您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 国枝 史郎 >> 正文

沙漠の古都(さばくのこと)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:36:09  点击:  切换到繁體中文


        十九

 もうとうに音楽は始まっていた。それは伊太利イタリアの音楽隊で、モールをちりばめた服装から指揮者コンダクター風姿スタイルから、かなり怪しげな一団であったが、「伊太利人」という吹聴のためか、聴衆ききては黒山のように集まっていた。聴衆は全部欧羅巴ヨーロッパ人で支那人は一人もいなかった。それは公園の入口に「華人不可入」と書いた建札が、厳めしく立っているからだ。
 ラシイヌは聴衆の間に交って、彼の鋭い観察眼であたりを静かに見廻した。「描かざる画家」ダンチョンを発見みつけ出そうためである。ダンチョンの姿はラシイヌの左手、十間ほどの彼方にいた。新しい帽子に白のネクタイ、思い切ってめかしたその姿は、ラシイヌには滑稽に思われた。性来どこかにおかしみを持った田舎者じみたダンチョンが、神経質な眼付きをして、音楽などはうわの空で、例の美人を発見みつけようと、四辺をキョロキョロ見廻す様子は、それは全く珍であった。
 ラシイヌはおかしさを堪えながら、ダンチョンの様子を見守った。
 その時、きょとついたダンチョンの眼がある一所ひとところに据わったので、ラシイヌは「オヤ」と呟きながら、その方角へ眼をやった。はたしてそこには婦人がいた。すなわち楽堂の柱に寄って、黒い面紗ヴェールで顔を隠した水色の服の欧州美人が、スラリとたたずんでいるのであった。
「おや」とラシイヌは婦人を見ると、またも思わず呟いた。というのは面紗ヴェールのその女が確かに見覚えがあるからであった。
「ハテナ、いったいあの女とどこで知人しりあいになったろう?」
 ラシイヌは一瞬間心の中で記憶の糸を手繰たぐったけれど思い出すことが出来なかった。
 その間も楽堂の舞台では、まずい音楽が続けられていた。そして聴衆ききては根気よく静かに耳を傾けている。
 しめやかな、静かな、いと平和な、異国情緒の光景である。
 ラシイヌは尚も眼をそばだて、面紗の女とダンチョンの様子を代わる代わるに眺めやった。そして怪しい素振りでもあったら、追っ駈けて行こうと用意した。
 するとその時、どこからともなく、獣の鳴き声が聞こえて来た。「キキーキキー」と鋭い声! 音楽に夢中の群集達は、鋭い獣の鳴き声に注意しようともしなかった。静かに音楽を聞いている。一人の面紗ヴェールの女だけがその鳴き声を聞くか否や、烈しく体をふるわせた。そして獣の鳴き声に促がされでもしたように、急にスルスルと、群集を分けてダンチョンの方へ近寄った。
 面紗ヴェールの女とダンチョンとはそのまま体を寄せ合って聴衆の圏から出ようとした。それと見て取ったラシイヌは、これも素早く聴衆を分けて燈火あかりの明るい広場へ出た。そうして真っ直ぐに前方を見ると、面紗の女とダンチョンとが木立の繁った暗所くらがりの方へ、側目わきめもふらず歩いて行く。程よい間隔を中に保って、ラシイヌはその後を追って行った。
 鋭い獣の鳴き声は――それは猩々しょうじょうの鳴き声であるが――樹立こだち彼方かなた、鉄柵の向こうの公園の外の人道から、またもその時間に聞こえて来た。面紗の女とダンチョンとはその鳴き声に導かれるように公園の裏門を辷り出た。そして人道を南の方へ足を早めて走って行く。三度も四度も行手の方から猩々の鳴き声が聞こえて来る。ラシイヌはこれも駈け足で二人の後を追っかけた。
 こうして幾分走ったろう? 暗い大きな建物の蔭から、獲物を狙う豹のようにひらりと走り出た支那人がある。血気盛んの若者らしく筋骨なども逞しく、走って行く脚も軽々と、二人の男女を追って行く。
 ラシイヌはちょっと驚いて、その支那人を見詰めたが、
「ほほう、彼奴か、あの男か!」
 思わずもこう呟いた。こう呟いたそれと同時に、面紗の婦人の何者であるかを、閃めくように理解した。
 面紗ヴェールの女とダンチョンとは、次第に速力を速め出した。まるで舞うように走って行く。二人の走るのを誘うかのように、幾度も幾度も猩々の声が行手の方から聞こえて来た。その鳴き声は、不思議なことには、手近の所から聞こえることもあり、遙かなあなたから来ることもある。
 疲労つかれを知らないラシイヌの体も、さすがにいくらか疲労つかれて来た。しかし、もちろん、この追跡を止めようなどとは思わなかった。彼らの走るに従って彼も風のように走って行った。
 こうしてどれだけ走ったろう? 黄浦河の河上に浮かんでいる、無数の商船や帆船の、マストや煙突が遙かあなたにボンヤリそびえて見える所――その辺は闇のように暗かったが――そこまで一団が来た時に思いもよらない活劇が、電光いなずまのように湧き起こった。

