五
為朝は大島へ渡ると、
「おれは八幡太郎の孫だ。この島は天子さまから頂いたものだ。」
といって、島を討ち従えてしまいました。そのうち方々にかくれていた為朝の家来が、一人二人とだんだん集まって来て為朝につきました。
「九州よりはずっと小さいが、また為朝の国ができた。」
こういって、為朝はここでも王さまのような威勢になりました。
ある時為朝は海ばたに出て、はるか沖の方をながめていますと、白いさぎと青いさぎが二羽つれ立って海の上を飛んで行きます。為朝はそれをながめて、
「わしかなんぞなら知らないが、さぎのような羽の弱いものでは、せいぜい一里か二里ぐらいしか飛ぶ力はないはずだ。それがああして行くところを見ると、きっとここからそう遠くないところに島があるにちがいない。」
といって、そのまま小船にとび乗って、さぎの飛んで行った方角に向かってどこまでもこいで行きました。
その日一日こいで、海の上で日がくれましたが、島らしいものは見つかりません。夜はちょうど月のいいのを幸いに、またどこまでもこいで行きますと、明け方になって、やっと島らしいものの形が見えました。
為朝はだんだんそばへよってみますと、岸は岩がけわしい上に波が高いので、船が着けられません。さんざん回りをこぎ回りますと、やっと平らな州のようなところがあって、島の中から小さな川がそこに流れ出していました。
為朝はそこから上がって、ずんずん奥へ入って見ますと、一めん、岩でたたんだような土地で、田もなければ畠もありません。ところどころに見なれない草木が生えて、珍しい匂いの花が咲いていました。
いくら歩いても家らしいものも見えませんでしたが、そのうちいつどこから出て来たか、一丈も背の高さのある大男がのそのそと出て来ました。まっくろな体に毛がもじゃもじゃ生えて、頭の髪の毛はまっ赤で、針を植えたようでした。
為朝は不思議に思って、
「この島は何という島だ。」
と大男の一人に聞きますと、
「鬼ガ島といいます。」
とこたえました。
為朝は、いよいよ珍しく思って、
「じゃあお前たちは鬼か。それとも先祖が鬼だったのか。」
とたずねました。
「そうです。わたくしどもは鬼の子孫です。」
「鬼ガ島なら、宝があるだろう。」
「むかしほんとうの鬼だった時分には、かくれみのだの、かくれがさだの、水の上を浮く靴だのというものがあったのですが、今では半分人間になってしまって、そういう宝もいつの間にかなくなってしまいました。」
「よその島へ渡ったことはないか。」
「むかしは船がなくっても、ずんずん、よその島へ行って、人をとったりしたこともありましたが、今では船もないし、たまによそから風にふきつけられてくる船があっても、波が荒いので、岸に上がろうとすると岩にぶつかって砕けてしまうのです。」
「何を食べて生きている。」
「魚と鳥を食べます。魚はひとりでに磯に上がって来ます。穴を掘ってその中にかくれて、鳥の声をまねていると、鳥はだまされて穴の中にとび込んで来ます。それをとって食べるのです。」
こういっている時に、ひよどりのような鳥がたくさん空の上をかけって来ました。為朝はもって来た弓に矢をつがえて、鳥に向かって射かけますと、すぐ五六羽ばたばたと重なり合って落ちて来ました。
島の大男は弓矢を見たのは初めてなので、目をまるくして見ていましたが、空を飛んでいるものが、射落とされたのを見て、舌をまいておじおそれました。そして為朝を神さまのように敬いました。
為朝は鬼ガ島を平らげたついでに、ずんずん船をこぎすすめて、やがて伊豆の島々を残らず自分の領分にしてしまいました。そして鬼ガ島から大男を一人つれて、大島へ帰って来ました。
大島の者は、為朝が小船に乗って出たなり未だに帰って来ないので、どうしたのかと思っていますと、ある日恐ろしい鬼をつれてひょっこり帰って来たので、みんなびっくりしてしまいました。
六
こうして為朝は十年たたないうちに、たくさんの島を討ち従えて、海の王さまのような勢いになりました。すると為朝のために大島を追われた役人がくやしがって、ある時都に上り、為朝が伊豆の七島を勝手に奪った上に、鬼ガ島から鬼をつれて来て、らんぼうを働かせている、捨てて置くと、今にまた謀反の戦をおこすかもしれませんといって訴えました。
天子さまはたいそうおおどろきになり、伊豆の国司の狩野介茂光というものにたくさんの兵をつけて、二十余艘の船で大島をお攻めさせになりました。
為朝は岸の上からはるかに敵の船の帆かげを見ると、あざ笑いながら、
「久しぶりで腕だめしをするか。」
といって、例の強い弓に長い矢をつがえて、まっ先に進んだ大きな船の胴腹をめがけて矢を射込みました。すると船はみごとに大穴があいて、たくさんの兵を乗せたまま、ぶくぶくと海の中に沈んでしまいました。敵はあわてて海の中でしどろもどろに乱れて騒ぎはじめました。
為朝はつづいて二の矢をつがえようとしましたが、船を沈められた大ぜいの敵兵が、おぼれまいとして水の中であっぷ、あっぷもがいている様子を見ると、ふとかわいそうになって、
「かれらはいいつけられて為朝を討ちに来たというだけで、もとよりおれにはあだも恨みもない者どもだ。そんなものの命をこの上むだにとるには忍びない。それにいったんこうして敵を退けたところで、朝敵になっていつまでも手向かいがしつづけられるものではない。考えて見ると、おれもいろいろおもしろいことをして来たから、もう死んでも惜しくはない。おれがここで一人死んでやれば、大ぜいの命が助かるわけだ。」
こういって、為朝はそのままうちにかえって、自分の居間にはいると、しずかに切腹して死んでしまいました。
そのあとで寄せ手は、こわごわ島に上がって見て、為朝が一人でりっぱに死んでいるのを見てまたびっくりしました。
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