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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:48:06  点击:  切换到繁體中文



     カピのつみ

 わたしたちはばんまでレッド・ライオン・コートへ帰らなかった。父親と母親はわたしたちのいなかったことをなにも言わなかった。夕飯ゆうめしのあとで父親は二きゃくのいすをのそばへせた。すると祖父そふからぐずぐず言われた。それからかれは、わたしたちがフランスにいたころ、食べるだけのお金が取れていたか、わたしから聞き出そうとした。
「ぼくたちは食べるだけのものを取っただけではありません。雌牛めうしを一頭買うだけのお金を取ったのです」とマチアはきっぱりと言った。そのついでにかれはその雌牛でどういうことが起こったか話した。
「おまえたちはなかなかりこうなこぞうだ」と父親が言った。「どのくらいできるかやっておみせ」
 わたしはハープを取って一曲ひいたが、ナポリ小唄こうたではなかった。マチアはヴァイオリンで一曲、コルネで一曲やった。中でコルネのソロが、ぐるりへになって集まった子どもたちからいちばんかっさいを受けた。
「それからカピ、あれもなにかできるか」と父親がたずねた。「あれも自分の食いしろをかせぎ出さなければならん」
 わたしはカピのげいにはひどくじまんであったから、かれにありったけの芸をやらした。れいによってかれは大成功だいせいこうをした。
「おや、この犬はりっぱな金もうけになるぞ」と父親がさけんだ。
 わたしはこの賞賛しょうさんでたいへんうれしくなって、カピに教えれば、教えたいと思うことはなんでもおぼえることをかれに話した。父親はわたしの言ったことをイギリス語に翻訳ほんやくした。そのうえわたしの言ったほかになにかつけくわえて言ったらしく、みんなをわらわせた。祖父そふはたびたび目をぱちくりやって、「どうもえらい犬だ」と言った。
「だからわたしはマチアにも、いっしょにこのうちにいてくれるかと言いだしたわけさ」と父親が言った。
「ぼくはルミといつまでもいたいのです」とマチアが答えた。
「なるほど。それではわたしから申し出すことがあるが」と父親が言った。「わたしたちは金持ちではないから、みんながいっしょにはたらいているのだ。夏になるとわたしたちはいなかを旅をして回って、子どもらは、向こうから買いに来てくれない人たちの所へ品物を持って売りに行くのだ。けれども冬になると、たんとすることがなくなるのだ。ところでおまえとルミにはこれから町へ出て音楽をやってもらおう。クリスマスが近いんだから、すこしは金ができるだろう。そこでネッドとアレンがカピをれて行って、げいをやってわらわせるのだ。そういうふうなことにすれば、うまく仕事しごとがふり分けられるというものだ」
「カピはぼくとでなければはたらきません」とわたしはあわてて言った。わたしはこの犬とわかれることはがまんできなかった。
「なあにあれはアレンや、ネッドとじきに仕事をすることをおぼえるよ」と父親が言った。「そういうふうにしてよけい金を取るようにするのだ」
「おお、ぼくたちもカピといっしょのほうがよけい金が取れるのです」とわたしは言いった。                         .