        二十

 ちょうどそこまで来た時に、支那青年は走り寄り、さも憧憬に耐えないように、また心配に耐えないように、何か一声叫びながら面紗ヴェールの女を引っ抱え、その口に烈しくキッスをした。すると女は驚きのあまりあたかも気絶したように――見ようによっては悪夢から醒めて傍らの保護者に縋りついたかのように、支那青年に抱えられたまま微動をさえもしなくなった。驚いたのはダンチョンで、彼は甘い自分達の恋を妨げられでもしたかのように、平常いつもの彼に似もやらずやにわに拳を揮り上げて支那青年に跳び掛かった。こうしていまにも二人の間に格闘が演ぜられようとした時に、鋭く咆哮する猩々の声がすぐ耳もとで聞こえて来た。
 と、闇の中からムラムラと二、三十人の人影が現われて、三人を中に取り込めた。そしてその時走り寄ったラシイヌをさえも包囲した。
 こうしてそこに訳の解らない争奪戦が行われた。
 二、三十人の人影は一言も物を云わなかった。彼らは一切無言のまま彼らの仕事を続けて行った。支那青年の腕の中から彼らは女を奪い取った。怒って飛びかかる青年を、五、六人がかりで押さえつけた。その時大きな真っ黒の箱が彼らによって運び出され、面紗ヴェールの女は彼らの手でその箱の中へ入れられた。それと見たダンチョンはその箱へ飛鳥のように飛びかかった。すると彼らは十人あまりでダンチョンを箱から引き離した。その拍子に箱のふたが取れた。と、見よ! 箱の内部には、仔牛ほどもある猩々が、堅く鉄鎖で縛られながら、気絶したまま倒れている面紗の婦人の枕もとに居然と坐っているではないか!
 蓋はすぐに蔽われた。その箱を彼らは引っ担ぎ、黄浦河の方へ走って行く。往来に無残に打ち倒された支那の青年はそれを見ると、よろめきよろめき立ち上がったが、
紅玉エルビー紅玉エルビー、おお紅玉エルビー!」
 こう叫びざままた倒れて、そのままぐったり動かなくなった。どうやら気絶したらしい。気絶した彼のすぐそばには、これも気を失ったダンチョンが、無態ぶざま姿なりをして倒れている。
 さて、ラシイヌはどうしたろう? 彼もやっぱり気絶して往来の上に倒れていたが、しかし彼の気絶だけは本当の気絶ではないのであった。彼は不思議の一団が黒い箱を担ぎ出すと見るや否や、彼らの様子を探るため故意わざと彼らに乱打されて地上へ倒れてしまったのであった。で彼は、彼らが立ち去ったと見るや忽然と往来へ立ち上がった。そして一瞬の躊躇もせずダンチョンの側へ駈け寄ったが、危険がないと見て取ると、支那青年の側へ走って行って、その耳もとへ口を当て、「オイ、しっかりせい張教仁!」と大きな声で呼ばわった。そうして青年の手を取ってその脈搏をしらべて見た。脈はかすかにっている。
「まずまずこれも危険はない」
 ラシイヌは呟いて立ち上がり、ほんの一瞬考えたが、次の瞬間には足を早めて、黄浦河の方へ走って行った。

