二
「七日の間腕を預けておくぞ。」
こういい残した鬼の言葉を綱は忘れずにいました。それで万一取り返されない用心に、綱は腕を丈夫な箱の中に入れて、門の外に、
「ものいみ」
と書いて張り出して、ぴったり門を閉めて、お経をよんでいました。
六日の間は何事もありませんでした。七日めの夕方にことことと門をたたくものがありました。綱の家来が門のすきまからのぞいてみますと、白髪のおばあさんが、杖をついて、笠をもって、門の外に立っていました。家来が、
「あなたはどなたです。」
と聞きますと、おばあさんは、
「綱のおばが、摂津の国渡辺からわざわざたずねて来ました。」
といいました。
家来は 気の毒そうに、
「それはあいにくでございました。主人はものいみでございまして、今晩一晩立つまでは、どなたにもお会いになりません。」
といいました。するとおばあさんは悲しそうな声で、
「綱は小さい時母に別れたので、母親の代わりにわたしがあの子を育ててやったのです。それが今はえらい侍になったといって、せっかく遠方からたずねて来ても会ってはくれない。このごろはめっきり年をとって、こんどまた会おうといっても、それまで生きていられるかおぼつかない。ああ、ざんねんなことだ。」
といいながら、とぼとぼ帰って行こうとしました。
綱は奥でおばさんのいうことをすっかり聞いていました。聞いているうちに気の毒になって、どうしても門を開けてやらずにはいられないような気がしました。それで自分が出て行って、門を開けてやって、
「よくいらっしゃいました。」
といって、奥へ通しました。
おばさんはうれしそうに入って来て、久し振りのあいさつがすむと、
「さっき、ものいみで門をあけないといったが、あれはどういうわけなのだね。」
と聞きました。
綱は鬼のことをくわしく話しました。おばさんはだんだんひざを乗り出しながら聞いていましたが、
「まあ、不思議なこともあるものだね。だがわたしの育てた子がそんなえらい手柄をしたかと思うと、わたしまでうれしいとおもうよ。ついでにその鬼の腕というのを見たいものだね。」
といいました。
綱は気の毒そうな顔をして、鬼のいい残した言葉があるので、今日七日のものいみが明けるまでは、だれにも見せることができないというわけを、ていねいにいって断りました。するとおばさんは悲しそうな顔をして、
「まあ、よくよく縁がないのだね。なにしろ年を取って生い先の短い体だからね。しかたがない、あきらめましょう。」
と、しおれ返っていいました。
その様子をみると、綱はまたどうしても鬼の腕を出して見せなければならないような気になって、
「ではせっかくだから、ちょっとお目にかけましょう。」
といって、箱をおばさんの前に持ち出して、ふたをあけました。
「どれ、どれ。」
とおばさんはいって、つとそばによりました。そしてしばらくじっと箱の中をのぞき込みながら、
「まあ、これが鬼の腕かい。」
といって、いきなり左の腕を伸ばして、腕を取りました。
綱がはっと思う間に、おばさんはみるみる鬼の姿になって、空に飛び上がりました。そして綱が刀を取って追いかけるひまに、破風をけ破って、はるかの雲の中に逃げて行きました。
綱はくやしがって、いつまでも空をにらめつけていました。
でも鬼はそれなりもうふっつりと姿を現しませんでした。都の中でも鬼のうわさはぱったり止みました。
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