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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:48:06  点击:  切换到繁體中文



     バルブレンのおっかあ

 そのあくる朝早く、検事けんじはあのわれわれのお友だちの獣医じゅうい君といっしょにやって来た。獣医君はなんでもわたしたちが放免ほうめんになるのを見届みとどけたいといって、わざわざやって来てくれたのであった。
 いよいよわたしたちが出て行くときに、検事けんじは一まい、お役所のいんをおした紙をくれた。
「そら、これをあげるからね」とかれは言った。「どうも手形てがたも持たないでいなかを歩くなんというのはとんだばかな子どもたちだ。わたしは市長にたのんで、おまえたちにこの旅行券りょこうけんを出してもらった。なんでもこれからは、これだけ見せればおまえたちは保護ほごしてもらえる。ではごきげんよう、子どもたち」
 わたしはかれと握手あくしゅした。それから獣医君じゅういくんとも握手した。
 わたしたちはみじめなざまで村へはいったが、今度はいばって出て行くのであった。雌牛めうしのつなを引きながら、首を高く上げて歩いて、戸口に立ってわたしたちを見ている村のやつらをかたの上から見てやった。
 わたしは雌牛をつかれさせたくなかったが、きょうはどうしてもシャヴァノンまで急いで行かなければならないので、わたしたちはせかせか歩き出した。もうばんがた近く、わたしたちはむかしのうちに着きかけていた。
 マチアはどらきを食べたことがなかった。そこでわたしは着いたらさっそくこしらえて食べさせるやくそくをして、とちゅうでバターを一ポンドと麦粉むぎこを二ポンドに、たまごを十二買いこんだ。
 わたしたちはいよいよ、はじめてヴィタリス親方が、わたしを休ませてくれた場所に着いたので、わたしはあのときこれが見納みおさめだと思ったその場所から、バルブレンのおっかあのうちをもう一度見下ろすことができた。
「つなを持っていてくれたまえ」とわたしはマチアに言った。
 一とびでわたしはこしかけの上に乗った。谷の中の景色けしきにはなにもわったものはなかった。それはそっくり同じに見えた。けむりまで同じようにえんとつから上がっていた。そのけむりがわたしたちのほうへなびいて来ると、かしの葉のにおいがすっと鼻をかすめたように思われた。
 わたしはこしかけからとび下りて、マチアをだきしめた。カピがわたしにとびついて来た。わたしは二人をいっしょにして、かたく固くしめつけた。
「さあ、こうなれば少しでも早く行こうよ」とわたしはさけんだ。
なさけないことだなあ」とマチアがため息をついた。「このけものさえ音楽がきなら、どんなにもどうどうと、凱旋がいせんの曲をそうしながらはいって行けるのだけれど」
 わたしたちが往来おうらいの曲がり角まで行くと、バルブレンのおっかあが小屋から出て来て、村の往来の方角へ向かって行くのを見つけた。どうしよう。わたしたちはかの女にいきなり不意討ふいうちを食わせるくわだてをしていた。わたしたちはなにかほかのしかたを考えなければならなくなった。ドアにはいつでもかけ金だけかかっていることを知っていたので、わたしたちは雌牛めうしを牛小屋につないで、ずんずんうちの中にはいって行くことにした。小屋の中はまきがいっぱいはいっていた。そこでわたしたちはそれをすみにみ上げて、ルセットの代わりにれて来た雌牛を入れた。
 それからわたしたちがうちの中にはいると、わたしはマチアに言った。
「じゃあ、それではぼくはこのばたにこしをかけよう。するとはいって来てぼくのここにいるのを見つけるからね。門を開けるときりきりという音がするから、そのとききみはカピといっしょにかくれたまえ」
 わたしはむかしいつも冬のばんになるとすわったそのいすの上にかけた。わたしはできるだけ小さく見えるように、背中せなかまるくしていた。こうして少しでもあのバルブレンのおっかあのかわいいルミに近い様子を作ろうとした。わたしのすわっている所から門はよく見えた。わたしは門のほうに気を取られて見ていた。
 なにもわってはいなかった。なにかが同じ場所にあった。わたしのこわしたまどガラスにはまだ小さな紙がはりつけてあった。それがすすと年代で黒茶けていた。
 ふとわたしは白いボンネットを見つけた。門はきりきりと開いた。
「きみ、早くかくれたまえ」とわたしはマチアに言った。