「もういい」と父親が手短に言った。「わたしがこうと言えばきっとそうするのだ。口返答をするな」
 わたしはもうそのうえ言わなかった。そのばんとこにはいると、マチアがわたしの耳にささやいた。
「さあ、あしたはいよいよバルブレンのおっかあの所へ手紙をやるのだよ」
 こう言ってかれは寝台ねだいにとび上がった。
 しかし、そのあくる朝わたしは、カピにいやでも因果いんがを言いふくめなければならなかった。わたしはかれをうでにだいて、そのつめたい鼻にやさしくキッスしながら、これからしなくてはならないことを言って聞かした。かわいそうな犬よ。どんなにかれはわたしの顔をながめたか、どんなに耳を立てていたか、わたしはそれからアレンの手にひもをわたして、犬は二人の子どもにおとなしく、しかしがっかりした様子でついて行った。
 父親はマチアとわたしをロンドンの町中へれて行った。きれいな家や、白いしき石道のあるりっぱな往来おうらいがあった。ガラスのようにぴかぴか光る馬車がすばらしい馬に引かれて、その上にこなをふりかけたかつらをかぶった大きな太った御者ぎょしゃが乗っていた。
 わたしたちがレッド・ライオン・コートへもどったのは、もうおそかった。ウェストエンドからベスナル・グリーンまでの距離きょりはかなり遠いのである。わたしはまたカピを見てどんなにうれしく思ったろう。かれはどろまみれになっていたが、上きげんであった。わたしはあんまりうれしかったから、かわいたわらでかれのからだをよくかいてやったうえ、わたしのひつじの毛皮にくるんで、いっしょにとこの中に入れてねかしてやった。
 こんなふうにして五、六日ぎていった。マチアとわたしはべつな道を行くと、カピとネッドとアレンがほかの方角へ行った。
 するとある日の夕方、父親が「あしたはおまえたちがカピをれて行ってもいい、二人の子どもにはうちで少しさせることがあるから」と言った。マチアとわたしはひじょうによろこんで、いっしょうけんめいやってたくさんの金を取って帰れば、これからはしじゅうわたしたちに犬をつけて出すようになるだろうというもくろみを立てた。ぜひともカピを返してもらわなければならない。わたしたち三人は一人だってけてはならないのだ。
 わたしたちは朝早くカピをごしごしあらってやって、くしを入れてやって、それから出かけた。
 運悪くわたしたちのもくろみどおりには運ばないで、深いきりがまる二日のあいだロンドンにれこめていた。そのきりの深いといっては、つい二足三足前がやっと見えるくらいであった。このきりのまくの中でたまたまわたしたちのやっている音楽に耳を止めている人も、もうすぐそばのカピの姿すがたを見なかった。これはわたしたちの仕事にはじつにやっかいなことであった。でもこのきりのおかげを、もう二、三分あとでは、どれほどこうむらなければならないことであったか、それだけはまるで考えもつかなかった。
 わたしたちはいちばん人通りの多い町の一つを通って行くと、ふとカピがいっしょにいないことを発見した。この犬はいつだって、わたしたちのあとにぴったりついて来るのであったから、これはめずらしいことであった。わたしはあとから追いつけるようにかれを待っていた。ある暗い路地口ろじぐちに立って、なにしろわずかの距離きょりしか見えなかったから、そっと口ぶえをふいた。わたしはかれがぬすまれたのではないかと心配し始めたとき、かれは口に毛糸のくつ下を一足くわえてかけてやって来た。前足をわたしに向けてかれは一声ほえながらそのくつ下をささげた。かれはもっともむずかしいげいの一つをやりとげたときと同様に、得意とくいらしくわたしの賞賛しょうさんもとめていた。これはほんの二、三秒の出来事であった。わたしは開いた口がふさがらなかった、するとマチアは片手かたてでくつしたをつかんで、片手かたてでわたしを路地口ろじぐちからった。
「早く歩きたまえ。だが、かけてはいけない」とかれはささやいた。
 かれはしばらくしてわたしに言うには、しき石の上でかれのわきをかけて通った男があって、「どろぼうはどこへ行った、つかまえてやるぞ」と言いながら行ったというのである。わたしたちは路地ろじの向こうの出口から出て行った。
