自分で自分に甘える涙を垂れたことであろう。涙を涸らした、センチメントを抜いたショオの芸術の深刻を、人生の観方を私はあなたに薦めたい。 Y君、私はまことに無遠慮にあなたの生活を批評した。私があなたの生活に対する疑問を誌上で公表したのは、私がヒロイックな精神に動かされたからである。あなたを中心として周囲に漂う気分が、校内に蔓延することを、「真新なる生活」のために憂えたからである。私はいま少し生活に対する批評的精神が校内に起こらねばならぬと思う。ただ私が懼れるのは私がはたしてあなたを理解してるかどうかということである。もし私の理解が浅薄であるのならば、私は赤面してあなたに謝する。私はまだ書きたきことの多くを種々の事情で発表することができなかったのである。 あなたは今や美しき告別の辞を残して本校を去られるのである。この後といえどもあなたのいわゆる自信ある生活を続けてゆかれることと思う。私の無遠慮な批評が少しでもあなたに反省を促せば幸いである。私としてはあなたが新渡戸先生の宗教に赴かれないで、ドストエフスキーの宗教に入られることを切望するのである。あなたと肩を並べて卒業すべかりし私は、一年遅れ、また一年遅れることになった。私はまだまだ考えねばならない。あらゆる生物はただ生きてるがゆえに「生」に忠実でなければならない。ともに生きてるがゆえに他人の真摯なる生活の主張に傾聴しなければならない。私はあなたの私に教えられんことを求むるものである。終わりに臨んであなたの生命の真実なる発展をいのる。
(一九一三・六・五)
付記。自分はこの文章に対してY君から一つの手紙を受け取った。それは本当にキリスト者らしい、謙遜な、少しも反抗的な気分の含まれないかつ美しい知恵に富めるものであった。その手紙はその後の自分に深い、いい影響を及ぼした。自分は数年後広島の病院から君に自分の不遜を謝する手紙を送ったのに対して、君はまたじつに美しい手紙をくださった。そして自分を青年時代の恩人の一人に数えてくださった。自分は君の名誉のためと、君に対する自分の敬意を表するためにこのことを付記することを禁じ得ない。自分が今日キリスト者に対して、あるツァルトな感情を抱いているのは君に負うところが多い。自分はこのことを感謝する。
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恋を失うた者の歩む道 ――愛と認識との出発――
私は苦痛を訴えたり同情を求めたりする気はない。私は今そんなことをしてはいられない。私は生涯にまたとあるまじき重要な地位に立ってるのだから。私は今こそしっかりせねばならない時である。見る影もなく押し崩された精神生活、そしてそれを支うべき肉体そのものの滅亡の不安――私の生命は内よりも外よりも危機に迫っている。私は自己を救済すべく今いかになすべきか。また何をなし得るのか。「生に事うるに絶対に忠節なれ」私はすべての事情の錯雑と寒冷と急迫との底に瞑目してかく叫ぶ。かく叫ぶとき心の内奥に君臨するものは一種の深き道徳的意識である。いっさいの約束を超越して、ただちに「生」そのものに向けられたる義務の感情である。それはある目的を意志するによりて必然に起こる義務ではない。それみずからの内に命令的要素を含む義務の感情である。私は今にいたりて初めてカントが道徳に断言的命令を立した心持ちに同感せられて、カントの深刻さが打ち仰がるる。危険に脅かさるる身体をもって、ものの崩るる音、亡ぶ響きを内に聞きつつある私に、忍耐と支持との力を与うるものは、この生に事える義務の感情よりほかにはない。 私はいささかの苦痛で済むような軽い恋はしなかったつもりである。毛の抜けた犬のようなミゼラブルな身を夜汽車に運ばれて須磨に着いて海岸を走る冷たい鉄路を見たときに、老父を兵庫駅に見送って帰りを黄色く無関心に続く砂浜に立って、とりとめない海の広がりを見たときに私は切に死を思った。それはついに死の表象にすぎなかったかもしれない。しからばあまりに実感にみちたる表象であった。私が須磨に来てから十日経たぬうちに二人の自殺者があった。一人は肺結核の癒えがたきを嘆じての死であった。一人はまだ二十歳前後の青年であった。獣のように地べたに倒れた頭のそばにモルヒネの瓶が転がっていた。