 黄浦河の岸まで来た時にラシイヌは木蔭に身を隠し、驚異の瞳を輝かせて河中の奇蹟を凝視した。
 水面には支那船サンパンが浮かんでいる。その甲板には柩のような例の黒箱が置いてある。それを囲んで群像のように彼らの一団がたたずんでいる。船尾には血のような火光を放す燈火あかりが一つ据えてある。彼らは寂然と静まり返り、河の下流へ眼を注いで何物かを待っているらしい。遙か彼方の対岸の方にも血のように赤い燈光がさも物凄く点っている。その物凄い燈光とこっちの赤い燈光とは合図し合っているらしい。
 四辺あたり寂然さびしくひそまり返り、諸所あちこち波止場はとば船渠ドックの中に繋纜ふながかりしている商船などの、マストや舷頭にともされている眠そうな青い光芒も、今は光さえ弱って見えた。どこやらの時計台でかすかに午後九時の時刻ときを報じている。
 支那船サンパンの中の一団は依然として静かで無言である。やっぱり下流を眺めている。木蔭に隠れているラシイヌも位置から動こうともしなかった。彼らの様子を眺めている。
 こうして幾時間経たろうか、時計台の時計はその度ごとに陰気な音を響かした。こうして時計が午前三時を物憂く三つ打ち終えた時、下流の方から闇を分けて一隻の船があらわれた。小型ではあるがその代わり速力の速やそうな商船ふねである。その商船の速力はやがて徐々に緩るくなった。緩るい船脚を続けながら支那船サンパンしのいで行き過ぎたが、ほんの五、六間行き過ぎた時一つの不思議が行われた。と云うのはそれは他でもない。その商船が進むに連れて支那船も静かに動き出し、商船の船腹へ近付いて行く。しかも二隻の支那船が、すなわち、先刻まで遙か彼方に、燈火ばかりを見せていたその支那船も近付いて行く。
 二隻の支那船サンパンが商船の腹へピタリと横付けにくっつくや否や素早く縄梯子は投げられた。猿のような早さでその商船へ彼らの一団は乱れ入った。
 忽ち起こる怒号叱※(「口+它」、第3水準1-14-88)! 七、八発の拳銃ピストルの音! 入り乱れて闘かう人の影! 五分足らずの格闘で掠奪戦は終局した。珠数繋ぎにされた船員が甲板の上に倒れている。それらを眼下に見おろして、大勢の部下に囲まれながら、白髪の貴人が立っている。部下達のざす燈火の光で、その風采が鮮かに見える。丸龍を刺繍した支那服を纒い、王冠を頭に戴いている。小肥こぶとりの体にやや低い身長せい。鋭い眼光に締まった口。ああそれはかつての大統領、またそれはかつての支那の皇帝、袁世凱えんせいがいの姿ではないか!
 商船は船尾をひるがえした。そして異常の速力で元来た方へ引き返した。こうして一隻の運送船は闇に姿を隠したのである。
 程経て水上を巡邏している水上警察署のモーターが何気なくその辺へ差しかかった時、主のない二隻の支那船サンパンが波に漂々浮いているのを不思議に思って調べて見たが、目ぼしい物は何もなかった。もちろん例の黒い箱も、もはやそこにはなかったのである。

        二十一

 一切を見届けたラシイヌは、すぐにそこから引き返して、格闘の場所へ帰って来た。すると依然としてダンチョンだけは、気絶したまま倒れていたが、張教仁の姿は見えなかった。
「それでは彼奴だけ甦えって、どこかへ姿を隠したと見える」
 ラシイヌは心でこう思って飽気あっけないような表情をしたが、ダンチョンを抛擲うっちゃっても置けないので、彼を旅宿やどまで運ぶための自動車を探しに街の方へ、大速力で走って行った。