 わたしは自分をよけい小さく小さくした。ドアが開いて、バルブレンのおっかあがはいって来た。はいると、かの女は目をまるくしてわたしを見た。
「どなたですえ」とかの女はびっくりしてたずねた。
 わたしは返事をしないで、かの女のほうを見た。かの女はわたしを見返した。ふとかの女はふるえだした。
「おやおや、おまえさん、ルミだね」とかの女はつぶやいた。
 わたしはとび上がって、かの女を両うででおさえた。
「おっかあ」
「おお、ぼうや、ぼうや」これがかの女の言ったすべてであった。かの女はわたしのかたに頭をのせていた。
 数分間たって、わたしたちはやっと感動をおさえることができた。わたしはかの女のなみだをふいてやった。
「まあ、おまえ、なんて大きくおなりだろうねえ」うでいっぱいにわたしをおさえてみてかの女はこうさけんだ。「おまえ、ずいぶん大きくおなりだし、じょうぶそうになったねえ。ええ、ルミ」
 息をつめた鼻声で、マチアの寝台ねだいの下にいることを思い出したわたしは、かれをんだ。かれはのこのこはい出して来た。
「マチアです」とわたしは言った。「ぼくの兄弟のね」
「おお、ではおまえ、ご両親にお会いかえ」とかの女はさけんだ。
「いいや、これはぼくのなかよしです。でもほんとうの兄弟同様なんです。それからこれがカピです」とかの女がマチアとあいさつをすますとわたしはこうつけ加えた。「さあ、カピターノ、ご主人さまのお母さんにごあいさつしろ」
 カピは後足で立って、もったいらしくバルブレンのおっかあにおじぎをした。かの女ははらをかかえてわらった。これでかの女のなみだはすっかり消えてしまった。マチアはわたしに向かっていよいよ不意討ふいうちにとりかかれという合図をした。
「さあ、行って庭がどんなふうになっているか見て来よう」とわたしは言った。
「わたしはおまえさんの花畑はそっくりそのままにしておいたよ」とかの女は言った。「いつかおまえがまた帰って来るだろうと思ったからねえ」
「ぼくのきくいもを食べましたか」
「ああ、おまえはわたしに不意討ふいうちを食わせるつもりで、あれを植えたんだね。おまえはいつも人をびっくりさせることがきだったから」
 いよいよそのしゅんかんが来た。
「牛小屋はルセットがいなくなってから、そのままになっているの」とわたしはたずねた。
「いいえ。あすこにはこのごろまきがはいっているよ」
 そうかの女が言うころには、わたしたちはもう牛小屋に着いていた。わたしはドアをおし開けた。するとさっそくおなかのっていた雌牛めうしが「もう」と鳴きだした。
「雌牛だよ。まあ、牛小屋に雌牛がさ」とバルブレンのおっかあがさけんだ。
 マチアとわたしはぷっとふき出した。
「これも不意討ふいうちさ」とわたしがさけんだ。「でもきくいもよりかずっといいでしょう」
 かの女はぽかんとした顔をして、わたしをながめた。
「ええ、これがおくり物ですよ。ぼくはあの小さな迷子まいごの子どもに、あれほどやさしくしてくれたおっかあの所へ、からでは帰れなかった。これがルセットの代わりです。マチアとぼくとでもうけたお金でそれを買って来たのです」
「まあ、ねえ」とかの女はさけんで、わたしたち二人にキッスした。
 かの女はいまおくり物を検査けんさするために、小屋の中へはいって行った。一つ一つ見つけては、かの女は歓喜かんきのさけび声を立てた。
「なんというりっぱな雌牛めうしでしょうね」とかの女はさけんだ。しばらくするとかの女はとつぜんふり向いた。
「まあおまえ、いまではきっとたいしたお金持ちなんだね」
「お金持ちですとも」とマチアがわらった。「ぼくたちはかくしに五十八スーのこっています」
 わたしはちちおけを取りにうちへかけて行った。そしてうちの中にいるあいだにバターとたまご麦粉むぎこ食卓しょくたくが上にならべて、それから小屋までかけてもどった。乳おけに美しいあわの立つ乳が七分目まであふれているのを見たときに、どんなにかの女はよろこんだであろう。
 それからかの女は食卓の上にどらきをこしらえる仕度のできあがっているのを見ると、また大喜びをした。そのどら焼きを死ぬほど食べたがっている人がいるのだとわたしは言った。
「ではおまえさんたちはバルブレンさんがパリへ行ったことを知っていたにちがいないね」とかの女は言った。わたしはそこで、それを知ったわけを話した。
「どうしてあの人が行ったか、話してあげよう」とかの女は意味ありげにわたしの顔をながめて言った。