青ざめた顔、土色の唇から粘いガラス色の液を垂れてふっくふっく息を吐いていた。私は手を握ってみたらまだ温かであった。それを見た私の心は異様であった。私は死ぬまい。苦しければ、苦しいだけ死ぬまいと思った。私はこの青年の自殺を賞賛する心地にどうしてもなれなかった。いかなることあるも人間はかくのごときことを企つべきではないと思った。この青年の死骸の目撃は実感として私に「生」に対して企てられたる罪悪の意識を与えた。自殺が罪悪だということは道学者の冷やかなる理屈以外にもっと深い宗教的根拠があるのではあるまいか。そこには血と涙とに濡れたる数々の弁解があろう。しかも生に対する無限の信仰と尊重とを抱いて立つとき自殺は絶対的の罪悪ではあるまいか。足を切られれば切株(Stump)で歩むと言った人もある。いかなる苦痛にも忍耐して鞣皮のごとく強靱に生きるのが生物の道ではあるまいか。私はいま忍耐というものを人間の重大なる徳だとしみじみ感ずるものである。熱心な信仰家の持つ謙遜な忍耐、あのピルグリム・プログレスの巡礼の持つ隠忍にして撓まぬ努力の精神、それに私は感服する。苦痛と悲哀との底よりいかにしてかかる忍耐と、努力と勇気とが生ずるのであろうか。その理由、その過程の内には深き宗教的気分が宿されてると思われる。私はそれに心惹かるる。あの『決闘』のナザンスキーがロマショーフに死を止むるときに語ったごとき生の愛着はけっして単なる享楽的気分より出で来るものとは思えない。人間の真の悲哀と精神的苦痛とは享楽できるものではない。ナザンスキーのよくも主張せし絶対的なる生の愛着は享楽主義を越えたる宗教的意識でなければならない。 「ああ私は血まみれの一本道を想像せざるを得ぬ。その上をいちもくさんに突進するのだ、力尽きればやむをえない。自滅するばかりだ」私は恋愛の論文を結んでかく言った。しかしながら今にして思えばそは不謹慎なる表現であった。私の自滅すべかりし時は来ている。私は戦うに怯懦であり、また時機を失したとはどうしても思えない。私は戦い敗れた。外部からの強暴な敵(私は病気をも外部と感ずる)と戦ってデスペレートな私は、内部よりの敵(彼女の変心)に遭って根本的に敗れてしまった。すべての事情は矢のごとき速度で見るまに究極まで達した。その推移はじつに運命的な性質を帯びていた。私は私の愛そのものにそむかずしてはもはや毫釐の力もない。しからば私はなぜ自滅しないか。死が実感として目の前に来た私はまだ死ねない自分を明らかに認めた。それは本能的な死の恐怖に打ち克たれるのだという人もあろう。失恋が絶対的の暗黒とならないからだという人もあろう。あるいはそうかもしれない。しかしながら私にとって最も痛切なる理由は自殺が私に最深の道徳的満足を与えないことである。最終までの努力感を与えないことである。みずからをほめる心地になれないことである。そのもたらす波動が彼女、彼女の老親、私の父母、私の運命的なる友の中に内在する私の自己にそむく苦痛である。他人の内に見いだされたる自己はあんがい強い。私は義理人情の抜きがたき根底を痛感する。個人主義なるがゆえに自己のことのみ考えればいいというような説は抽象的なものである。かかる性格がもし芸術において描かるるならばそれはストリンドベルヒの排斥するいわゆる Abstrakter Charakter である。実在の性格ではない。私はあくまでも Morality というものを気にかけて生きたい。私は人間の究極の立場をモーラリチーの中に置こうと思ってる。人間に与えらるる自由というものがあるならば、それは道徳的自由のほかに確実なるものはない。その他の自由は皆意志に対抗する外部の力すなわち運命によって毀たるるものである。運命の力がいかに強いか、私はつくづく腹に沁んだ。運命に対して確実に、むしろこれにあたってますます光輝を放つものはモーラリチーのほかにない。カントが天空の星群の統一とならび称えたる強い、深い意志の自律の法則のほかにはない。単に苦しいとか安易なとかいうことよりいわば、運命の拙い人、ことに運命を直視して生きるほど生活に生真面目なるものにとっては、死の望ましきことは幾度もあるに相違ない。今の私だって生きてる方が苦しくないとは思わない。