 ボルネオ航路の英国汽船の一等船室の寝台には、体中を繃帯で包まれた「描かざる画家」ダンチョンが情けなさそうな顔をして、彼の正面に腰かけながら愉快そうに喋舌しゃべっているラシイヌの口もとばかりを見詰めていた。
 ラシイヌは説明を続けて行く。
「……何ね、僕は、それ前から――描かざる画家のダンチョン君を、誘惑している貴婦人レディがあると君から明かされないそれ前から、君のみならず僕ら皆んなが、袁更生の一団から狙いをつけられているという事を、ちゃあんと知っていたのだよ。どうして僕が知ったかと云うに、教えてくれた人があったからさ。誰かというに他でもない北京ペキン警務庁の連中さ。つまり彼らは僕のために暗号電報を打ってよこして、北京ペキン警務庁の依頼によって、袁更生の阿片窟を僕が暴露あばいたのを怨みに思って僕に怨みを晴らすため袁更生の一味徒党が僕の行先に着きまとい上海に渡ったということを知らしてくれたというものさ。その電報を見た時に僕は直覚的にこう思ったね。いやいや彼らが僕らを追って事実上海シャンハイへ来ているなら、その目的は僕なんかに危害を加えようというのではなくて、僕らが抱いているある目的――云うまでもなく南洋へ行って埋もれている宝を探そうという、その目的を僕らの手から奪い取ろうということがすなわち彼らの目的であって、僕に向かっての復讐などは眼中にあるまいとこう思ったのさ。何故そう思ったかというにだね、南洋に埋もれている宝について、彼らは僕らとおんなじくらいの知識の所有者だということを、僕が発見したからさ。どこで発見したかというに他ならぬ彼らの阿片窟アヘンくつさ。どうして阿片窟で知ったかというに意外にも阿片窟の女部屋で、沙漠の娘と自称している紅玉エルビーという美しい土耳古トルコ娘を発見したからに他ならない。どうして紅玉エルビーがそんな所に捕虜になっていたかというに袁更生の魔術によって引き寄せられたものと思われるね。一旦魔術にかかったからは、紅玉エルビーといえども袁更生の意志のまにまに動かなければならん。で僕は紅玉エルビーは問われるままに例の埋もれた宝の所在を袁更生に話したと思う。さてそれが事実だとすればだね、爾余のことはおのずと解釈出来る。真っ先に彼らは僕らの中の誰かをうまく捕虜にして、宝物の所在をもっと詳しく聴き取りたいとこう思って、君に白羽を立てたのさ。君が、モデルにしようとした面紗ヴェールの女はおとりなのさ」
「それにしても面紗のあの女が紅玉エルビーであろうとは思いませんでした」
「僕だって最初はじめは知らなかった……本来なれば紅玉エルビーは、阿片窟征伐のあの晩に張教仁に助けられて安全の所にいる筈だが、その後袁更生の魔術の手にまた奪い返されたものと思われるね」
紅玉エルビーばかりか張教仁まで飛び出して来ようとは思いませんでした」