「まあ先にどらきを食べようよ」とわたしは言った。「あの人のことは言わないことにしよう。ぼくはあの人が四十フランでぼくを売ったことをわすれない。あの人がこわいんで、あの人がまたぼくを売るのがこわいんで、ぼくはここへ様子を知らせることをがまんしていたのだ」
「ああ、きっとそれはそうだと思うよ」とかの女は言った。「でもバルブレンさんのことを悪くお言いでないよ」
「まあ、どらきを食べようよ」とわたしはかの女にぶら下がりながら言った。
 わたしたちはみんなでさっそく材料ざいりょうをこなし始めた。そしてまもなく、マチアとわたしはどら焼きにしたつづみをを打った。マチアはこんなうまいものを食べたことはないと言った。わたしたちが一さらをたいらげると、すぐにつぎのさらにかかった。カピもおすそわけにあずかりに来た。バルブレンのおっかあは、犬にどら焼きをやるなんてもったいないと言ったが、わたしたちはカピが一座いちざおもな役者で、そのうえ天才であることを説明せつめいして、なんによらずだいじにあつかっているのだと言い聞かした。
 やがてマチアがあしたの朝使うまきを取りに出て行ったあいだに、かの女はバルブレンがなぜパリへ行ったか話して聞かせた。
「おまえの家族の人たちがおまえをさがしているのだよ」とかの女はほとんど聞こえないほどの小声で言った。「バルブレンがパリへ出かけたのは、そのためなのだよ。あの人はおまえを探しているのだよ」
「ぼくの家族」とわたしはさけんだ。「おお、わたしにも家族があるのですか。話してください。のこらず。ねえ、おっかあ。バルブレンのおっかあ」
 このときふとわたしはこわくなってきた。わたしは自分の一家がほんとうに自分を探していることをしんじなかった。バルブレンはまたわたしを売るために、わたしを探そうとしているのだ。今度こそわたしは売られるものか。
 こう言ってわたしはバルブレンのおっかあにその心配を話した。けれどかの女はそうではない、わたしの一家がわたしをさがしているのだと言った。
 それからかの女はいつか一人の紳士しんしがこのうちへやって来て、外国のなまりのあることばで話をして、いく年かまえパリで拾った赤子はどうしたかとバルブレンにたずねたことを話した。するとバルブレンはその人に、ぜんたいそれになんの用があるのだと言ったそうだ。この返事はいかにもバルブレンのしそうな返事であった。
「ほら、パンから、台所で言っていることはなんでも聞こえるだろう」とバルブレンのおっかあが言った。「二人がおまえさんの話をしているときわたしはむろん聞いていた。わたしはもっとそばにって、そこでまきをっていた。
『おや、だれかいますね』とその紳士しんしはバルブレンに言ったよ。
『ええ、います。なあに家内かないですよ』とあの人は答えた。すると、そのお客は『台所はたいへんむし暑いからいっそ外へ出て話しましょう』と言った。二人は出かけて行って、三時間あとでバルブレンだけが一人で帰って来た。わたしはあの人からなにかをのこらず聞き出そうとしたが、あの人がやっと言ったことは、さっきのお客がおまえをさがしていること、でもその人はおまえのお父さんではないこと、それから百フラン、お金をくれたことだけだった。たぶんあの人はそののちもっともらったろう。そういうことがあるし、あの人がおまえさんを拾ったときりっぱな着物をおまえさんが着ていたというから、おまえさんので両親はきっとお金持ちにちがいないと思うのだよ。それからジェロームはパリへ行って来ると言ってね」とかの女はつづけた。「おまえさんをやとい入れた音楽師おんがくしたずねるためにね。あの音楽師がおまえさんをれて行ったときの話では、ルールシーヌまちのガロフォリという男にあてて手紙をやれば着くと言っていたそうだよ」
「それで、バルブレンさんが出かけてから、なにか便たよりがありましたか」とわたしはたずねた。
「いいえ、ひと言も」とかの女は言った。「わたしはあの人が町のどこに住んでいるかも知らないよ」
 ちょうどそこへマチアがはいって来た。わたしは興奮こうふんしながら、かれに向かって、わたしにうちのあること、両親がわたしをさがしていることを話した。かれはわたしのためによろこぶとは言ったが、わたしだけのゆかいと興奮をともに分けて感じているとは見えなかった。


     古い友だちと新しい友だち

 わたしはそのばんすこししかねむらなかった。バルブレンのおっかあはわたしに、パリへ向けてたつこと、そして着いたらすぐにバルブレンを見つけて、せっかく少しでも早くわたしを見つけようとしている両親もよろこばせてやることをすすめた。わたしはかの女と五、六日ここにごしたいとのぞんでいたが、でもかの女の言うことももっともだと思った。