あの独歩の「源おじ」を包んだ冷酷な運命を見よ、彼が首を絞って死んだのを誰が無理と思おう。しかも私らは「源おじ」をして最後まで生きしめねばならない。かく主張し得る道徳的根拠をエアレーベンしたるものを生の信者と呼ぶならば、私は生の信者として生きたい。 今私の目に映る人生の事象は皆いたましい。が中につきても人間と人間との接触より生ずる不調和ほどいたましいものはない。世の中にはそんなに悪い人がいるものではない。ドストエフスキーの『死人の家』などに出て来るような生来の悪人はむしろ病的な人である。またかかる本来の悪意より生ずる悲劇は最も単純な、そして悲劇性の少ないものである。最も堪えがたき悲劇は相当に義理人情ある人々の間に起こる不調和である。人間の触るるところ、集まるところ、気拙さと不調和とにみちている。いやもっと深刻な残冷な、人間の当然な幸福と願い――それはけっして我儘なのではない、人間として許されていいほんの僅かな願いをも圧し潰してしまうような不調和がある。みずからその災害を被らずとも、世界を調和あるコスモスとして胸に収めて生きたいヒューマニストにとってはこれはじつに苦痛なことである。そこには人間の切なる情実の複雑な纏絡があるだけに、ほとんどこれのみにて人をして厭世観を抱かしむるほどの悩みの種となるものである。しこうして私は実際に私の幸福と願いとを奪却せられた。私の願いとは愛する女と mitleben して、そこに生活の基礎を置き人間としての発達を遂げんことであった。深い善い幸福がその中に宿るべきであった。 この一年間の私の心の働き方はじつに純なものであった。愛と労働と信仰――人間として、また私の個性の行くべきまっすぐな道に私は立っていたに相違ない。それでなくてはあれだけの充実は感ぜられない。それがめちゃくちゃに押し崩されてしまった。信じて築いた私の精神生活、それが崩壊するまでに私の遭遇した事実は人生の恐るべく寒冷なる方面のみであった。失恋と肺結核と退校とに同時に襲われて生きる道を知らず泣き沈める一個の生命物、それが小さな犠牲といわれようか。 私は恋人から最後の手紙を受け取ったが、私は生まれてからかかる冷淡ないやな性質の手紙を見たことがなかった。その手紙には「罪なき妾にまたいうなかれ」と書いてある。当面の責任者さえ罪を感じていないのだもの、その他の人々がなんで罪を意識していよう。 一個の「罪」も存在せずしてこれだけの犠牲が払われたとすれば、それを社会の不調和に帰するほかはない。これだけの犠牲は誰が背負わしたのか。私が背負わしたというものは一人もない。人生はじつに寒い。人の心は信じがたい。まことに私の経験した事実は私にとっては怖るべきものであった。 しかしながら私はその寒さと怖ろしさとの中におののきつつ、死の不安に脅かされつつ、なお、「生」の調和に対する希望を捨てることができない。いなますますその願望を確かにしたような気がする。世界には寒い恐ろしい事象がある。酷たらしい犠牲がある。錯雑した不調和がある。しかしながら、これらのものを持ちながら、「生」そのものはいっそう深い、強い、複雑な調和あるものと思うことはできまいか。これはライプニッツの予定調和の説などより独立に私には一種の実感的気分である。私はこの頃名状しがたき不幸に蔽われて暮らしている。人生の深き悲哀に触れたような気がする。しかしながらその悲哀は私に一種の永遠性を帯びて感ぜられる。私はマーテルリンクのように神秘を透して「永遠」に行く道を好まない。それはあまりに超越的な、むしろデヴィエイトした道のように思われるから。私はあくまでも公道を歩みたい。人間の人間らしき感情はもしそれが真実にせつにして深きものならば、皆「永遠」と連なっているように思われる。「永遠」とは時間の不断なる連続性をいうのではない。意識の侵徹せる全体性をいうのである。充実せる現在の宗教的なる生命感である。この「永遠」に触れたるとき人間にかなしき「悦び」があるのではあるまいか。悲しみつつ、苦しみつつ、生を賛美する心が湧くのではあるまいか。私の胸の奥にはこの頃一種のオプチミズムが萌し初めたようである。それは青白い螢の光ほどの、ほんの微光にすぎないけれど、わが悲哀と孤独との後にぽっちりと輝いて見える。