 ダンチョンは今でも痛そうに頭の辺を抱えながら呻くような声で云うのであった。
「ほんとにあの男も可哀そうだ。しかし憎めない人間だよ。支那人に似合わない勇気もあって、なかなか面白いところがある」ラシイヌは微笑を含みながら、「いずれあそこへ飛び出したのは紅玉エルビーを奪い返すためだったろう。どうやら張と紅玉エルビーとは恋人同志のように思われるじゃないか。しかしそんな事はどうでもいい、とにかくこのまま張教仁だって黙って引っ込んではいないだろう。いずれ南洋へ押し渡って僕らと競争するだろう。張の競争は恐ろしくはないが、ちょっと手強いのは袁更生だ。暗夜とは云っても黄浦河の上で堂々と汽船を奪った手並みは敵ながら天晴あっぱれのものだったよ。しかも手段が支那式で滑稽味を帯びていて面白かった」
「どんな手段を使いました?」
「二隻の支那船サンパンを綱で繋いで、その綱を水中に張り渡したまま獲物の掛かるのを待つという、これが彼らの手段だったのさ。はたして汽船が引っかかったね。汽船は綱を引っかけたままずんずん先へ進んで行く。汽船が進むに従って二隻の支那船は近寄って来る。とうとう汽船の横腹へ二隻の支那船がピッタリと左右から寄って来てくっついたものさ。一旦くっついた支那船は綱に引かれて容易のことでは汽船の腹から離れようとしない。そこで縄梯子を引っかける。それを伝たわって甲板かんぱんの上へ螽斯ばったのように躍り込む。拳銃を五、六発ぶっ放す。これで仕事は終えたのさ。どうやら僕の見たところでは、敵の大将袁更生殿は、僕の立っていた反対の側の支那船の中にいたらしかった」
「それにしても猩々しょうじょうは何んのために箱の中になんかいたんでしょう!」ダンチョンはにわかに眼を丸くして恐ろしそうに叫んだものだ。
「あれか」とラシイヌは頷いて、「あれには僕も驚いた。しかし後になって気が付いたが、魔法化された猩々なのさ。そして袁更生の身代りなのさ。つまり紅玉エルビーの監視者なのさ」
「どうも私には解りません」
「どうやら僕の袁更生観は最初とは多少変ったらしい。最初は僕はあの男を催眠術師と思っていた。しかしそいつは違っていた。彼は道教の方士らしい。方士は自分の身代りに悪獣を使うということだ。その悪獣に法術を加えて獣の本性を失わせ、反対に自分の意志を注いで自己化した獣にするということだ。そうして自己化したその獣を※(「馬/中」、第4水準2-92-79)ちゅうちょう[#「くさかんむり/(歹+昜)」、105-2]と名付けるとかいうことを本国の図書館で見たことがある。あの猩々は※(「馬/中」、第4水準2-92-79)ちゅうちょう[#「くさかんむり/(歹+昜)」、105-3]なのさ。だから猩々は袁更生に代わって袁更生の役目を務めたのさ。紅玉エルビーあやつっていたのさ」