「きりが深くなかったら、ぼくたちはあぶなくどろぼうのつみ拘引こういんされるところだったよ」とマチアは言った。しばらくのあいだ、わたしはほとんど息をつめて立っていた。うちの人たちはわたしの正直なカピにどろぼうをはたらかせたのだ。
「カピをしっかりおさえていたまえ」とわたしは言った。「うちへ帰ろう」
 わたしたちは急いで歩いた。
 父親と母親はつくえの前にこしをかけて、せっせと品物をしまいこんでいた。
 わたしはいきなりくつ下をほうり出した。アレンとネッドはぷっとふきだした。
「さあ、これがくつ下です」とわたしは言った。「あなたがたはぼくの犬をどろぼうにしましたね。ぼくは人のなぐさみに使うために犬をれて行ったのだと思っていました」
 わたしはふるえていて、ほとんど口がきけなかった。でもこのときはどしっかりした決心をしたことはなかった。
「うん、なぐさみのほかに使ったら」と父親は反問した。「おまえ、どうするつもりだ。聞きたいものだね」
「ぼくはカピの首になわをきつけて、これほどかわいい犬ですけれど、ぼくはあいつを水にしずめてしまいます。わたしは自分がどろぼうにされたくないと同様、カピをどろぼうにはしてもらいたくないのです。いつかわたしがどろぼうにならなければならないようなことがあれば、わたしは犬といっしょにすぐ水にしずんでしまいます」
 父親はわたしの顔をしげしげと見ていた。わたしはかれがよっぽどわたしを打とうとしかけたと思った。かれの目は光った。でもわたしはたじろがなかった。
「おお、ではよしよし」とかれは思い返して言った。「またそういうことのないように、おまえ、これからは自分でカピをれて歩くがいい」


     ごまかし

 わたしは二人の子どもにげんこつを見せていた。わたしはかれらにものを言うことはできなかったが、でもかれらはわたしの様子で、このうえわたしの犬をどうにかすれば、わたしにひどい目に会うであろうと思った。わたしはカピを保護ほごするためには、かれら二人とたたかうつもりでいた。
 その日からうちじゅうの者はのこらず、大っぴらでわたしに対して憎悪ぞうおを見せ始めた。祖父そふはわたしがそばにると、腹立はらだたしそうにつばをはいてばかりいた。男の子と上の妹はかれらにできそうなあらゆるいたずらをした。父親と母親はわたしを無視むしして、いてもいない者のようにあつかった。そのくせ毎晩まいばんわたしから金を取り立てることはわすれなかった。
 こうしてわたしがイギリスへ上陸じょうりくしたとき、あれほどの愛情あいじょうを感じていた全家族はわたしに背中せなかを向けた。たった一人赤んぼうのケートが、わたしのかまうことをゆるした。でもそれすら、かくしにかの女のためのキャンデーか、みかんの一つ持ち合わせないときには、冷淡れいたんにそっぽを向いてしまった。
 わたしははじめマチアの言ったことを耳に入れようとはしなかったが、だんだんすこしずつ、わたしはまったくこのうちの者ではないのではないかとうたがい始めた。わたしはかれらに対してこれほどひどくされるようなことはなにもしなかった。
 マチアはわたしがそんなにがっかりしているのを見て、ひとごとのように言った。
「ぼくはバルブレンのおっかあから、早くどんな着物をきみが着ていたか言ってこすといいと思うがなあ」
 とうとうやっとのことで、手紙が来た。れいのとおりお寺のぼうさんが代筆だいひつをしてくれた。それにはこうあった。
「小さいルミよ。お手紙を読んでおどろきもし、悲しみもしました。バルブレンの話と、あなたが拾われたとき着ていた着物から、あなたがよほどお金持ちのうちに生まれたこととわたしは思っていました。その着物はそのままそっくり、しまってありますから、いちいち言うことはわけのないことです。あなたはフランスの赤子のように、おくるみにくるまってはいませんでした。イギリスの子どものように、長い上着と下着を着ていました。白いフランネルの上着にたいそうしなやかなあさの服を重ね、白いきぬでふちを取って、美しい白の縫箔ぬいはくをしたカシミアの外とうを着ていました。またかわいらしいレースのボンネットをかむり、それから小さいきぬのばらの花のついた白い毛糸のくつ下をはいていました。それにはどれもしるしはありませんが、はだにつけていたフランネルの上着にはしるしがありました。