ペッシミズムというものは私にはそれ自身矛盾してるように思われ出した。厭世とは苦痛より起こる感情であってはならない。かかる厭世観は快楽なるがゆえの楽天観と同じく浅薄なるものである。真の厭世はその原因を生の無意義――存在の理由の欠如より発するものでなければならない。しかしながらかかる空虚の感が私には起こらなくなりだした。「生」は私にきわめてインハルトライヒに感ぜられだした。ああこのかなしき、苦しき、感動にみちたる世界が空虚だとは! しかのみならず、存在の理由というものを徹底的に索むるならば、それは創生した力に帰すべきものである。一の現象が vorkommen したことがその現象の存在の理由である。ショウペンハウエルは厭世の起源を意志が、時空の方式を通じて現象として個体化したことに帰しているが、それは厭世理由にはならない。意志は何ゆえにかかる過程を経て現象として顕現したか、それは説明できない。顕現した力が存在の理由である。われらは生きている。生きながらに生を厭うとはいかなることを意味するのであるか。その指示する意味は私に矛盾の感を与える。「ある世界観が厭世観であることは、その世界観の矛盾を示すものである」という言葉に一種の根拠がありはせぬか。いうまでもなく私は世の常の楽天観に与するものではない。私は厭世を越えたるいなむしろ厭世そのものの中に見いだされたる楽天観をいうのである。悲しみと苦しみとをもって、織りなされたる悦びをいうのである。そもそも世界観において、楽天だとか厭世だとかいうことは重きをおかるべきでない。それは世界の相をできるだけ精細に、如実に anschauen すればよい。その観察が「真」に徹すれば徹するほど私は楽天的な境地が開拓されると思う。私はフローベルやツルゲネフの思想においても、楽天的傾向を見いだすものである。ショウペンハウエルの哲学すら単に厭世観とは思われない。彼の解脱の方法としての愛と認識とはいっそう重要に注意さるべきものである。世界の苦痛と悲哀と寂寞とを徹底的に認識するは楽天に転向する第一歩である。そこに生命の自己認識がもたらす解脱の道がありはせぬか。認識の純なるものは躬をもって知るの体験でなければならない。さらに徹しては愛とならねばならない。愛は最深なる認識作用である。白墨の完全なる表象はただちに黒板の文字となるように、最純なる表象はただちに意志である。私は愛と認識との解脱的傾向を含む特殊なる心の働きなることを認め、しこうしてこれによりて暗示さるる精神生活の自由の境地に注意するものである。オイケンは「人間は自然に隷属す。されどそを知るがゆえに自由なり」といい、トルストイは“Where Love is, God is.”といった。私の思想はもとよりいまだ熟していないが、生物の本能と隷属を脱して神への転向を企つる意識的生活は愛と認識とをもって始めらるるであろう。 私はこれまで本能の中に自由を見いださんとする自然主義をもって生活の根本方針を建て、しこうしてそを最も確実なる生活法と思っていた。私の恋愛の崩れたのはその誤謬からであった。私の恋愛は甘きもの美しきものに対する憧憬ではなく「確実なもの」を捉えんとする要求であった。確実なる生活の根本基礎を女の本能的な愛の中に据えつけようとした。それが私の恋愛のヴェーゼンであった。女の美しいこと賢いことは初めから希まなかった。ただ一点愛において二人は確実に結合していると信じた。しかしながら本能的な愛は私の期待したごとくけっして鞏固ではなかった。女の恋愛には精神生活の根底がなかったために、その崩れ方はじつに脆かった。私は一種の錯誤に陥っていた。私の尨大なる形而上学的の意識生活を小娘の本能的な愛の上に据えつけた。それが瓦壊の源であった。 本能的の愛は一時は炭火のごとく灼熱しても愛して倦まぬ持久性がない。覚悟と努力との上に建たざるがゆえに外敵に対する抵抗力が乏しい。敵とは何か、他の本能である。精神生活より発する愛は諸種の本能を一度思考の対象として、それを統一した上に発したる一種の形而上学的努力の感情である。本能的な愛の熱烈は他の本能を一時蔽うている状態である。ゆえに他のこれと駢列する本能をもってアッタックせらるるとき崩れてしまうのである。