    第五回 宝庫を守る有尾人種(上)


        二十二

「皆さんの船がラブアン島辺で、支那の海賊に沈められたと、新聞で読んだ時の驚きと云ったら、いまだに心臓が躍っております。ところが当のあなたから一同無事に上陸したと入電した時の嬉しさは言葉で説明なんか出来ません。それで取る物も取り敢えず駈けつけて来たのでございますよ……」
 ――この一行の探検隊の先乗さきのりとしてずっと前から、南洋へ渡っていたレザール探偵は、ラシイヌ探偵からの電報を見て、ほんとに取る物も取り敢えず、ラシイヌの一行を待ち構えながら滞在していたボルネオの首府の、サンダカンから自動車を走らせ、ラシイヌ達が避難しているここクック村の護謨園ゴムえんへ、たった今到着いたところであった。
「早速来てくれて有難い」
 疲労の様子などはどこにも見えない相変らず元気のよい言葉つきで、ラシイヌはまず礼を云った。それからラシイヌ一流の事務的の口調で今度の事件の大体の経過を物語った。
「……いずれ詳細くわしくは後から云うがラブアン島の沖合まで僕らの船が来た時にだね、突然島蔭から現われて発砲しかけた船がある。船の形は商船だが船首と船尾に一門ずつ大砲の筒口が光っているので海賊船とすぐ知れたよ。大砲を二、三発打ちかけて置いて停まれの信号をしたものさ。逃げようと思っても向こうの船が素晴らしく船脚が速そうだから逃げおおせることが不可能だ。やむを得ず船は停まってしまった。賊船はドンドン近寄って来る。船客達は騒ぎ出す。号泣、怒号、神に祈る声! 愉快な航海が一瞬のうちに修羅の巷と変ったのさ。いずれ海賊と云ったところで黙って穏なしくしてさえいれば命まで取ろうとは云わないだろう。有金財産みんなやったらまさか船は沈めないだろうとこう僕は心で覚悟を決めて、博士やダンチョン君にも意を伝えて静かに甲板へ立ったまま近寄る賊船を見ていたところ、どうも近寄るその賊船に見覚えがあるような気がしたので双眼鏡で眺めたものさ。すると見覚えがある筈だ! 袁更生の一団が黄浦河の上で掠奪した例の和蘭オランダの汽船じゃないか! しまった! と僕は叫んだね。まごまごしてはいられない! みんなの生命いのちに関することだ。僕は博士とダンチョン君とマーシャル医学士とを従えて船尾の短艇ボートへ走って行った。遁がれるだけは遁がれて見よう。こう思ってみんなを短艇へ乗せてそれを海上へ下ろして置いて僕もそいつへ飛び込んだ。それ漕げ! と、僕の命令と一緒に力任せに漕ぎ出したね。海賊どもはそのうちにこっちの船へ乱れ入ってあらゆる掠奪を行ったあげく暴逆なる撃沈を実行して悠々と引き上げて行ったんだが、天のたすけというものか僕らの乗っている短艇の姿を彼らは発見しなかったらしい。追撃される心配もなく僕らは短艇を漕ぎ進めた。しかしどこまで漕いで行っても陸らしいものの影も見えない。そのうちに夜がやって来た。その夜が明けても陸が見えない。その時の僕らの失望と云ったら……空腹と熱さと喉の乾きとで誰も彼もみんなへばったものさ。やがてまたもや夜となった。みんなは漕ぐのを止めてしまって仰向あおむけに船の中へ寝たものだ。僕だってご多分に洩れはしない。じっと空の星を見詰めながらあぶなく涙を落とそうとしたね。陸の上ならともかくもわにの住む南洋の波の上では腕の振るいようもないからね。そのうち僕はうとうととした。幾時間寝たか覚えはないがかなり眠ったことだろう。ハッと眼が覚めて前方まえを見ると朝陽に照らされた護謨ゴム林が壁のように立っているじゃないか! 思わず僕は飛び起きたね。そうしてみんなを揺り起こして船をその岸へ着けたものさ。護謨の林があるからには護謨園があるに相違ない。護謨園があるなら人間がいよう。その人間を探すことが何より急務だということになって、林の中を分けて行くとはたして護謨園の前へ出た。その時の嬉しさというものは思わずときの声をあげたくらいだ。こんな事情で今日まで護謨園の主人に保護されて生活していたというものさ。聞けば護謨園とサンダカンとは、三十マイル足らずの道程で自動車も通うということだったので、園の事務員にお願いして君の所へ昨日遅く電報を打ってやったんだが、こんなに早く来て貰ってみんなも心強く思うだろう」
 ラシイヌはやおら立ち上がって、窓へ行って戸外そとを覗いたが、
「護謨林の様子を見るとか云ってさっきみんな戸外へ出て行ったが、そのうち帰って来るだろう」
 こう云うと長椅子へ腰を下して前途の冒険を考えるかのように軽くその眼を閉じたのであった。
 木小屋バンガロー式の建物の内はしばらくの間静かであった。窓を通して真昼の陽が護謨林の頂きから射して来るのが室の板壁へ斑点を着けそこだけ黄金色に輝いている。聞いたこともないような南洋の鳥が林から広場へ飛んで来て、窓の方を横目で見やりながら透明の声で唄っているのが、室の中に寝ている病人達を慰めているようにも思われる。林の中のあちこちから護謨液採りの土人乙女のひなびた唄声も響いて来る。亡国的の哀調を含んだ、しかものびやかな調べである……。

