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染吉の朱盆(そめきちのしゅぼん)
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八
これから半九郎の活動になる。 道をあるきながら考え込んでしまった。 「俺がああいう話をした。それで兄貴が飛び出した。そうして二晩も帰って来ない。といって真面目なあの兄貴、岡場所にひっかかる筈もない。遠ッ走りをしたのなら、あの仲のいいお吉姐御にあらかじめ話して行く筈だ。ふうん、ふうん、解らねえなあ」 どうにも見当がつかなかった。 「何んだか[#「「何んだか」は底本では「何んだか」]俺には厭な気がするよ。変事でもありゃァしないかな? 兄貴のことだ、大丈夫だろうが名人の手からだって水は洩れる。――どだい俺等の話を聞いて、飛出して行ったというやつが、その名人の水洩れだからなあ。ふうん、ふうんわからねえなあ」 矢張りどうにも見当がつかない。 「ええと筋立てて考えてみよう。……兎に角俺等の物語りの、謎解きをしようと出かけたというからこいつはこのまま信じるとして、真っ先にどこへ行くだろう? ……さあ真っ先にどこへゆくだろう?」 当然なことが思いついた。 「お縫様屋敷へ行くというものさ」 どうしたものか吹き出してしまった。 「行ったって何があるものか。大きな空家があるばかりさ」 で、こいつは投げ出すことにした。 「さてこの外にはどこへ行くな?」 雲を掴むようでわからない。 「こまったな、本当にこまった。……だが……」 というと考え込んだ。 「だが矢っぱり筋道をたぐろう。お縫様屋敷へ行ってみよう。何か手がかりが目つかるかもしれねえ」 半九郎スタスタあるき出した。 上野を廻ると上根岸、お縫様屋敷の前まで来た。 冬陽が黒塀にあたっている。あれにあれた屋敷である。屋根棟に烏がとまっている。生物といえばそれだけである。カラッと四方吹きさらしである。一軒の家も附近にはない。 「矢っ張り空家さ。何があるものか」 呟いたが半九郎念のためだ、グルリと屋敷を巡り出した。 「おっ」 と俄に立ちどまったのは[#「立ちどまったのは」は底本では「立ちとまったのは」]、雑草の中に見覚えのある、岡八の銀口の太煙管が一本ころがっていたからであった。 拾い上げたがじっと見た。 「別に変わったこともねえ。ただこいつで解ることは、矢っ張り兄貴がお縫様屋敷へ、さぐりに来たということだけさ。いや待てよ!」 とギョッとした。 「あッ、いけねえ、こんな筈ァねえ!」音に出して叫んだものである。「あのおちついた岡八兄貴、たとえどんなにあわてようと、煙管を落として行く筈はねえ。……にもかかわらず落ちている……ということであってみれば、大事件があったと見なければならねえ。……うん、ここにほごがある。……うん枯草が敷かれている。……休んで一服したんだな? ……さあてそれから、さあてそれから?」 半九郎あたりを見廻した。 眼についたは塀の足跡! いや雪駄の跡である。ヒョイと眼を上げると忍び返しが、二三本外側へ曲っている。 「ははあ兄貴、忍び込んだな」 眼をつむって考えた。 「お縫様屋敷へやって来た。やって来たからには念のため、内を一応は調べるだろう。まあまあこれは尋常だ。が、煙管が落ちている。たしかに休んだ跡がある。……とすると煙管の落ちたのさえ、感づかない程に熱心に、休んで考えたということになる。その揚句屋敷へ忍んだとすれば、充分何かを見究めた結果、忍び込んだということになる。……こいつァ只の空家じゃァねえぞ!」 半九郎ゾッと寒くなった。 「待て待て、待て待て、あわてちゃァいけねえ。這入りは這入ったが出て来たかも知れねえ」 そこで屋敷をもう一度巡った。出たか出ないかは解らなかったが、少なくも「出た」という証拠はなかった。 表門、裏門、くぐりの戸、そいつを押しても見たけれど、内から閂でも下ろされているのか、貧乏ゆるぎさえしなかった。 「さてこれから何うしたものだ?」 這入ってみようかとも考えた。 「とんでもねえ」 と直止めた。 「あの岡八の兄貴さえ、呑み込まれた恐しい屋敷じゃァねえか。いかに昼でも俺等一人で、踏ん込んで行くなァ度胸がよすぎる」 「帰って人数を連て来よう」 急いで引っ返した半九郎、夜になるのを待ち受けて、十数人の乾児を連れ、お縫様屋敷へ忍び込んだ。 何を彼等は見ただろう。
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