私は真の生活が精神生活でなければならないことを痛感する。いやしくも私らが生活につきて意識的になるとき、すなわち真の意味において生活するようになったとき、その生活は理想的要素を含める精神生活(Geistesleben)でなければならない。真の生活は自然主義の生活にあらずして理想的、著しくいわば技巧的、人工的生活である。それが最も個性的特殊性を含める生活である。もとより本能や感覚を材料として取りいれねばならぬ。しかしこれらの材料を排列し、擯斥し、牽引し、あるいは種々の立場より覗くことを得るだけの精神的努力を含める生活をいうのである。たとえば性欲というような本能は誰でも持ってる共通的なものである。その性欲をいかに取りいれるか、排斥するか、包容するか、というようなところに個性的特質ある生活が見いだされねばならない。かくて自己は広き範囲にわたりて、多くの事実を多くの立場より見得るに至るであろう。生活に摂りいれらるる data は豊富になるであろう。しこうして後これらのものを包摂して、単純化が行なわれたるとき真に確実にして力ある生活が生み出されるのである。人間の生活が熱烈なる光輝を放つときは単純化が行なわれたるときである。しかしながらその単純は複雑と多様とを統一したものであって、内容の貧寒を意味する簡単であってはならない。真の単純化はその内に無数の要素を含める体系的一であって数的一ではない。本能生活の熱烈は後者に属するものであって、その一本調子は単純化ではない。他の要素の見えない盲目的生活である。最も befangen されたる、束縛されたる、隷属の生活である。かかる生活よりは真に堅忍にして持久なる底深き力は出ないであろう。火山の爆発のような一時的な暴力は出るかもしれない。しかしながら高山の山腹を少しずつ見えない速度で、しかし支うべからざる圧力で、収効果的に滑り落ちる氷河のような力は生じないであろう。動くものの全体としての静けさの感じられるような力が真に偉大なる力である。私はかかる力に憧るる。かかる力は統一されたる要素の豊富なくしては生じない。私らは熱烈とか驀直とかいう文字に欺かれてはならない。貧寒な data で熱烈になるよりは、豊富な data でまとまらずに、淋しく生活をする者が強い人である。真の単純化は至難のことである。さればこそ精神生活の向上と精進とはかぎりなき苦しき努力となるのである。ノラは家出をして自己の道を拓こうとした。またある妻は躊躇して家に止まった。それゆえにノラの方が強い女だという人があるならば浅薄である。強いとか弱いとかいうことはしかく外的に決せらるるものではない。家に残った妻はノラよりも、もっと多くのことを考えたかもしれない。夫と自分との関係、子供と自分との関係、その間に見いだされる自己が家出の足を止めたかもしれない。ノラの方が自己に忠実であるとは必ずしもいえない。多くのことを心に収めて考えることのできる人は強いといわねばならぬ。徹底するのは真理がするのである。行為が外的にすばらしいのをいうのではない。真理が徹したために、行為が目立たないものに止まることはある。かくて人目に立たず、オブスキュアに、しかも内面の自己の徹底にみずから満足して生きてる人があるならば、私はその人を打ち仰いで尊敬する。筆を持つものは特にここを一考せねばならない。私はみずから気付かずにこの表現の Fallacy に陥っていたように思われる。自己の表現と発情とに覚えず自己を捲き込んでいたような傾きがある。それがために私の思索が混雑し、単純化が精緻を欠き、統一の外に取り残された data があった。たとえば性欲とキリスト教的愛とが混淆し、彼女以外の人に内在する私の自己が取り除かれたりしていた。その部分から私の精神生活は崩れていった。しかし思えばそれはイデアリストの同情すべき弱点である。しかもその弱点が多大な犠牲となったときにそれは人格的な涙に価する。けだしイデアリストにとっては実生活があまりに貧弱なるがゆえに、自己の内面に宿る偉大なる感情を盛る材料がない。それゆえに木の片、石の塊をも捕えて、これに理想を盛りあげようとする偶像崇拝が成立する。それは滑稽な悲劇をもって終わるに決まっている。私はこのトラギコメディを抱いて涙を垂れる。