でもその印はていねいに切り取られていました。さて、ルミ、あなたにご返事のできることはこれだけですよ。やくそくをしなすったりっぱなおくり物のできないことをにやむことはありません。あなたの貯金ちょきんで買ってくれた雌牛めうしは、わたしにとっては世界じゅうのおくり物のこらずもらったと同様です。よろこんでください。雌牛もたいそうじょうぶで、相変あいかわらずいいちちを出しますから。このごろではごく気楽にくらしています。その雌牛を見るたんびにあなたとあなたのお友だちのマチアのことを思い出さないことはありません。ときどきはお便たよりをこしてください。あなたはほんとにやさしい、いい子です。どうかせっかくうちを見つけたのだから、おうちのみなさんがあなたをかわいがるようにと、そればかりのぞんでいます。ではごきげんよろしゅう。
あなたの養母ようぼ
バルブレンの後家ごけより」
 なつかしいバルブレンのおっかあ。かの女は自分がわたしをあいしたようにだれもわたしを愛さなくてはならないと思っているのだ。
「あの人はいい人だ」とマチアは言った。「じつにいい人だ。ぼくのことも思っていてくれる。さあ、これでドリスコルさんがどう言うか、見たいものだ」
「父さんは品物の細かいことはわすれているかもしれない」
「どうして子どもがかどわかされたとき着ていた着物を、親がわすれるものか。だってまたそれを見つけるのは着物が手ががりだもの」
「とにかくなんと言うか、聞いて、それから考えることにしよう」
 わたしがぬすまれたとき、どんな着物を着ていたか、これを父親にたずねるのは容易よういなことではなかった。なんの下心なしにぐうぜんこの質問しつもんを発するなら、それはいたって簡単かんたんなことであろう。ところが事情じじょうがそういうわけでは、わたしはおくびょうにならずにはいられなかった。
 さてある日、つめたいみぞれがって、いつもより早くうちへ引き上げて来たとき、わたしは両うでに勇気ゆうきをこめて、長らく心にかかっている問題の口を切った。
 わたしの質問しつもんを受けると、父親はじっとわたしの顔を見つめた。けれどわたしはこの場合できそうに思っていた以上いじょうだいたんに、かれの顔を見返した。するとかれはにっこりした。その微笑びしょうにはどことなくとげとげしいざんこくな様子が見えたが、でも微笑は微笑であった。
「おまえがぬすまれて行ったとき」とかれはそろそろと話しだした。「おまえはフランネルの服とあさの服と、レースのボンネットに、白い毛糸のくつ下と、それから白い縫箔ぬいはくのあるカシミアの外とうを着ていた。その着物のうち二まいまでは、エフデー、すなわちフランシス・ドリスコルの頭字かしらじがついていたが、それはおまえをぬすんだ女が切り取ってしまったそうだ。そのわけは、そうすれば手がかりがないと思ったからだ。なんならおまえの洗礼証書せんれいしょうしょをしまっておいたから、それを見せてあげよう」
 かれは引き出しをさぐって、すぐと一枚の大きな紙を出して、わたしに手わたしをした。
「よかったらマチアに翻訳ほんやくさせください」とわたしは最後さいご勇気ゆうきをふるって言った。
「いいとも」
 マチアがそれをできるだけよく翻訳した。それで見ると、わたしは八月二日の木曜日に生まれたらしい。そしてジョン・ドリスコルおよびそのつまマーガレット・グランデのむすこであった。
 この上の証拠しょうこをどうしてもとめることができようか。
「これはみんなもっともらしい」とそのばん車の中に帰ると、マチアは言った。「でもどうして旅商人たびあきんど風情ふぜいが、その子どもにレースのボンネットや、縫箔ぬいはくの外とうを着せるだけの金があったろう。旅商人たびあきんどというものは、そんなに金のあるものではないさ」
「旅商人だから、そんな品物をたやすく手に入れることができたのだろう」
 マチアは口ぶえをふきふき首をふっていた。それからまた小声で言った。
「きみはあのドリスコルの子どもではないが、ドリスコルがぬすんで来た子どもなのだ」
 わたしはこれに答えようとしたが、かれはもうずんずん寝台ねだいの上にはい上がっていた。


 

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