        二十三

 その時正面の扉をあけてマハラヤナ博士がはいって来たが、レザールのいるのも気がつかないようにセカセカとラシイヌに云うのであった。
「唄を聞きたまえ! 土人乙女の唄を!」
「さっきから聞いてはおりますがね……」
 ラシイヌは鷹揚に返辞うけこたえる。
「で、君はあの唄をどう思うね?」
 博士の口調は真面目である。
「どう思うと訊かれても困りますな。私は西班牙スペインの人間でボルネオ土人ではありませんから、唄の文句さえ解りませんよ」
「なるほど」と博士は顔をひそめ、「これはこの私の誤まりじゃ……それでは私が訳してあげよう。文句はきわめて簡単じゃからの」
 それから博士はうたうような調子で土人の唄を訳して行った。

昔、昔、大昔に
二羽の巨鳥おおどりが住んでいた
「人間を作ろうじゃあるまいか」
一羽の巨鳥がこう云うと
「そいつはおおきにいいだろう」
他の一羽もこう云った

いちばん最初はじめに作ったのは
おおきな巨きな樹であった
二番目に彼らの作ったのは
堅い堅い石であった

「樹から人間は作れないよ」
「石からも人間はつくれないよ」
「水と土とで作ろうか」
「おおきにそいつはいいだろう」

水と土とで作られたのは
私達の先祖、人間様!
土が積もって山となり
水が溜まってうみとなる

山と湖とに守られて
私達の先祖が住んでいる
湖と山とに囲まれて
先祖の宝が秘蔵かくされてある


 訳してしまうと老博士はラシイヌの顔を真っ直ぐに見て熱心な口調で云うのであった。
「山と湖とに守られて私達の先祖が住んでいる。湖と山とに囲まれて先祖の宝が秘蔵かくされてある。……この唄の意味をどう思うね? 僕らがこれから向かおうとする宝庫探検の目的とこの唄の文句に含まれている一つの暗示的の意味との間に脈があるとは思わないかね? ……」
 すると、その時まで博士の横に黙って立っていたレザールが、横の方から口を出した。
「大いにあると思いますな……実は私もこの唄の意味とそっくり同じ意味のことをボルネオ土人から幾度となく話して聞かされたものですよ。つまりそのために濠州の方を探検するのを後に廻してボルネオから先に探検しらべようと、数回手紙や電報でラシイヌさんと打ち合わせて、濠州のメルボルンへ行く途中、サンダカンへ先に上陸して、ともかくもボルネオの奥地の方を、探検しようと二人の間だけでは決定していたのでございますよ。どうしてどうして私達に取っては土人の唄や伝説は決して馬鹿には出来ません。第一私の目的が、数千年前に生きていた沙漠の住民の羅布ロブ人が国家の滅びるその際に隠匿したという大財宝を、発見しようというのですから既に立派な昔噺むかしばなし式で伝説的でもあるのです。まして今では発見についてのこれぞという手懸かりもないのですからせめて、土人の伝説か俚謡うたでも、手懸かりの一つにしなかったら取っ付き場所がありません……」
 マハラヤナ博士は驚いたようにレザールの顔を眺めたが、
「おお、君はレザール君か!」
「博士ご無事で結構でした」
「君は濠州の方にいる筈だが?」
「さよう、濠州の方にもおりました。ただし只今申し上げたようなああいう事情がありましたので少し前からこのボルネオのサンダカン市に来ていました」
「なるほど」と博士は眉をしかめ、「それじゃ何かね、濠州より先にこのボルネオを探るのかね……僕は少しも知らなかったが」
「絶対の秘密を保つため今まで申し上げないでおりました」
「それじゃ僕らが海賊に襲われてこのボルネオへ避難したのはあまり損でもなかったのだね」
「天のたすけというものでしょう」
 三人は愉快そうに哄笑した。林の中からは乙女の唄が尚のどやかに聞こえて来る。真昼の光で樹々のこずえは黄金のように輝いている。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]  ... 下一页  >>  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告