私は表現の権威につきては十分注意したつもりであった。表現の価値を批判しつつ、みずからも言い女の言をも聞いた気であった。しかしなんといっても私が魯かにして稚かったに相違ない。「あなたはそう思います。けれどもあなたはそうしません」といったショウの冷譏の前に私の幼稚を赤面するほかはない。思えば「異性の内に自己を見いださんとする心」はそら恐ろしき表現にみちている。「女に死を肯定せしめた」と誇った私は、別るるに臨んでの私の健康の祈りさえも得ることはできなかった。冷淡ないやな手紙が一片私の手に残った。そして癒えざる病がともに残った。 そればかりではない。私の悩みは私が自己に敗れんとする恐怖である。最後の彼女の手紙を見た私の心に燃え立ったものは獣のごとき憎悪と讎敵のごとき怨恨とであった。これは明らかに自己を破るものである。かかる自殺的感情に打ち克たれては私は最後の立場を失うものである。私は自己を救うためにこの憎悪を克服せねばならなかった。それには六種震動ともいうべき心の転回的努力を要した。そして今では彼女を憐れみ許す穏やかな心になっている。いな、前よりもいっそう深きリファインされたキリスト教的愛で彼女を包み、心より彼女の幸福を祷っている。 考えてみれば彼女は憐れむべき女である。私を欺いたのも悪意からではなく稚きものの犯しやすき表現の罪に陥ったものであろう。まだ思想の定まらない彼女が私の尨大な、不完全な、私の精神生活の重荷に堪えなかったのも無理はない。いわんや肺病の恋人と肺病の母とを持ち、母の喀血を目睹した彼女の胸中を察すればふびんに堪えない。私はひたすらに彼女の今後における人間としての成功のおぼつかないのを憂慮する。いまに至りては彼女の幸福を傷つけずしては私のそれの要求の実現できない永い悲哀が残るばかりである。恋い慕う心のみたされない苦しさに悶えるばかりである。 私は初めから小説などに描かれた恋愛に同感できるのはほとんど無かった。『死の勝利』のジョルジオにも、『煤烟』の要吉にも、『烟』のリトヒノフにも同感できなかった。ジョルジオの恋は性愛の最もエゴイスチックなものである。また私は恋を失うて女を罵り、女性全体に一種の反抗的気分を抱くようなことはしたくない。かくのごときことは単に深き失恋の悲哀を味わいたるものにはできることではない。またリトヒノフのごとく自己の恋をも烟のごとくずるずるに消してしまいたくない。私は自己の恋愛を熟視し、自己の真相に徹して、愛をして人格的に推移するところに赴かせたい。人格の連続性を失いたくない。恋を超越した道、冷笑した道は私の今後歩むべき道ではない。恋を失うたものの、恋の内より発する道こそ私の歩むべき公道である。それはいかに荒れた色彩に乏しいものにしても私が血と涙とをもって拓きし大切な道である。私をどこか私に適した世界に導いてくれるであろう。それがいかなる世界であるか、いま非常なる複雑と多様との中に陥れる私には予測できない。しかし私は私の恋愛を批判して、恋愛の内より道を開いて出たいと思う。私は何よりも私の認識が散漫にして雑駁なのに危惧の念に打たれる。このたびの経験より考うればどれほど誤謬多き見方をしているかしれないからである。私がもっと確実に、深刻にものをみることができるならばもっと安全な善い生活ができるであろう。私はもっとしっかりした歩調で歩けるであろう。それには私の思索をもっとウィッセンシャフトリッヒにしなければならない。分析的にという意味ではない、材料の蒐集を豊富にし、その関係の観察を精緻にすることを指すのである。次に私は愛の種類について考えねばならない。私は本能的な愛とキリスト教的な愛とを混雑させていた。私は前者より後者に推移せねばならぬ。これが高価なる経験が私に与えた最も重大なる成果である。本能的愛は愛の純真なるものではない。囚縛されたるエゴイスチックなものである。真の愛は『善の研究』の著者が説くごとき認識的キリスト教的愛である。意識的努力的なる愛である。生物学的なる本能にあらずして、人間の創造的なる産物である。性愛も母の愛も認識する心の働きとは異なれる盲目的なるものである。 私の恋を破った最大の敵は彼女の母親の盲目的にしてエゴイスチックなる愛であった。性愛がエゴイスチックな例はかぎりなくある。 