 わたしはしかし行くまえにリーズに会いに行かなければならない。それには運河うんが沿って行ってパリへ行けるのだから、してできないことはなかった。リーズのおじさんは水門の番人をしていて、河岸かしの小屋に住んでいるのだから、そこへとまってかの女に会うことはできる。
 わたしはその日一日バルブレンのおっかあとくらした。夕方わたしたちは、いまにわたしがお金持ちになったら、かの女になにをしてやろうかということを話し合った。かの女はしい物をなんでも持たなければならない。わたしにお金ができれば、どんなのぞみだってかなえてやれないということはないであろう。
「でもおまえがびんぼうでいるあいだにくれた雌牛めうしは、お金持ちになったときくれられるどんな物よりもわたしにはずっとうれしいだろうよ」とかの女はほくほくしながら言った。
 そのあくる日、きなバルブレンのおっかあにやさしいさようならを言ってから、わたしたちは運河うんがの岸についで歩き出した。
 マチアはたいへん考えこんでいた。そのわけをわたしは知っていた。かれはわたしにお金持ちの両親ができることを悲しがっていた。それがわたしたちの友情ゆうじょう変化へんかを起こすとでも思ったらしかった。わたしはかれに、そうなれば学校へ行って、いちばんえらい先生について音楽を勉強することができるのだからと言ったが、かれは悲しそうに頭をふった。わたしはかれが兄弟としていっしょのうちに住むようになること、わたしの両親もわたしの友だちのことだからそっくりわたし同様にあいしてくれるだろうと思ったということを話したが、まだかれは首をふっていた。
 しかしさしあたりわたしはまだそのお金持ちの両親の金を使うまでにならないので、通りすがりの村むらで、食べ物を買うお金を取らなければならなかった。それにリーズにおくり物を買ってやるお金も少しこしらえたかった。バルブレンのおっかあはあの雌牛めうしを、わたしがお金持ちになってからなにをもらったよりもずっとありがたいと言ったが、きっときっとリーズもこのおくり物と同じように考えるだろうと思った。わたしはかの女に人形をやろうと思った。幸い人形は雌牛めうしのように高くはなかった。わたしたちが通ったつぎの村で、わたしは美しいかみと、青い目をしたかわいらしい人形をかの女のために買った。
 運河うんがの岸を歩きながら、わたしはたびたびミリガン夫人ふじんと、アーサと、それからかれらの美しい小舟こぶねのことを思い出していた。その小舟に運河うんがの上で出会いはしないかと思っていたが、でもわたしたちはついにそれを見なかった。
 とうとうある日の夕方、わたしたちはリーズの住んでいるうちを遠方から見る所まで来た。それは木のしげった中にあった。きりでかすんだ中にあるらしかった。大きなの明かりにらされたまどを見ることもできた。だんだんとそばに近づくにしたがって、赤みを持った光が、わたしたちの通り道に投げられた。わたしの心臓しんぞうはとっとっと打った。わたしはかれらがそのうちの中で夕飯ゆうめしを食べている姿すがたを見ることができた。ドアとまどじられていたが、窓にはカーテンがなかったから、わたしは中をのぞきこんで、リーズがおばさんのそばにすわっているところを見た。わたしはマチアとカピにしずかにするように合図をして、それからかたからハープを下ろして、それを地べたの上にいた。
「ああ、なるほど」とマチアがささやいた。「セレナードをやるか。なるほどうまい考えだ」
 わたしはれいのナポリ小唄こうたの第一せつをひいた。声でさとられてはいけないと思って歌は歌わなかった。わたしはひきながら、リーズのほうを見た。かの女は急いで顔を上げたが、その目はかがやいていた。
 それからわたしは歌い始めた。かの女はいすからとび下りて、戸口へかけて来た。まもなくかの女はわたしのうでにだかれていた。
 カトリーヌおばさんがそれから出て来て、わたしたちを夕飯ゆうめしんでくれた。リーズは急いで食卓しょくたくの上におさらを二つならべた。
「おいやでなければ」とわたしは言った。「もう一まいおさらを出してください。ぼくたちはもう一人かわいらしいお友だちをれて来ました」
 こう言ってわたしは背嚢はいのうから人形を出して、リーズのおとなりのいすにのせた。そのときのかの女の目つきをわたしはけっしてわすれることはできない。


 

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