二
おかあさんに化けた山姥は、うちの中に入ると、さっそくお夕飯にして、子供たちがびっくりするほどたくさん食べて、今夜はくたびれたから早く寝ようといって、いつものとおり末っ子の三郎を連れて、奥の間に入って寝ました。太郎と次郎は二人で、おもての間に寝ました。
夜中にふと、太郎と次郎が目を覚ましますと、奥の間でだれかが、何だかぼりぼり物を食べているような音がしました。それは山姥が、末っ子の三郎をつかまえて食べているのでした。
「おかあさん、おかあさん、それは何の音ですか。」
と、太郎が聞きました。
「おなかがすいたから、たくあんを食べているのだよ。」
と、山姥がいいました。
「わたいも食べたいなあ。」
と、次郎がいいました。
「さあ、上げよう。」
と、山姥はいって、三郎の小指をかみ切って、子供たちの居る方へ投げ出しました。太郎がそれを拾ってみると、暗くってよく分かりませんけれど、何だか人間の指のようでした。太郎はびっくりして、そっと布団の中で、次郎の耳にささやきました。
「奥に居るのは山姥にちがいない。山姥がおかあさんに化けて、三郎ちゃんを食べているのだよ。ぐずぐずしていると、こんどはわたいたちが食べられる。早く逃げよう、逃げよう。」
太郎と次郎はそっと相談をしていますと、奥ではもりもり山姥が三郎を食べる音が、だんだん高く聞こえました。
その時次郎は布団から頭を出して、
「おかあさん、おかあさん、お小用に行きたくなりました。」
といいました。
「じゃあ、起きて外へ出て、しておいでなさい。」
「戸があきません。」
「にいさんにあけておもらいなさい。」
そこで太郎と次郎は逃げ支度をして、のこのこ布団からはい出して、戸をあけて外へ出ました。空はよく晴れて、星がきらきら光っていました。二人はお庭の井戸のそばの桃の木に、なたで切り形をつけて、足がかりにして木の上まで登りました。そしてそっと息を殺してかくれていました。
いつまでたっても、きょうだいがお小用から帰って来ないので、山姥はのそのそさがしに出て来ました。明け方の月がちょうど昇りかけて、庭の上はかんかん明るく見えました。けれどもきょうだいの姿はどこにも見えませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが渇いたので、水を飲もうと思って、山姥が井戸のそばに寄ると、桃の木の上にかくれているきょうだいの姿が、水の上にはっきりとうつりました。
「小用に行くなんて人をだまして、そんなところに上がっているのだな。」
と、山姥は木の上を見上げて、きょうだいをしかりました。その声を聞くと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ上がってしまいました。
「どうして登った。」
と、山姥が聞きますから、
「びんつけを木になすって登ったよ。」
と、太郎がいいました。
「ふん、そうか。」
といって、山姥はびんつけ油を取りに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、山姥はびんつけを取って来て、桃の木にこてこてなすりはじめました。
「それ、登るぞ。」
といいながら、山姥は桃の木に足をかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、何度も何度もすべりながら、それでも強情に一間ばかり登りましたが、とうとう一息につるりとすべって、ずしんと地びたにころげ落ちました。
すると次郎が上から、
「ばかな山姥だなあ、びんつけをつけて木に登れるものか。なたで切り形をつけて登るんだ。」
といって笑いました。
「そのなたはどうした。」
と、山姥が聞きますから、
「なたは井戸のそこに入っているよ。」
と、次郎はいってまた笑いました。山姥は井戸のそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、物置から鎌をさがして来て、桃の木のびんつけを削り落として、新しく切り形をつけはじめました。山姥が桃の木に切り形をつけはじめたのを見て、きょうだいは心配になってきました。そのうちどんどん山姥は切り形をつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音をさせながら登って来ました。子供たちは困って、だんだん高い枝へ、高い枝へと、登って行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登って行って、もうこれより先へ行きようがない所まで登りましたが、やはり山姥はどんどん上まで登って来ます。困りきってしまって、二人は大空を見上げながら、ありったけの悲しい声をふりしぼって、
「お天道さま、金ン綱。」
とさけびました。
すると、がらがらという音がして、高い大空の上から、長い長い鉄の綱がぶら下がってきました。太郎と次郎はその綱にぶら下がって、するする、するする、大空まで登って逃げました。
山姥はそれを見ると、くやしがって、同じように空を見上げて、
「お天道さま、腐れ縄。」
と大声を上げてわめきました。
するとすぐ、ぼそぼそという音がして、高い大空の上から、長い長い腐れ縄がぶら下がってきました。山姥はいきなりその縄にぶら下がって、子供たちを追っかけながら、どこまでもどこまでも登って行きました。するうち自分のからだの重みで、だんだん縄が弱ってきて、中途からぷつりと切れました。
山姥は半分縄をつかんだまま、高い大空からまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑の真ん中に落ちました。そしてそこにあった大きな石にひどく頭をぶっつけて、たくさん血を出して、死んでしまいました。その血がそばの根を染めたので、いまだにそれは血のように真っ赤な色をしているのです。
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