かかる愛は自己の要求をとおして愛せんとする不純なるものであって、弊害と迷妄とが続出するものである。またかかる愛は偏愛とならざるを得ないものである。私も一時彼女以外のものが皆一様に、無関心に見えて、長い愛の歴史のある友が顧みられないことがあった。今にして思えば友がそのとき立腹したのみならず、私が愛の人であることを否認したのは根拠があった。甲には理由もなく一朝にして冷淡となり、乙をばにわかに狂うがごとく愛するというがごときは、人に対して愛という感情の働く動因と初めより矛盾せるものである。真に愛の人とはキリストのごとき普汎的な愛し方をする人である。何ゆえに甲を愛して乙を愛せぬか。そこには他のプリンシプルが存在せねばならぬ。その原理に動かさるる間は純な愛の活動ではない。あるいはそれは「愛に入る過程」を抽象したるものであって、愛はその人が美しいとか、正直であるとか、憐れであるとか、あるいは長く接触したとかいうがごとき他の条件なくては、起こらぬという人があるかもしれない。しかしはたしてそうであろうか。何々なるゆえに、何々なる時に愛するというのが真の愛であろうか。愛はかかる条件と差別とを消して包括する心の働きではあるまいか。キリストは罪人をも、醜業婦をも旅人をも敵をも等しく愛した。その愛は絶対なる独立活動であった。またかかる普汎的なる愛は稀薄にして愛された気がしないという人があるかもしれない。しかし愛は百人を愛すれば百分さるるがごとき量的なるものではあるまい。いな甲を愛してるということはその人が乙をもまた愛し得る証拠である。また普汎的なる愛が必ずしも稀薄だとはいえない。キリストの愛は血であった。万人と万物との個々のものに対してそれぞれに血であった。ああ人類始まって以来キリストにおよぶ偉大なる霊魂があったろうか。私は十字架の下に跪くものである。もとよりかかる境地に達するは至難のことであり、ことには私のごとく煩悩と迷いの深い、友よりエゴイストと銘打たるるごとき者にその素質があるというのではない。私は「我」の人なるがゆえにいよいよキリストが打ち仰がれる。私の前にはキリストが金色の光に包まれて立っている。 私は人心の頼みがたくして人生の寒冷なることを経験したるにもかかわらず、それは私をして白眼世に拗ねるがごとき孤独に向かわしめなかった。私はかえって人と人との接触の核実の愛でなくてはならないことを感じた。私の愛を深めることによって他人と一歩接近した。私は切に与うるの愛を主張したい。愛は欠けたるものの求むる心ではなく、溢るるものの包む感情である。人は愛せらるることを求めずして愛すべきである。人に求むる生活ほど危いものはない。その人がやがて自ら足りたるときわが側を離れ去るとも、その人のために祈る覚悟なくして愛するは初めより誤謬である。愛は独立自全なる人格の要求でなくてはならない。人は強くなり、完成するに従って愛せんとする要求が起こるのではあるまいか。ツァラツストラが日輪を仰いで「汝大なる星よ、汝が照らすものなくば何の幸福かあらん」と言ったごとく、偉大なるものは愛することによって自己を減損せずしてかえって自己を完成するのであろう。ニイチェが「与うるの徳」を説き、また「夜の歌」の冒頭において、
夜は来たれり、今すべての迸る泉はその声を高む。 わが魂もまた迸る泉なり。 夜は来たれり、今愛するもののすべての歌は始めて目醒む。 わが魂もまた愛するものの歌なり。
と歌っているように偉大なる者、完成せるものにはみずから愛せんとする要求があると思う。私はかかる境地に向かって憧れ進みたい。 花やかな幻の世界は永久に私の前に閉ざされた。私はもっと強実なる人生を欲する。代赭色の山坂にシャベルを揮う労働者や、雨に濡れて行く兵隊や、灰色の海のあなたに音なく燃焼して沈む太陽を見るときに、まだ私に残された強実な人生の閃めきに触れて心がおどる。私はこの一文をして「愛と認識との出発」たらしめたい。偉大なる愛よ、わが胸に宿れ、大自然の真景よ、わが瞳に映れかし。願わくばわが精霊の力の尽きざるうちに、肉体の滅亡せざらんことを。
(一九一三・一一・二五)
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