三
すると猫の方でももうさっそくに、きのうねずみが和尚さんの所へ頼みに言ったことを聞きつけて、「これはすてておかれない。」というので、町はずれの原に大ぜい集まって相談をはじめました。
その時まず、その中で年を取った白猫が一段高い石の上に立ち上がって、
「みなさん、聞くところによりますと、こんどわたしたちが放し飼いになったについて、ねずみどもがたいそう困って、昨晩お寺の和尚さんの所へ行って、もう一度わたしたちをつないでくれるように頼んだということであります。これはじつにけしからん話で、ぜんたいねずみは猫の食い物と大昔から神さまがおきめになったのです。その上ねずみはあのとおり悪さをして、人間にめいわくをかける悪いやつです。万一ねずみめのいうことが取り上げられて、せっかく自由になったわれわれが、またもとの窮屈な身分に追い込まれるようなことがあってはたいへんです。さっそく和尚さんの所へ行って、あくまでそんなことのないようにしてもらわなければなりません。」
こう言うとみんなは声をそろえて、
「賛成、賛成。さあ、ではすぐ白のおじいさんに、行ってもらうことにしましょう。」
と言いました。そこで白は一同の代わりになって、和尚さんの所へ出かけていきました。
「和尚さま、聞きますとゆうべねずみがこちらへ上がって、わたくしどもの悪口を申したそうですね。どうもけしからん話でございます。ねずみというやつは、人間の中で申せばどろぼうにあたるやつで、じひをおかけになればなるほどよけい悪いことをいたします。もしねずみの言うことをお取り上げになって、わたくしどもがまたつながれるようなことになりますと、いよいよやつらは図に乗って、どんなひどいいたずらをするかわかりません。それとは違って、猫はもと天竺の虎の子孫でございますが、日本は、小さなやさしい国柄ですから、この国に住みつくといっしょに、このとおり小さなやさしい獣になったのでございます。しかし一度ほんとうにおこって、元の虎の本性に返りますと、どんな獣でも恐れません。それ故こんどお上からおふれが出て、放し飼いになったのを幸い、さしあたりねずみどもを手はじめに、人間にあだをする獣を片っぱしから退治するつもりでいるのです。」
と言いました。
和尚さんは猫のこうまんらしく述べ立てる口上を、にこにこして聞きながら、
「うん、うん、それはお前の言うとおりだとも。だからねずみの言うことは取り上げずに帰してやったのだから、安心おしなさい。」
と言いました。
そこで猫はすっかりとくいになって、尾をふり立てながら、みんなが首を長くして待っている所へ行って、
「みなさん、大丈夫、和尚さんは承知してくれました。」
と言いました。
するとみんなは口々に「万歳、万歳。これで安心だ。」
と言って、手をつなぎ合って、猫じゃ猫じゃを踊りました。
するとまたこの話を聞いたねずみ仲間では、
「猫のやつが和尚さんの所へ頼みに行ったそうだ。」
「和尚さんは猫に、ねずみの言うことは決して取り上げないと約束をなさったそうだ。」
「何でも猫は天竺の虎の子孫で、人間のために世界中の悪い獣を退治するんだといばっていたそうだ。」
てんでん、こんなことを口々にわいわい言いながら、またお寺の縁の下で会議を開きました。けれどもべつだん変わったいい知恵も出ません。
「もうこの上和尚さんに頼んでみたところで、とてもむだだから、今夜みんなでそろって和尚さんの所へ行くことはよそう。そして夜の明けないうちに、いよいよ都落ちをして、田舎へ行くことにしよう。」
だれが言い出すともなく、年を取ったねずみたちの間にはこの話がまとまって、みんなはあわてて夜逃げのしたくにかかりました。
するとまた元気のいい若ねずみたちが、くやしがって、
「まあ待って下さい。われわれはただの一度も戦争らしい戦争をしないで、むざむざ都を敵に明け渡して田舎へ逃げるというのは、いかにもふがいない話ではありませんか。それでは命だけはぶじに助かっても、この後長く獣仲間の笑われものになって、まんぞくなつきあいもできなくなります。そんなはずかしい目にあうよりも、のるか、そるか、ここでいちばん死にもの狂いに猫と戦って、うまく勝てば、もうこれからは世の中に何もこわいものはない、天井裏だろうが、台所だろうが、壁の隅だろうが、天下はれてわれわれの領分になるし、負けたら潔くまくらを並べて死ぬばかりです。」
と言って、またくやしそうにきいきい歯ぎしりをしました。
その勢いがあんまり勇ましかったものですから、逃げ腰になっていた外のねずみたちも、ついうかうかつり込まれて、
「そうだ、それがいい、それがいい。」
「なあに、猫なんかちっともこわくないぞ。」
とこんどは急に力み返りながら、いよいよ戦争のしたくにとりかかりました。
すると猫の方でもすばやくそれを聞きつけて、
「何を、ねずみのくせに生意気なやつだ。」
「よし、残らずかかって来い。一ぺんにみんな食い殺してやるから。」
と急に爪をとぐやら、牙をこするやら、負けずに戦争のしたくをして、
「おもしろい。おもしろい。ねずみのやつ、早く寄せて来ればいい。」
と待ちかまえていました。
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