親友は討ったが
「あのう」
と、ややあってからお力は、探るような声で云った。
「細木永之丞というお方は、どういうお方なのでございますの?」
「ナニ、細木永之丞 どうしてそのような名をご存知か」
と、総司は、さも驚いたように云った。
「矢張りお眠ったままで『済まん、細木永之丞君、命令だったからじゃ、済まん』と、仰有ったじゃアありませんか」
「ふうん」
と総司は、いよいよ驚いたように、
「さようなこと申しましたかな。ふうん。……いや、心に蟠となっていることは、つい眠った時などに出るものと見えますのう。……細木永之丞というのは、わしの親友でな、同じ新選組の隊士なのじゃが、故あって、わしが討取った男じゃ」
「まア、どうして?……ご親友の上に、同じ新選組の同士を?」
「近藤殿の命令だったので……」
「近藤様にしてからが、同士の方を……」
「いや、規律に反けば、同士であろうと隊士であろうと、斬って捨てねば……細木ばかりでなく、同じ隊士でも、幾人となく斬られたものじゃ。……近藤殿の以前の隊長、芹沢鴨殿でさえ――尤もこれは、何者に殺されたか不明ということにはなっているが、真実は、土方殿が、近藤先生の命令によって、壬生の営所で、深夜寝首を掻かれたくらいで。……だがわしは細木を斬るのは厭だったよ。永之丞は可い男でのう、気象もさっぱりしていたし、美男だったし……尤も夫れだから女に愛されて、その為め再々規律に反き、池田屋斬込みの大事の際にも、とうとう参加しなかった。これが斬られる原因なのだが、その上に彼が溺れていた女が、どうやら敵方――つまり、長州の隠密らしいというので……」
「まあ、隠密?」
「うむ。それで、味方の動静が敵方に筒抜けになっては堪らぬと、近藤殿が涙を呑んで、わしに斬ってくれというのだ。しかし私は『細木を斬ることばかりは出来ません。あれは私の親友ですから。……もし何うしても斬ると仰せられるなら、余人にお申付け下さい』と拒絶たのじゃ。すると近藤殿は『親友に斬られて死んでこそ、細木も成仏出来るであろうから』と仰せられるのじゃ。そこで私も観念し、一夜、彼を、加茂河原へ連出し、先ず事情を話し『その女と別れろ、別れさえしたら、私が何んとか近藤殿にとりなして……』と云ったところ……」
ここで総司は眼をしばたたいた。
お力は唾を飲んだが、
「何と仰有いました?」
「別れられないと云うのだ」
「…………」
「そこで私は、では逃げてくれ、逃げて江戸へなり何処へなり行って、姿をかくしてくれと云うと、俺を卑怯者にするのかと云うのだ。……もう為方がないから、では此処で腹を切ってくれ、私が介錯するからと云うと、それでは、近藤殿から、斬れと云われたお前の役目が立つまいと云うのだ。私は当惑して、では何うしたらよいのかというと、お前と斬合ったでは、私に勝目は無いし、斬合おうとも思わない、私は向うを向いて歩いて行くから、背後から斬ってくれと云い、ズンズン歩いて行くのだ。月の光で、白く見える河原をなア。背後から何んと声をかけても、もう返辞をしないのだ。……そこで私は、……背後から只一刀で……首を!……綺麗に討たれてくれたよ」
息を詰めて聞いていたお力は(それじゃア永之丞さんは、話合いの上でお討たれなされたのか。……では総司さんを怨むことはないわねえ)と思いながらも、矢張り涙は流れた。その涙を隠そうとして、窓の方を向いた。すると、その窓へ、小石のあたる音がした。お力はハッとしたようであったが、
「蒸し蒸しするのね」
と独言のように云い、立って窓際へ行き、窓を開けた。暈をかむった月に照らされて、身長の高い肩幅の広い男が、窓の外に立っていた。
お力は窃っと首を振ってみせ、すぐに窓を閉め、元の座へ帰って来た。
総司は俯向いていた。自分が斬った、不幸な友のことを追想しているらしい。
「沖田様」
とお力は、総司のそういう様子を見詰めながら、
「妾を何う覚召して?」
「何うとは?」
「嫌いだとか、好きだとか?」
「怖い」
「怖い? まあ」
「親切な人とは思うが……何んとなく怖い!……それにわしにはお千代というものがあるのだから……」
「お切れなされたくせに」
「強いられたからじゃ。……心では……」
「心では?」
「女房と思っておる。……それでもうお力殿には今後……」
「来ないように」
「済まぬが……」
「妾は参ります。……貴郎様はお嫌いなさいましても、妾は、あなた様が好きでございますから。……それがお力という女の性でございます」
(おや?)とお力は聞耳を立てた。
池へ落ちている滝の音が、その音色を変えたからであった。
(誰かが滝に打たれているようだよ)
然う、単調に聞えていた水音が、時々滞って聞えるのであった。
(可笑しいねえ)
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