二
「これではとてもやりきれない。かつえ死に死ぬほかなくなる。今のうちにどうかして猫をふせぐ相談をしなければならない。」というので、ある晩ねずみ仲間が残らずお寺の本堂の縁の下に集まって、会議を開きました。
その時、中でいちばん年を取ったごま塩ねずみが、一段高い段の上につっ立ち上がって、
「みなさん、じつに情けない世の中になりました。元来猫はあわび貝の中のかつ節飯か汁かけ飯を食べて生きていればいいはずのものであるのに、われわれを取って食べるというのは何事でしょう。このまますてておけば、今にこの世の中にねずみの種は尽きてしまうことになるのです。いったいどうしたらいいでしょう。」
すると元気のよさそうな一ぴきの若いねずみが立ち上がって、
「かまわないから、猫の寝ているすきをねらって、いきなりのど笛に食いついてやりましょう。」
と言いました。
みんなは「さんせいだ。」というような顔をしましたが、さてだれ一人進んで猫に向かっていこうというものはありませんでした。
するとまた一ぴき背中のまがったねずみがぶしょうらしく座ったまま、のろのろした声で、
「そんなことを言っても猫にはかなわないよ。それよりかあきらめて、田舎へ行って野ねずみになって、気楽に暮らしたほうがましだ。」
と言いました。
なるほど田舎へ行って野ねずみになって、木の根やきび殻をかじって暮らすのは気楽にちがいありませんが、これまでさんざん都でおいしいものを食べて、おもしろい思いをしたあとでは、さてなかなかその決心もつきませんでした。
そこでいちばんおしまいに、中でもふんべつのありそうな頭の白いねずみが立ち上がりました。そして落ちついた調子で、
「まあ何かというよりも、もう一度人間に頼んで、猫をつないでもらうことにしたらいいだろう。」
と言いました。
するとみんなが声を合わせて、
「そうだ。そうだ。それに限る。」
と言いました。
そこで議長のごま塩ねずみが仲間からえらばれて、ここのお寺の和尚さんの所へ行って、もう一度猫に綱をつけてもらうように頼みに行く役を引き受けることになりました。ごま塩ねずみはさっそく本堂へ上がって、和尚さんのお居間までそっとしのんでいって、
「和尚さま、和尚さま、お願いでございます。」
と言いました。
和尚さんはおどろいて、目をさまして、
「おお、だれかと思ったらねずみか。その願いというのは何だな。」
「はい、和尚さまも御存じのとおり、このごろお上のお言いつけで、都の猫が残らず放し飼いになりましたので、罪のないわたくしどもの仲間で、毎日、毎晩、猫の鋭い爪さきにかかって命を落とすものが、どのくらいありますかわかりません。もう一日食べ物の無い穴の中に引っ込んだまま、おなかをへらして死ぬか、外に出て猫に食われるか、ほかにどうしようもございません。和尚さま、どうかおじひにもう一度猫をうちの中につなぐようにお上へお願い申し上げて下さいまし。今日はそのお願いに上がったのでございます。」
とねずみは言って、殊勝らしく手を合わせて、和尚さんをおがみました。
和尚さんはしばらく考えていましたが、
「なるほど、そう聞くと気の毒だが、お前の方にもいろいろ悪いことがあるよ。まあ、お前たちも人のすてたものや、そこらにこぼれた物を拾って食べていればいいのだが、これまでのように、夜昼かまわず、人のうちの中をかけまわって盗み食いをしたり、着物を食いやぶったり、さんざん悪いいたずらばかりしておきながら、今更猫に苦しめられるといって泣き言を言いに来ても、それは自業自得というもので、わたしにだってどうしてもやられないよ。」
こう言われて、ごま塩ねずみもがっかりして、すごすご帰っていきました。
もとの縁の下へ帰って来てみますと、じいさんねずみも、若ねずみも、大ねずみも、小ねずみもみんなさっきのままで、首を長くして、ひげを立てて、ごま塩ねずみが今帰るか、今帰るかと待ちかねていました。けれどもごま塩ねずみがしおしおと、和尚さんに会ってことわられた話をしますと、みんなはいっそうがっかりして、またわいわい、いつまでもまとまらない相談をはじめました。そのうちに夜が明けてしまったので、こんなに大ぜい集まっているところをうっかり猫に見つけられては、それこそたいへんだといって、
「じゃあ、あすの晩もう一度和尚さんの所へみんなで行って、頼むことにしよう。」
とそれだけきめて、またこそこそとてんでんの穴の中に別れて帰っていきました。
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