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南蛮秘話森右近丸(なんばんひわもりうこんまる)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-3 7:34:51  点击:  切换到繁體中文

底本: 国枝史郎伝奇全集 巻三
出版社: 未知谷
初版発行日: 1993(平成5)年3月20日
入力に使用: 1993(平成5)年3月20日初版
校正に使用:  

 



「将軍義輝よしてるしいされた。三好長慶ちょうけいが殺された、松永弾正だんじょうも殺された。今は下克上の世の中だ。信長が義昭を将軍に立てた。しかし間もなく追ってしまった。その信長も弑されるだろう。恐ろしい下克上の世の中だ……明智光秀には反骨がある。羽柴秀吉は猿智慧に過ぎない。柴田勝家かついえは思量に乏しい。世は容易に治まるまい……武田家は間もなく亡びるだろう。波多野秀治は滅亡した。尼子勝久は自刃した。上杉景勝かげかつは兄を追った。荒木村重むらしげは謀反した。法燈暗く石山城、本願寺も勢力を失うだろう。一向一揆も潰されるだろう、天台の座主ざす比叡山も、粉砕されるに相違ない。世は乱れる。世は乱れる! だがずそれも仕方がない、日本国内での争いだ。やがて、誰かが治めるだろう、恐ろしいのは外国とつくにだ! 恐ろしいのは異教徒だ! 憎むべきは吉利支丹きりしたんだ! ザビエル、ガゴー、フロエー、オルガンチノこれら切支丹の伴天連ばてれん共、教法に藉口しゃこうし耳目を眩し、人心を誘い邪法を用い、日本の国を覬覦きゆしている。唐寺が建った、南蛮寺が建った、それを許したのは信長だ! なぜ許したのだ! なぜ許したのだ! 危険だ、危険だ、非常に危険だ! 国威が落ちる、取り潰すがよい! 日本には日本の宗教がある、かんながらの道、神道だ! それを讃えろ、それを拝め!」
 ここは京都二条通、辻に佇んだ一人の女、凜々りりとして説いている。年の頃は二十歳はたちぐらい、その姿は巫女、胸に円鏡をかけている。頭髪かみつかねて背中に垂らし、手に白綿しらゆうを持っている。その容貌の美しさ、まことに類稀である。眉長く※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみまで続き、澄み切った眼は凄いまでに輝き、しかも犯しがたい威厳がある。その眼は時々微笑する。嬰児のような愛らしさがある。高すぎる程高い鼻。男のそれのように、肉太である。口やや大きく唇薄く、そこからほころびる歯の白さ、象牙のような光がある。秀た額、角度かど立った頤、頬骨低く耳厚く、頸足えりあし長く肩丸く、身長せいの高さ五尺七八寸、囲繞とりまいた群集に抽出ぬきんでている。垢付かぬ肌の清らかさは、手にも足にも充分現われ、神々しくさえ思われる。男性の体格に女性の美、それを加えた風采である。
 だが何という大胆なんだろう! 夕暮時とは云うものの、織田信長の管理している、京都の町の辻に立ち、その信長を攻撃し、その治世をののしるとは!
 驚いているのは群集である。
 市女いちめ笠の女、指抜さしぬきの若者、武士、町人、公卿の子息、二十人近くも囲繞いていたが、いずれも茫然ぼんやりと口をあけ、息を詰めて聞き澄ましている。反対をする者もない、同意を表する者もない。
 不思議な巫女の放胆な言葉に、気を奪われているのである。
「唐寺の謎こそ奇怪である」巫女はまたもや云い出した。
「唐寺の謎をくものはないか! うなっているのだ、恐ろしいものが! 日本の国は買われるだろう、日本の国は属国となろう。解くものはないか、南蛮寺なんばんじの謎! いや恐らくあるだろう、解くがいい解くがいい! 幸福が来る、解いた者へは! だが受難も来るだろう! だが受難を避けてはならない! どんなものにも受難はある。受難を恐れては仕事は出来ない……ここに集まった人達よ!」
 ここでにわかに巫女の言葉は嘲笑うような調子になった。
「どんなにわたくしが説きましても、皆様方にはわかりますまい。解っているのは日本で数人、信長公にこの妾に、香具師こうぐしの頭に弁才坊、そんなものでございましょう。さあ其の中の何者が、最後に得を取りますやら、ちょっと興味がございます。オヤオヤオヤ」と巫女の調子はここで一層揶揄的になった。
「馬に念仏申しても、利目ききめがなさそうでございます。そこでおさらばと致しましょう。もう日も大分だいぶ暮れて来た。ねぐらへ帰ったら夜になろう。ご免下され、ご免下され」
 群集を分けて不思議な巫女はスタスタ北の方へ歩き出した。
 と、その時一人の若武士わかざむらい先刻さっきから群集の中にまじり、巫女の様子をうかがっていたが、思わず呟いたものである。
洛外らくがい北山に住んでいて、時々洛中らくちゅうに現われては、我君を詈り時世を諷する、不思議な巫女があるという、困った噂は聞いていたが、ははあさてはこの女だな。よしよし後をつけてみよう。場合によってはからめ捕り、検断所の役人へ渡してやろう」
 そこで後を追っかけた。
 町を出外ずれると北野になる。大将軍から小北山、それから平野、衣笠山、その衣笠山まで来た時には、とっぷりと日も暮れてしまい、林の上に月が出た。巫女はズンズン歩いて行く。若武士もズンズン歩いて行く。

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